軍用義体を取り上げられてセクサロイドに脳殻移植されたTS重サイボーグ傭兵(元40代おっさん)が少年の性癖をバキバキに折る話 代表作

ぱふぇ

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ACT 5:CATALYST

[22] ムコのボディに隠された機能と、秘密の「副業」が発覚する。[???]

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 ムコがまたカウンターに陣取っている。

 受付番みたいにちゃんと椅子に座ってりゃいいものを、天板に尻を乗っけて、足先をぶらぶらさせながら俺の作業を眺めてる。スキンタイトスーツが全身ピッチリ真空パックしてる状態で。
 俺の方を向いてるってことは、あの暴力的なまでにデカい尻が、待合スペースの客に向かってドン、と突き出されてるわけだ。
 俺はキャリブレーション作業から顔を上げずに、ムコにしか聞こえない声量で、ぼそぼそ言った。

「おい。……おいってば」

 ムコの頭が数センチ傾いた。一応聞いてはいる、という最低限のリアクション。

「その座り方やめろ」
「どの座り方だ」
「だから、ケツ。客のほうに向けんなって。見世物になってんだろ」

 ムコがゆっくり振り向いた。
 精緻にレンダリングされた人工虹彩が、興味なさげに待合スペースを流し見る。3人の客が一斉に目を逸らした。

「それで?」
「それで、じゃねえよ……」

 声をさらに落とす。

「ちょっとは気にしろよ。あいつらどーせ裏でシコってんだぞ、お前で! ズリネタにされてんだよ! 無料のポルノサブスクかっての……」

 ムコの表情はピクリとも動かない。
 脚を組み替えただけ。その動きでボディスーツのヒートシンクパターンが鱗みたいに波打つ。

「わかりきったことだ」
「は?」
「セクサロイドOSが自動検知する。周囲の男の視線、性的興奮の度合い、勃起状態。半径3メートル以内なら約95%の精度でフラグが立つ」

 俺の手が止まった。
 診断ツールが指から滑り落ちて、作業台にカツンと当たった。

「……何だそれ」
「このボディのデフォルト機能だ」

 抑揚のない低い声。

「OSの設計目標は、性的接触の機会を最大化すること。そのために常時、潜在的なクライアントの欲求状態を評価している。心拍数。瞳孔径の拡大。発汗に含まれるホルモン濃度。システムはセンサー範囲内の男から生体データを収集し、興奮指数を算出する」
「……お前が言ってんのは、つまり」

 頭がうまく回らない。

「マスター登録されてる俺以外でも……その辺の誰かが勃ってても、わかるってこと?」
「うっとうしいが、そうだ。最後にいつ射精したかも、かなり正確に推定できる。あいつは3日前だな」

 ムコは隅にいるガタイのいい傭兵に向かって、顎をしゃくった。

「ドア横のは16時間前。その隣の奴は――」
「ストップ。ストップストップストップ!!」

 俺は両手を挙げた。

「……え、いや、初耳なんだけど。お前、いっつもそんなの感じ取ってんのかよ」
「OSがな。望もうと望むまいと、勝手にデータが流れ込んでくる」
「じゃあ、ずっと知ってたってことか……今この瞬間も、あいつらがどんだけムラついてるかも」
「ああ、常時稼働だ。正直煩わしい」

 ムコの視線が宙を泳いだ。何もない空間の一点を見つめて、目だけがわずかに左右に動いてる。
 俺には見えない何かを追ってる。たぶん、こいつの視界の端に流れてるログエントリ。

「近くにいる男が一定以上の興奮指数に達するたびに、OSが推奨行動レコメンドを生成してくる」

 淡い色の目が、ちらりと待合スペースへ流れた。

「たとえばさっきの3日間抜いてない男。OSは奴を、高優先度とフラグしてる」
「……高優先度って……何の」
「性的接触を持ちかける対象だ」

 さらりと言った。

「通知がかなりうるさい。人混みだとひっきりなしだ」

 俺はしばらく、ムコを見つめたまま動けなかった。
 顔から血が引いてるのか、逆に上ってるのか、自分でもわからない。

「それ……かなりやばくねえか、ムコ」

 ムコが言ったことの意味。それが頭の中で形を取っていく。
 どこかの誰かがあの乳やケツ見て勃起して、ムコとヤりたいと思ったら、あいつのボディのOSが耳元で囁いてくる。――奉仕しろ、射精させろ、それがお前の機能だ――。
 ムコの意識とボディの制御を分け合ってるセクサロイドOS。その気になれば主導権を奪えることは、もう証明済みだ。
 そしてムコとヤりたがる男なんて、どこにでもいる。店で、路上で、毎日、どこに行っても。

