もし、運命の番になれたのなら。

天井つむぎ

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【後編 了】第十二章 待っていてくれてありがとう

声優 守谷 水樹の誕生日(二)

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「どうして俺の人生をめちゃくちゃ引っ掻き回すんだ!!」
「はあー? お前には絶句言われたくないんですが。言われたくないんですが!?」
「はーい、OKでーす」
 監督に合格をもらい、撮影ブースから一旦出る。原作者の日向 真凜ひなた まりん先生とコミカライズ化担当のサトノ先生と目が合ったので「お疲れ様です」と挨拶すれば熱烈な感想と細かなディレクションが入った。
「守谷 奏斗さんと守谷 水樹さんは今作で四回目となる共演だと聞きます。苦労された点や、やりやすかった点があれば教えてください」
 フリートークの収録後は息抜きもしておれず、出版社などから取材を受けた。
「もう四作目なんですね。どちらも攻め役として出演することが多いので接点はあまりないかな、と当初から思っていました。やりやすいよりも苦労の方が絶えないですね。共演する度に彼の凄まじい成長を感じますから。『今度こそあいつには絶対負けられん! 朋也ともやは俺のモノだあ!』と奮起する寛也ひろやと気持ちをシンクロさせながら演じました」
 取材陣も笑ってくれ、心の中でほっと息を吐く。少人数でも取材は少し苦手だ。舞台挨拶やイベントなど人前に立つことは慣れたが、どうしても独特な硬いイメージは拭い取れない。
「なんか元彼の上から発言。釈然としないなあ~」
 和やかな雰囲気が一瞬でピリついた。柔らかいベールに隠した燃える炎が取材陣の瞳から見られ、胸の内側がずくんと鈍く痛む。
「寛也が雅人まさとと別れた理由も高飛車なところがうざくなったとありますし。守谷 水樹さんは収録後もキャラから抜け切れない癖があるので、演じた身としてそこは毎回苦労しますね~」
 「期待された答えと違いました?」と取り繕った笑いと容赦ない一言でトドメをさす奏斗に取材陣も唖然とする。
 チラリと見やれば勝ち誇ったような顔をされ、苦虫を噛み潰しながらも軽く会釈する。助かった。
 こっちの現場では桜色のバースデーケーキとチューリップの花束を。気を遣わせて申し訳ない気持ちと、自分のために用意されたことへの感動がせめぎ合う。今後も貢献できるよう頑張れねば。
──ピコ、ピコンピコン。
「グウッ。ハイッ。チェストおお!」
「んだらあ! 全国アイドルカーニバルに出場するならリーダーが弱気でどうすんじゃオラァ! 麗音姉さんに着いてこい」
 その後もソシャゲのイベントストーリーの収録をしたり、
──ピコン、ピ、ピコン。
「リスナーの皆さん、こんもり!」
「こんもりー」
「アスファルトの道を華やぐ桜の花弁に微笑ましくなった私、守谷 水樹と」
「温かい春風はどこに消えたんだ、と寒さ苦手な守谷 奏斗がお送りするラジオ番組『守谷水樹&守谷奏斗 with2ウィズツー』。リスナーの皆は温かい格好しているか?」
 アニメ発とは別の声優ラジオをやらせてもらっている。
「まだまだ寒い季節ですから、体も気をつけましょうね。では早速、メールコーナーに参りましょう」
「今日はー……。はあ。いつも生放送に手馴れているスタッフさん達でさえ混乱するほどのメールが届いたようですよ、水樹さん」
「……ありがとうございます」
「おー、顔真っ赤ですね。後でSNSにあげるかも?」
「撮らなくていいよ! えっと……ペンネーム『みつよしきらっ』さんからいただきました。『お誕生日おめでとうございます。もりみずさんが楽しく毎日を過ごせているだけでファンは幸せです。ずうっと応援しています。それから、冬頃産まれてくる子に水樹さんの作品のキャラに関する名前を付けた……、と思って……』」
「おほーモテモテだ……って、おい。生放送中に泣くな!?」
──ピコ、ピコン、ピコン。
 胸いっぱい、腹いっぱい。帰り道の荷物が倍以上に増えた。
(幸せって数や重さで量るものじゃないけど、たくさんの贈り物を大切にしよう。この一年をかけて返していこう)
「食い過ぎたわ……」
 隣でゲップを堪える奏斗に苦笑する。
「今日はダイエット失敗したね」
「うるへ……」
 あんなにも好きで、こんなにも嫌いになった奏斗と、今は朝から晩まで一緒に働いている。不思議な感覚を持つのは相手もそうだろう。別に自分達が望んでキャスティングをお願いしたわけじゃない。
「……あー。うざ」
 画面に目を落とす奏斗はイヤフォンを耳にかけ、スマホをポケットへ仕舞い込む。ムスッとした顔。水樹もなんとなくだが察した。
『オメガ声優の癖に調子こいてんじゃねーぞ』
『なんで産まれてきたんだよ』
『これ以上出ないで』
 移動の合間、バースデーメッセージに返信をしていると、名無しアカウントから数件意見が届いた。
 偶然や人気で食べていけるほどこの業界が甘くないのも事実だ。賞味期限があるように鮮度や旨味だってどこかで落ちる。新しい武器やなにかを掴まなくては明日、もしくは今日に仕事を失うかもしれない。
 神様に願おうが結局、自分で技を磨き、闘っていくしか方法がないのだ。
「……頑張らなきゃな」
