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ACT 4:MERCENARY
[13] 初仕事に向けた武器調達で、ブラッドは財布と下半身の板挟みに陥る。[耳元淫語囁き/おっぱい恐喝]
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今朝、バシリスクから連絡があった。
今夜20時にクルーが来る。仕事用の車両を持ってくるそうだ。
クラブ・クリサリスでの本番は明日の夜に決行。つまり準備に充てられるのは30時間ちょっとってとこだ。俺たちは限られた時間を有効活用しないといけない。
アダーの言い分はこうだ。――静かにやれ。
銃火器は持ち込み禁止。コーポのお膝元でド派手な銃撃戦なんか始めてみろ、市警に嗅ぎつけられて、バシリスクの金の流れが全部洗われる。
そうなりゃ俺たちは湾岸への「ドライブ」に招待されて、魚の餌だ。
要するに、穏便にやれってことだ。
了解。別に俺だって市警と事を構えたくはない。
でもな、「静かに」ってのは解釈の余地がある。
たとえばの話、服の下にコンパクトなナイフを一本、忍ばせといたとする。それはまあ……お守り程度のもんだろ? 万が一の保険、そう言い張れる範囲だ。刃物は発砲音もマズルフラッシュも出さない。それに、ムコの手にかかればどんな銃器よりよっぽど確実に人が死ぬ。
もし状況が最悪に転がった時、ムコには選択肢があってほしい。
今のムコの武装は正直心許ない。メインは振動刀、カタバミ33-03――3年前にうちに預けられたまま持ち主が消えた置き土産。あとは俺がムコの手に合わせてグリップを調整したハンドガンが数丁。
振動刀は正面から殺り合う分には最高だが、今回みたいなステルスには向かない。フルサイズの刀を腰にぶら下げてたら「控えめ」とは程遠い。
ナイトクラブで警備員を一人ずつ始末していって、次の標的に気づかれないようにするには、もっと別のツールが要る。ボディチェックをすり抜けられて、懐に忍ばせられるサイズの。
ムコの要望はシンプルだった。携帯可能で、でも確実に仕事ができるナイフ。
で、まあそういう経緯があって、俺たちは最寄りの銃砲店の前に立ってる。
店構えは地味だ。強化ドアに「LEO'S ORDNANCE & CUSTOM WORK」ってペイント文字。入口上部にマウントされた監視カメラが、ゴツいレンズでこっちを睨んでる。
ドアを開けて中に入りながら、横目でムコに声をかけた。
「いいか、近くにいろよな? それと余計なモン触んじゃねえぞ」
ムコは聞いてるんだか聞いてないんだか。俺が釘を刺してる最中にスッと横をすり抜けて、ヒールを床に響かせながらさっさと店に入っていく。
……おい。
俺はそのケツを追いかける形になって、なんか文句のひとつも言ってやろうと口を開きかけたが、そこでふと思った。
こいつ、もしかしてワクワクしてんのか……?
いや、ワクワクってのは言い過ぎか。ムコの表情は相変わらず能面だ。
そもそもムコがショッピングごときではしゃぐタイプに見えるか? あいつが興奮するのって、自分を殺そうとした奴を八つ裂きにする時くらいだろ。
……でもまあ、考えてみりゃ刃物選びもそれに近いか。
俺は黙ってムコの後をついていった。
俺が初めてこの店のドアをくぐったのは、たぶん7つとかそんくらいの時だ。
爺ちゃんに注文票を握らされて、「これ持ってレオんとこ行ってこい」って尻叩かれた。当時の俺にとって、あの重い強化ドアは今の倍くらい重たく感じたし、カウンターの上に顔を出すのに、つま先立ちしてようやくだった。店内に並ぶ銃器のどれもが怖くてビクビクしてた。
あれから10年。今じゃここに置いてある銃の大半は、分解して組み直せるようになった。
うちは義体修理が本業だが、それだけやってりゃいいってもんでもない。客層がサイボーグ傭兵だからな。あいつらにとって体そのものが武器だし、手持ちの銃だってメンテが必要だ。その両方に対応できなきゃ、客は他所に流れる。
店内は変わってなかった。
施錠されたディスプレイケースの中に、定番モデルとアクセサリー類が、ありとあらゆる口径と組成の弾薬がぎっしり。民生用から、本来ならここにあっちゃいけない軍用品まで。壁には口径順にライフルが整列してる。
本当にヤバいブツは裏だ。軍用義体対応のスマートリンク搭載火器とか、そういうハイエンド品は見える場所には置いてない。欲しけりゃ口頭で聞かなきゃ出てこない。
店の真ん中を防弾ガラス付きのカウンターが仕切ってる。対物ライフル弾でも止まるんじゃねえかって厚さだ。
その向こう側、奥の作業台に店主のレオがいた。
頭はスキンヘッド、見える皮膚の全てがタトゥーのキャンバス。右腕だけは明らかな強化拡張義肢で、反動制御用の軍用規格品だ。
レオは手元のアサルトライフルを分解清掃してる最中だったが、入店ブザーで顔を上げた。視線が俺に向く。それからムコへ。
『よう、ブラッドじゃねえか。珍しい時間に顔出すな』
インターコムのスピーカー越しに、くぐもった音質でレオの声が響いた。
俺は軽く手を上げた。
「よ、レオ。元気してたか」
『ぼちぼちな。パーツの補充か? ミリング用のビットならまだ在庫あるぞ』
「いや、今日はただの買い物。私用でさ」
レオが作業を中断して、両手を拭いて、こっちに向き直る。
『ほう? 珍しいこともあるもんだな。で、何が欲しいんだ?』
「ナイフ見せてくれ。秘匿携帯できるサイズで、近接戦闘用のやつ」
チラッとムコを横目で見る。あいつは黙ったまま店内をぐるりと見回してる。
『固定刃がいいのか? それとも折り畳み式か?』
「折り畳みだ」
俺より先に、ムコが答えた。
「できれば両刃がいい」
あのセクサロイドボディから出るには不釣り合いな低い男声が、レオの眉をピクリと動かした。一瞬だけ、興味深そうな表情が浮かんで、すぐに消えた。
『……なるほどな。今日来た理由は、そのお連れさんのためか?』
「ああ、まあ……そういうこと」
レオはそれ以上何も聞いてこなかった。これがこの界隈で長く店をやってる奴の流儀だ。
『ケースをいくつか持ってくる。ちょっと待ってろ』
レオがストックルームに消えてゴソゴソやってる間、俺はムコの後ろをついて歩いた。両手をジャケットのポケットに突っ込んで。
店内を見回す。
ここはいっつもガラガラだ。同時に客が2人以上いるのを見たことがない。レオの本業は店頭販売じゃなくて、裏でやってる傭兵向けカスタムワークだからな。実際にはガンスミスとしての評判で食ってる。実店舗はほぼ飾りだ。
