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第90話 男爵との勝負 ③
しおりを挟む参ったなあ、何故こんな事に?
男爵と殴り合いの勝負をする事になった。
場所はギルド裏手の空き地、冒険者達の訓練所にもなっている所だ。
空き地の中央に俺と男爵が少し距離を取って睨み合っている。
周りには他に野次馬やら男爵の取り巻きやらが集まっている。暇なのかこいつ等?
しかし、殴り合いと言ってもどうすりゃいいんだ? 俺は喧嘩なんかしたことが無いんだよね。
小学生の頃、クラスメイトが喧嘩をしていたのを傍目で見てただけだし。
子供ながらに暴力はいかんよと、思ったものだ。
昔、ゲームソフトに熱血硬派920君というタイトルがあった。
殴り合いのゲームだ、ノーヘルでバイクに乗ったりとか、子供には刺激の強い内容だった。
他にドッチボールやサッカー、大運動会などあった。ジョイスティックを繋いで三人同時プレイをしたのを覚えている。
俺が殴り合いの喧嘩とかの事と言ったら、それぐらいだ。
温厚な性格が幸いしたのか、喧嘩とは無縁な生活を送って来た。
まあ、只のヘタレだった事は認めるが。
話が脱線してしまったな、兎に角何が言いたいかというと、俺はいままで一度も喧嘩とかの殴り合いをした事が無いと言いたい訳だ。
さて、しかし目の前に居る男爵はやる気満々だったりする、おそらく鑑定したアイバーに上級クラスであるバトルマスターになったと言われて、自分の実力を試したいと見える。
哀れな。幾らクラスアップしたと言っても、能力値が上がらなければ意味が無いというのに。
「おい! 準備はまだか?」
「そう急ぐな、男爵。」
男爵はウズウズしている、まったく、何考えてんだか、さてな、どうしたものか?
実はこの空き地へと向かう前に、ギルドマスターから一言言われているのだった。
「おい若いの、相手は貴族様だ。そしてお前は平民だ、儂が言いたい事は解るな?」
「………はい、何となくではありますが、貴族の顔に泥を塗るな。と、言う事なのでしょう?」
「解っておるならええ、くれぐれも勝つなよ、いいな。もしお前が勝てば、今後、男爵は手段を選ばなくなってくる、貴族ってのはこえーんだよ。いいな、若いの。」
(ふーむ、勝つな、か。しかしわざと負けろとは言われていない。)
これはつまり、何とかして引き分けに持っていけという事なんだろうな。
そこが問題だ、どう演技したものか、わざと攻撃を喰らって、後ろにぶっ飛ばされるフリをして様子を窺うしかないか。あ~あ、面倒くさいなあ。
だが、負けるとなるとフィラを男爵に取られる。それだけは何としても阻止したい。
ここはやはり、引き分けに持っていくしかないな。
兎に角まずは、男爵の体力を消耗させる事だな、話はそこからだ。
ギルマスが勝負開始の合図をする。
「良いか! この勝負はどちらかが勝った方が女の奴隷をモノにする。異存は無いな!? んん?」
「勿論だ! 早く始めよ!」
男爵は息まいている。何処にそんな自信があるのやら。
「俺の方も準備いいぞ。」
覚悟は決まった。後はやるだけだ。上手く演技しなくては。
「よおおおし! では始め!!」
勝負が始まった、先に動いたのは男爵だ。こちらに向かってダッシュしてきた。が。
(遅い、めっちゃ遅い。本当にそれが男爵の全力疾走なのか?)
