軍用義体を取り上げられてセクサロイドに脳殻移植されたTS重サイボーグ傭兵(元40代おっさん)が少年の性癖をバキバキに折る話 代表作

ぱふぇ

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ACT 5:CATALYST

[21] フィクサーからの連絡を待ちながら、工房の日常が戻ってくる。[セクハラ]

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 深夜過ぎ。
 データパッドの青白い数字の列が、俺の顔だけを浮かび上がらせてる。

 工房の運営経費。
 消耗品と基本パーツの補充で2,420クレジット。
 高額パーツの取り寄せが今月は2件あって、それが6,180クレジット。
 雑費で1,400クレジット。
 光熱費と廃棄物処理が5,180クレジット。
 ……産業用電力契約でこれでも抑えてる方だ。義体修理用の機材は電気をバカ食いする。3階に入居してるネットランナーのダイブリグも相当な消費量だ。そいつの分は家賃に上乗せして請求してるとはいえ。
 爺ちゃんから相続したこのビルには、工房と俺の居住部の他に貸し部屋が3つある。全部埋まってるから、家賃収入で固定費の一部は賄えてる。でも上層地区の不動産じゃないんだ、入ってくる額なんてたかが知れてる。

 目頭を揉みながら、今月の収支をスクロールしていく。
 未回収の請求書はだいたい回収できた。毎度シブってくるクソ客を除けば、キャッシュフローはなんとか安定しつつある。
 取引履歴の一番下に、バシリスクからの報酬がどんと鎮座している。それが唯一の救いだ。

 最高級セクサロイドを戦闘用殺戮マシンに改造するっていうイカれた賭けに出て、一応は勝ちを拾った。代償として、何年もかけてコツコツ積み上げてきた非常用資金が消し飛んだ。
 なんたって新ソ連圏のサプライヤーから仕入れた軍用グレードスキンだけで、うちの年商に匹敵する額だ。おかげで極上のおっぱいを堪能できてるわけだし、後悔はしてないけどな……。
 今後大きな設備故障が一発、売上がコケる月が一回あったら、また飯抜き生活に逆戻りだ。

 椅子の背にもたれた。
 今月はギリギリで乗り切った。しかも傭兵仕事の臨時収入が入ってきてこれだ。
 アダーが約束してくれたフィクサーとの接触はまだ音沙汰なしで、「詮索するな」って釘を刺されてる。
 そのフィクサーだって定期的に契約を投げてくれるとは期待できないし、傭兵稼業の収入があるったってせいぜい散発的だろう。あてにはできない。

 工房を回し続けるしかないってことだ。
 昼は義体技師、夜は殺しの片棒担ぎ。爺ちゃんが聞いたら何て言うかな。

 数字の列をハイライトして、来月の予想経費を計算してた時だった。

 どたぷっっ♡ と。
 何かとんでもなく柔らかいものが、俺の頭の上に乗っかった。

 見上げなくても正体はわかった。
 2つの球体に分配された5.6キロのダイラタンシーポリマーが、俺の頭蓋骨を棚代わりにしてやがる。

「……ムコ」
「ん」

 データパッドの暗い部分に映る反射で、ムコが俺の椅子の後ろに立って前かがみになってるのが見えた。
 視線は俺じゃなくて画面の方を向いてる。俺の財政不安がそんなに面白いのかよ。

「……見てねえでどけろ。仕事中」

 重みは動かない。むしろムコがもう少し体重をかけてきて、柔らかい塊が俺の頭の上で潰れて広がるのを感じた。
 俺はイラついた声を出そうとした。

「ムコ。マジで」
「胸が重い。残すことにこだわったのはお前だろう」
「だからって俺の頭を乳置き場にしていいって話にはなんねえだろ」
「ちょうどいい高さだ」

 こいつ……。
 出会った頃のムコなら、「すまない」とかなんとか一応それっぽいことを言って、すぐ一歩引いてた。
 4ヶ月経って、すっかりふてぶてしくなってる。経理を乳で邪魔することに、もう何の抵抗もないらしい。
 
「売掛金の滞留が気になる」

 声が頭上から降ってくる。

「3件、30日超過だ」
「知ってる」
「支払い条件を厳しくすべきだ」
「わーってるって。いいからどけ」

 やっと、ありがたいことに、圧迫する温もりが持ち上がった。
 足音がして、気配が隣に落ち着く。ムコがデスクの端に腰を下ろした。
 あれだけトップヘビーなボディなのに、動きは恐ろしく軽い。タクティカルボディスーツは胸骨の真ん中までジッパーが開いてて――家の中でのデフォルト状態――拘束から解放されてるKカップがゆっさり重く揺れて、落ち着いた。
 俺はスプレッドシートに視線を戻した。

