時夜見鶏の宴

猫宮乾

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―― 第一章:時夜見鶏 ――

SIDE:時夜見鶏(15)

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 ――聖龍暦:14500年(一億四千二百四十九年後)

 もう――俺の体は、駄目なのかも知れない。

「ンあ――!!」

 今日も、何度目かに朝蝶が果てた時、俺は中に出した。

 最近では、毎日朝蝶と体を重ねないと、体が熱くて仕方が無くなる。気が狂いそうになるのだ。酷く熱くて――苦しくて。

 時折朝蝶が姿を見せない日は、熱をもてあまし、一人でしてしまうようになった。
 だが一人でいくら抜いても、朝蝶の中に出さないと収まらない。

 それが、媚薬の効果だった。

 発作が起きるようになったのは、俺だ。
 寝ても覚めても、朝蝶のことを考えている。

「……ねぇ、時夜見」
「……なんだ?」
「僕にさ、忠誠を誓ってよ。聖龍様じゃなく」

 俺は、聖龍を守るべき者だ。だから、聖龍には確かに忠誠を誓っているのかも知れないと、朦朧としたままの意識で考えた。最近では、意識が清明な時間の方が少ない。

「この指輪、なんだか知ってる?」

 朝蝶が、俺の前に、紺のベルベット張りの小箱に入った、二つの指輪を差し出した。

「服従の指輪だよ。従者が主人に送るんだ。奴隷じゃない証に、忠誠を誓った従僕が主人に贈るの。そうすると、主人の命令をなんでも聞かなきゃならない。けど自分で指輪を贈ったんだから、命令を聞くのは、無理矢理なんかじゃなくて、贈った人が望んでるんだ」
「……」

 そんなの、知らない。

「僕にはめてよ」
「……」
「僕らの、そうだな。婚約指輪」

 何を言ってるんだろう、朝蝶は。結婚制度なんて、人間界じゃあるまいし、神界にはない。

「僕に、指輪を贈って。服従してよ」
「……」

 霞む意識の中で、俺は、朝蝶がそれを望むのなら、はめても良いかなぁと思った。
 朝蝶がどうして俺に媚薬を盛り続けるのかは分からない。

 最初の頃は、快楽を抑制する魔法薬を作って、必死に発作を抑えていたのだが、それでも朝蝶に抱きつかれ、耳に息でも吹きかけられれば、俺はもう、駄目だ。

 理性を失い、朝蝶を犯してしまう。嫌がる朝蝶を、無理に抱いてしまうのだ。酷いことをしているのは分かるのに、止められない。

 いつも朝蝶は、泣いて嫌がるのに。なんて俺は、最低なんだろう。

「……ああ。分かった」

 だから俺は、朝蝶のために自分が出来ることは、しようと思う。
 指輪を一つ手に取り、俺は暫し見据えた。

「そっちは、先に君の指にはめて。ね、時夜見。左手の薬指に」

 薄く笑った朝蝶に対して、俺は頷いた。体が怠い。
 言われるがまま、俺は左手の薬指に、指輪をはめた。

「次は僕の手に。僕の左手の、薬指に」

 頷いて、続いて俺は、朝蝶に指輪をはめた。
 それをじっくりと眺めてから、朝蝶が満足したように頷いた。

「時夜見、言って。僕のことを世界で一番大好きで、愛してるって」
「俺は、朝蝶のことが世界で一番大好きで、愛している」

 何故なのか、勝手に俺の口が動いた。

 実際、そうなんだろうなぁとは思う。朝蝶のことが、もう、手放せない。朝蝶がいなくなったら、多分俺は気が狂う。愛とは、狂うほど相手のことを思うんだと、いつか愛犬から聞いたことがある。それに――息苦しくなるほど、朝蝶を見ていると辛くなるのだ。

 何故、嫌いな俺に抱かれるんだろう。
 どうして、朝蝶は俺のことが好きじゃないんだろう?

