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極上の担々つけ麺 (熱盛り)
053:燃える闘志、熱盛りの極上の担々つけ麺
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「ゆーくん! 〝極上の担々つけ麺〟熱盛り一つじゃ!」
「よしっ! やっと出番か!」
魔王から注文を受けた勇者は、気合十分といった様子で腕をぶんぶんと回した。
そしてすぐに茹で麺機を点火。まるで強火の炎が勇者のやる気を表現しているように燃えていた。
茹で麺機のお湯が沸騰するまでの間、魔王と勇者は阿吽の呼吸で準備を進めていく。
魔王が〝極上の担々つけ麺〟用の丼鉢――和風の彫刻がされた丼鉢を調理台に置き、そこに勇者が担々麺の素である特製の胡麻味噌、背脂、赤唐辛子とアッカの実の粉末をリズム良く加えていった。
その間、魔王は具材の準備に取り掛かる。
旨辛の豚挽肉、極太のチャーシュー、白髪ネギ、水菜、糸唐辛子、そしてゆで卵だ。
準備といってもほとんどが調理台の上に用意されている。用意されてないものはチャーシューだけだ。
チャーシュは状態が悪くならないように常時冷蔵保存しているのである。その都度温めるようにしているのだ。そうすることによってチャーシューの旨味やとろとろの食感を最高の状態で提供することができるのである。
チャーシュ以外の具材は、具材を載せる際に載せやすいようにと場所を変えただけである。
小さな気遣いだが調理を行う勇者とってはとてもありがたいことなのである。
魔王が具材の準備を終えたのとほぼ同時、ぐつぐつと茹で麺機から音が鳴り、勇者たちの鼓膜を振動させた。
それはお湯が沸騰した合図だ。
「麺を――っとッ!」
勇者はすかさず〝極上の担々つけ麺〟用のストレートの太麺を沸騰したお湯の中に投入する。
長くて太い一本のゆで箸で麺を踊らせるように混ぜていく。そうすることによって満遍なく麺を茹でることができ、さらに麺と麺がくっついてしまうのを防ぐためでもあるのだ。
と、麺を茹でる調理工程までは熱盛りも通常の冷盛り同じ。
違いがあるのは麺を茹で終わった後からだ。
「ゆーくん、水じゃ!」
「ありがとう。まーちゃん」
熱盛りの場合、冷水ではなく常温水で麺を締めるのである。
常温水で締めた直後、再び麺を熱湯に戻す。
この熱湯は茹で麺機で使用しているお湯ではない。
このためだけに用意した綺麗な熱湯だ。
再び熱湯に戻す行為。これは単純に熱盛りだから麺を温めているにすぎない。
では最初から水で締めて温度を下げなければ良かったのではないか、という疑問が生じるだろう。
水で締めずに盛り付けてしまうと、打ち粉のヌメヌメ感が残ってしまったり、舌触りとコシが出なかったりとデメリットが多いのである。
だからこそ水で締める調理工程は大事なのだ。
そんな一手間かけた調理工程を経て熱々の麺が山のような形で盛り付けられて、その上に具材が載せられていくのである。
今回の注文では熱盛り以外にこだわりがないため、通常の〝極上の担々つけ麺〟と同じ具材が載せられていく。
白い湯気を立たせている旨辛の豚挽肉、炙ったことによって香ばしさをこれでもかと強調してくる極太のチャーシュー、シャキシャキで針のように真っ直ぐに尖った新鮮な白髪ネギ、水々しい新鮮な水菜、くるくると渦を巻きながら彩りを加えてくれる真っ赤な糸唐辛子、黄身がとろとろで白身がしっかりとしているゆで卵、それらが勇者の手によって熱々の麺の周りに飾られた。
その間、魔王は担々麺の素などが入っている丼鉢に濃厚なゲンコツスープを投入し、よく混ぜてから刻んだ青ネギと皮むきの胡麻をかけていった。
「完成だ!」「完成じゃ!」
勇者が麺の盛り付けと飾りを、魔王がスープを同時に完成させた。
「冷めないうちに運ぶのじゃ!」
熱盛りで作られた麺は空気にさらされているため、冷めるのが極端に早い。
それでいてつけ麺用のスープも量が少なく、何度も麺をつける行為を行うため、これも冷めるのが早いのだ。