「なあ、金のことは心配すんな。俺の仕事だから」
「お前の予備資金の大半は、俺の戦闘改造に消えた」
「だから俺がなんとかするって」

 別の行をハイライトして、エントリを消して、打ち直す。

「爺ちゃんが死んでから2年、この店ずっと回してんだぞ。バシリスクの金で息継ぎできたし、大丈夫だ」

 ムコが黙った。
 瞬きしないドールアイが、俺の横顔に貼りついてるのがわかる。

「……そうか」
「そうだよ」

 ムコに言わなかったことがある。

 ――俺、この生活割と気に入ってるんだよな。

 正直、ムコは戦闘以外じゃほとんど役に立たない。
 たまに工房を手伝ってくれることはある。俺が作業してる間パーツを持っててくれたり、部屋の反対側から工具を取ってきてくれたり。まあ、一人でできることばっかりだ。俺は大したこと頼まないし、ムコも必要以上に進んでやろうとはしない。
 ゴロゴロしてる。それがムコのメインの活動。
 サイボーグニンジャ部隊を素手でバラせる凄腕傭兵は、荒事のない大抵の日は俺につきまとうだけだ。ソファでだらけて、俺の仕事を観察するか、店内をあてもなくうろうろしてる。Kカップ揺らして、店の客の視線を残らず吸い寄せて。
 ……気が向いたら夜、ヤらせてくれる。

 俺はそれでいいと思ってる。
 いいどころか、もっとだ。

 こいつが屋根の下で暖かいベッドで眠れるのは、俺が光熱費払ってるからだ。メンテされた体でそれなりに快適に存在できてるのは、俺がやり繰りしてるからだ。
 ……養ってる側でいるのって、悪くない。
 バカだし、爺ちゃん譲りの古い考え方なのは自覚してるけど。ちょっと男になった気がするんだよな。

 ムコが来る前、俺は一人だった。爺ちゃんが死んで、親はとっくにいない。
 ボロい工房で他人のサイバネ直して日銭を稼いで、先のことなんか考える気も起きなかった。
 今は、生き延びる以外に働く理由がある。
 ……金のかかる奴だけどな。

 スプレッドシートを保存して、デスクに前のめりで固まってた体を伸ばすと、あちこちがバキバキ鳴った。

「出てくるわ。メシ買いに」

 3ブロック先の串焼きスタンドは深夜まで営業してて、夜勤帰りの連中や俺みたいなワーカホリックを相手にしてる。店のおっさんは余計な口をきかないし、串はまともだ。
 あそこか、5番通りの中華屋からドローンデリバリーを頼むか、自炊する気力がないときの選択肢は、だいたいその二択。

「食って帰るから。先寝てていいぞ」

 ジャケットに袖を通しながら付け足した。
 ムコはデスクから動かない。
 俺が開きっぱなしにしたディスプレイに目が固定されてる。俺たちの経済状況が丸裸になったスプレッドシートに。

「……起きて待ってなくていいからな」

 返事は聞かずに、ドアを押した。
 俺はネオンが滲んだ夜に出ていった。



 その後の数日で、日常と呼べるものに落ち着いた。
 フィクサーから連絡待ちしてる間も、工房は相変わらず俺の手を必要としてる。

 ドアチャイムが来客を告げた。
 入ってきたのは常連の一人。戦闘MOD満載の重サイボーグ。メガコーポとの太い契約で、いわゆる「ホットゾーン」を飛び回って稼いでる傭兵だ。
 企業戦争は表向き終結したことになってるけど、コーポ同士の代理戦争は世界中で続いてる。紛争地帯、内戦国、政情不安定な辺境――戦場を移して、正規軍として送り込めない戦力をPMCに肩代わりさせてるだけだ。金払いはいいけど、義体の損耗が半端ないタイプの仕事。

「おう、ブラッド。来たぜ」
「……予約時間、間違えてるぞ」
「わかってる。近場で用があったんだよ、ちょっと早めに来ちまった」
「……。座って待ってろ。順番来たら呼ぶから」

