邪神入れ食い♡生け贄の森

トマトふぁ之助

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はじまりの5人

 ある小さな国の北端に、これまた小さな小さな寒村が息を潜めるように存在していた。周りは広大な森に囲まれており、村とは言っても小さな掘っ立て小屋がいくつか軒を連ねて建っているだけの小さな集落だ。住人は全員つらい兵役を逃れて山奥へ逃げ込んだ元兵隊あがり。総勢5名の村人として、餓死と隣り合わせの生活を、それでも助け合って暮らしていた。

 「……芋の育ちはどうだ?デリック」
 「うん……。少しだが、去年ほど酷くはねえよ」
 大柄の農夫が畑から帰ってきた村人に声をかけた。居着いて何年もしない村人たちにとって、原生の芋は唯一と言っていい食料である。種芋から少しずつ増やしても、5人の腹を満たせるほどの量には届かない。
 デリックと呼ばれた年若の村人は、大柄なほうに笑顔を返した。
 「来年はグウェンさんが腹一杯食えるくらい実るって。」
 「若造が無理しやがって。俺みたいな老いぼれのぶんも食って働け」
 「ひっでえの!」
 グウェンは今年で五十の元老兵だ。いつも顰めっ面をしている気むずかし屋の爺さんだが、がっちりした体つきは村人の中でも随一の武闘派である。
 国軍から5人連れだって逃げてくる道中でも、追っ手をなぎ払ってきたのはグウェンの剣だった。
 「……すまねえな。お前らを都までは逃がしてやれなんだ」
 「はは!何言ってんの。どうせ皆そこまでもたなかったよ。俺も、他の3人だって……。昔よりどんなに気楽になったか」
 いつもより寒さが厳しいからだろう。グウェンの顔つきが暗かった。こんなことを言い出すのも、きっと寒くて気が晴れないせいだ。デリックは若者らしく快活に笑うと、俯くグウェンの隣に座って藁を編むのを手伝い始めた。
去年はなんとか凌ぎきったが……、今年こそ、5人の内誰かが死ぬかもしれない。内心皆が憂いていることはわかっても、彼らには祈ることしかできない。

 厳しい冬が、またやってくる。

 山頂にねず色の雲がかかり、あと数日でいよいよ雪が降り始めるだろうという日のことだった。既に日も暮れ、辺りが暗くなったにも関わらず、村人の1人が戻らない。
 グウェンが苛々と貧乏揺すりを繰り返していた。
 「あの馬鹿が!行き先も告げずに……!」
 「グウェンさん、落ち着いて。デリック!ヒースは今日どこへ?」
 「け、今朝はやくに弓をもって出て行っちまって……。きっと狩りに行ったんです」
 「狩りだ!?ここいら探したって馬鹿みてえにデカい熊しか出てこなかったろうが!」
 心配のあまり口調が荒くなるグウェンを押しとどめている男はケイという。この村に逃げてくる以前は分隊長もしていた冷静な男だが、彫りの深い彫刻のような顔を不安げに歪ませて唸っている。
 「まずいな……。そろそろ凶暴な野獣の歩き回る時間だ。あの子の腕では…」
 「俺が行く!皆はここで待ってろ!」
 「グ、グウェン爺ちゃんやめて!死んじまうよぉ!」
 必死でグウェンの頑強な腰に纏わり付いて止めるのはアンリである。いっとう若手で臆病な彼ではあるが、グウェンの半分にもいかない腕の細さでなんとか健闘しているようだ。
 この森は深すぎる故に未開の森。夜は気温も外敵も何もかもが人間に牙を剝く魔境の地だ。脱走兵とはいえ狩りの腕に覚えがあるこの5人でも、どうしてかこの森の獣にはかすり傷ひとつ付けられない。殆ど芋と水と草ばかり煮て1年凌いできた現状、不安に思ったヒースが焦りから飛び出して行ったことは実に自然な流れであった。
 アンリの制止を振り切って、グウェンが剣を携え出て行こうとしたときだ。
 「ヒース!!」
 「…………っい、今戻った……」
 薄く視界を覆い始めた夜闇を逃れて、小屋の戸が開かれた。