だからこそ完成したのならすぐに提供しなくてはならない。
魔王は麺が盛られている器とスープが入った丼鉢を――完成した熱盛りの〝極上の担々つけ麺〟を持って虎人が待つ席へと運んだ。
「お待たせしましたなのじゃ! 〝極上の担々つけ麺〟熱盛りなのじゃ! ごゆっくりどうぞなのじゃ!」
魔王は〝極上の担々つけ麺〟を席に置き、踵を返して厨房へと戻って行った。
魔王が運んだ熱盛りの〝極上の担々つけ麺〟のスープからは当然のようにも白い湯気が立ち昇っている。そして麺からも同じように白い湯気が立ち昇り、湯気と湯気が空中でひとつに重なる。
「こ、これが熱盛り。麺からも湯気が」
通常の冷盛りの麺しか知らない龍人は、麺から湯気が立ち昇っていることに衝撃を受けていた。
しかし、それ以上の衝撃を受けている者がいる――そう、虎人だ。
「こ、こんなにも……こんなにも綺麗な見た目なのガオか……まるで花束のようガオ」
龍人の食べかけしか見たことがなかったため、その完成された美しい見た目に心を奪われてしまっているのである。
虎人は〝極上の担々つけ麺〟に心を奪われながらも箸とレンゲを掴んだ。
しかしすぐには食べようとはしない。何せ初のつけ麺だ。食べ方がわからないのである。
そんな食べ方がわからず戸惑いの色が出始めてきた虎人に、担々つけ麺の先輩である龍人が口を開いた。
「こっちの器に入ってる麺や具を箸で掴んで、こっちのスープに付けて食べるんだ。なるべく一口で食べれるくらいを掴むのがポイントだぞ。スープの付け過ぎにも注意した方がいい。スープの付けなさ過ぎにも注意だな。その繰り返しで食べていけばいい」
龍人の言葉は、龍人が初めて〝極上の担々つけ麺〟と対峙した際に魔王から教えてもらった言葉だった。
その教えを龍人は一言一句忘れていなかったのである。
あの時教えてもらった言葉を、今度は自分が虎人に教える。きっと虎人もこの先誰かに〝極上の担々つけ麺〟の食べ方を教えることになるだろう。
このようにして担々麺という料理は人と人を繋げて巡り合わせていくのだ。
「わ、わかったガオ。全ての命に感謝を――いただきますガオ」
虎人は龍人に言われた通りに箸で麺を掴んだ。
麺を持ち上げた際に真っ白で濃い湯気が一気に放出される。熱盛りだからこそ見ることができる光景だ。
熱々の麺を熱々のスープにつけ、再び持ち上げる。
ドロドロのスープがよく絡んだ熱々の麺がゆっくりと虎人の口へと運ばれる。
大きく開いた口と剥き出しの鋭い牙が歓迎する。
初めての食べ物を食するのにも関わらず不安や躊躇いなどの負の感情を感じていないのは、ライバルである龍人が進めてくれているから、隣にいてくれているからだ。
それだけ二人には信頼関係のようなものがあるのである。負の感情を一切感じていないのがその証拠だ。
――ズルズルッ、ズルッ!!
だからこそ麺を一気に啜った。
耳心地の良い麺を啜る音が、それだけで美味しいと思えてしまうような音が虎人の頭蓋にまで響いた。
――ズルズルズル、ズルッ!!
無言のまま二口目を啜った。だが、その表情は歓喜の色に染まっている。
(美味い、美味すぎるガオッ! こんなに美味しい食べ物は初めてガオッ! もちもちの麺ととろみのある濃厚なスープ。オレのライバルはこんなに美味しいものを……担々麺というものを食べていたのガオか。力が漲っていくのがわかるガオッ!)
三口目を啜ろうとした時に、ようやく思考が追いついた。
二口目までは体が反射的に動いてしまっていたのだ。
強さを求めるように〝極上の担々つけ麺〟それだけをただただ求めて。
――ズルッ、ズルッ、ズルッ!!
三口目はドロドロのスープがたっぷりと絡んだ麺だけではなく、白髪ネギや水菜も一緒に口の中へ歓迎する。
(新鮮な野菜が食感に変化をもたらしたガオッ! もちもちの麺とシャキシャキの野菜、一見相性が悪いように思える二つの食感、だけど互いの良さを打ち消し合うことなんて一つもないガオッ。むしろ違う食感を感じるからこそその食感の良さがより一層感じられるガオッ。互いを高め合うライバルのような……そんな感じガオッ!)