 ムコは何ヶ月もそんなのを抱えて暮らしてて、一度も口にしなかった。俺の工房で、毎日客に囲まれてるのに。そいつらの大半は、ドールと見たらヤることしか頭にないような連中だ。

「……どうやって対処してんの、それ」
「しつこい広告みたいなものだ。うるさいだけで、強制はされない」

 ムコは工房のほうに向き直った。会話は終わりだ、と言わんばかりに。

「無視することを覚えた。大抵はな」

 ――大抵は。
 その言葉が、棘みたいに頭に刺さって、その日ずっと抜けなかった。



 あの会話の後、考えずにはいられなくなった。
 客が入ってきてムコに視線が向かうたびに、想像が走る。
 今、ムコのシステムは何を検知した? OSは何を送った? こいつのために脚を開けってプロンプトが出てんのか? 今すぐ膝ついてしゃぶりつきたい衝動を抑えてるのか?

 だってムコが言ったことの意味は、こうだ。
 あのボディの近くで男が興奮するたびに、OSがセックスしろって促してくる。ボディが欲してる。ムコ本人じゃなくて――中にいる男じゃなくて――殻が、カグラザカのエンジニアリングが、クグツメのセクサロイドアーキテクチャが。男の興奮を嗅ぎつけて満たすようにできてる。それがボディの存在理由だ。

 マジで頭がどうにかなりそうだった。
 なのにムコはいつも通り。無表情で、無駄のない動きで、部屋中の男から注がれる性的な視線に対して、完璧に無関心。
 あの借り物の殻の中で、ムコが言ってない他のことも起きてるんじゃないかと思わずにいられない。

 翌日、ある客が来た。
 アーマテク系PMCの傭兵。四半期のメンテナンス契約を結んでるリピーターで、定期キャリブレーションに通ってくる。最近は来店頻度が上がってた。
 まともな部類の奴だと思ってた。清潔感あって、稼ぎも安定してる。トラブルを起こさない。……だがここ何回かの来店で、こいつもムコの周りで様子がおかしくなる連中の一人だと気づき始めていた。
 それでも俺は無害だと踏んでいた。確かにムコガン見勢ではあったけど、見てるのバレたら気まずそうにする程度の自覚はあるみたいだったし。

 今日もいつも通り診断を走らせて、レスポンスカーブを微調整した。支払いを済ませた後、そいつは帰らなかった。待合スペースでグズグズしながら、何とも言えない表情でチラチラと視線をムコに送ってる。
 数分そうして迷った末、近づいていった。
 ムコが顔を上げた。冷たいドールアイが、そいつと目を合わせる。
 短く言葉を交わして、2人連れ立って工房の奥に歩き出した。トイレとパーツ倉庫を過ぎて――裏口に続く薄暗い通路へ。人目を避けたい理由でもなければ誰も行かない場所だ。
 角を曲がって、2人の姿が消えた。

 ……何なんだよ。

 ムコとの会話が頭をよぎった。
 OSが勝手に男の興奮を検知して、推奨行動レコメンドを出してくる。
 まさか、とは思う。ムコがそう簡単にOSに流されるとは思えない。
 ……まさかな。
 でも、もし。ムコが、あの「うるさい通知」に従う気になったとしたら?

 俺は心の中で10数えて、工具を置いた。軽く伸びをするふりをして、何か用があるような顔で、さりげなく奥へ向かった。

 通路は狭くて、埃っぽい。
 俺は曲がり角に体を押し付けて、耳をそばだてた。

「――もう待てないんだって……っ」

 男の声が聞こえた。
 キルカウント2桁は確実にいってるだろう現役の傭兵が、情けないくらい切羽詰まった声を出してる。

「期限は1週間だっただろ。10日経ってんだぞ、10日。店が臨時休業だったのは知ってる、でも俺はもう……っ、死にそうなんだ」
「すまない。タイミングが悪かった」
「……頼むよ、ムコ。お願いだ。今日返してもらわないとまずい……」

