群青に消える桜

ポレロ

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番外編 好きな人

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  みんなが思う学級委員のイメージは、メガネで三つ編みでガリ勉というイメージをもつ人が多いだろうが、私の場合は中学校まで、そんなタイプの委員長だった。
  中学3年生まで、ずっと委員長だったので、あだ名が委員長って時だった事もある。
  でも、私は学級委員長という仕事に自信をもって取り組んでいたし、学級委員という場所が好きだった。
  そんな私も思春期の女の子だ。人と同じように恋もする。
  私の初恋の人は、今、絶賛カップルになって、熱々な恋人関係を見事に結んだ人。
  野々村青斗君だ。


  彼を好きになったのは、中学3年の夏休みの時だった。
  私は、学級委員の仕事があって学校にいた。
  野々村君は、補講か何かで、学校にきていた。
  野々村君は眠たげな目をこすりながら、廊下を上がっていた。
  私は、ちょうど彼の前を歩いていて、不意に後ろから声をかけられた。これが、野々村君との最初の会話だった。
  「佐野さんって、夏休みも学校にいるんだ」
  それが彼の発した一言目だった。
  「そうだよ」
  私は、驚いた顔を野々村君に見られたくなくて微笑みを作った。
  多分、ガチガチの笑顔だったと思う。
  野々村君からしたら、私の第一印象は、『無理な笑顔で笑う学級委員』だと思う。
  そんな私を野々村君は、「まぁ俺もだけど」と笑いながら軽く流してくれた。
  そこから、自分達の教室に入るまで、他愛もない話をした。
  好きな有名人や好きな食べ物、最近面白かった事など。たくさん話した。
  不思議な事に、野々村君と話しているうちに、気持ちがだんだんと楽になってきた気がした。
  ぎこちない笑顔も心からの笑顔に変わっていった。
  教室につくと、野々村君はすぐに補講の準備をした。
  そして、野々村君は補講の教室に向かう。
  そんな事に、一抹の寂しさを感じながら仕事をする。
  その日の仕事は、夏休み中の学校が行うボランティアの冊子を作るため、数枚の紙をホッチキスでとめる仕事だ。
  中学校3年生なんだから、勉強の方は大丈夫なのか?と心配する声もあるが、一応、受験勉強など、しっかりやっているので、成績に関する問題はない。
  とは言っても、1人でこの作業は相当疲れる。
  せっかくの夏休みだし、遊びたい気持ちもあるが、なぜだか、こういった厄介事をなかなか断れない性格で、とても苦労する。
  こんな性格が嫌になる事もあるが、昔からこういう性格なので、諦めた。
  そんな事より、早く済ませないと昼になってしまう。
  うだるような暑さの中でやるのは、なかなかメンタル面に来るものがある。
  だから私は、だんだんと作業する手を早めるが、なかなか紙の束は消えてくれない。
  どうする事も出来ずに、1人で黙々と冊子の準備をしていたら、野々村君が補講から帰ってきた。
  私は、野々村君の方に目を向けて、にこりと「補講、お疲れ様」と言った。
  「そっちはまだ、仕事あんのか?」
  「うん」
  「忙しそうだな」
  「うん、なかなか終わらなくて」
  苦笑いを浮かべる私の顔を見て、野々村君は、「手伝うよ」と言ってくれた。
  私は、「別にいいよ」と断ったが、野々村君は、
  「こんなこと、たまには俺にも手伝わせてくれ」
  と言って、プリントの束をとって、手伝ってくれた。
  私は、言葉にならない気持ちが溢れそうになった。
  「おい、どうした?」
  野々村君が心配そうな顔をして、こっちを見てきた。
  「いや、なんでもないよ」
  私は、自然な笑顔で答えた。
 

  野々村君が手伝ってくれたおかげで、普段はつまんない作業が楽しく感じた。
  こうやって、誰かと話して作業をするなんて、私の人生の中で初めての体験だった。
  野々村君とは、何気ない話をした。
  夏休み入って、何をしたのいのかとか、好きな有名人は誰かとか。
  男子と2人きりで話すなんて、初めてで私の心が少し浮かれたのは、秘密にしておきたい。