麺と野菜の食感を楽しんだ虎人は四口目にスープだけを飲もうと試みる。
レンゲいっぱいに掬った濃厚なスープを口へと運んだ。
――スーッ!!
(こ、濃い、すごく濃いガオッ! スープ単体だとこんなにも濃いガオか!? 麺と一緒に食べていたさっきまでは気付かなかったガオッ! 喉が痺れる濃さガオね。辛さも合わさって余計に……ガオ……)
スープの濃さに驚いている虎人に向かって龍人が笑いながら口を開く。
「くははははっ! スープだけでは濃かっただろ? 俺も初めての時はその濃厚なスープに驚かされたぞ!」
「し、知ってるなら教えてくれても良かったガオよ!」
「さっきから言っていたさ。聞こえてなかったということは、それだけお前が夢中になっていたということだ! くははははっ! その気持ちもわかるぞ! くははははっ!!」
上機嫌に笑う龍人。その正面では鬼人も龍人と同じように笑っていた。
「ガッハッハッハッハ! 俺様もそうだったッ! 夢中になるくらい美味しいって気持ちわかるぞッ! それだけ担々麺というのは強大な存在なんだァ! 俺様たちがちっぽけな存在でしかねーんだって認めるくらいのなッ! ガッハッハッハッハッハ!」
龍人と鬼人の言葉を聞いた虎人は、なぜだか清々しい気持ちになっていた。
〝極上の担々つけ麺〟が邪念や雑念、その全てを咀嚼とともに噛み砕き、嚥下とともに呑み込んでくれたのだろう。
虎人は〝極上の担々つけ麺〟を食したことによってサナギから蝶へ羽化を始めたのだ。龍人と同じように強くなるための進化を。
枷は外れた。あとは担々麺を喰らい強くなるだけ。
「スープは! スープはどうやって飲めばいいガオか!?」
「そう焦るな。それは最後のお楽しみだ。まずは麺と具材を目一杯楽しむんだな!」
「わかったガオ!!」
――ズルズルッ、ズルッ!!
虎人は龍人に言われた通り麺と具材を楽しむことにした。
麺に絡んだ濃厚なスープがスープを飲みたいという感情を忘れさせてはくれないが、最後のお楽しみという言葉を信じて食べ進めていく。
食べていく過程で龍人から豚挽肉をスープに入れる食べ方も教わる。味の変化やスープの見た目の変化などに虎人は驚かされてばかりだった。
そしてあっという間に麺と具材を完食する。完食するまで熱盛りの麺は冷めることがなかった。それだけあっという間に完食したのだ。
頭蓋には麺を啜った際の余韻が残っていた。
「見事じゃ! 見事なのじゃ!」
「常連客が新規の客にあれやこれやと教える姿には感動したよ」
虎人が完食したタイミングで厨房から全てを見ていた魔王と勇者が強く感激した様子で現れた。
そんな勇者の手には、白い湯気を立ち昇らせる小さな丼鉢が持たれていた。
注文されるよりも先にあれを持ってきたのである。
「ナイスタイミングだ! さすが店主だ!」
龍人が敬意ある言葉を勇者に向かって放つ。
それを見た虎人は頭にハテナを浮かべるしかなかった。
そんな虎人の疑問を払拭するために龍人は続けて口を開く。
「最後のお楽しみの時間……スープ割りの時間だ! くははははっ!」
「スープワリ……ガオ?」
「そうだ。スープ割りだ! これで飲みたがっていたスープが美味しく飲めるぞ!」
「ほ、ほんとうガオか!?」
あまりの嬉しさに虎人は席から立ち上がってしまった。
終始飲みたがっていた濃厚なスープを美味しく飲めると言われたのだ。立ち上がらずにはいられないだろう。
「味が薄まってスープが飲めるようになるんだ。試してみろよ。薄まっても美味しさは変わらないから安心しろよ。むしろ旨味成分が増えて美味しさアップだ! それにスープ割りは熱々のスープだから冷めたスープが復活して全身に巡るぞ? 脳にまで染み渡る美味さだぞ? くははははっ!」
この龍人の言葉も龍人が初めて〝スープ割り〟を知った時に魔王から教えてもらった言葉である。
この言葉も一言一句忘れていないのだ。
「脳にまで染み渡る……ガオか」
想像しただけでも涎が口内から溢れてしまうほど、頬が落ちたのかと錯覚してしまうほど、そして麺を啜る音が幻聴として聞こえてくるほど。
「俺たちが説明することは何もないな。龍人さんが言った通りだ」
勇者はスープ割りが入った小さな丼鉢を虎人の正面に置いた。
それを受け取った虎人は龍人に教えてもらったように、スープ割りを少しずつスープに注いでいく。
そしてレンゲを使ってスープを満遍なく混ぜていく。
虎人はスープが満遍なく混ざったと感じた直後、店主と龍人と鬼人の顔をそれぞれに見渡した。
虎人と目が合った魔王と勇者と龍人と鬼人は頷いて答える。その眼差しは期待に満ち溢れていた。
そんな眼差しを受けた虎人は〝極上の担々つけ麺〟の濃厚なスープを黄色の双眸に映す。そして――
――スーッ、ズズズッ、ズーッ!!