 重い足音が待合スペースに向かう。で、予想通りというか……

「あー。ムコちゃんは、今日いるの」

 ため息を隠す気にもならなかった。
 親指でソファの方向を刺す。

「見りゃわかんだろ。そこ」
「……だな。サンキュ」

 いつの間にか、常連客の間で共通認識ができあがってる。修理のついでに、ボーナスで目の保養がついてくるってな。
 ムコはすっかり工房の一部になっていた。

 最初、客たちはバカみたいなプロポーションの激エロ女がカウンターの奥をうろついてるのに気づいた。
 次に、そいつがいつまで経っても帰らないことに気づいた。
 そっから質問攻めだ。誰なんだ、何してんだ、お相手してくれるのか――俺は当たり障りのない説明を捻り出さなきゃいけなくなった。

 工房の用心棒バウンサー
 ムコは、軍用グレードのテックを扱う店にありがちなトラブルを抑止するためにいる。……表向きは。
 もちろんそんな建前、誰も本気で信じちゃいない。実際セキュリティ上の価値なんて微々たるもんだ。いろんな組織の傭兵たちが出入りする店ってだけで、暗黙の中立地帯みたいなもんになる。別に毎日強盗が来るわけじゃないし。
 あのボディを一目見りゃ、全員の思考は同じとこに行き着く。
 ……金払ったらヤらせてくれんの??? と。

 最初の数週間、客の何人かは運試しをした。
 下品なコメント、さりげないボディタッチ。どこまでいけるか、ヤれそうか、境界線を探る。
 エスカレートした一部の客に対して、ムコはスマートに対処した。まがりなりにも戦闘で食ってる男の腕を一瞬で極めて、無力化して、床に転がして、プライドを粉砕した。
 それで静かになった。
 過剰な暴力ってわけじゃない。やりすぎたら商売に差し支える。でも、Kカップの美女が人工皮膚リアルスキン張りの腕で関節を極めながら、あの空虚なドールアイで見下ろしてきて、低い男の声で「やめておけ、俺は男だ」と囁いてくるのは――かなりクる体験だ。大抵の奴は、二度目を試そうとは思わない。

 噂はすぐに広まった。
 ブラッドの店に常駐してるエロい女は、中に男の脳殻が入ってる。なんでそんな事態になってるのかは誰も知らないが、とにかく手を出したら殺される。そしてなんか全員リスペクトしてる。
 見るだけ、お触り厳禁。
 そのハウスルールは早い段階で確立された。
 ただし、心ゆくまでガン見はできる。無限ズリネタ提供マシーンだ。

 今日、ムコは寝てた。
 正確には「待機モード」だ。ムコが言うには、セクサロイドのOSがそうするように促してくるらしい。マスターからの呼び出しがないとき、システムリソースを節約するため、スリープ状態を推奨してくるんだと。
 軍用規格の脳殻自体は長時間睡眠を必要としないから、ムコ自身は別に眠くないんだろう。「寝ろ」と命じてくるOSの声に、従うかどうかはムコの自由なわけだけど……今日は従ったらしい。
 ソファに175センチの長身を投げ出して、胸はシミュレートされた疑似呼吸で上下していた。5.6キロの質量が、ゆったりと、潮の満ち引きみたいに浮き沈みする。
 作業台から、さっきの客がソファの向かいの椅子に落ち着くのが見えた。最適な鑑賞アングルにポジショニング。端末を小道具として取り出して。視線は手元には落ちてない。……ったく。

 商売にはいいんだよな。
 顧客満足度は過去最高。みんな予約を楽しみにしてる。知り合いにも勧めてくれる。「雰囲気がいい」とか、「面白い用心棒《バウンサー》がいる」とか、そういう言い方で。

 待合スペースから、ひそひそ話が漏れてきた。
 並んで座ってる客ふたり。本人たちは目立たない声量のつもりなんだろうが、カウンター裏の作業台まで筒抜けだ。

「――おい、声聞いたか?」
「いや。もう15分はいるけど、あのドールひと言も喋んねえぞ」
「まあ待てって。聞きゃわかるから。ビビるぜ、お前の声より低い」
「嘘だろ」
「マジで。俺も初めて聞いた時、後ろに別の男が立ってんのかと思ったわ」

 ムコの声のせいで、正体を隠し通すのは最初から無理だった。
 ムコは俺と普通に喋るし、客に話しかけられれば返事もする。ぽってりした女の唇から男性域の低音が出てくるギャップは、どう言い訳しても誤魔化しようがない。
 最初のうちはみんな改造だと思ってた。ボイスモジュールの設定ミスとか、出力がイカれてるとか。重サイボーグなら、声帯いじってる奴なんて珍しくもないしな。
 でもそのうち、違う種類の推測が出回り始めた。
 俺は手元の作業に集中し続けてたけど、耳はずっと会話を拾ってる。