  作業も終盤に差し掛かり、野々村君との会話もひと通り終わったところで、時計を見た。
  昼の12時を過ぎている。
  「野々村君、12時過ぎてるけど、帰らないの?」
  「うーん、この作業が終わるまで、帰らないつもりだけど」
  そう言ってまた、作業に戻った。
  もうひと踏ん張りだ。
  そう自分に言い聞かせ、私も作業を再開した。


  作業が終わった頃には、昼の1時過ぎで、私のお腹もぺこぺこだった。
  「ありがとね、野々村君。あとは、先生に出すだけだから」
  そう言って、鞄と冊子の束を持ち上げようとした。そしたら、重心がぐらつきよろめいた。
  「あ、あぶねぇ」
  そう言って、野々村君が私を支えてくれた。
  「冊子、俺が持つよ」
  そう言うと、軽々と山の冊子を持ち上げた。
  こう言う時の野々村君の姿が頼もしく見えた。
  私は、自分の鞄を持って、野々村君といっしょに階段を降りた。
  この胸のときめきは、転びそうになったものだと信じたい。


  「失礼しまーす」
  「失礼します」
  野々村君といっしょに職員室に入る。
  「おー佐野、お疲れさん。野々村も手伝ってくれたのか。ありがとな」
  「そんな事ないっすよ」
  そう言って、快活に笑う野々村君を横目に見る。
  やばい。さっきの胸のドキドキが強くなった気がする。
  「先生、私はこれで失礼します」
  「おー、佐野、お疲れさん。気をつけて帰れよ」
  「はい」
  「失礼しました」と軽くお辞儀をして、職員室からでる。
  野々村君といっしょにいたら、胸がおかしくなりそう。


  胸の鼓動が早くなるのを感じると、すぐそこには、野々村君がいるんだと体が反応するようになってきた。
  こうやって、彼の姿を見る度に、胸の鼓動が少しづつ、ドクドクと早くなる。
  夏休みの間におきた、その初めての感覚は、とても胸の奥があまがゆくなる、そんな感覚だった。

  「おはよう、佐野」

  この言葉を聞くと、胸がキュンと縮こまるような感覚。
  こんなこと、初めて。

  「うん、おはよう、野々村君」

  私の顔はこの時どうなっているのか、全くわからない。
  頑張って、顔が赤くなるのをかくして、自然な笑顔であいさつを返す。
  「今日もアレか、クラスの事か?」
  「うん、そうだよ」
  「そうか、頑張れよ!」
  「野々村君も補講頑張ってね!」
  「おうよ!」
  
  でも、これも補講がある時まで。
  補講は、夏休みの前半まで。つまり、前半が終わるという事は、補講も終了。
  という事は、野々村君との時間も、夏休みの前半までなんだと思うと、心から残念な、嫌な気持ちになる。
  
  そして、ついにその日がやってきた。
  「いやぁ、ついに明日で補講が終わるんだ」
  野々村君は、楽しそうにそう言った。
  その日は、クラスの掲示物を作らないと行けないので、朝から学校だった。
  そして、補講が終わった野々村君に手伝ってもらっていた。
  私は、クラスの掲示物を作りながら、「よかったね」と笑顔で返した。
  本当は、嫌なのにでも、野々村君だって楽しい夏休みを過ごしたい。これは、独りよがりの気持ちなんだよ。やめなきゃこんな気持ち。
  自分でこうやって、嫌でも気持ちを抑えなきゃ、本当の気持ちがでちゃう。
  そしたら、絶対に嫌われる。
  
  やだよ。そんなの。

  ポロりと、地面に水滴が落ちてきた。
  アレ、目の奥があつい。なんで、なんで私、こんな気持ちになってるの?
  「ごめんね。野々村君。ちょっとお手洗い行ってくるから、そのまま掲示物やっておいてね」
  私は、全力でトイレまでダッシュした。
  