レンゲを使わずに両手で丼鉢を持ってごくごくとスープを飲んでいった。
「がほぉー!!!」
思わず溢れたのは満足の吐息。
(濃厚だったスープが飲み易いスープに変わったガオッ! 龍人が言った通り脳にまで染み渡るガオッ! いや、もっとガオ。骨にまで、髪の毛の一本一本にまで染み渡ってくるガオッ! それに沈んでいたごろごろの豚挽肉が一気に流れ込んできたガオッ。スープの旨味だけじゃなく豚挽肉を噛んだ時にじゅわ~っと広がる旨味も美味いガオッ! 〝極上の担々つけ麺〟……なるほど名前に偽りなしガオね。これを極上と呼ばずしてなんと呼ぶガオか)
心の中だけで流暢に感想を呟く虎人。
感想を口に出さずとも虎人が満足しているのがわかる。それだけ虎人の表情は満足一色に染まっていた。
そして空になった丼鉢も虎人が満足しているということを証明してくれている。
「ごちそうさまでしたガオ!! 〝極上の担々つけ麺〟とても美味しかったガオ。ありガオうございましたガオッ!」
虎人は空になった丼鉢と店主である魔王と勇者に感謝を告げた。
その後、突然立ち上がり、龍人と鬼人を交互に見た。
「食後の運動がしたいガオ。今なら世界最強の龍人族と元魔王軍大幹部の鬼人の大男を倒せる気がするガオッ!」
鋭い牙を鳴らしながら言った。
これは決して過信などではない。〝極上の担々つけ麺〟を喰らったことによって本当に力が漲っているのだ。
今までに感じたことのないほどの力。それをぶつけたくてうずうずしているのだ。
「いいぜ。相手になってやろう! 俺もちょうど〝極上の担々つけ麺〟を喰らったお前と手合わせしたいと思ってたところだったんでな! くはははははっ」
「〝真紅のトマト担々麺〟を何百杯も喰った俺様に勝つだとォ? ガッハッハッハッハ! 面白いッ! 受けてたとうッ!」
龍人と鬼人も戦う気満々の様子で立ち上がった。
一触即発か。不穏な空気が流れるかと思いきや、全くそんなことはなかった。
これは喧嘩や争いの類とは全く異なる。これは手合わせの約束だ。
お互いに力を見せ合うこと。彼らにとってそれは謂わば自己紹介のようなもの。
だから不穏な空気など微塵もない。むしろ平穏な時間が流れている。
「そうと決まれば早速闘技場へ向かうガオ! 体を動かした後はまた戻ってきて〝極上の担々つけ麺〟を熱盛りで食べたいガオ!」
「それじゃーよォ。負けた奴が奢るってのはどうだァ?」
「いいガオね! 燃えてきたガオ! やるガオ! やるガオ! 血が騒ぐガオ!」
「世界最強の龍人族である俺がいるのにも関わらず、そんな賭けをするとは。くははははっ!」
鬼人の誘いに虎人も龍人も乗った。
「決まりだなァ!! ガッハッハッハッハ!」
「ガオガオガオガオガオッ!」
「くははははははっ!!」
三人は楽しげに笑い合った。
そんな三人を見ている魔王と勇者も釣られて笑顔になっていた。
担々麺とはいつも人を笑顔にする魔法の食べ物なのかもしれない。
こうして『魔勇家』は新たに常連客を獲得した。
そして客側にも得たものがある。〝極上の担々つけ麺〟を食した末に生まれた友情だ。
店側も客側も担々麺のおかげでかけがえのないものを得たのだ。
これが後の〝三馬鹿トリオ〟誕生の瞬間でもある。
「よしっ! やっと出番か!」
魔王から注文を受けた勇者は、気合十分といった様子で腕をぶんぶんと回した。
そしてすぐに茹で麺機を点火。まるで強火の炎が勇者のやる気を表現しているように燃えていた。
茹で麺機のお湯が沸騰するまでの間、魔王と勇者は阿吽の呼吸で準備を進めていく。
魔王が〝極上の担々つけ麺〟用の丼鉢――和風の彫刻がされた丼鉢を調理台に置き、そこに勇者が担々麺の素である特製の胡麻味噌、背脂、赤唐辛子とアッカの実の粉末をリズム良く加えていった。