 オリーブ色の髪をした青年は酷く消耗しており、まずはたき火に当ててその体を温めさせることになった。ヒースの体全体をねっとりとした湿気が覆っていて、疲労からかぼうっとした表情がいっそう異様さを強調していた。
 「ヒース……?大丈夫か?しっかりしてくれ」
 「ぁ、んっ……すまない……、なんだか熱くて…。」
 「寒くての間違いだろ。今風邪でも引いたら終わりだぞ」
 同郷の友人を心配するデリックの後ろでグウェン老が悪態をつく。ヒースの弓筒は1本残して全て矢が無くなっていたが、結局収穫はなかったようだ。やはり一日魔の森を放浪して体力が限界なのだろう。ヒースの薄い上体がたき火のほうへ傾ぐ。
 「あっぶねえ!ヒース、……えっ」
 「う、ひぃっ!」
 支えようと肩に触れると、ヒースは大げさに体をビクつかせて退いた。瞳はどこか虚ろで未だ冷めやらぬ狂騒を灯している。たじろぐデリックに慌てて焦点を合わせると、ヒースは誤魔化すように笑った。
 「……ぁ、……ちがうんだ。そう、俺、見つけたんだよ。皆に言わなきゃって……温泉を見つけたんだ。直ぐ近くにある」
 その近くで獲ってきたんだと言って、ヒースは腰につけていた麻袋を開いて見せた。様子を伺っていたアンリが歓声をあげる。
 「すげえ!甘草の実じゃん!」
 「……これどのくらいなってた?」
 「ン、いっぱい。壁一面に甘草が生えてて……。はは、これでちょっとは収穫あったかな」
 比較的年齢層が低めの3人が実を囲んではしゃぐ後ろで、グウェンが吠えた。
 「何が収穫だ!心配させやがって。1人で行動するなと言ったろう!」
 「……っ……すいません……」
 ヒースは申し訳なさそうに頭を垂れた。グウェンに続いて、腕を組んでことを見守っていたケイも苦言を呈する。
 「……ヒース。俺たち仲間は5人しかいないんだ。夕刻以降の無断外出は命に関わるって知っているだろう?」
 「は、はい。俺焦ってて……。」
 「お前を探して全員死ぬことだってあるんだ。以後、こういうことはないように」
 「了解です!……ぅ」
 「返事はもっと簡単でいい。軍隊の癖は数年ではなかなか抜けんよなあ……。グウェンに謝っておきなさい。お前を心配して今にも飛び出していきそうだった」
 顔を上げるヒースと視線を合わせないように、グウェンはそっぽを向いた。舌打ちしてはいるものの、内心この人も仲間の無事に安堵しているのだ。
 「それではこの件はこれでおしまいにしよう。ヒース、明日は回復次第お前が見つけた温泉に案内してもらえるかな」
 「それでしたら……、驚かれると思いますが、すぐそこなんです。村の入り口の組岩まで来て下さい」

 果たして組岩は内側から表層の一枚がずらされていた。その隙間を辿ってヒースを先頭に、男達が降りていく。
 「薄暗がりでも岩が発光して歩けるな…!」
 「俺たちの小屋のちょうど真下じゃねえか。今まで気づかなかったなんてな」
 「へへ、兎を追って洞窟に入って……半日出口を探してうろついてたら、この地下温泉に出たんです。あかりを探して上に出たら、幸運にも村の入り口でした」
 地下の空洞は大の男がゆうに広がることのできる開けた空間だった。白くすべすべとした岩の窪地に温かな湯が湧いていて、一行はすぐ近くの湯だまりに腰掛けて足を温めることにした。
 唯一訝しんだのはケイであったが、何しろ季節は初冬。ろくに防寒装備も充実していない5人にとって、爪先の感覚麻痺は入植以来悩みの種である。先に全身浸かったというヒースがぴんぴんしているのも手伝って、用心深い彼もすぐに落ちた。
 「あ゛~~~!!!最高だな……!」
 去年の寒さによって右足の小指が壊死してしまっていたデリックは勿論、痛んだ足先を温める湯に感動しない者はいない。岩壁に生えている甘草の赤い実をつまみながら、それぞれ湯治を楽しんだ。
 デリックは腰掛けた岩場から辺りを見回してほっと息をつく。ふて腐れていたグウェン老もアンリに纏わり付かれて笑顔を見せているし、ケイはというと厳しい彼にしては珍しく、ヒースの頭を撫で繰り回している。
 (今日はここに来てから一番良い日かもしれねえな……)
 餓死寸前までいった去年を思い出し、デリックだけは甘草の実を食べずに懐の麻袋へ全てしまう。朝起き抜けに食べるおやつにはぴったりだろう。
 みな湯あたりで火照った顔のまま地上に戻った。それぞれの顔は陽気に緩んでいて、地上へ戻る足跡が1人分増えていることなど、誰も気づく者はいなかった。
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