  それから、嗚咽を殺すように泣いた。
  誰にも気づかれないように。こっそりと。
  でも、1度漏れた気持ちは、簡単には収まらない。どうすればいいの。

  『わからない』

  胸の中にある苦々しい思いをただただ心の中で消化していった。


  「大丈夫か?佐野?」
  教室に戻ると、野々村君が心配そうな顔で聞いてきた。
  「うん、大丈夫だよ」
  笑顔で答えられただろうか?
  「それならよかった」
  ホッとした顔だった。よかった。ちゃんと笑顔できてた。
  「なぁ、佐野」
  不意に言われたその言葉に私は、驚いた。
  「ケータイ、持ってるか?」
  「うん、持ってるよ」
  「じゃあさ、メアド交換しないか?」
  「いいよ」
  嬉しい気持ちが胸の中に広がり、私は、えも言えぬ気持ちになった。
  野々村君は、カバンから黒のスマホを出していて準備万端だ。
  私は、カバンから白のスマホを出して、メアド交換の準備をした。
  赤外線で、一瞬にして交換ができ、メアドを登録する。
  「ありがと、野々村君」
  この時の私は多分、満面の笑顔だっただろう。


  うだるような暑さの中、セミの鳴き声をBGMにしながら、夏休みの課題をしていた。夏休みだけど、勉強をちゃんと夏休みの授業にいていけなくなる。
  「ピロリーン」
  ケータイの着信音がなった。
  私は、机のすぐ側にあるケータイを開いた。そこには、『野々村青斗』と登録されたメール画面が出ていた。
  私は、一旦手を止めメールを開いた。
  『佐野、今日の午後6時から夏祭り一緒に行かないか?行けたら返事ください』
  との事だった。私は、嬉しくてすぐに返信をした。
  『行きます!』
  そう返事をした。とても嬉しい。だって、初めてクラスの人とこうやって遊べんるだもの、勉強にも力が入る。
  「よし、頑張ります!」
  そう言って、勉強に戻った。


  午後6時。私は、神社の前で待っていた。
  あの後も、何度かメールをしてお祭りの段取りなど聞いた。
  すごくワクワクして、待ち合わせの20分前に来てしまった。
  しばらく待ってると、野々村君がきた。
  「佐野、待たせてごめんな。」
  「いいよ、私もさっききたばっかだし」
  「そうなんだ」
  野々村君と会話をする度に、笑顔が自然とこぼれていく。なんでだろ。
  「あとの人は?」
  「あぁ、あいつらは祭りの会場にそのまま行くって」
  「そうなんだ」
  「じゃあ行くか」
  「そうだね」
  私のひと夏の思い出が始まる。


  お祭りの会場について、クラス人と一緒にお祭りを練り歩く。
  すると、1人のクラスの女の子が私に話しかけてきた。名前は確か、下田さんだ。
  「お祭り、何買うか決めた?」
  下田さんは色鮮やかなオレンジの浴衣をきて、長い髪をサイドポニーにしていた。かわいい。
  「まだ決めてないんだ」
  「じゃあ、一緒にアレ買わない?」
  すると下田さんはりんご飴の屋台を指さした。
  「いいよ」
  「じゃあ決まりだね」
  下田さんは笑顔で、「おじさん、りんご飴2つください」と快活な声でいった。
  それからすぐにりんご飴が出てきて、下田さんと私はお金を払ってそれをもらった。
  「いいね~女子2人は」
  そう言ってきたクラスの男子。確か名前は、相島君だった。
  「相島も買えば」
  「どうしようかな」
  「じゃあ俺らも買うか」
  そう野々村君が言うと相島君も「そうだな」と言ってりんご飴を買った。
  それから屋台を回ってから、チョコバナナとかき氷を買った。
  それから少しぶらぶらとお祭り会場を回っていると、急に人の流れがひどくなった。
  「もしかして、花火が始まるのか」
  相島君がそう言うと、「そうだな」と野々村君が答える。
  だんだんと流れがひどくなる。私たちはその波に飲み込まれて離れてしまった。
  しかも流されて、一緒にいた人が野々村君だなんて。私の胸の鼓動は早くなる。
  「花火綺麗だな」
  そう聞いてくる野々村君。私は、花火なんて見る余裕なんてなくて、「そうだね」と曖昧な返事になった。
  どうしたらいいの?胸の中にある疑問がどんどん膨らんでくる。私が1人で悩んでいると、「もしもし、相島どこにいんの?」
  どうやら離れてしまった相島君達に連絡をとっているようだ。
  どうやら花火が終わったら、今日きた集合場所にまた集まるらしい。
  「ヒュウードン」と心臓に響く花火の音と、近くにいる野々村君で私の心臓は、破裂しそうだった。どうしてこんな気持ちになるの?今まで数多くの問題を解いてきたのに、これだけは、この問題だけはわからなかった。