その間、魔王は具材の準備に取り掛かる。
旨辛の豚挽肉、極太のチャーシュー、白髪ネギ、水菜、糸唐辛子、そしてゆで卵だ。
準備といってもほとんどが調理台の上に用意されている。用意されてないものはチャーシューだけだ。
チャーシュは状態が悪くならないように常時冷蔵保存しているのである。その都度温めるようにしているのだ。そうすることによってチャーシューの旨味やとろとろの食感を最高の状態で提供することができるのである。
チャーシュ以外の具材は、具材を載せる際に載せやすいようにと場所を変えただけである。
小さな気遣いだが調理を行う勇者とってはとてもありがたいことなのである。
魔王が具材の準備を終えたのとほぼ同時、ぐつぐつと茹で麺機から音が鳴り、勇者たちの鼓膜を振動させた。
それはお湯が沸騰した合図だ。
「麺を――っとッ!」
勇者はすかさず〝極上の担々つけ麺〟用のストレートの太麺を沸騰したお湯の中に投入する。
長くて太い一本のゆで箸で麺を踊らせるように混ぜていく。そうすることによって満遍なく麺を茹でることができ、さらに麺と麺がくっついてしまうのを防ぐためでもあるのだ。
と、麺を茹でる調理工程までは熱盛りも通常の冷盛り同じ。
違いがあるのは麺を茹で終わった後からだ。
「ゆーくん、水じゃ!」
「ありがとう。まーちゃん」
熱盛りの場合、冷水ではなく常温水で麺を締めるのである。
常温水で締めた直後、再び麺を熱湯に戻す。
この熱湯は茹で麺機で使用しているお湯ではない。
このためだけに用意した綺麗な熱湯だ。
再び熱湯に戻す行為。これは単純に熱盛りだから麺を温めているにすぎない。
では最初から水で締めて温度を下げなければ良かったのではないか、という疑問が生じるだろう。
水で締めずに盛り付けてしまうと、打ち粉のヌメヌメ感が残ってしまったり、舌触りとコシが出なかったりとデメリットが多いのである。
だからこそ水で締める調理工程は大事なのだ。
そんな一手間かけた調理工程を経て熱々の麺が山のような形で盛り付けられて、その上に具材が載せられていくのである。
今回の注文では熱盛り以外にこだわりがないため、通常の〝極上の担々つけ麺〟と同じ具材が載せられていく。
白い湯気を立たせている旨辛の豚挽肉、炙ったことによって香ばしさをこれでもかと強調してくる極太のチャーシュー、シャキシャキで針のように真っ直ぐに尖った新鮮な白髪ネギ、水々しい新鮮な水菜、くるくると渦を巻きながら彩りを加えてくれる真っ赤な糸唐辛子、黄身がとろとろで白身がしっかりとしているゆで卵、それらが勇者の手によって熱々の麺の周りに飾られた。
その間、魔王は担々麺の素などが入っている丼鉢に濃厚なゲンコツスープを投入し、よく混ぜてから刻んだ青ネギと皮むきの胡麻をかけていった。
「完成だ!」「完成じゃ!」
勇者が麺の盛り付けと飾りを、魔王がスープを同時に完成させた。
「冷めないうちに運ぶのじゃ!」
熱盛りで作られた麺は空気にさらされているため、冷めるのが極端に早い。
それでいてつけ麺用のスープも量が少なく、何度も麺をつける行為を行うため、これも冷めるのが早いのだ。
だからこそ完成したのならすぐに提供しなくてはならない。
魔王は麺が盛られている器とスープが入った丼鉢を――完成した熱盛りの〝極上の担々つけ麺〟を持って虎人が待つ席へと運んだ。
「お待たせしましたなのじゃ! 〝極上の担々つけ麺〟熱盛りなのじゃ! ごゆっくりどうぞなのじゃ!」
魔王は〝極上の担々つけ麺〟を席に置き、踵を返して厨房へと戻って行った。
