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【七】
しおりを挟む考えられる理由は二つだ。
ひとつは、僕に迷惑をかけないためだ。
研究室に紺たちが来た日、引き取るようにといった僕の声から、彼女もまた、紺やアシェッドと同様に、僕に迷惑をかけていたと判断したのだろう。タイミング的には濃厚な説だが、可能性として捨てきれないのは、もうひとつある。
ほかの男の家にいる可能性だ。
紺とミレイユの家の方角に住む人間は大勢いる。そして、中身を知らない人間から、礼は非常にモテる。本人が気づいていなさそうなだけで、死ぬほどモテる。これが事実だ。僕たち三人は、何度か礼の危険を回避した経験を皆持っている。だから礼に恋人ができることは、不自然ではなく、寧ろいない方が不自然なくらいなのは間違いない。その彼氏が手料理好きで、やらせているもしくは、自発的にやっている可能性は?
――そっかぁ。彼氏ができたなんて幸せだ。ようやく礼にも春が来たのか。今後は少なくとも別れるまでの間、彼女の健康管理をしてくれるのだろう。
そう考えて僕は笑ったはずなのだが、気が付くと、そばにあった新聞を握りつぶしていた。音で気づいて呆然とした。今までの人生で、こんなことをしたのは始めてだ。読み終わっていたからいいけど。これは毎朝、朝食後に渡されるものだ。
ひとつめならば、健気でいじましいし、料理以外は上手くやれているようだから、料理をそれとなく教えてあげればいい。そう思うのに、どうしてこんなに寂しくて辛くて胸がズキズキするんだろう。
ふたつめもこれ以上ないくらい喜ばしいのに、そのはずなのに、どうして僕は、こんなに激怒しているんだろう。いらだちが止まらない理由は?
どちらの感情も、僕は経験したことがなかった。
僕は頭が良いと言われて生きてきたし、作り笑いも得意だが、それ以外は一般的な人間だから、一通りの感情は経験してきたと思う。そんな僕が、経験していない感情?
――そんなもの、恋愛感情しかない。
つまり二つ目は嫉妬だ。なるほど。一つ目は一つ目で寂しいとは言えまっとうな仮説であるにも関わらず、二つ目の可能性が頭から消えない理由が、やっとよく分かった。そう結論づけた時、研究室の扉が開いた。
「おはようございます!」
時計を見れば予想通りの時間、礼が入ってきた。
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