「……中に男が入ってるらしいぜ」
「は? 脳殻ってことか?」
「そ。しかも本人は望んでなかったっつう話。誰かに無理やりドールに突っ込まれたんだと」
「ヤバすぎだろ……。誰がそんなことすんだよ」
「さあな。金だけあって、正気が足りないサイコだろ、たぶん」

 俺は肯定も否定もしなかった。
 好きに言わせときゃいい。実際、概ねその通りだ。
 ……問題は、客の一部が、「性癖クライシス」としか言いようのないものを発症させ始めたことだ。

「やべえのがさ、なんかこう……ハマっちまうんだよな。普通バニラのドールがもう効かねえ。カグラザカの上物にチェンジして、ムコちゃんハメてるって想像したら、即コンクリート級のカチカチだ」
「……待て待て待て。中に男がいて……で実質あれでヌいて……ってことは……」
「おいやめろ。それ以上は」
「……これってホモになんのか?」
「やめろっつってんだろ……ッ!!」

 この会話、あるいはそのバリエーションは、ムコが来てから週に最低2回は発生する。
 ムコの意識が男だって事実は、ウイルスみたいに客の間を拡散・増殖して、そのうちの何人かをしちまった。

 ――中身が男だとして、それでもイケる俺って、なんなんだ?

 ……俺自身、その問いに答えを出そうとするのは、もう何ヶ月も前に諦めてる。

 昼時になって、朝飯はコーヒーとプロテインバーだけだったと腹が教えてくる。

「おい、ムコ」

 ソファの塊が動いた。アームレストの向こうからボサボサのプラチナブロンドが現れて、続いて焦点のゆるんだ人工眼が瞬きする。
 俺はポケットからクレジット素子を抜いて、ムコの方に軽く放った。

「メシ買ってきてくれ。いつもの店で、つくね串5本」

 ムコは素子を空中でキャッチした。
 伸びをして――頼むから客の前でそれやめろ――爆乳を見せびらかす。

「……つくね5本。了解した」

 ムコが低いバリトンで復唱。その声に客2人がビクッとした。

 ムコが通りに出ていくと、あのKカップがない工房は妙に空っぽに感じる。
 しばらくして、12センチヒールがコンクリートを打つ聞き慣れた音が、ムコの帰還を告げた。油染みのある紙袋が俺の目の前にポスッと置かれる。
 開けて、眉をひそめた。

「多くねえか? なんで6本あんの」
「1本は俺にくれ」

 顔を上げて、目をしばたいた。
 ムコは言う。

「代金はかかってない。店主がまけてくれた」
「……まけた? なんで」
「知らん。サービスだと。また来てくれと言われた」
「ああ……そういう……」

 このデカパイに来られたら、俺だってコロッといかない自信はない。

「そうじゃなくて……お前、食えないだろ。飲み物はリザーバーに入るけど、固形物には対応してねえぞ」
「ああ」
「じゃあなんで――」

 ムコの手が上がって、俺の後ろを指した。工房の正面、通りに面したガレージ式のシャッターが開いてる入口の方。

「行きに見えた」

 コンクリートと道路の境目に、何かがうずくまってた。
 小さくて白い。猫だ。

 みすぼらしいやつだった。
 まだらな白い毛がオイルか何かで所々絡まっていて、片耳はちぎれている。肋骨が数えられそうなくらいガリガリにやせ細った体。生き物を積極的に殺しにかかってくるこの街で、ゴミ漁りと根性だけで生き延びてきた野良だ。
 猫は今じゃ珍しい。環境汚染で野生動物のほとんどは姿を消した。鳥、犬、げっ歯類、順番に淘汰されていった。それでも猫だけは、ゴキブリみたいにしぶとく残った。街に適応して、人間が追い回す気にもならないような隙間でゴミを拾い食いしながら命をつないでる。

「おいおい、そいつつまみ出せ! 6種類くらい病気持ってるぞ」

 ムコがゆっくりと猫に近づく。12センチヒールのままスッとしゃがむ動作は、セクサロイドの膝関節だから様になるのであって、生身でやったらすっ転ぶ。
 ブワッ!! と猫が元の2倍くらいに膨らんた。
 全身の毛を逆立てて、小さな口で牙をむいて、シャーッ!! と敵意剥き出し。
 その敵意が向けられているのは、ムコの顔でも、伸ばされた手でもない。