魔王が運んだ熱盛りの〝極上の担々つけ麺〟のスープからは当然のようにも白い湯気が立ち昇っている。そして麺からも同じように白い湯気が立ち昇り、湯気と湯気が空中でひとつに重なる。
「こ、これが熱盛り。麺からも湯気が」
通常の冷盛りの麺しか知らない龍人は、麺から湯気が立ち昇っていることに衝撃を受けていた。
しかし、それ以上の衝撃を受けている者がいる――そう、虎人だ。
「こ、こんなにも……こんなにも綺麗な見た目なのガオか……まるで花束のようガオ」
龍人の食べかけしか見たことがなかったため、その完成された美しい見た目に心を奪われてしまっているのである。
虎人は〝極上の担々つけ麺〟に心を奪われながらも箸とレンゲを掴んだ。
しかしすぐには食べようとはしない。何せ初のつけ麺だ。食べ方がわからないのである。
そんな食べ方がわからず戸惑いの色が出始めてきた虎人に、担々つけ麺の先輩である龍人が口を開いた。
「こっちの器に入ってる麺や具を箸で掴んで、こっちのスープに付けて食べるんだ。なるべく一口で食べれるくらいを掴むのがポイントだぞ。スープの付け過ぎにも注意した方がいい。スープの付けなさ過ぎにも注意だな。その繰り返しで食べていけばいい」
龍人の言葉は、龍人が初めて〝極上の担々つけ麺〟と対峙した際に魔王から教えてもらった言葉だった。
その教えを龍人は一言一句忘れていなかったのである。
あの時教えてもらった言葉を、今度は自分が虎人に教える。きっと虎人もこの先誰かに〝極上の担々つけ麺〟の食べ方を教えることになるだろう。
このようにして担々麺という料理は人と人を繋げて巡り合わせていくのだ。
「わ、わかったガオ。全ての命に感謝を――いただきますガオ」
虎人は龍人に言われた通りに箸で麺を掴んだ。
麺を持ち上げた際に真っ白で濃い湯気が一気に放出される。熱盛りだからこそ見ることができる光景だ。
熱々の麺を熱々のスープにつけ、再び持ち上げる。
ドロドロのスープがよく絡んだ熱々の麺がゆっくりと虎人の口へと運ばれる。
大きく開いた口と剥き出しの鋭い牙が歓迎する。
初めての食べ物を食するのにも関わらず不安や躊躇いなどの負の感情を感じていないのは、ライバルである龍人が進めてくれているから、隣にいてくれているからだ。
それだけ二人には信頼関係のようなものがあるのである。負の感情を一切感じていないのがその証拠だ。
――ズルズルッ、ズルッ!!
だからこそ麺を一気に啜った。
耳心地の良い麺を啜る音が、それだけで美味しいと思えてしまうような音が虎人の頭蓋にまで響いた。
――ズルズルズル、ズルッ!!
無言のまま二口目を啜った。だが、その表情は歓喜の色に染まっている。
(美味い、美味すぎるガオッ! こんなに美味しい食べ物は初めてガオッ! もちもちの麺ととろみのある濃厚なスープ。オレのライバルはこんなに美味しいものを……担々麺というものを食べていたのガオか。力が漲っていくのがわかるガオッ!)
三口目を啜ろうとした時に、ようやく思考が追いついた。
二口目までは体が反射的に動いてしまっていたのだ。
強さを求めるように〝極上の担々つけ麺〟それだけをただただ求めて。
――ズルッ、ズルッ、ズルッ!!
三口目はドロドロのスープがたっぷりと絡んだ麺だけではなく、白髪ネギや水菜も一緒に口の中へ歓迎する。
(新鮮な野菜が食感に変化をもたらしたガオッ! もちもちの麺とシャキシャキの野菜、一見相性が悪いように思える二つの食感、だけど互いの良さを打ち消し合うことなんて一つもないガオッ。むしろ違う食感を感じるからこそその食感の良さがより一層感じられるガオッ。互いを高め合うライバルのような……そんな感じガオッ!)