 ……何だこの会話。返すって、何を……?
 間があった。ムコの低い声が続く。

「……ん」
「何だ?」 
「失くしたかもしれん」
「はぁあっ!?」

 男の声がひっくり返った。

「たぶん。……わからん」
「嘘だろ。おい、冗談じゃねえぞ……」

 息遣いがここまで聞こえる。

仕事ジョブにアサインされてんだよ……! 明日には出発なんだ、それがないと……クソ、何週間も向こうで……っ」

 言葉がハァハァと荒い息に溶けていく。でもパニックとは違う。焦ってるのになんつーか……どっか嬉しそうなハァハァだ。
 ……こいつ今、興奮してんのか?

「……クソ、マジで言ってんのかムコ……お前にはわかんねえよ、この10日間どんだけキツかったか……っ、ムコ……♡」

 息を切らして名前を呼ぶ声に、恍惚みたいなものが混じってる。
 ガサゴソと布ずれの音。俺は角から覗いた。
 ムコがODグリーンのコンバットジャケットのポケットをまさぐってる。急ぐ気配はない。むしろわざとらしいくらいゆっくりだ。
 男は向かいの壁に背中をつけて、顔を真っ赤にして、ムコの一挙一動を食い入るように見つめてる。ムコより頭半分は背が高いし、体重は50キロ近く重いだろうに、力関係は完全に逆転して見える。

「……待て。別のポケットだった」

 内ポケットから出てきた手に、小指の爪より小さい何かが挟まれてた。
 ムコがピッと弾く。薄暗い通路を横切って、金属の反射がキラッと光った。
 男はひったくるように空中でキャッチした。何らかの感情で感極まって、受け止めた手がブルブル震えてる。

「これで清算だ」
「ッ、ハァッ……お前……お前って奴は本当に……っ」

 よろめく足音が近づいてきて、すぐ横を通り過ぎていった。
 手の中の何かに夢中で、壁に張りついてる俺のことなんか眼中にない。正面ドアのチャイムが、そいつの退場を告げた。

 俺は通路に立ったまま、置いてけぼりだった。
 ……今の、何だったんだ???



 その夜、閉店後の静かになった工房で、俺は店仕舞いをしていた。
 ムコは客用ソファに沈み込んでいる。膝の上には白い塊。

 あの薄汚い野良猫がここに現れてから、まだほんの数日だ。ムコが俺の昼飯のつくね串をほぐして食わせてやったのが運の尽きで、以来我が物顔で居座ってやがる。
 工房の棚という棚に飛び乗った。白い毛を撒き散らした。客用ソファの肘掛けを爪でガリガリやって、合成皮革の下のスポンジが覗き始めてる。やりたい放題かよ。
 ムコは初日のうちにそいつを風呂に入れた。
 シャーシャー威嚇して暴れる猫をシャワーブースに引きずり込み、こびりついた工業汚れをゴシゴシ洗い落とした。猫はムコの指を食いちぎろうと必死だったが、無駄だった。あの指は軍用グレードだ。洗い終わって乾かしてみれば、ふかふかの白い毛玉だった。
 今はムコの膝に丸まって、すっかり和解したって顔。チムチした太ももを専用ホットカーペットか何かだと思ってるらしく、ムコが少しでもじっとしてると、すぐに寄ってきて眠りこける。
 どうやら恐怖のKカップとは手打ちが済んだらしい。

 ムコの指先が、ちぎれた方の耳の後ろを掻いてやってる。何年も前に何かに齧られたような、ギザギザの断面。猫は気持ちよさそうに目を細め、喉をゴロゴロ鳴らしていた。

「ネコ」

 ムコが静かに呼びかける。
 それがこいつにつけた名前だ。「ネコ」。日本語でCatって意味らしい。……名前として成立してんのか、それ。

 俺はシャッターを下ろし、ロックコードを入力した。ガチャン、と金属音が工房に響く。振り返ると、猫が片目だけ開けて俺の存在を確認し、興味なし、と判断したらしくまた閉じた。
 作業台の端にもたれながら、俺は口を開いた。