  「へぇーそれって多分『恋』だよ」
  「恋?」
  「そうだよ」
  そう言うゆーちゃんの顔はニヤニヤしていた。
  あの後、相島君達と合流して家に帰った。
  終始、胸がドキドキして私はおかしくなりそうだった。
  その事をゆーちゃん事、上田唯ちゃんに相談した。ゆーちゃんは昔からの友達でよく家に遊びに来る。
 「そうかぁ、ついに翼が恋したのかぁ」
  しみじみ言うゆーちゃんに私は、おかしくなり、「そうかな」と照れてしまった。
  「あ~もうかわいい」
  そう言って抱きついて来る。ゆーちゃんはいつも抱きつき、頬をすりすりしてくる。
  私は、そんなゆーちゃんが大好きで、最高の友達と思ってる。
  私は、ふと思い出したようにを聞いた。
  「そう言えばゆーちゃん。宿題終わった?」
  その一言を聞いたゆーちゃんは、ぽんと私の肩に手をおいて、充分にためてからこう言った。
  「終わってない」
  そう言ったゆーちゃんの顔は清々しかった。


  長い長い夏休みが終わり、今日から二学期が始まる。
  私は、夏服のポロシャツに袖をとおして、トレードマークである三つ編みと黒縁メガネをかけて、カバンを手に持ち行ってきますと玄関をでた。
  まだじめじめとした暑さが残る9月だが、私の心はふわふわと中に浮いていた。
  今までで初めて、新学期が楽しみだと思ったのだ。普通は、めんどくさいやだるいなどそんな考えになるのだが、ゆーちゃんに『恋』だと言われてからその言葉が耳から離れなかった。
  そんな気持ちのまま、学校についた。
  中3の二学期は、昇降口の騒音と共に始まった。
  ざわざわとした声と、久々に会ったという空気が支配していた。そして、周りを見る限り黒く焼けた男子やちょっと大人びた女子など、外見の変化がすごく、私だけ取り残されたような気持ちになる。
  今思えば私の夏休みは、学校にきて委員長の仕事をして、家で宿題をして、ゆーちゃんと遊びに行くという感じだったので、普段の休日とあまり変わらなかった。
  私だけ変わらないのかな。そんな事を思った。
  そんな憂鬱な気持ちのまま教室に入った。


  校長先生の話はなぜこんなに長いの?
  いつの時代の生徒も必ず思った質問を頭の中でモヤモヤと浮かべながら聞く。
  二学期に入ったら、体育祭や文化祭など忙しく、学級委員の私にとって大忙しだ。
  ちなみにこの学校は、1学期に係を決めてそれを1年通す事になる。
  私は、1年生の頃から学級委員をやっていて、むしろ私の仕事はこれだと思っている。
  そうして、始業式が終わりホームルームが始まる。
  朝、忙しくてできなかった事をやるのだが、全て学級委員の私の仕事になる。めんどくさいなど言ってる場合ではない。
  私は、テキパキと宿題集めやクラス目標など決める。1年生の頃からやってるのですぐに決めらる。
  大忙しなホームルームも終わり、ひと息つける。
  「ふぅ」
  大きなため息がでて目を閉じる。あと、何が残ってるんだっけ。まだ仕事ってあったけ。頭の中で何度も何度も繰り返し確認する。
  「お疲れさん」
  その声が耳に届いた時、ドキッとした。
  その声の主、野々村君にこの顔がバレないように笑顔を作る。やばい、すごい真っ赤だよ。どうしよ。内心大慌てだ。
  「すごいな。テキパキと仕事やれて」
  その言葉がすぅーと耳に入って、私の心を支配する。心地よい感覚になる。
  私は、胸の鼓動が野々村君にバレないかと細心の注意をはらいながら答える。
  「委員長になった時の癖で」
  えへへと答える。いつも押し付け合う役職がこの学級委員長。だから私は、自分の居場所を決めるようにこの役職につく。
  そんな気持ちを騙すように、テキパキとやって先生からいい評価が貰えるように頑張った結果が今の状態。
  だから、そんなに褒められるような事は言わないで欲しい。そんな事を今まで思っていた。だけど、野々村君に出会って初めてこの仕事が楽しい。褒められてもらえるように頑張れる。初めてこの仕事が楽しいと思った。そんな気持ちを心の中にそっと押し込めて、野々村君に接する。下心が見え見えでおかしいと思われるけど楽しいと思う自分がいるのは、たぶん気のせいではない。