麺と野菜の食感を楽しんだ虎人は四口目にスープだけを飲もうと試みる。
レンゲいっぱいに掬った濃厚なスープを口へと運んだ。
――スーッ!!
(こ、濃い、すごく濃いガオッ! スープ単体だとこんなにも濃いガオか!? 麺と一緒に食べていたさっきまでは気付かなかったガオッ! 喉が痺れる濃さガオね。辛さも合わさって余計に……ガオ……)
スープの濃さに驚いている虎人に向かって龍人が笑いながら口を開く。
「くははははっ! スープだけでは濃かっただろ? 俺も初めての時はその濃厚なスープに驚かされたぞ!」
「し、知ってるなら教えてくれても良かったガオよ!」
「さっきから言っていたさ。聞こえてなかったということは、それだけお前が夢中になっていたということだ! くははははっ! その気持ちもわかるぞ! くははははっ!!」
上機嫌に笑う龍人。その正面では鬼人も龍人と同じように笑っていた。
「ガッハッハッハッハ! 俺様もそうだったッ! 夢中になるくらい美味しいって気持ちわかるぞッ! それだけ担々麺というのは強大な存在なんだァ! 俺様たちがちっぽけな存在でしかねーんだって認めるくらいのなッ! ガッハッハッハッハッハ!」
龍人と鬼人の言葉を聞いた虎人は、なぜだか清々しい気持ちになっていた。
〝極上の担々つけ麺〟が邪念や雑念、その全てを咀嚼とともに噛み砕き、嚥下とともに呑み込んでくれたのだろう。
虎人は〝極上の担々つけ麺〟を食したことによってサナギから蝶へ羽化を始めたのだ。龍人と同じように強くなるための進化を。
枷は外れた。あとは担々麺を喰らい強くなるだけ。
「スープは! スープはどうやって飲めばいいガオか!?」
「そう焦るな。それは最後のお楽しみだ。まずは麺と具材を目一杯楽しむんだな!」
「わかったガオ!!」
――ズルズルッ、ズルッ!!
虎人は龍人に言われた通り麺と具材を楽しむことにした。
麺に絡んだ濃厚なスープがスープを飲みたいという感情を忘れさせてはくれないが、最後のお楽しみという言葉を信じて食べ進めていく。
食べていく過程で龍人から豚挽肉をスープに入れる食べ方も教わる。味の変化やスープの見た目の変化などに虎人は驚かされてばかりだった。
そしてあっという間に麺と具材を完食する。完食するまで熱盛りの麺は冷めることがなかった。それだけあっという間に完食したのだ。
頭蓋には麺を啜った際の余韻が残っていた。
「見事じゃ! 見事なのじゃ!」
「常連客が新規の客にあれやこれやと教える姿には感動したよ」
虎人が完食したタイミングで厨房から全てを見ていた魔王と勇者が強く感激した様子で現れた。
そんな勇者の手には、白い湯気を立ち昇らせる小さな丼鉢が持たれていた。
注文されるよりも先にあれを持ってきたのである。
「ナイスタイミングだ! さすが店主だ!」
龍人が敬意ある言葉を勇者に向かって放つ。
それを見た虎人は頭にハテナを浮かべるしかなかった。
そんな虎人の疑問を払拭するために龍人は続けて口を開く。
「最後のお楽しみの時間……スープ割りの時間だ! くははははっ!」
「スープワリ……ガオ?」
「そうだ。スープ割りだ! これで飲みたがっていたスープが美味しく飲めるぞ!」
「ほ、ほんとうガオか!?」
あまりの嬉しさに虎人は席から立ち上がってしまった。
終始飲みたがっていた濃厚なスープを美味しく飲めると言われたのだ。立ち上がらずにはいられないだろう。
「味が薄まってスープが飲めるようになるんだ。試してみろよ。薄まっても美味しさは変わらないから安心しろよ。むしろ旨味成分が増えて美味しさアップだ! それにスープ割りは熱々のスープだから冷めたスープが復活して全身に巡るぞ? 脳にまで染み渡る美味さだぞ? くははははっ!」
この龍人の言葉も龍人が初めて〝スープ割り〟を知った時に魔王から教えてもらった言葉である。
この言葉も一言一句忘れていないのだ。
「脳にまで染み渡る……ガオか」
想像しただけでも涎が口内から溢れてしまうほど、頬が落ちたのかと錯覚してしまうほど、そして麺を啜る音が幻聴として聞こえてくるほど。
「俺たちが説明することは何もないな。龍人さんが言った通りだ」
勇者はスープ割りが入った小さな丼鉢を虎人の正面に置いた。
それを受け取った虎人は龍人に教えてもらったように、スープ割りを少しずつスープに注いでいく。
そしてレンゲを使ってスープを満遍なく混ぜていく。
虎人はスープが満遍なく混ざったと感じた直後、店主と龍人と鬼人の顔をそれぞれに見渡した。
虎人と目が合った魔王と勇者と龍人と鬼人は頷いて答える。その眼差しは期待に満ち溢れていた。
そんな眼差しを受けた虎人は〝極上の担々つけ麺〟の濃厚なスープを黄色の双眸に映す。そして――
――スーッ、ズズズッ、ズーッ!!