「今日、客とコソコソ何かやってたろ」

 ムコの手が、掻く動きの途中で止まった。猫が小さく抗議の声を上げる。

「見てたのか」
「たまたまな。お前が持ってた小さくて金属っぽいやつ。何だったんだ?」
「ああ。あいつの鍵だ。返した」

 ムコは何事もなかったように撫でる作業を再開した。猫のゴロゴロも再開される。
 俺は説明の続きを待った。来なかった。

「……なんでお前が、どっかの傭兵の鍵なんか持ってんの?」
「取引だ。預かってるだけで金をもらえた」

 俺が反応する前に、ムコのフリーな手がODオリーブドラブジャケットのポケットに入り、何かを俺に向けて弾いた。
 反射的にキャッチする。体温で温まった小さなウェハー。クレジット素子だ。
 習慣で手首のリーダーにかざし、残高を確認する。

「……はぁっ!? こんなに!?」

 声が引き攣った。

「ムコ……これマジで結構な額だぞ。その鍵めちゃくちゃヤバいブツなんじゃねえの? 違法なアクセスコードか? 脅迫ネタか? ……まさかまたヤバい案件に首突っ込んでんじゃねえだろうな……」
「合意したレートで受け取った報酬だ。鍵自体にも違法性はない」
「じゃあ何、」
「あいつの貞操器具コックケージの鍵だ」
「……コック、え?」
「コックケージ」

 ……………………。
 俺の脳が強制シャットダウンからの再起動を余儀なくされた。
 ムコは会話用の手榴弾を投げ込んだばかりだってのに、何事もなかったように猫を撫で続けている。

「男性用の貞操器具だ。あいつは自分のペニスをケースに閉じ込めて、物理キーで施錠した。10日前に、唯一の鍵を俺に預けた。俺は管理料として金を受け取った」

 ムコの指は穏やかに、猫のもう片方の耳の付け根を見つける。喉のゴロゴロ音が一段と大きくなる。

「かなり拘束性の高い器具だ。性器の根元に金属のリングを嵌めて、竿全体を医療グレードポリマー製のケースで覆う。ケース長は45ミリ。先端に排尿孔があるが、それ以外は完全密閉されている。……向こうからこの取り決めを持ちかけてきた際に、詳細なスペックを説明された」

 ムコはこの情報を、軍用サイバネの仕様でも読み上げるように淡々と述べた。

「待て待て待て、わかんない。整理させてくれ。あー……あいつはまず……自分から、自分のモノを、わざわざ檻に入れた?」
「ああ、器具はペニスを下向きに固定し、勃起を物理的に妨げる。膨張に対応できないサイズだから、興奮した瞬間に痛みで抑え込まれる。オナニーも、挿入を伴う性行為も不可能になる」

 間。

「……前立腺刺激による射精は理論上可能だが、本人はそれも自分に禁じていると言っていた」

 俺はムコを見つめた。
 ムコは見つめ返してきた。
 猫がゴロゴロ喉を鳴らしていた。

「そいつはお前に金払ったんだよな。結構な額を。こんな……オナ禁? みたいなことのために……?」
「正確には、俺に管理されることに金を払った。10日間。当初の約束は7日だったが、店店の臨時休業で延びた。……無断の延長については、文句を言っていたわりに喜んでたようだな」
「……なんでだよ」
「興奮するからだ」

 ムコは至極当然のことだが? みたいな真顔で答えた。

「素材は脆い。その気になればいつでも壊して出られる。だが本質は物理的な拘束じゃない、心理的な支配だ。俺に鍵を預けることで、俺の許可なしにはオナニーもセックスもできないという錯覚を作り出す。射精する権利を俺に握られているという構図……それ自体がかなりの興奮を生むらしい」

 俺はあいつの切迫した声を思い出していた。
 ムコに鍵失くしたかもって言われて、なんかめっちゃハァハァ言ってたのも。

 大の男だぞ。しかも相当鍛えてる。身体はバキバキに仕上がってる、テストステロンがドバドバ出て、定期的に抜かなきゃやってられないタイプだ。
 そうでなくとも男は勃つもんだ。男はシコるもんだ。射精は贅沢じゃねえ、メンテナンスだ。