  二学期は体育祭や文化祭があってとても忙しく、てんてこ舞いになる。だからこそ、毎日毎日気を抜かないようにしている。
  この日も、9月なのに驚くほどの快晴の中、ジメジメとした暑さと共に、体育祭の練習に励んでいた。
  でる種目は少ないが、運動が苦手な私は、憂鬱な気分のまま、徒競走の練習をしていた。
  この学校は、自分達ででる種目を選んでいいというなんともステキすぎる学校で、運動苦手な私にとって、素晴らしいシステムだ。
  だから、友達と一緒にでる種目の徒競走以外は玉入れだけ。だからあまり運動しないで済むと内心大喜びだった。
  「ねぇ、もっとでようよ~」
  隣でゆーちゃんがせがんで来るがそこは友達であってもできない約束だ。
  「私、本当にダメなんだよ」
  「でもさぁ、最後なんだよ。中学生での体育祭は」
  「でも、」
  私は、眉毛をななめ下に落とすように困り顔を作った。この顔をする時は、本当に困った時だけとわかっているゆーちゃんは「わかったよ」とため息をつきながら承諾してくれた。
  放課後。私は、先生に呼ばれて職員室にいた。
  「実はな、これをもって行ってくれるか?」
  そう言ってたくさんのノートを私の目の前に置いてきた。
  「これをですか?」
  「そうだな」
  ゴリラみたいな体型の先生だから軽々しく持てるが、力が皆無と言えるほどない私にとってなんとも地獄絵図みたいな光景だった。
  私は、ため息と共にせっせと持っていく。
  近くに人がいないため、1人で山のようにあるノートを持っていく。すごく腕が痛い。明日は筋肉痛だな。と遠い目をして考えていたら、「どうしたの」と声がした。
  声がした方を見てみると、野々村君がよっと手をあげた。
  「手伝うよ」
  そう言って、半分より多く私の腕にある山のようなノートを軽々と持った。
  「重くないの?そんなに持って?」
  「ああ、このぐらい平気だよ」
  そう言って、キラリとした笑顔を見せてくれた。すごいな。心の中で呟いて、階段を登っていく。
  「なぁ。佐野ってさ、いつもこんなに重たいもの持ってんの?」
  「いや、今回は特別重かったんだ」
  明るい声で返したが、やっぱり傍から見たら無理してるように見えたのだろうか…
  教室について、教卓の上にノートを置く。そして、黒板の中心に『朝来た人からノートをとってください』とスラスラと書く。
  「よしっ」
  ムフッと鼻息を漏らす。ハッとして横を向く。
  「ふふふ」
  笑っている野々村君が横に。
  忘れてた。隣に野々村君がいることを。
 「笑わないでよぉ」
  赤面する私を横に笑う野々村君。
  「いやぁ可愛かったからつい」
  そう言って、笑いながら私の方を向く。ポコポコと野々村君を叩くが、非力の私の攻撃など全然効いてなく、笑い続ける。
  そんな笑声が、放課後の教室に響いた。