 二十二時を回れば競歩する気すら起こらず、無言のまま出口へ向かう。水樹は頭の中で明日のスケジュール確認と、今日を過ぎるまでにどうすれば残り分を返信できるか働かせていた。
「えぇっ!? 守谷ズが付き合っている!?」
「シー! まだいるかもしれないじゃん」
 角を曲がる直前、会話を潜める声が耳に届き、前へ出した足が止めた。
「ただの噂でしょ?」
「んー、そうなんだけどこの記事ちょっと見てよ。もりみずさんがカラー着けるようになったのが三年前。初デビューのBLCDで共演した時期」
「あー……元彼同士キャラのCVに決まったよね。息ピッタリとめっちゃ絶賛されて、作品もお互いもなんかのBLランキングに食い込んだんだっけ?」
「よく知ってるじゃない。今は本業のランキングでバチバチだけど。それでね、今作と全く同じ関係なの」
「原作は違う作家さんだよね。それがどう結びつくの? ……あっ」
「察しが良いね。第二性を取り扱った作品だったの。風の噂によれば今日も取材陣相手に意味深発言したみたい」
「束縛激しそうだもんね、もりかなさん。仲悪そうに見えるのは関係性を悟られないようにするカモフラージュとか?」
(とても出づらいな……。盛り上がっているからワンチャン気づかれないか?)
 時間差で帰れば良かったなと後悔していると、角の向こう側で「きゃあ!?」と声が上がる。一拍遅れて覗こうとすれば、くりくりの瞳が特徴的な青年の半顔がひょっこり。
「もー、奏斗ってばおっそいぞ。迎えの時間とっくに過ぎてる」
「わりぃ、笑恋」
 この場を通り過ぎようか躊躇する間、マイペースを発揮し音楽の世界に入り込んでいた奏斗は、呼び声に応じてイヤフォンを取った。そして、目の前で抱き着かれる。例えるなら大熊とウサギ。
「悪いってば。反省してるから、な?」
「夜はぐっと冷えるんだよ? 完璧仕事人間で、うちの事務所自慢の奏斗に倒れられたら困るんだから」
「それ、褒めてんの? 笑恋の本心?」
「体調崩して倒れられたら困るのは事実。今日もお疲れ様。早く帰るよ」
 仕事中や水樹相手には決して見せない、奏斗の穏やかな声色と緩めた口元。
 それを実現させたのは彼の大事な人。笑恋というのは正真正銘、あの彼方の元彼だった笑恋だ。彼は現在、Flyプロダクションで奏斗専用マネージャーを務めている。
「ご、ごめんね、笑恋君。俺が足止め食らってたせいで……」
 甘々な雰囲気に水を差すのも迷ったが、一言断っておく。
「あ? いたんだ、遊佐 水樹」
 落ちた目尻が釣り上がり、水樹は「はは……」と乾いた笑い声で誤魔化す。二人だけの世界からフェードアウトしていたようだ。
(本名をフルネームで呼ぶの、笑恋君だけなんだよな)
「笑恋、行くぞ」
「そうだね。夕飯は白湯鍋だよ」
「ふっ、……美味しそ」
 仲良さそうに腕を組んで自分達の住処に帰る二人は夫夫みたいだが籍は入れていない。彼らが望んだ形であれば、水樹は幸せを願い、眺めるだけ。まあ、自己満足の無駄な想いなのかもしれないが。
 笑恋との関係は和解したというよりはわだかまりを残しつつ、仕事の付き合いで挨拶するようになった。誰かさんと一緒てなわけだ。
 手を振りでこぼこの背を見送りながら、唇を噛む。妬みでもヤキモチでもない。ただ本音を漏らしそうだった。
「泣き出して逃げんなよ、水樹」
 歩みを止め、奏斗は振り返らず先を見つめて言葉をかけてくる。
「お前がどんな境遇に立たされようが。倒れ、転び、独り寂しかろうがオレは一向に知らんし、興味がねえ。助けられた覚えも借りもないからな。天変地異が起きてもお前はこれからもオレにとってひどくムカつく奴だ」
 同期一、多彩な声と鼓膜や胸に響く音が出せる守谷 奏斗は、出演本数が最も多い。『人気』という部類でも彼に敵う者はもう少し上の世代になってくる。
「……そんなの、ずっと前からわかりきってる。波風立たない程度だったらそれでいい」
「はあ。人が滔々と話す時に限って……うざ」
「えぇ……」
(どんだけ俺のこと嫌いなんだよ、こいつ)
 以前、「義兄さんと呼ばれるくらいなら死を選んだ方がマシだ」と発言された時は真顔だった。
「だが、唯一はっ倒したい宿敵が機能しなかったら面白みに欠けるのも事実だ」
 奏斗が振り向くと、春の肌寒い風が一階の廊下を拭き通る。身震いもせず真顔で減らず口を叩いた。
「生き残れ、守谷 水樹。生きやがれ、遊佐 水樹。オレを差し置き、名誉ある賞を受賞しておきながらへばったら……今度こそただじゃおかねえ」
 新人声優に与えられる賞で先に名前が呼ばれたのは、紛れもなく水樹だった。
「そこは『今度は余裕で勝つ』でしょ。奏斗」
 笑恋も振り返り並び立ち、子供手の人差し指をさしてくる。
「ボクらはお前らが心底嫌いだ。運命を否定する割には運命に助けられている。精々、奏斗のありがたい言葉を無駄にしないよう、無様な格好を見せないよう努力しなよ」
 本人の性格とよく似た相手が仕事でもプライベートでもパートナー。そりゃ仲が良いだろう。嫌いな相手も一致しやすい。
 生き生きする二人に対し、水樹は。
「誕生日祝ってくれてありがとう」
 心から感謝すると、超絶拗らせカップル達の間抜け面を拝めた。
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