 猫の低い視点からすれば、迫りくる巨大な脅威に見えるんだろう……
 110センチKカップは。

 重力に従って垂れ下がった巨大な2つの突起が、小さな生き物に影を落としてる。
 あまりのデカさに猫はパニック状態だ。さらにシャー。耳が平たく。一歩後退しながらもまだ胸から目が離せない。猫にも恐怖の表情ってあるんだな。

「敵対的だな」

 ムコは状況を観察している。

「……お前のおっぱいにビビってんだよ」
「そのつもりはなかったが。可能性は否定しない」

 ムコは特に動じてない様子で同意した。
 その細い指がつくね串をいじって、肉団子をひとつ外す。コンクリートの上に置く。おびえきった猫から1メートルほどの距離。
 猫の視線が、ムコの胸と肉団子の間を行ったり来たりする。生存本能が葛藤してる。食い物か、恐怖のクソデカおっぱいか。しばらく決めかねていた。
 空腹が勝ったらしい。
 素早く飛び出し、猫パンチ。爪で肉団子を引っかけ、獲物を確保するや否や必死に後退、あの恐ろしい乳が届かない安全な距離まで。
 がつがつと咀嚼する。
 もう一個置かれた。また確保、退却、むさぼる。
 3個目には、猫は退却しなくなってた。ムコから50センチほどの位置に座り込んで、あと何個来るのか計算するような目つきでこっちを見てる。
 串は空になった。
 つくねがなくなっても、猫は逃げなかった。入口近くの工具棚に退却して、一番高いところに飛び乗り、そこに落ち着いた。前足を体の下にきれいに折りたたんで。
 ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。

「あーあ……居着くぞこいつ。お前が餌やったせいで。どうすんだよ、猫の世界じゃもう賃貸契約成立だぞ」

 ムコは立ち上がり、棚の上の猫をじっと見つめている。

「猫は清潔だ。自分で毛繕いする」
「あいつはオイル溜まりを転がってきたみたいに見えるけどな」
「それに静かだ」
「俺の質問の答えになってないんだけど」

 俺は猫を睨んだ。猫は工具キャビネットの上から、無関心って顔で見返してきた。
 ……クソ野郎。

「……いいよ。もう何でもいい。備品にしょんべん引っかけたらお前の責任だからな。餌やりたかったのはお前なんだから、後始末もお前がやれ。あと工房の中に入れるなら絶対洗えよ。俺はやらねえぞ、何かもらったら困る」

 プラチナブロンドの頭がひとつ頷いた。

「ってかさ、ちょっと意外。お前猫とか好きなんだ? まあ、お前も大概猫みたいなもんだしな」

 人工の目が俺に向いた。
 沈黙。
 工房の室温が3度くらい下がった。

「……何だと」

 声は平坦だった。でもその下に底冷えする色がある。
 俺が今、なんかまずいこと言ったって示唆する何かが。

「……いや、だからさ。うろうろして、物の上に乗って、気が向いた時だけ俺に絡んできて。昨日だって俺の頭に乳乗せて邪魔してきたじゃん。猫の行動だろ」

 ムコの目がすっと細くなる。

「俺は猫じゃない」
「割とそうだろ」
「猫は男の腕を折らない。俺は折る」
「……それが反論か?」
「重要な違いだ」
「はいはい」

 工具キャビネットの上では、本物の猫が食後の毛繕いを終えていた。
 ふーん。
 俺はそいつを眺めながら言う。

「実際こいつ、ちょっとお前に似てんな」

 ムコが振り返って猫を見た。
 もつれてボサボサの白い毛。ムコの白髪も、自分でザクザク切っただけの適当な仕上がり。
 薄い色の目。ムコの人工虹彩も冷たくて、眼差しは捕食者のそれだ。

「似てない。俺たちは何も似ていない」

 俺は沈黙を少し引っ張って、ムコが目に見えてイラついてる珍しい光景を楽しんだ。もし猫耳があったら、プラチナ頭にぺったり張り付いてるだろうな。

 棚の上で、白猫があくびをして小さな歯を見せ、新しい縄張りにもっと快適に落ち着いた。
 俺の工房に転がり込んできた生き物が、また増えた。どっちも頑固。どっちもそれなりに危険。どっちも明らかに居着くつもりらしい。

 ……まあ、いいか。
 野良を一匹拾っちまったなら、二匹だって同じだろ。
 俺は自分のつくねを取り上げて、ひと口かじった。
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