今日も他に客はいなかった。広い店内には俺たちとレオだけ。ちょうどいい。
ムコが陳列棚の一つに近づいて、腰を軽く折った。
ムコの反射がガラス面に映り込んで、中のハンドガンの上に幽霊みたいに重なる。
今日の恰好もODジャケット、その下に張り付いた全身ボディスーツ。自分で勝手にザクザク切ったあのショートヘアが、天井の照明を受けて白飛びしてる。
ムコの視線が、陳列の中を移っていく。メーカー別、口径別、作動方式別に整然と並んだハンドガンの列を、あの人工虹彩が一つずつトレースしてる。
他の奴が見たら何も気づかないだろう。でも俺はもう4ヶ月近く、四六時中こいつと一緒にいる。あの能面みたいな顔の、ほんのわずかな変化を読み取ることにイヤでも慣れちまった。
あいつ今、絶対テンション上がってる。
プロフェッショナルが自分の専門領域の世界にいる時の、あの独特の熱量。目が輝いてる、っていうか……集中してる。
正直、かわいいっちゃかわいい。
……って、いやいや待て。かわいくねえだろ。殺人マシンが殺人道具を物色してんだぞ。どこにどう可愛げがあんだよ。
でもなあ……でもさあ。
これ、構図的にはかなりデートっぽいシチュエーション、……だよな。
女が何か欲しがって、男が店まで付き合って、選んでるのを横で眺めて、最後にカード切ってやる――っていう、あのテンプレート。
ただし場所が銃砲店で。「女」の中身は元傭兵の男で。俺が買おうとしてんのは服でもバッグでもなく、人間の頸動脈をサクッといくための刃物。
……ああ、全然デートじゃねえわ。
でも今ここに立って、ムコの目が展示された武器を追いかけてるのを見てると、胸の奥が妙にモゾモゾする。
なんていうか……あいつ、嬉しそうだ。そういう言葉でいいのかわかんねえけど。
っていうかあいつに「嬉しい」とかそういう感情あんのか?
『待たせたな、ほらよ』
レオが奥から戻ってきて、細長いケースを2つ、カウンターに重々しくゴトンと置いた。網膜スキャンと6桁PINでケースのロックを解除し、ラッチがスライドする。
最初のケースが防弾ガラスの取引窓を通って、こっち側に押し出されてきた。
ムコがすぐにカウンターに近づいて、ケースを覗き込む。白髪が前に落ちて、目元が隠れた。
ケース内部には、各種折り畳み式のタクティカルナイフが仕切りにぴっちり収まってる。
ムコの視線が一本一本を移動していく。ただのオブジェクトとしてナイフを眺めてるんじゃない。自分の手の延長になるかどうか、見極めてる。そういう目だ。
長い指がケースの上をゆっくり漂って、ピタリ、一か所で止まった。
OTFナイフだ。専用のプレゼンテーションケースに、まるで美術品みたいに鎮座してる。
アウト・ザ・フロント、つまりブレードがグリップの先端から水平に射出される展開式ナイフ。ちょうどムコのヒールに仕込んであるスパイクブレードと同じような機構だ。
全長は閉じた状態で18センチってとこか。
装飾は一切ない。機能だけを突き詰めた結果、人間工学的に完璧なシルエットに収束したって感じのデザイン。こういうのを見ると、機能美ってのは本物だと実感する。
ムコがケースから取り上げて、手の中でバランスを確かめる。ハンドルのトリガースイッチを親指でスッと押し上げた。
音すらなく、刃が瞬時に展開した。刃渡り13センチの両刃ダガー。単分子エッジ加工。先端は分子一層分まで研ぎ澄まされてる。
刃もハンドルと同じ黒。烏の濡れ羽色ってやつだ。刃先だけがかすかに、鈍く光を弾いてる。
『真っ先にそれを選ぶたぁ、目利きだな』
レオがインターコム越しに言った。
『マイクロレイヴン・バズヴ・カタⅣだ。小ロット生産品で、市場にゃほとんど出回ってない』
ムコはナイフを手の中で回転させた。何の力みもなく、まるで呼吸するみたいに自然に。刃が滑らかな弧を描いて回転し、ハンドルが小気味いいパシッ、という音で手のひらに戻る。
もう一度やる。今度は俺が真似したら確実に指が何本か消えてるだろう動きだ。刃が残像になり、空中に8の字を描いてから逆手持ちのポジションにパシッと戻った。
「これだ」
ムコが言う。断言する。
俺はケース内の小さなプライスカードをチラッと一瞥した。
数字が視界に飛び込んできて、網膜に焼き付いた。
……高っけ……。
いや、出せないことはない。ギリギリな。
でもマジでキツい出費だ。ムコの改造に大金つぎ込んだばかりで、今の俺の蓄えは瀕死レベル。工房の運転資金も、未払いの請求が何件か決済されるまでカツカツで回してる。
バシリスクの仕事で報酬が入るかどうかも不透明なのに、準備段階でこれ以上散財するのはヤバい。
しかも……ナイフだろ? どんなに高品質でも使い捨てになるリスクがある。最悪敵の体内に置いてくることになるかもしれない。
ムコは動かない。まだOTFナイフを手に持ったまま、頭上の照明が刃に反射するのをじっと見てる。
「これが欲しい」
ムコがもう一回言った。そりゃそうだろうな。
「……ムコ。えーと、だな……」
言葉を選びながら切り出す。慎重に、慎重に。
「それ、確かにいいよな。質もいいし、マジでカッコいい。ただその……さ、他のも見てみねえ? ここに並んでるやつ、どれも悪くないし」
レオの目の前で「高すぎる」とは言えない。
俺はケースの残りに向かって漠然と手を動かして、価格タグのゼロが一個でも少ないものなら何でもいいからムコの注意をそっちに向けようとした。
「これがいい」
声は平坦。ただの事実陳述。議論の余地なし。
ちくしょう。
俺だって買ってやりてえよ、マジで。でも今月本気で金ねえんだって。お前の改造で使い果たして、まだ立て直しの途中なんだよ。
「ムコ。お前がそれ気に入ってんのはわかる、わかるんだけど、現実問題として予算ってもんがあるんだよ。な? だから他のにしようぜ」
ムコの首がわずかに傾いた。俺をじっと見つめて、静かに一言。
「買えないのか」
純粋な確認。非難も失望も含まれてない。
それがどういうわけか、余計にキツい。
俺が甲斐性なしのダメ男みたいな空気になってんじゃん。
「……永遠にダメって言ってんじゃねえよ。ただ、もうちょっと賢く金使おうぜって話。この先この仕事でどんだけ金かかるかわかんねえし、今日のとこはもっと手頃なやつで何とかして、後で稼ぎが安定したらアップグレードすりゃいい。だろ?」
ムコがナイフを見下ろした。もう一度だけ手の中で回転させて、それから丁寧にケースに戻した。
「わかった」
ムコの表情は相変わらず無表情だったけど、肩のラインがほんの少しだけ……下がった。
……むくれてる?