レンゲを使わずに両手で丼鉢を持ってごくごくとスープを飲んでいった。
「がほぉー!!!」
思わず溢れたのは満足の吐息。
(濃厚だったスープが飲み易いスープに変わったガオッ! 龍人が言った通り脳にまで染み渡るガオッ! いや、もっとガオ。骨にまで、髪の毛の一本一本にまで染み渡ってくるガオッ! それに沈んでいたごろごろの豚挽肉が一気に流れ込んできたガオッ。スープの旨味だけじゃなく豚挽肉を噛んだ時にじゅわ~っと広がる旨味も美味いガオッ! 〝極上の担々つけ麺〟……なるほど名前に偽りなしガオね。これを極上と呼ばずしてなんと呼ぶガオか)
心の中だけで流暢に感想を呟く虎人。
感想を口に出さずとも虎人が満足しているのがわかる。それだけ虎人の表情は満足一色に染まっていた。
そして空になった丼鉢も虎人が満足しているということを証明してくれている。
「ごちそうさまでしたガオ!! 〝極上の担々つけ麺〟とても美味しかったガオ。ありガオうございましたガオッ!」
虎人は空になった丼鉢と店主である魔王と勇者に感謝を告げた。
その後、突然立ち上がり、龍人と鬼人を交互に見た。
「食後の運動がしたいガオ。今なら世界最強の龍人族と元魔王軍大幹部の鬼人の大男を倒せる気がするガオッ!」
鋭い牙を鳴らしながら言った。
これは決して過信などではない。〝極上の担々つけ麺〟を喰らったことによって本当に力が漲っているのだ。
今までに感じたことのないほどの力。それをぶつけたくてうずうずしているのだ。
「いいぜ。相手になってやろう! 俺もちょうど〝極上の担々つけ麺〟を喰らったお前と手合わせしたいと思ってたところだったんでな! くはははははっ」
「〝真紅のトマト担々麺〟を何百杯も喰った俺様に勝つだとォ? ガッハッハッハッハ! 面白いッ! 受けてたとうッ!」
龍人と鬼人も戦う気満々の様子で立ち上がった。
一触即発か。不穏な空気が流れるかと思いきや、全くそんなことはなかった。
これは喧嘩や争いの類とは全く異なる。これは手合わせの約束だ。
お互いに力を見せ合うこと。彼らにとってそれは謂わば自己紹介のようなもの。
だから不穏な空気など微塵もない。むしろ平穏な時間が流れている。
「そうと決まれば早速闘技場へ向かうガオ! 体を動かした後はまた戻ってきて〝極上の担々つけ麺〟を熱盛りで食べたいガオ!」
「それじゃーよォ。負けた奴が奢るってのはどうだァ?」
「いいガオね! 燃えてきたガオ! やるガオ! やるガオ! 血が騒ぐガオ!」
「世界最強の龍人族である俺がいるのにも関わらず、そんな賭けをするとは。くははははっ!」
鬼人の誘いに虎人も龍人も乗った。
「決まりだなァ!! ガッハッハッハッハ!」
「ガオガオガオガオガオッ!」
「くははははははっ!!」
三人は楽しげに笑い合った。
そんな三人を見ている魔王と勇者も釣られて笑顔になっていた。
担々麺とはいつも人を笑顔にする魔法の食べ物なのかもしれない。
こうして『魔勇家』は新たに常連客を獲得した。
そして客側にも得たものがある。〝極上の担々つけ麺〟を食した末に生まれた友情だ。
店側も客側も担々麺のおかげでかけがえのないものを得たのだ。
これが後の〝三馬鹿トリオ〟誕生の瞬間でもある。
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