転生したら悪役だった俺、実は勘違いしていたのかもしれない。

猫宮乾

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―― 本編 ――

【八】二週間

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 目を覚ますと、体が綺麗になっていた。本当に、その部分の配慮だけは、宰相閣下も気が利くと思う。上半身を起こすと、今回も宰相閣下はテーブルに向かい羽ペンを動かしていた。激務なのはあちらも変わらない様子だ。

「体は大丈夫か?」

 俺の起きた気配に気づいたのか、振り返らないままで宰相閣下が言った。

「ああ」

 正直全身が重いが、この程度は仕事で体力を身につけた俺には、問題は無い。ただ疲労の質が違うのは問題点だ。絶対に、いつもと違う筋肉を使っている気がする。

「二週間後、楽しみにしている」

 宰相閣下はそう言うと、俺に向かい振り返った。そして俺をまじまじと見ると、ふいっと顔を背ける。その頬が僅かに朱い。何故照れるんだろうかと疑問に思いつつ、俺の頭の中は料理でいっぱいに染まった。



 その後の二週間の間は、特に代わり映えのない毎日だった。要するに激務の日々だ。
 宰相閣下に呼び出されることもなく、俺は書類を倒し、出没した魔獣を二度討伐指揮及び自分で直接戦闘して殲滅し、必死で休みの調整も行った。

「……これで、今週の仕事は片付いたな」
「珍しいですね」

 すると執務室で、そばにいたルインに声をかけられた。

「ん?」

 俺がフード越しに視線を向け、顔をそちらに動かすと、ルインが腕を組んでいた。

「いつも、週末も出勤なさっているから。片付いたら先の分にも取りかかっていたり、勿論片付かなくて次の日に回したり――もっというと隊長は、他の者の仕事も、空き時間があると手伝ってくれるし」

 目を丸くしているルインに対し、確かにコレまではそうだったと思い直す。激務は自分の姿勢によっても生み出されていた。しかしこれからは違う。俺は可能な限り幸せに、その一環として怠惰に生きたい……とは思うのだが、どうしても書類を見ると片付けてしまう。俺には社畜としての習性が染みついてしまっているのかもしれない。

「なにかご予定でも?」
「……ああ、ちょっとな」

 俺は静かに頷いた。そう、明日は宰相閣下の家、即ちアロフィスファード侯爵家で食事をご馳走になる日だ。呼び出しはなかったが、何時に向かえばいいかなどは、いかにも仕事の連絡事項のメモ風に俺の手元へともたらされた。宰相閣下とは、なにかと仕事上の連絡をメモでやりとりする事も多いので、そのついでにもらったかたちだ。

「そうなんですね。それじゃあ俺はそろそろあがらせてもらいます。今週もお疲れ様でした!」

 こうしてルインが帰っていったので、俺はその日は午前一時まで書類を倒し続けた。


 ――翌日。
 俺は馬車を手配することもなく、徒歩で宰相閣下の家へと向かった。そして豪華な門と続く道、邸宅の前の湖を見て後悔した。王都邸宅だが、規模が大きい。さすがは宰相閣下の家だ。他にも客がいるようで、門には馬車の通過の許可を出す人間がいる。徒歩で来た者はいない様子だ。

「……」
「あ……えっ、え!? あ、いえ、ご来訪のご予定は伺っておりますが……クラウド・レゼルヴ伯爵……! そのように片隅にお立ちに……! も、申し訳ございません、気がつきませんでした!」

 すると十五分ほどした時、門番が俺に気がついた。逆に俺が申し訳ない気持ちになった。歩みよらなかった俺が悪い。

「宰相閣下にお招きを受けた」
「は、はい! 当家のランド様に申し付かっております。どうぞ中へお進み下さい」

 門番が、門を開けてくれた。
 頷いて俺は中へと進む。ここから邸宅まで、早足で歩いても二十分はかかるだろう。
 俺は道の右手にある水面を眺めつつ、初夏の花が左右を彩る道を歩き、邸宅の前に立った。そこには迎えに出ている執事の姿があった。他の客に挨拶をしている。次に俺の番になった。