だとしたら、今頃はとっくの昔にやられている事だろう。よくいままで無事に生き残ってこれたものだな。
男爵はまだこちらに向かって走っている最中だ。ホントに遅い。
俺は一応両腕を構えて、防御の態勢で迎え撃つ。
「我がパンチを受けよ! お前など一撃の元に粉砕してやろう!」
「御託はいいからさっさとこい!」
そして、男爵の右ストレートパンチが炸裂した。俺はわざとそれを受け、やられたフリをした。のだが。
「い、今ので全力パンチなのか?」
「そうだ! 驚いたか! バトルマスターのパンチだぞ!」
何て事だ、まったく痛くない。それどころかノーダメージだ。まるで猫パンチだな。
どうしよう、実力差があり過ぎる。この男爵、はっきり言って弱っちい。こりゃ負けるのは至難の業だぞ。
取り敢えず、俺はパンチを喰らったフリをして、後ろに吹っ飛び、「うわああ」とわざとらしく悲鳴を上げながら倒れ込んだ。
「はっはっは、どうだ!? 参ったか! これが俺様の実力だ。」
(おい、なにしてんの? さっさとマウントポジションを取れよ、チャンスだろ。)
俺は倒れたまま、男爵の動きを促した。
「う、うう、余りの痛さにまったく動けない。」
ちょっとわざとらしかったかもしれんが、これで男爵は次の行動に移る筈だ。
と、思ったら。
「フン、おい! 俺様は倒れた相手に追撃する様な男ではない。さっさと立て! まだ勝負は始まったばかりだろうが。」
ほーう、こいつ、意外と何でもありという訳でもなさそうだな、貴族としてのプライド位は持ち合わせているみたいだな。
俺はゆっくりと立ち上がり、様子を窺う。
「ほーう、俺様の一撃をまともに喰らってまだ立てるとは、貴様、意外と根性があるではないか。」
(お褒めの言葉、痛み入りますよ。男爵)
「男爵、何故追撃しなかった?」
俺が聞くと、男爵は腕を組み、さも当然と言いたげに答えた。
「おい、あまり俺様の事を見くびるなよ、仮にも貴族の位を国王陛下より賜ったのだぞ。卑怯な真似はせん! 正々堂々と勝負だ!」
ほうほう、こいつ、意外と芯はしっかりとした物を持ち合わせているという事か、貴族としての誇りぐらいは持っているという事か。ならば。
「今度はこっちから行くぞ!」
俺は仕掛ける、男爵に向かい、前方にダッシュ、勿論手抜きで、本気は出さない。
もし出したら一瞬で相手を倒してしまう。ここは相打ちを狙うべきだ。
男爵の前まで前進し、その場でしゃがみ込み、足払いを仕掛ける、勿論手を抜いて。
男爵はその攻撃に引っかかる、後ろに倒れながら足を引っかけられ、体勢を崩し、バターンと倒れる。
(しまった! 手加減したつもりだったが、これでもやりすぎたか?)
男爵はその場でピクリとも動かなくなってしまった。しまった! やっちまったか?
しかし、男爵はゴホ、ゴホ、と咳込みながらも、何とか立ち上がる。
ほっ、良かった。危うく勝つ所だった。まだまだいけるか。
「お、お前、中々やるではないか。今のは痛かったぞ。」
そして、男爵は間髪入れずに俺に対して猛ダッシュ、体当たりを仕掛けてきた。ほう、まだ動けるか。
この攻撃もわざと受ける。ところが………………。
「くらえ!!」
男爵の体当たりは何と、俺にダメージを与えた。赤い色で-1と表示された。
へえ~~、この男爵、意外とパワーがあるじゃないか。
しかも勢いがある、俺の体を後方へと押していき、地面を擦る音が響いた。
そして、俺はわざと後ろへ倒れて、今度こそはマウントポジションを取られる。
男爵は腕を無軌道に振るい、無茶苦茶に腕を振り回し、俺の顔にパンチなどをお見舞いしていく。
まったく痛くないが、顔は腫れてきてはいる。ダメージは無くても、顔は腫れるという事か。
「ネモは俺の奴隷だ! 俺にこそ相応しいんだ!」
さてと、いつまでもやられ続けるのも面白くない、俺は見様見真似で男爵を巴投げしてみた。
これが結構上手くいった。男爵は放物線を描きながら、少し離れた場所に落ちた。
「調子に乗るなよ、男爵。ハア、ハア。」
「うぐ、いたた、ハア、ハア、ハア。」
よーし、これでお互い動けなくなってきている、という感じが出ていると思う。
お互い大の字で寝そべり、息を切らしながらの会話になった。
さわやかな風が吹いた。
「ハア、ハア、お前、結構やるな。」
「ハア、ハア、男爵もな。」
「まさか、このバトルマスターの俺と互角に渡り合うとはな。」
「こっちも負けられないんでね。」
「………………解った、貴様の健闘に免じて、ネモ……いや、フィラだったか、フィラは諦める事にする。」
「ほ、本当か?」
「ああ、男に二言は無い。フィラはお前の奴隷だ、好きにしろ。」
「じゃあ、勝負は引き分けって事で構わないんだな?」
「ああ、そうだ。………………お前、名前は?」
「ジャズだ、あんたは?」
「ポールだ、アクト家のポールだ。」
「ポール男爵か、中々の勝負だったな。」
「ジャズ、その名、覚えておく。」
男爵はそう言うと、ゆっくりと立ち上がり、こちらを見下ろした。そして、手を差し伸べてきた。
俺はその手を掴み、引き上げて貰い立ち上がる。
「………なあ、ポール男爵、悪い事は言わない。あのアイバーとかいう奴は信じるな。奴は嘘を付いている。多分アークメイジというのも嘘だろう。」
「………………そうか、どこかおかしいと思ってはいたのだ。解った、アイバーは解雇して関係を断ち切る。他でもない、ジャズが言うんだ、俺様と互角の戦いをした男がな。」
そう言うと、ポール男爵は踵を返して、空き地を後にした。取り巻き連中も引き上げて行った。
「よーーし! 勝負はここまでだ! 両者引き分けで仕舞いだ。いいな! んん?」
ギルマスが一声掛けて、この勝負事は決着が着いた。
やれやれ、ようやく終わったか、フィラも俺のモノのままになった事だし。よかったよかった。
こうして、この騒動は幕を下ろした。はて、何だったんだろうか? 青春かな?
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