 ムコはそれを取り上げた。

 想像してみた。
 勃ちたいのに許されないっていう。
 男としての一番基本的な機能を、否定されるっていうのを。

 毎朝目が覚めて、体は健康な男の体がやるべきことをやろうとする。血が下に流れ込んで、海綿体が膨らみ始めて――痛み。ポリマーの壁が、1ミリも譲らない。
 勃起できない。自分で触ることもできない。手が自然と下に伸びても、触れるのはツルツルのポリマーだけ。
 何かにムラッとくるたび、うっかり擦れるたび、即座に罰。ケージが食い込んで思い出させてくる。お前のチンポはもうお前のもんじゃねえぞ、って。
 たとえ女の方から誘ってきたとしても、何もできなかったはずだ。バーでその気がありそうな女と目が合って、モーションかけられても、連れて帰れない。まともな男みたいにちゃんと勃つことすらできないんだから。ヤれるマンコがすぐそこにあるのに、チンポはしょぼくれたまま小さな牢獄の中。

 それが10日。
 圧力がどんどん溜まってくのに、抜く手段がない10日間。
 たぶん座って小便しなきゃいけない生活。
 金玉が重くて、チンコが檻の中で必死にもがいて、思いっきり膨らみたいのに許されなくて。排泄器官じゃなくて生殖器になりたい、ションベン以外のものをぶち撒けたい……
 あいつたぶん発狂しかけてたぞ。シコりたくてシコりたくて。
 いや、それ以前か。海綿体フルに充血させて、バッキバキに勃たせられるだけで相当気持ちいいだろ。小さすぎるケースに閉じ込められて、ずっとなりたい形になれてない。

 その溜まりに溜まった欲求、フラストレーションは全部、ムコに向かってる。
 苦しみから唯一解放してくれる存在として。

 ドールフェイスでKカップで脚がバカ長いセクサロイドが、細い指先にあいつの尊厳をぶら下げて弄んでるのを幻視した。
 どうでもよさそうな顔で。

 『――返してほしいのか? ああ、そうだな。気が向いたら、な』

 冷たくて、近寄りがたくて、壊滅的にエロいボディのムコ。
 中身は男だ。でも40年間、生身の生理機能をオミットした全身義体フルボーグで過ごしてきた。射精なんて何十年もしてない。する必要がない。精液を溜め込む苦しみなんか、とっくに忘れてる。
 だからたぶん、本気で理解できないんだ。
 生身の男がどれだけチンポに振り回されてるか。どれだけ射精に支配されてるか。
 理解できてないから――見下してる。
 チンポの奴隷みたいにハァハァ言ってる男のことを、心底くだらないと思ってる。

 実際のムコは、来店と来店の間なんかあいつのこと考えもしてなかっただろう。
 工房でゴロゴロして、ソファで昼寝して、どっかで男がもだえ苦しんでるなんて欠片も気にしてない顔してた。唯一の脱出口を握ってるくせに。ジャケットのポケットに小銭みたいに突っ込んで、体温で温めながら、普通に持ち歩いてた。
 なんなら俺とヤってたからな。あの傭兵がガチガチに施錠されて、シャワーでシコることすらできなかった間、5回は俺とセックスしてた。

 腹の奥で、なんか落ち着かないものがうずいた。

 プロの傭兵が本気の懇願してたんだぞ。ムコに。チンポ返してくれって。
 デカくて強い男が、チンポにケージひとつ嵌めただけで、なった。通路で見た、震えながらムコの名前をほとんど喘いでた、あの必死な姿に。
 男って、簡単だな。
 どんなに強くても関係ない。キルカウントいくつだろうと。どんだけクローム積んでようと。
 チンポひとつロックされちまえば、もう無力。必死でみっともない状態に成り下がる。

 ……わかったよ、まあ、なんか……わからんでもない部分が……。
 エロいとは言わない。言わねえぞ。俺は芽生えかけた危険な理解を小さな箱に押し込んで、脳内の一番暗い隅っこに蹴り飛ばした。
 だってイけないんだろ!? どんだけエロくても!! 最後の最後で絶対イけないんだろ!?? だったら何が楽しいんだよ!? シコれない、ヤれない状態で興奮したままうろつき回って……それって拷問じゃん。
 どこで気持ちよくなんの? 出せないんだったら快感はどこで発生すんだよ……
 ああもう、頭痛くなってきた。