いや、ありえねえだろ。ムコがむくれるわけない。あいつは感情の起伏なんてほぼゼロの、石像みたいな男だぞ。常にニュートラル。表情だって「無表情」と「やや警戒モード」以外のバリエーションがほぼ存在しない。むくれるなんて感情、あいつのレパートリーにはないはずだ。
……ないはず、だよな?
待てよ。
いつもの能面なのは確かだけど、よく見ると下唇が、ほんの少し……突き出てる……か? マジで微妙。かろうじて知覚できる。俺がムコの顔をキモいくらい凝視してなかったら、気づかないレベル。
うそだろ。
セクサロイドボディに入った元フルボーグ傭兵が、ナイフ買ってもらえなくて拗ねてんのか。
「とにかく……他のも見てみようぜ。レオの店にはいいのが山ほどあるし」
俺はできるだけ優しく、なだめるように言った。
ムコは反論しなかった。でも納得してるようにも見えなかった。
取引窓の向こうからレオの太い指がヌッと現れて、ケース内の隣に並んでるナイフを指し示す。
『これはどうだ。同じマイクロレイヴン製で、単分子エッジじゃねえが分子整列加工だ。性能は90%出て価格は3分の2。コスパなら断然こっちだ』
「……ムコ、これ試してみるか?」
ムコはナイフを受け取って、手のひらの上で転がした。重心を確かめるように、指先で微調整しながらバランスをテストする。
しばらく沈黙があって。
「許容範囲だ」
……「これ好きじゃない」って意味だろうな。
俺たちは2個目のケースに移った。こっちはもっとオーソドックスなラインナップだ。
ムコの手が浮いて、一本を持ち上げる。手首を返して重さを測り、刃を出して一回転させて握り心地を確認する。
何も言わずに、ケースに戻した。
あいつの不満が、熱みたいに空気中に放射されてるのを感じた。
……俺は正しい判断をしてる。間違いない。
今この場で、ナイフ一本にあんだけの金を突っ込むわけにはいかない。工房の運転資金も確保しなきゃいけないし、ムコの傭兵稼業が今後どれだけ金食うかもわからない。装備も消耗品も、全部俺が出すことになる。先のことを考えたら、今は節約すべきだ。
でも、ムコが明らかにやる気のない態度でナイフを手に取っては置き、手に取っては置き、を繰り返してるのを見てると……腹の底に、何か嫌な感じがうねうね渦巻いてくる。
だってさ、ムコは普段、何も欲しがらないんだよ。飯も食わない。服も俺の古着で満足してる。
で、たぶんあのコンテナから引っ張り出して以来初めて、何かを見て「これが欲しい」って自分から言ったんだ。それを俺は却下した。
……なんか、俺がすげえひどい奴に思えてくる。
それからしばらく、俺たちは無言で店内のブレードコーナーを巡った。
ムコは時々立ち止まるが、何も手に取らない。
……そして気づいた。
ムコが、微妙に、じりじりと、俺に近づいてきてる。
ディスプレイケースからディスプレイケースへ移動するたびに、俺たちの間の距離が縮まっていく。最初は50センチくらい離れてたのが、40センチになり、30センチになり……。
俺が陳列棚の投擲用ナイフを眺めてた時だった。
背後に、ムコの気配を感じた。
そして俺の背中に、何か柔らかくて、温かくて、とんでもなく大きいものが触れた。
おっぱいだ。
ムコのKカップが、俺の肩甲骨のあたりにむにゅっ♡ と押し当てられた。
俺のジャケット越しでも、ハッキリわかる。あの圧倒的な質量と弾力。片乳2.8キロ、両方で5.6キロの塊が、俺の背中に平らに潰れて広がってる。
ムコがもう一歩、踏み込んだ。
完全に密着した。
俺の背中全体に、ムコの体が張り付く。胸郭、腹部、骨盤……そして何より、胸。110センチのメートル越えオッパイが、俺の背中を完全に覆い尽くす。
俺は固まった。
「え、えっと……む、ムコ?」
声が裏返った。
「なに、どうした急に。な、なんか近くね……」
ムコの顔が、俺の耳のすぐ横まで寄ってくる。
プラチナの髪が頬をサラサラとくすぐる。甘い匂いがする。
低い声が、耳殻に直接吹き込まれた。
「……昨夜は気持ち良かったな?」
耳たぶに、温かい息がフッとかかる。
「な、何が……」
「セックス。俺の胸に顔を埋めて。楽しんだだろう」
「……っ、」
昨夜のことがフラッシュバックする。
ドールハウスから帰った後、眠れなくて、あいつのKカップに顔から突っ込んで……谷間にサンドイッチされて、浅いピストンでヌチヌチ擦り付けて、頭撫でられながら……イった。
ムコの手が前に回ってくる。
細い指が俺のTシャツの裾から忍び込んできて、素肌に直接触れる。
「っ、俺は……うん、まあ……そりゃ……」
「また触りたいか」
「触るって……何を……」
「これ」
ムコが体重を乗せてきて、背中に押し付けられたデカパイが形を変えるのを感じた。
「俺の乳を。……おっぱい、だったか。その言い方の方が興奮するか?」
ゴクッ、と唾をのんだ。
ムコが続ける。声がさらに低く。
「次は、もっといろいろしていいぞ」
「もっとって……?」
「触るだけじゃない。口をつけていい」
ムコの手が、俺の腰をゆっくりさすった。
「吸いたいか? 噛んでもいいぞ」
俺は不可抗力的に前傾姿勢になって、陳列棚の縁を握りしめた。
パイズリはこの前解禁された。でも、それでも……乳首は触れてない。
だって、それやったら完全にアウトだろ。
ムコの中身は男だ。脳殻には男の意識が入ってる。俺たちは男同士だ。そういう建前で、かろうじてバランス取ってきた。挿入は……まあ、ムコのセクサロイドボディにマンコがついてるから仕方ない。パイズリも、胸があるんだから使わないと勿体ない。そういう言い訳ができる。
でも俺が吸ったり舐めたりすんのは……それは違う。
それは完全に、愛撫だ。イチャイチャだ。恋人同士がすることだ。
だから俺は避けてた。意識的に。ラインを引いてた。
でも。
でもやりてえに決まってるだろ……!!
