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【前編 了】第五章 呪いが解ける時、魔法がかかる時

誓いの言葉。

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 ベッドに二人並んで横になる。彼方は床でいい、と言ったが、近くで好きな人を感じたかった水樹は腕を引き寄せた。
「抑制剤は飲んだ?」
「……うん」
「眠れそう?」
「うう、ん……」
 変に鼻声が甘ったるくなり、水樹は声の加減の難しさに直面した。だって音を発するのも気持ちを声にして伝えるのも約一年振りなのだから。
「抑制剤の副作用のせい?」
 また抑制剤には様々な副作用がある。個人差は多少あるが水樹の場合、眠気の方に影響が出ていた。このところの睡眠過多はそのせいだろう。
「お母さんに言われたこと気にしている?」
 数時間前、母は頭を下げ続ける息子と息子の連れにこう言って謝罪の場を締めた。
『二人の言い分はわかったわ。なんにせよ、口先だけではどうにもなる。ゆっくりでもいいから行動で示して頂戴』
 その後は普通に夕飯の支度を始め、彼方も泊まることになった。
 ないとは言えないが今はどれでもない。もじもじを隠すために彼方の視線より低くなるようベッドに潜る。
「……か、彼方君と眠るのはじ、めて……だから……その……」
(あ、やばい。両耳が熱い)
 顔を上げることもできず、伏せていたら彼方が潜り込んできた。豆球を点けた部屋にプラス布団。ただでさえ暗いのに彼方の瞳はキラキラしていた。
「可愛いなあ、もう……」
 鼻頭にキスをされ、水樹は顔を伏せた。
「水樹君の全部が愛しくて、にやにやしちゃう」
「……お、俺も。彼方君が好きで口元が緩んじゃった……んっん」
 次はちゃんと唇にキスをした。目線がほぼ一緒のせいか唇同士を押し当てやすい。
(彼方君、睫毛も長いんだ。口内へ侵入された時の舌も長かったな)
 あれを絡みつけ合ったら間違いなく失神する。今のキスでさえ息継ぎの仕方がわからず、「ふうっ、ふっ」と水樹の息が荒くなる。肺に溜まる幸福にくらくらしてきた。
「き、キス、なれ……なひゃ……」
「いいよ、今のままも一生懸命で可愛い。もっとしたくなる」
「彼方く、んにいっぱいキス……。ひんそー……はれつする……」
 せき止めていたものがなくなると、ちょっとしたことでも漏れ始める。
「あぁ……、本音がいっぱい出ちゃ……っ。頭ん中から抜け出てくるぅ……」
 水樹は恥ずかしさのあまりに腕で口を塞いだ。
「……水樹君」
「ううっ」
「水樹君、好き」
 耳元がガラ空きだったから囁き攻撃が開始される。
「本音、たくさん話して?」
「変なこと言っちゃ……うから、やだ……」
「そう? 僕は君の吐く一音一音が心地良くて、可愛くて悶え死にそうだよ」
 浮いた腕をずらされ、またキスをされる。唇の感触がわかる優しいもの。条件反射で胸がきゅんきゅんし、彼方の好きな気持ちを抑えきれない。
「彼方君……好き。こんな俺に恋心を抱いてくれて、ありが、とう……ふえっ」
 伝えたら鼻の奥がツンと痛くなる。ここは保健室じゃない、家だ。
「ほ、ほんとは……声出たら、一番最初にお礼を言いたかった。いつもありがとうって。ふぁ、ファーストキスも初恋も、彼方君がよかっ……た……ぁ」
 涙がだあだあと流れ、大好きな彼方が滲みだす。袖で拭いても拭いても終わる気配がない。
「俺、変だ……から、彼方君の気持ちもよくわかんなくて、芽生えた恋心も認められずにいた。オナった時、もう自覚してるようなものなの……に、オメガの性で君を汚したと思って……」
 今日一日だけでかなり水分が減っている。あと何リットル涙が出てくるのか想像しただけで恐ろしい。彼方の顔もよく見えない。
 ホテルで一眠りする前、彼方から告げられたのはこうだ。
『僕はベータだからフェロモンも感じにくいし、オメガが憧れる運命の番相手にはなれない。……それでも水樹君が好きなんだ。愛しているんだっ』
「この世に誕生して、俺を見つけてくれて……ひっう、ありがと……。こんなオメガで泣き虫な男だけど、君と……守谷 彼方と幸せになり、たい……んんッ!!」
「……はぁっん、ふうっ、んん……」
 貪るようなキスに脳や背中、腹が痺れる。甘いキスとは三百六十度も変わった愛し方に、息が上がるのは容易かった。
「かな……ッん、んふっ、ふあっ……」
「みずき……っ。ん、んん……ずっと愛してる。……ふうっ、高校卒業したら……一緒に暮らそう」
 突然の告白にまた新しい涙が生まれた。熱くて、熱くて、頬が火傷しそうだった。
「いっしょ……、ずっと……」
 幼児のように繰り返す。それは呪いでもあり、幸せでもある契り。
「ずうっと一緒だよ。番になれない欠陥品の僕だけど、君と生涯を添い遂げたい」
(ど……どうしよ。彼方君と一緒の未来、絶対に幸せだ……)
 春芽吹く季節も、溶けるような夏も、寂しい秋も、布団が暖かい冬も。水樹の隣で太陽がいてくれる未来。一年中、心も体もぽかぽかかだろう。
「ダメ……かな?」
「違うよ! 彼方君は欠陥品じゃないッ。俺には……もったいないくらい素敵な人……だ。ほんとにお、俺なんかでいいの?」
「水樹君しかいないよ。君が幸せになれる、安心できる場所を探してそこで暮らすんだ」
 もう理性もどろどろのチョコレートみたいだ。しょっぱい涙が出る涙を舌で掬い、瞼にキスされる。微笑みを浮かべられ、心の中でぶわわっと花が咲く。
 好きだ。好きだ。どうしようもないくらい好きだ。
 ヒートの成り行きで伝えられる奇跡に感謝した。
「彼方君、大好き……。これからも君とずっと一緒にいたいなっ……んっ」
 余裕のない揺らぐ瞳が水樹をロックオンする。熱い鼻息が互いの肌を火傷させ、毛穴から汗を吹き出す。
(熱い……っ。離れたくない……っ)
 そんな思いが通じたかのように彼方の腕は水樹の背中へ回った。歯列を舌でなぞられる度に蕩け、分厚い舌を絡み合えば唾液がどっちのものか区別がつかなくなる。
(ずっと気持ち良いのが続く。彼方君……)
 赤い炎がメラメラと。普段の彼方なら腰が跳ねる水樹に気がつき、「大丈夫?」などと行為を中断するのだろう。
「ふー……うっ、はあっあ……、み、ず……あっ」
 一秒たりとも恋人の熱烈な好意を見逃したくなかった水樹は閉じそうになるのを我慢し、大好きな相手と一緒に快楽に溺れる。キスだけでもうイッてしまう勢いだった。
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