「これはこれは、クラウド卿。ようこそお越し下さいました。ランド様が二階のリビングでお待ちしております。今、侍従に案内させます」

 こうして俺は、無事に宰相閣下の邸宅の中へと入った。
 エントランスホールには、巨大なシャンデリアがあり、魔術の灯が光を放っていた。正面の階段を上り、いくつかの肖像画の前を通り過ぎ、俺は侍従に先導されて飴色の扉の前に立つ。この扉にも緻密な細工が施されていた。

 侍従が扉を開ける。

「クラウド卿をお連れ致しました」
「そうか、下がれ。クラウド、よく来たな」

 宰相閣下は座っていた長椅子から立ち上がると、侍従に指示を出してから俺を見た。俺の背後で扉が閉まる。テーブルの上にはティーポットがあった。

「座ってくれ」

 そう言って先に座り直すと、宰相閣下が紅茶を淹れてくれた。
 座ってからカップを受け取り、俺は尋ねる。

「他にも客が来ているのか?」
「ああ、母上が茶会を開いている」

 母上というが勿論男である。産んだ方を、この国では母と呼ぶ。きっと神殿で祈ったのだろう。それにしても良い匂いの紅茶だ。飲み込んでみれば、美味すぎて、お茶だけで俺の顔は蕩けそうになった。

「フードを取れ」
「前に被っていろと言っていなかったか?」
「俺と二人きりの時は、常に取れ」
「何故?」
「そ、それは……お前の顔が見たいからだ、言わないと分からないのか? ……分からないんだろうな……」
「うん?」

 よく分からなかったが、俺は言われたとおりにフードを取った。そしてカップをゆっくりにはほど遠い速度で傾けながら、室内を見渡す。調度品のいずれも豪華だ。これを見ると、いかに俺の伯爵家が、なににも気を回していないのかが分かる。

 しかし仕事は残酷だ。

 生まれながらにこういった高級感溢れる芸術品に囲まれて、シェフがいる家で暮らそうとも、俺のような孤児でも、書類はたおさなければならない。

 ゲームだからその辺の設定はザルだったのだろうか。

「ところでクラウド」
「なんだ?」
「来週の土曜は、王宮主催のヴァルプルギスの夜会だな」
「ああ……」

 頷きつつ俺は、遠い目をした自信がある。
 ヴァルプルギスの夜会は、ゲームだと、俺が洗脳した招待客の一人が、ニルス陛下に媚薬を盛るというイベントがある。勿論、俺は誰一人洗脳していないので、俺に罪は無いはずだし、そのイベントは発生しないとは思うが、ゲーム内では成功の報告を受けた俺が『さて、これで駒が一つ進んだ』というような台詞を吐く場面がある。ゲーム内のクラウドは、この頃は自分の計画の成功を疑っていない様子だった。バカである。俺はそんな愚は犯さない。死にたくない!

「誰かを同伴することが許可されているな」
「そうだな」
「誰を同伴するんだ?」
「へ?」

 俺は間抜けな声を出してしまった。

「俺は護衛役を兼ねているから、特に誰かを伴わなくとも会場には入れるし、それは王宮側の……主催サイドの宰相閣下も同じだろう?」
「それはそうだ。ただ、同伴することも出来る」
「それが?」
「俺はこの二週間、熟考したんだが、敵を増やさないという前に、先に蹴散らせておくのも名案だと思ってな」
「敵?」
「こちらの話だ。それはそうと、俺と同伴しないか? 予定がないもの同士、その場に居るのもいつもと変化はない。都合も良いだろう」
「同伴って一緒に夜会の会場に入って、一緒に行動することだよな? あ……確かに俺達は、ニルス陛下とユーリ殿下の隣にいるから、行動は同じだな」
「そういうことだ」
「でも、また、どうして?」
「同伴したいからだ」
「まぁ、別に構わないけどな?」

 食事をご馳走になるのだし、宰相閣下の多少の願いは叶えてもいいだろう。俺の返事を聞くと、宰相閣下が綺麗な唇の両端を持ち上げ、悠然と笑った。

「約束だぞ」
「ああ」

 優雅な仕草でカップを持ち上げると、宰相閣下が紅茶を飲み干す。

「それでは、そろそろ食事とするか。運ばせる」
「おお! ぜひ!」

 こうして待ちに待った食事の時が始まった。
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