ヤってる最中、何度思ったか。
あのピンクの乳首を口で捕まえて、舌でペロペロ舐め回して、ムコがどんな声を出すのか確かめたい。
乳輪全体を口に含んで、思いっきり吸い上げて、甘噛みして、吸引圧で赤く腫れさせたい。乳輪の周りをぐるっと一周、ネックレスみたいに歯形をつけたい。
ムコの乳全体を俺の唾液でべっとべとにしたい。
片方を口に含みながら、もう片方を両手で揉みしだいて、乳肉が指の間からはみ出るくらいギュッて掴んで、谷間に顔突っ込んで、下乳ハムハム噛んで、横乳ベロベロ舐めて……
これ全部チンポ挿入れながらやったら、絶対めちゃくちゃ気持ちいいよなぁ……
「……そうしたいか?」
ムコが言う。
俺はバカみたいに小刻みにコクコク頷く。もう言語機能を失った。
ムコの唇が、耳たぶに触れるくらい近づいた。
「じゃああのナイフを買え」
……その言葉を処理するのに、数秒かかった。
「なっ……何?」
「バズヴ・カタⅣ。買え」
は?
「……はぁああっ!?」
一気に現実に引き戻された。
肩越しに振り返ってあいつを見る。
顔は相変わらずのドールマスク。完璧に無表情。あの人工虹彩が、何の感情も映さずに俺を見返してくる。
「もちろん、別に無理強いはしない。金を節約したければそれでいい」
ムコが淡々と続ける。
「でもバズヴ・カタⅣを買わなければ、今夜はたぶん……そうだな、早めに休むことにする。お前に背中を向けて。明日から本格的に動くし、コンディションを整えておきたい」
ムコがスッと一歩後ろに下がった。
距離が開く。
腰から手が離れる。背中からも、あの5.6キロおっぱいの重量感が消える。急に寒くなった気がする。
俺は唖然として、ムコを見た。
ムコは何事もなかったかのように、別の陳列棚に視線を移して、そこに並んでるナイフを眺め始めた。完全に俺に興味を失った風を装ってる。
……こ、この……クソビッチ野郎……!!!
おっぱいで俺を恐喝してやがる。
セクサロイドOSの影響とか言い訳してみろ、絶対許さねえからな!! これ絶対お前本人の意思だろ!!
内心では怒りが煮えたぎってる。
でもさっきのおっぱい密着とあの耳元ぽそぽそ囁きのせいで股間がまだムラついてて、俺の口から出てくるのは――
「おま、それ……ズルだろ……」
しおしおの弱気ボイス。
ムコは振り返りもせずに答える。
「何のことかわからない。俺はただ、欲しいナイフについて意見を述べてるだけだ。それとは全く別の話として、今夜の就寝時間について個人的な判断を下そうとしてる。この2つに何の関連性もない」
「…………、考えさせろ」
「もちろん。急かすつもりはない。ただ……」
ムコが首をほんのわずかに傾げた。
「あのOTFナイフなしでこの店を出たら、今夜だけじゃなく、しばらく一人で寝るかもしれないな。最近、お前のリクエストに応えすぎた気もする。少し自分の時間を確保すべきだと思う。セルフケアは大事だからな。……何日か、休むか」
………………。
やめろ、と工房経営者としての俺が、頭の隅で必死に警告を発してる。
今月の収支を見ろ。運転資金を考えろ。これから先の出費を計算しろ。
わかってる。
わかってるけど、今この瞬間、経営判断を下してるのは脳みそじゃなくてチンポだ。理性は退勤した。股間が全権掌握してる。
「……レオ。最初のナイフ、貰うわ」
レオが作業台から顔を上げた。
『バズヴか?』
「ああ」
『……本気か?』
「……気が変わる前にレジ打ってくれ」
レオは肩をすくめて、取引を処理し始める。
俺は拡張視野でクレジット転送を承認しつつ、アカウント残高の数字が減るのを見ないようにした。
取引完了。
ナイフをケースごと受け取って、店を出ようと踵を返した時、レオの声がスピーカーから飛んできた。
『……彼女にいいようにやられてるな、ブラッド』
足が止まった。
振り返る。
でもレオはもう作業台に戻って、アサルトライフルの分解清掃に戻ってた。
◇
店を出た。
重い強化ドアが背後でガチャンと閉まって、下層地区の朝っぱらの喧騒が押し寄せてくる。
隣にムコが立ってた。
キャリーケースを両手で抱え込んで、胸の前でぎゅっと押さえつけてる。まるで誰かに奪われるのを警戒してるみたいに。中身はマイクロレイヴン・バズヴ・カタⅣ。俺の口座残高を豪快にえぐり取っていった、単分子エッジ加工の芸術品みたいなOTFナイフ。
……まあ、よっぽど欲しかったんだろうな。
ムコには物欲ってもんがない。なのにおっぱいを武器に俺を籠絡してまで手に入れたがったってことは、それほど気に入ったんだろう。
そう思ったら、少しは気が楽になった。
なったけど、財布は死んだ。
「ありがとう」
ムコがシンプルに言った。
「……どーいたしまして」
俺は口座残高のことを考えないように努力しながら答えた。現実的な問題は今考えたら発狂する。明日考えろ、明日の俺が何とかしてくれる。
「お前が買ってくれて、嬉しい」
不意打ちだった。
ムコがさらっと言って、心臓が変な跳ね方した。
「……っ、そっ……か。うん、そりゃ……よかったな」
ポケットに突っ込んでた手を、もう一度ぎゅっと奥まで押し込む。視線は向こうの通りの、バイクが煙吐いて走り去っていくのを追いかける。
「……金なんてまた稼げばいいし。でも調子に乗んなよ。欲しいもんがあるたびにこんな手使ってたら、マジで俺たち、路頭に迷うからな……」
「もうしない」
ムコがきっぱり言って、笑った。
いや正確には、口の端がほんの少し、2ミリか3ミリくらい持ち上がっただけだけど。
でも、それ、笑ってるだろ。
確実に。
……ずりいって。
お前そんな顔できんのかよ。
完全に俺の負けじゃねえか。
今夜20時にクルーが来る。仕事用の車両を持ってくるそうだ。
クラブ・クリサリスでの本番は明日の夜に決行。つまり準備に充てられるのは30時間ちょっとってとこだ。俺たちは限られた時間を有効活用しないといけない。
アダーの言い分はこうだ。――静かにやれ。
銃火器は持ち込み禁止。コーポのお膝元でド派手な銃撃戦なんか始めてみろ、市警に嗅ぎつけられて、バシリスクの金の流れが全部洗われる。