「うん、僕もだよ、時夜見」

 そう言って、朝蝶が俺の首に両腕を回し、抱きついてきた。

 気づけば俺も、朝蝶の体を支えるように、腕を回していた。華奢な朝蝶が壊れてしまわないように、気をつけながら。

「時夜見は、僕のものだね」
「……ああ」
「服従の指輪は、同意して、弱い立場の方からしか渡せないんだから」
「……そうか」

 答えた俺に向かい、何故なのか、泣きそうな顔で、朝蝶が笑った。

 だから俺は腕に力を込めた。できれば――朝蝶の哀しそうな顔なんて、見たくない。見たくなかった。

「ねぇ――もう一回シよ」
「……ああ」

 俺は、顔を寄せた朝蝶に、口づけた。


 朝になり、俺は、シーツの水面の中で目をさました。
 本当は、まだ寝ていたかった。

 けれど、朝蝶が俺に『朝になったら起こして』と言ったから、自然と目が醒めた。
 服従の指輪――まずいなぁ、これ。

 どうやら、朝蝶の言葉に、これをつけていると、俺は従ってしまうらしい。

 何とかして無効化しなければ、仮に、聖龍を殺せと言われた時、俺は実行してしまうだろう。それは良くない。うーん。困ったなぁ。暫し思案した末、俺は、逆の右手首に、腕輪をはめた。これも服従効果のある腕輪だ。

 牢獄に誰かを入れる時、自死しないように、俺はこれをはめていた。昔の話だけどね。だから、従う相手は、俺だ。二つの効果は拮抗し、そして、俺が作った腕輪が勝った。

 だが念のため、仮に攻撃してしまった時に備え、更に腕輪をはめる。HPとMPを制御し、攻撃力を弱める腕輪だ。

 それでも一撃くらいは、最上級の攻撃が放てるから、不測の事態には対応できるだろう。≪邪魔獣(モンスター)≫が出た時とか。多分一撃じゃ、聖龍は死なないし。

 それから俺は、朝蝶を起こした。

「朝蝶、朝だ」
「ん……おはようのキスは?」

 俺の体は、いつもの通りに、朝蝶に口づけした。

 もう、服従効果は切れているが、慣れとは怖いものだ。それに――効果が切れていることは、朝蝶には知られない方が良い。

「ねぇ、時夜見」
「……なんだ?」
「僕のこと好き?」
「ああ。世界で一番大好きで、愛している」

 何かと朝蝶は俺にこの言葉を言わせる。何がしたいのかな?

 よく分からないが、俺は告げた。ただ、告げる度に、朝蝶は苦しそうに笑うんだ。

「――そう、良かった。僕も好きだよ」

 嘘つきだなぁって思う。聖龍のことが好きなくせに。
 聖龍に言えないから、俺に言うのかな。

「ねぇ時夜見、今日はさ、<鎮魂歌>に行こう」
「……ああ」

 同意した。俺は同意した。だけどさ、本音を言えば、行きたくないよ! でも、服従効果が切れていないフリをするには、同意以外の選択肢はない。

 そうして俺達は、<鎮魂歌>へと向かった。

 通された応接間に、暫くしてから聖龍がやってきた。

「っ」

 そして、俺の指を見て、驚いた顔をした。

「それは……」
「時夜見は、僕に服従を誓ってくれたんです。聖龍、貴方ではなくて」
「なッ」
「ね、そうだよね、時夜見。僕に、キスして」
「……ああ」

 頷いたけどさぁ、俺。人前でキスとか嫌だなぁ。それに、なんで聖龍の前なの? あれかな、嫉妬心を煽ろうとしてるとか?

 よく分からないが、俺は、朝蝶の頬にキスをした。
 聖龍がそれを見て硬直しているのが分かる。眉間に皺が寄っている。

 だけど俺は意識がまだ、媚薬が抜けないから朦朧としていて、何も答える気力がない。気力があったところで、言葉が思いつくかは分からないけどさ。
気づくと、二人の話は終わっていたらしかった。

 俺は、朝蝶に手を引かれ、その場を後にした。

 そして、いつの間にか帰宅していた。

「時夜見、シて」
「……ああ」

 俺はもう、朝蝶の体から逃れられない。その言葉だけで、声だけで、服従の指輪なんかしていなくても、発作なんか起きなくても、体が熱くなってくるから。

 もう、快楽のことしか、頭にないのかもしれない。

「ん、ぁ、時夜見」

 今日も、朝蝶が俺の名前を呼ぶ。
 その声に苦しくなった。
 どうして、どうして? どうして、俺のことが嫌いなくせに。

 ああ、嫌いだからか。

 もう、訳が分からない。気づけば俺は、朝蝶を抱いていた。


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