 ムコは俺の内部崩壊なんか知ったこっちゃないって顔で続けた。

「OSの参照データでは、『キーホールディング』……支配・服従D/sプレイの一種らしいな」

 俺は天を仰いだ。
 この天井の向こう、コンクリと鉄骨とスモッグを突き抜けた先には、星があるはずだ。銀河がある。広大な宇宙がある。
 目の焦点が遠くなっていくのを感じた。脳が現実を拒否して、どこか遠い場所に逃げようとしている。
 実際に見えてるのは、染みだらけの汚い天井だけだった。

「わかんねえよお……」

 半泣きで言った。

「あいつドMかなんかなの? そこそこ顔いいのに、その気になりゃ普通に女とヤれるだろ……なんでわざわざ……」
「俺の関心事じゃない」

 ムコが言った。
 一拍置いて、付け加える。

「だが金払いはいい」

 クレジット素子がまだ手の中にあった。
 俺は呆然としたまま、とりあえず自分の口座に転送した。突然、来月の資金繰りが楽になった。

「……とにかく、もうやんなよ。キモすぎる」
「楽な金だった」
「そういう問題じゃねーんだよ。とにかくこの……何だよこれ……チンコの鍵預かりサービスみたいなの、もうやめろ。広まったらどうすんだ、うちの工房がそんなサイドビジネスやってるって……ッ!」

 ムコの表情は変わらない。でも首を傾げる仕草に、何か考えを巡らせてる気配があった。

「動揺しているな」
「困惑してんだよ……」
「この収入は店の運営費の補填になる」
「チンコ鍵マネーで運営費を補填したくねえよ!!」
「本気でやれば、この手の取引でかなり稼げるぞ。頻繁に誘いを受けてるからな」

 ムコがさらっと言い放った瞬間、俺は鋭く顔を上げた。

「……誘い? 何の話だよ」

 ムコの手が猫の背中で止まった。
 ドールアイが、一瞬だけ俺から逸れる。「言うつもりのないことまで言った」って白状してるようなもんだ。

「……外出中に時々、取引を持ちかけてくる連中がいる」

 背中に嫌な汗がじわっと滲んだ。
 ムコは時々一人で外に出る。大抵は俺のお使いだ。飯買ってきてもらったり。サプライヤーから発注した部品を引き取ってきてもらったり。せいぜい工房から数ブロック圏内の用事。
 こいつはどんな揉め事でも楽に捌けるし、ブッチャーはあの夜にぶちのめされてからなりを潜めてる。
 だから俺は何も考えてなかった。なんにも。
 
「どんな……取引」
「こいつは特にしつこかった。俺のを知ってるような口ぶりだったな」

 ムコがポケットを探って、紙切れを引っ張り出す。
 ソファの上にぽいと置いた。
 ポケットに突っ込まれてクシャクシャになった切れ端に、乱暴なブロック体の手書き文字が殴り書きしてある。酔ってたか興奮してたか、たぶん両方だろうって震え具合で――

『チンポ声のドール
 ずっと見てた ヤりながらその声聞きたい
 電話しろ
 XXX-XXX-XXX』

「……渡されたのいつ」
「3日前だ。部品サプライヤーからの帰りに男が、数ブロック尾行してから近づいてきた」
「お前、普通に受け取ったの」
「ポケットに押し込まれた。揉めるよりは楽だ」

 イメージが脳内に叩き込まれてきた。
 ムコが街娼型のドールみたいに男どもに値踏みされて……
 やめろ。やめろ。やめろ……

「……ダメだ」

 ムコが俺を見て瞬きした。

「……エロいことで金もらうのは禁止だ。絶対に。セックスも、手コキも、フェラも、見せるだけも、触らせるのも、近くで射精させんのも、車とかトイレとかどっかで男と2人きりになんのも……全部ダメだ!! わかるか? ドールみたいなことすんなって言ってんだよ!! 体の一部だって売んな。口も! 手も! ……どの穴も! 変態がカネ払うから触らせろとか言ってきたら断れ! 掴んできたら腕へし折れ! それでも聞かねえなられ!!!」