そうなりゃ俺たちは湾岸への「ドライブ」に招待されて、魚の餌だ。
要するに、穏便にやれってことだ。
了解。別に俺だって市警と事を構えたくはない。
でもな、「静かに」ってのは解釈の余地がある。
たとえばの話、服の下にコンパクトなナイフを一本、忍ばせといたとする。それはまあ……お守り程度のもんだろ? 万が一の保険、そう言い張れる範囲だ。刃物は発砲音もマズルフラッシュも出さない。それに、ムコの手にかかればどんな銃器よりよっぽど確実に人が死ぬ。
もし状況が最悪に転がった時、ムコには選択肢があってほしい。
今のムコの武装は正直心許ない。メインは振動刀、カタバミ33-03――3年前にうちに預けられたまま持ち主が消えた置き土産。あとは俺がムコの手に合わせてグリップを調整したハンドガンが数丁。
振動刀は正面から殺り合う分には最高だが、今回みたいなステルスには向かない。フルサイズの刀を腰にぶら下げてたら「控えめ」とは程遠い。
ナイトクラブで警備員を一人ずつ始末していって、次の標的に気づかれないようにするには、もっと別のツールが要る。ボディチェックをすり抜けられて、懐に忍ばせられるサイズの。
ムコの要望はシンプルだった。携帯可能で、でも確実に仕事ができるナイフ。
で、まあそういう経緯があって、俺たちは最寄りの銃砲店の前に立ってる。
店構えは地味だ。強化ドアに「LEO'S ORDNANCE & CUSTOM WORK」ってペイント文字。入口上部にマウントされた監視カメラが、ゴツいレンズでこっちを睨んでる。
ドアを開けて中に入りながら、横目でムコに声をかけた。
「いいか、近くにいろよな? それと余計なモン触んじゃねえぞ」
ムコは聞いてるんだか聞いてないんだか。俺が釘を刺してる最中にスッと横をすり抜けて、ヒールを床に響かせながらさっさと店に入っていく。
……おい。
俺はそのケツを追いかける形になって、なんか文句のひとつも言ってやろうと口を開きかけたが、そこでふと思った。
こいつ、もしかしてワクワクしてんのか……?
いや、ワクワクってのは言い過ぎか。ムコの表情は相変わらず能面だ。
そもそもムコがショッピングごときではしゃぐタイプに見えるか? あいつが興奮するのって、自分を殺そうとした奴を八つ裂きにする時くらいだろ。
……でもまあ、考えてみりゃ刃物選びもそれに近いか。
俺は黙ってムコの後をついていった。
俺が初めてこの店のドアをくぐったのは、たぶん7つとかそんくらいの時だ。
爺ちゃんに注文票を握らされて、「これ持ってレオんとこ行ってこい」って尻叩かれた。当時の俺にとって、あの重い強化ドアは今の倍くらい重たく感じたし、カウンターの上に顔を出すのに、つま先立ちしてようやくだった。店内に並ぶ銃器のどれもが怖くてビクビクしてた。
あれから10年。今じゃここに置いてある銃の大半は、分解して組み直せるようになった。
うちは義体修理が本業だが、それだけやってりゃいいってもんでもない。客層がサイボーグ傭兵だからな。あいつらにとって体そのものが武器だし、手持ちの銃だってメンテが必要だ。その両方に対応できなきゃ、客は他所に流れる。
店内は変わってなかった。
施錠されたディスプレイケースの中に、定番モデルとアクセサリー類が、ありとあらゆる口径と組成の弾薬がぎっしり。民生用から、本来ならここにあっちゃいけない軍用品まで。壁には口径順にライフルが整列してる。
本当にヤバいブツは裏だ。軍用義体対応のスマートリンク搭載火器とか、そういうハイエンド品は見える場所には置いてない。欲しけりゃ口頭で聞かなきゃ出てこない。
店の真ん中を防弾ガラス付きのカウンターが仕切ってる。対物ライフル弾でも止まるんじゃねえかって厚さだ。
その向こう側、奥の作業台に店主のレオがいた。
頭はスキンヘッド、見える皮膚の全てがタトゥーのキャンバス。右腕だけは明らかな強化拡張義肢で、反動制御用の軍用規格品だ。
レオは手元のアサルトライフルを分解清掃してる最中だったが、入店ブザーで顔を上げた。視線が俺に向く。それからムコへ。
『よう、ブラッドじゃねえか。珍しい時間に顔出すな』
インターコムのスピーカー越しに、くぐもった音質でレオの声が響いた。
俺は軽く手を上げた。
「よ、レオ。元気してたか」
『ぼちぼちな。パーツの補充か? ミリング用のビットならまだ在庫あるぞ』
「いや、今日はただの買い物。私用でさ」
レオが作業を中断して、両手を拭いて、こっちに向き直る。
『ほう? 珍しいこともあるもんだな。で、何が欲しいんだ?』
「ナイフ見せてくれ。秘匿携帯できるサイズで、近接戦闘用のやつ」
チラッとムコを横目で見る。あいつは黙ったまま店内をぐるりと見回してる。
『固定刃がいいのか? それとも折り畳み式か?』
「折り畳みだ」
俺より先に、ムコが答えた。
「できれば両刃がいい」
あのセクサロイドボディから出るには不釣り合いな低い男声が、レオの眉をピクリと動かした。一瞬だけ、興味深そうな表情が浮かんで、すぐに消えた。
『……なるほどな。今日来た理由は、そのお連れさんのためか?』
「ああ、まあ……そういうこと」
レオはそれ以上何も聞いてこなかった。これがこの界隈で長く店をやってる奴の流儀だ。
『ケースをいくつか持ってくる。ちょっと待ってろ』
レオがストックルームに消えてゴソゴソやってる間、俺はムコの後ろをついて歩いた。両手をジャケットのポケットに突っ込んで。
店内を見回す。
ここはいっつもガラガラだ。同時に客が2人以上いるのを見たことがない。レオの本業は店頭販売じゃなくて、裏でやってる傭兵向けカスタムワークだからな。実際にはガンスミスとしての評判で食ってる。実店舗はほぼ飾りだ。
今日も他に客はいなかった。広い店内には俺たちとレオだけ。ちょうどいい。
ムコが陳列棚の一つに近づいて、腰を軽く折った。
ムコの反射がガラス面に映り込んで、中のハンドガンの上に幽霊みたいに重なる。
今日の恰好もODジャケット、その下に張り付いた全身ボディスーツ。自分で勝手にザクザク切ったあのショートヘアが、天井の照明を受けて白飛びしてる。
ムコの視線が、陳列の中を移っていく。メーカー別、口径別、作動方式別に整然と並んだハンドガンの列を、あの人工虹彩が一つずつトレースしてる。
他の奴が見たら何も気づかないだろう。でも俺はもう4ヶ月近く、四六時中こいつと一緒にいる。あの能面みたいな顔の、ほんのわずかな変化を読み取ることにイヤでも慣れちまった。
あいつ今、絶対テンション上がってる。
プロフェッショナルが自分の専門領域の世界にいる時の、あの独特の熱量。目が輝いてる、っていうか……集中してる。
正直、かわいいっちゃかわいい。
……って、いやいや待て。かわいくねえだろ。殺人マシンが殺人道具を物色してんだぞ。どこにどう可愛げがあんだよ。
でもなあ……でもさあ。
これ、構図的にはかなりデートっぽいシチュエーション、……だよな。
女が何か欲しがって、男が店まで付き合って、選んでるのを横で眺めて、最後にカード切ってやる――っていう、あのテンプレート。
ただし場所が銃砲店で。「女」の中身は元傭兵の男で。俺が買おうとしてんのは服でもバッグでもなく、人間の頸動脈をサクッといくための刃物。
……ああ、全然デートじゃねえわ。
でも今ここに立って、ムコの目が展示された武器を追いかけてるのを見てると、胸の奥が妙にモゾモゾする。
なんていうか……あいつ、嬉しそうだ。そういう言葉でいいのかわかんねえけど。
っていうかあいつに「嬉しい」とかそういう感情あんのか?
『待たせたな、ほらよ』
レオが奥から戻ってきて、細長いケースを2つ、カウンターに重々しくゴトンと置いた。網膜スキャンと6桁PINでケースのロックを解除し、ラッチがスライドする。
最初のケースが防弾ガラスの取引窓を通って、こっち側に押し出されてきた。
ムコがすぐにカウンターに近づいて、ケースを覗き込む。白髪が前に落ちて、目元が隠れた。
ケース内部には、各種折り畳み式のタクティカルナイフが仕切りにぴっちり収まってる。
ムコの視線が一本一本を移動していく。ただのオブジェクトとしてナイフを眺めてるんじゃない。自分の手の延長になるかどうか、見極めてる。そういう目だ。
長い指がケースの上をゆっくり漂って、ピタリ、一か所で止まった。
OTFナイフだ。専用のプレゼンテーションケースに、まるで美術品みたいに鎮座してる。
アウト・ザ・フロント、つまりブレードがグリップの先端から水平に射出される展開式ナイフ。ちょうどムコのヒールに仕込んであるスパイクブレードと同じような機構だ。
全長は閉じた状態で18センチってとこか。
装飾は一切ない。機能だけを突き詰めた結果、人間工学的に完璧なシルエットに収束したって感じのデザイン。こういうのを見ると、機能美ってのは本物だと実感する。
ムコがケースから取り上げて、手の中でバランスを確かめる。ハンドルのトリガースイッチを親指でスッと押し上げた。
音すらなく、刃が瞬時に展開した。刃渡り13センチの両刃ダガー。単分子エッジ加工。先端は分子一層分まで研ぎ澄まされてる。
刃もハンドルと同じ黒。烏の濡れ羽色ってやつだ。刃先だけがかすかに、鈍く光を弾いてる。
『真っ先にそれを選ぶたぁ、目利きだな』
レオがインターコム越しに言った。
『マイクロレイヴン・バズヴ・カタⅣだ。小ロット生産品で、市場にゃほとんど出回ってない』
ムコはナイフを手の中で回転させた。何の力みもなく、まるで呼吸するみたいに自然に。刃が滑らかな弧を描いて回転し、ハンドルが小気味いいパシッ、という音で手のひらに戻る。
もう一度やる。今度は俺が真似したら確実に指が何本か消えてるだろう動きだ。刃が残像になり、空中に8の字を描いてから逆手持ちのポジションにパシッと戻った。
「これだ」
ムコが言う。断言する。
俺はケース内の小さなプライスカードをチラッと一瞥した。
数字が視界に飛び込んできて、網膜に焼き付いた。
……高っけ……。
いや、出せないことはない。ギリギリな。
でもマジでキツい出費だ。ムコの改造に大金つぎ込んだばかりで、今の俺の蓄えは瀕死レベル。工房の運転資金も、未払いの請求が何件か決済されるまでカツカツで回してる。
バシリスクの仕事で報酬が入るかどうかも不透明なのに、準備段階でこれ以上散財するのはヤバい。
しかも……ナイフだろ? どんなに高品質でも使い捨てになるリスクがある。最悪敵の体内に置いてくることになるかもしれない。
ムコは動かない。まだOTFナイフを手に持ったまま、頭上の照明が刃に反射するのをじっと見てる。
「これが欲しい」
ムコがもう一回言った。そりゃそうだろうな。
「……ムコ。えーと、だな……」
言葉を選びながら切り出す。慎重に、慎重に。
「それ、確かにいいよな。質もいいし、マジでカッコいい。ただその……さ、他のも見てみねえ? ここに並んでるやつ、どれも悪くないし」
レオの目の前で「高すぎる」とは言えない。
俺はケースの残りに向かって漠然と手を動かして、価格タグのゼロが一個でも少ないものなら何でもいいからムコの注意をそっちに向けようとした。
「これがいい」
声は平坦。ただの事実陳述。議論の余地なし。
ちくしょう。
俺だって買ってやりてえよ、マジで。でも今月本気で金ねえんだって。お前の改造で使い果たして、まだ立て直しの途中なんだよ。
「ムコ。お前がそれ気に入ってんのはわかる、わかるんだけど、現実問題として予算ってもんがあるんだよ。な? だから他のにしようぜ」
ムコの首がわずかに傾いた。俺をじっと見つめて、静かに一言。
「買えないのか」
純粋な確認。非難も失望も含まれてない。
それがどういうわけか、余計にキツい。
俺が甲斐性なしのダメ男みたいな空気になってんじゃん。
「……永遠にダメって言ってんじゃねえよ。ただ、もうちょっと賢く金使おうぜって話。この先この仕事でどんだけ金かかるかわかんねえし、今日のとこはもっと手頃なやつで何とかして、後で稼ぎが安定したらアップグレードすりゃいい。だろ?」
ムコがナイフを見下ろした。もう一度だけ手の中で回転させて、それから丁寧にケースに戻した。
「わかった」
ムコの表情は相変わらず無表情だったけど、肩のラインがほんの少しだけ……下がった。
……むくれてる?