 そこまで吐き出して、俺はゼエゼエ息を切らしてた。心臓がバクバク鳴って、たぶんムコのセンサーに丸聞こえ。
 ネコが何事かと顔を上げる。ムコは微動だにしなかった。

「あとなんだ……膝に乗んのも、脱ぐのも、配信とか……下着売んのも……」
「俺は下着を履かない」
「そういう問題じゃねえっつってんだろ!!」

 猫がムコの膝から飛び降りて、作業台の下に逃げ込んでこっちを睨んでる。
 俺は無理やり息を吸い込んだ。

「……なんでこんなこと考えてんだよ。お前に金のことで不自由させてないつもりだけど。工房だってちゃんと回ってるし、お前の傭兵の仕事ジョブだって……」
「傭兵稼業は、俺の元の義体を追うための手段だ。依頼が安定して入る保証はない」

 ムコの声が俺の言葉を遮った。

「お前が俺に施した改造。俺を戦闘可能にするための資材は、お前の貯金から出てる。まだあの出費から回復できていないだろう。帳簿は見た。数字は把握してる」

 俺は止まった。
 ムコは今、床を見つめてる。プラチナブロンドの髪がさらりと垂れて、整いすぎた人形の顔を俺の視線から隠す。

「お前の帳簿の上で、俺は支出欄にしか存在しない」

 ……ああ。
 ……クソ。
 そういうことかよ。

「ムコ……」
「俺は負債だ」

 あくまでも、声に感情はなかった。ただ事実を述べてるだけ。

「このボディででできることで埋め合わせられるなら、そうすべきだと思った」

 OTFナイフを欲しがったとき、こいつには金銭感覚ってもんがないんだろうなと思った。元メガコーポお抱えのフルボーグ。何十年も、必要なものは全部上から降ってくる環境で戦ってきたんだから、金の概念なんて希薄で当然だ。
 でも、俺の経理データを見て、初めてわかったのかもしれない。
 あのナイフひとつ買うのにどんだけ迷ったか。弱小工房の技師テッキーの蓄えで、改造費用を工面するのがどれだけギリギリだったか。
 あーあ。情けねえな、俺。

 ……いや、まあ、それとチンコ鍵の件は別の話だけど。あれは10日前から始まってたらしいし。

 俺はムコの隣にドサッと腰を下ろした。
 沈黙が降りる。

「ずっと、そんなこと考えてたのか」

 ようやく聞いた。

「自分がお荷物だって」

 返事はなかった。
 それが答えだ。

「違えよ」

 俺は頭をガシガシと掻いた。

「マジで違うから。前にも言ったろ、金のことは俺が気にする問題であって、お前の問題じゃねえって。お前の仕事はお前でいること。依頼が来たら傭兵として動く。それ以外は備えてろ。それでいい」
「俺は普段、お前にほとんど何も返せてない」
「嘘つけって。手が足りねえとき手伝ってくれるだろ。面倒な連中追い払ってくれるだろ。あと……その。夜とかも。助かってる、し……猫だって、拾ってきたろ。お前は……」

 言葉が喉に詰まった。
 お前はいてくれるだけでいいんだよ。
 なんでそれがこんなに言えねえんだ、俺は。

「お前は……ここにいんじゃん」

 情けない締めくくりになった。

「それでいいんだよ。別に」

 ムコはしばらく黙ってた。
 工房がしんと静まり返ってる。

「いいのか。猫も」
「いい。家主が言ってんだから。な?」

 俺は息を吐いた。

「自分の体、売ったりすんな。いくら積まれても。わかったな」
「……了解した」
「よし。じゃ、この話は終わり。もう――」

 ふと、嫌な予感が頭をよぎった。

「……ムコ。まさかとは思うけど。他にも何か、俺に言ってないこと……ないよな」

 沈黙。

 ムコがまたポケットに手を入れた。
 チャリン、チャリン。
 小さな鍵が2つ、俺たちの間のソファに置かれた。

「これで全部だ」

 俺は鍵を見つめた。

「………………この街に何人いんの、お前のせいで射精できなくなってる奴」
「今日の分を合わせて、3人。この取引は今夜の会話より前に成立してる」
「これいつ俺に言うつもりだったの」
「今言ってる」

 猫が鍵の一つを前足で弾いた。ソファから転がり落ちて、床をカラカラ音を立てて転がっていく。それを追いかけて駆けていった。
 俺は頭を抱えた。

 ――――……

 ルールは決めた。ムコも了解したって言った。
 これで大丈夫だと思った。

  ……俺はひとつ、致命的なことを忘れていた。
 ムコの中には、ムコ以外のものも住んでいるってことを。
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