いや、ありえねえだろ。ムコがむくれるわけない。あいつは感情の起伏なんてほぼゼロの、石像みたいな男だぞ。常にニュートラル。表情だって「無表情」と「やや警戒モード」以外のバリエーションがほぼ存在しない。むくれるなんて感情、あいつのレパートリーにはないはずだ。
……ないはず、だよな?
待てよ。
いつもの能面なのは確かだけど、よく見ると下唇が、ほんの少し……突き出てる……か? マジで微妙。かろうじて知覚できる。俺がムコの顔をキモいくらい凝視してなかったら、気づかないレベル。
うそだろ。
セクサロイドボディに入った元フルボーグ傭兵が、ナイフ買ってもらえなくて拗ねてんのか。
「とにかく……他のも見てみようぜ。レオの店にはいいのが山ほどあるし」
俺はできるだけ優しく、なだめるように言った。
ムコは反論しなかった。でも納得してるようにも見えなかった。
取引窓の向こうからレオの太い指がヌッと現れて、ケース内の隣に並んでるナイフを指し示す。
『これはどうだ。同じマイクロレイヴン製で、単分子エッジじゃねえが分子整列加工だ。性能は90%出て価格は3分の2。コスパなら断然こっちだ』
「……ムコ、これ試してみるか?」
ムコはナイフを受け取って、手のひらの上で転がした。重心を確かめるように、指先で微調整しながらバランスをテストする。
しばらく沈黙があって。
「許容範囲だ」
……「これ好きじゃない」って意味だろうな。
俺たちは2個目のケースに移った。こっちはもっとオーソドックスなラインナップだ。
ムコの手が浮いて、一本を持ち上げる。手首を返して重さを測り、刃を出して一回転させて握り心地を確認する。
何も言わずに、ケースに戻した。
あいつの不満が、熱みたいに空気中に放射されてるのを感じた。
……俺は正しい判断をしてる。間違いない。
今この場で、ナイフ一本にあんだけの金を突っ込むわけにはいかない。工房の運転資金も確保しなきゃいけないし、ムコの傭兵稼業が今後どれだけ金食うかもわからない。装備も消耗品も、全部俺が出すことになる。先のことを考えたら、今は節約すべきだ。
でも、ムコが明らかにやる気のない態度でナイフを手に取っては置き、手に取っては置き、を繰り返してるのを見てると……腹の底に、何か嫌な感じがうねうね渦巻いてくる。
だってさ、ムコは普段、何も欲しがらないんだよ。飯も食わない。服も俺の古着で満足してる。
で、たぶんあのコンテナから引っ張り出して以来初めて、何かを見て「これが欲しい」って自分から言ったんだ。それを俺は却下した。
……なんか、俺がすげえひどい奴に思えてくる。
それからしばらく、俺たちは無言で店内のブレードコーナーを巡った。
ムコは時々立ち止まるが、何も手に取らない。
……そして気づいた。
ムコが、微妙に、じりじりと、俺に近づいてきてる。
ディスプレイケースからディスプレイケースへ移動するたびに、俺たちの間の距離が縮まっていく。最初は50センチくらい離れてたのが、40センチになり、30センチになり……。
俺が陳列棚の投擲用ナイフを眺めてた時だった。
背後に、ムコの気配を感じた。
そして俺の背中に、何か柔らかくて、温かくて、とんでもなく大きいものが触れた。
おっぱいだ。
ムコのKカップが、俺の肩甲骨のあたりにむにゅっ♡ と押し当てられた。
俺のジャケット越しでも、ハッキリわかる。あの圧倒的な質量と弾力。片乳2.8キロ、両方で5.6キロの塊が、俺の背中に平らに潰れて広がってる。
ムコがもう一歩、踏み込んだ。
完全に密着した。
俺の背中全体に、ムコの体が張り付く。胸郭、腹部、骨盤……そして何より、胸。110センチのメートル越えオッパイが、俺の背中を完全に覆い尽くす。
俺は固まった。
「え、えっと……む、ムコ?」
声が裏返った。
「なに、どうした急に。な、なんか近くね……」
ムコの顔が、俺の耳のすぐ横まで寄ってくる。
プラチナの髪が頬をサラサラとくすぐる。甘い匂いがする。
低い声が、耳殻に直接吹き込まれた。
「……昨夜は気持ち良かったな?」
耳たぶに、温かい息がフッとかかる。
「な、何が……」
「セックス。俺の胸に顔を埋めて。楽しんだだろう」
「……っ、」
昨夜のことがフラッシュバックする。
ドールハウスから帰った後、眠れなくて、あいつのKカップに顔から突っ込んで……谷間にサンドイッチされて、浅いピストンでヌチヌチ擦り付けて、頭撫でられながら……イった。
ムコの手が前に回ってくる。
細い指が俺のTシャツの裾から忍び込んできて、素肌に直接触れる。
「っ、俺は……うん、まあ……そりゃ……」
「また触りたいか」
「触るって……何を……」
「これ」
ムコが体重を乗せてきて、背中に押し付けられたデカパイが形を変えるのを感じた。
「俺の乳を。……おっぱい、だったか。その言い方の方が興奮するか?」
ゴクッ、と唾をのんだ。
ムコが続ける。声がさらに低く。
「次は、もっといろいろしていいぞ」
「もっとって……?」
「触るだけじゃない。口をつけていい」
ムコの手が、俺の腰をゆっくりさすった。
「吸いたいか? 噛んでもいいぞ」
俺は不可抗力的に前傾姿勢になって、陳列棚の縁を握りしめた。
パイズリはこの前解禁された。でも、それでも……乳首は触れてない。
だって、それやったら完全にアウトだろ。
ムコの中身は男だ。脳殻には男の意識が入ってる。俺たちは男同士だ。そういう建前で、かろうじてバランス取ってきた。挿入は……まあ、ムコのセクサロイドボディにマンコがついてるから仕方ない。パイズリも、胸があるんだから使わないと勿体ない。そういう言い訳ができる。
でも俺が吸ったり舐めたりすんのは……それは違う。
それは完全に、愛撫だ。イチャイチャだ。恋人同士がすることだ。
だから俺は避けてた。意識的に。ラインを引いてた。
でも。
でもやりてえに決まってるだろ……!!
ヤってる最中、何度思ったか。
あのピンクの乳首を口で捕まえて、舌でペロペロ舐め回して、ムコがどんな声を出すのか確かめたい。
乳輪全体を口に含んで、思いっきり吸い上げて、甘噛みして、吸引圧で赤く腫れさせたい。乳輪の周りをぐるっと一周、ネックレスみたいに歯形をつけたい。
ムコの乳全体を俺の唾液でべっとべとにしたい。
片方を口に含みながら、もう片方を両手で揉みしだいて、乳肉が指の間からはみ出るくらいギュッて掴んで、谷間に顔突っ込んで、下乳ハムハム噛んで、横乳ベロベロ舐めて……
これ全部チンポ挿入れながらやったら、絶対めちゃくちゃ気持ちいいよなぁ……
「……そうしたいか?」
ムコが言う。
俺はバカみたいに小刻みにコクコク頷く。もう言語機能を失った。
ムコの唇が、耳たぶに触れるくらい近づいた。
「じゃああのナイフを買え」
……その言葉を処理するのに、数秒かかった。
「なっ……何?」
「バズヴ・カタⅣ。買え」
は?
「……はぁああっ!?」
一気に現実に引き戻された。
肩越しに振り返ってあいつを見る。
顔は相変わらずのドールマスク。完璧に無表情。あの人工虹彩が、何の感情も映さずに俺を見返してくる。
「もちろん、別に無理強いはしない。金を節約したければそれでいい」
ムコが淡々と続ける。
「でもバズヴ・カタⅣを買わなければ、今夜はたぶん……そうだな、早めに休むことにする。お前に背中を向けて。明日から本格的に動くし、コンディションを整えておきたい」
ムコがスッと一歩後ろに下がった。
距離が開く。
腰から手が離れる。背中からも、あの5.6キロおっぱいの重量感が消える。急に寒くなった気がする。
俺は唖然として、ムコを見た。
ムコは何事もなかったかのように、別の陳列棚に視線を移して、そこに並んでるナイフを眺め始めた。完全に俺に興味を失った風を装ってる。
……こ、この……クソビッチ野郎……!!!
おっぱいで俺を恐喝してやがる。
セクサロイドOSの影響とか言い訳してみろ、絶対許さねえからな!! これ絶対お前本人の意思だろ!!
内心では怒りが煮えたぎってる。
でもさっきのおっぱい密着とあの耳元ぽそぽそ囁きのせいで股間がまだムラついてて、俺の口から出てくるのは――
「おま、それ……ズルだろ……」
しおしおの弱気ボイス。
ムコは振り返りもせずに答える。
「何のことかわからない。俺はただ、欲しいナイフについて意見を述べてるだけだ。それとは全く別の話として、今夜の就寝時間について個人的な判断を下そうとしてる。この2つに何の関連性もない」
「…………、考えさせろ」
「もちろん。急かすつもりはない。ただ……」
ムコが首をほんのわずかに傾げた。
「あのOTFナイフなしでこの店を出たら、今夜だけじゃなく、しばらく一人で寝るかもしれないな。最近、お前のリクエストに応えすぎた気もする。少し自分の時間を確保すべきだと思う。セルフケアは大事だからな。……何日か、休むか」
………………。
やめろ、と工房経営者としての俺が、頭の隅で必死に警告を発してる。
今月の収支を見ろ。運転資金を考えろ。これから先の出費を計算しろ。
わかってる。
わかってるけど、今この瞬間、経営判断を下してるのは脳みそじゃなくてチンポだ。理性は退勤した。股間が全権掌握してる。
「……レオ。最初のナイフ、貰うわ」
レオが作業台から顔を上げた。
『バズヴか?』
「ああ」
『……本気か?』
「……気が変わる前にレジ打ってくれ」
レオは肩をすくめて、取引を処理し始める。
俺は拡張視野でクレジット転送を承認しつつ、アカウント残高の数字が減るのを見ないようにした。
取引完了。
ナイフをケースごと受け取って、店を出ようと踵を返した時、レオの声がスピーカーから飛んできた。
『……彼女にいいようにやられてるな、ブラッド』
足が止まった。
振り返る。
でもレオはもう作業台に戻って、アサルトライフルの分解清掃に戻ってた。
◇
店を出た。
重い強化ドアが背後でガチャンと閉まって、下層地区の朝っぱらの喧騒が押し寄せてくる。
隣にムコが立ってた。
キャリーケースを両手で抱え込んで、胸の前でぎゅっと押さえつけてる。まるで誰かに奪われるのを警戒してるみたいに。中身はマイクロレイヴン・バズヴ・カタⅣ。俺の口座残高を豪快にえぐり取っていった、単分子エッジ加工の芸術品みたいなOTFナイフ。
……まあ、よっぽど欲しかったんだろうな。
ムコには物欲ってもんがない。なのにおっぱいを武器に俺を籠絡してまで手に入れたがったってことは、それほど気に入ったんだろう。
そう思ったら、少しは気が楽になった。
なったけど、財布は死んだ。
「ありがとう」
ムコがシンプルに言った。
「……どーいたしまして」
俺は口座残高のことを考えないように努力しながら答えた。現実的な問題は今考えたら発狂する。明日考えろ、明日の俺が何とかしてくれる。
「お前が買ってくれて、嬉しい」
不意打ちだった。
ムコがさらっと言って、心臓が変な跳ね方した。
「……っ、そっ……か。うん、そりゃ……よかったな」
ポケットに突っ込んでた手を、もう一度ぎゅっと奥まで押し込む。視線は向こうの通りの、バイクが煙吐いて走り去っていくのを追いかける。
「……金なんてまた稼げばいいし。でも調子に乗んなよ。欲しいもんがあるたびにこんな手使ってたら、マジで俺たち、路頭に迷うからな……」
「もうしない」
ムコがきっぱり言って、笑った。
いや正確には、口の端がほんの少し、2ミリか3ミリくらい持ち上がっただけだけど。
でも、それ、笑ってるだろ。
確実に。
……ずりいって。
お前そんな顔できんのかよ。
完全に俺の負けじゃねえか。
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