  体育祭が明日と迫った昼。給食を食べながら、グランドの様子を見ていた。
  テントや飾り物などたくさんでていて、『もうすぐだぞ』と教えてくれているような感じで、好きな時だった。
  カレーをもぐもぐと咀嚼してごくんと飲み込む。スパイスがきいていて、とても美味しい。
  給食を食べ終わり、ゆっくりとしたお昼休みを過ごすため、机から本を出した。栞が挟んでいるところを開く。
  ワイワイとグランドから声が聞こえる。ちょうど自分の席は1番後ろの窓側で、グランドで遊ぶ生徒達を見る。
  メガネ越しに野々村君の姿が見える。外から眺めてるとほんとに遠い存在に見える。
  胸がギュッとなる。痛いな…胸が…
  なんでだろ。変な気持ち…


  晴天。その言葉が似合うような雲一つない空が見える。
  強い日差しの中、グランドに体操服姿の全校生徒がならんで、校長の長い話を聞いている。
  体育祭本番。うずうずとした空気をまとわせる男の子がたくさんいる中、やっと校長の話が終わり、市長などの偉い人が挨拶と言うなの長い話をして、準備体操に入る。
  くれぐれも怪我をしないようにと、短い朝礼で言われた通り、入念に体操をする。
  みんな準備体操を終わらせて、さぁ第一種目が始まろうとしていた。赤、白の応援団が声を張り上げて応援する。
  最初の種目は、中3による徒競走だ。
  運動が好きな野々村君も参加している。声を出して応援なんて恥ずかしいので、心の中で応援する。『頑張れ、野々村君』
  この思いが通じたのか知らないけど、歓声と共に、1位でゴールする。
  すごいな。思わず声に出そうな気持ちをグッと抑える。ズキンと胸が痛くなる。
  気のせいだよこの痛みは。
  そう言って自分の中で消化する。
  「次、私たちの番だよ!」
  ゆーちゃんが後ろから抱きつきながら声をかけてくる。
  「わかった」
  笑顔を精一杯作って、ゆーちゃんと手を繋いで徒競走の準備場所に行く。

  「頑張れよ」

  そんな声がした。
  振り向くと、野々村君が笑顔でグッと親指を上に立ててニカッと笑った。
  私は、うんとうなづいて自分のレーンに並んだ。
  「位置について。よーい」
  「バン」
  体育委員の男の子声とピストルが重なる。
  次は私の番だ。そう考えると、足がガクガクと震えてきた。
  『落ち着いて』
  何度も心の中で呟いても足の震えは止まろうとしない。
  そして、私の番がきた。
  『頑張れよ』
  そんな声が耳をこだました。授業で習ったクラウチングスタートの構えをとる。
  いけ、私の足、前へ進め
  風を切るような感覚になる。ピストルと共にスタートしてどのぐらいだろ。わからない。だけど、自分の中で手応えがある。
  白いゴールテープが見える。息が苦しくて、足も疲れてきてる。

  もう少しだからもって私の足

  ゴールしたと同時に汗がどっとでてくる。
  順位は3位で過去最高順位だ。
  嬉しい気持ちと早く野々村君に会いたいと言う気持ちが同時にくる。
  早まる気持ちを抑え、全員が走り終えるのをまって、トラックから退場する。
  野々村君は赤組で私は白組。敵同士だけどこの時は、いち早く会いたかった。
  「お疲れ様。かっこよかったよ」
  野々村君を探してキョロキョロしてると、後ろから声をかけられた。
  野々村君がこっちを見て笑ってくれた。
  「あとはなんの競技に出るの?」
  「あとは玉入れだけだよ」
  「そうか、頑張れよ!」
  「うん!野々村君も頑張れ!」
  「おうよ!」
  じゃ行ってくるぜと野々村君は次の種目に向かった。すごいな野々村君は。
  玉入れが終わって、お昼休み。
 中間結果では、野々村君の赤組が1歩リードしてる。
  私は、ゆーちゃんと一緒にお弁当を食べる。
  「やっぱり楽しいね。体育祭」
  「そうだね」
  「おっ今年は結構明るいね」
  「そうかな?」
  「これも野々村効果か~」
  「ちょっとやめてよぉ」
  「二ヒヒ。しかもすごいじゃん徒競走。3位だよ。有終の美だよ!」
  「そうかな~」
  「照れてるぅ」
  そんなにいつもどおりの2人だけの空間が私にとって落ち着く時間だ。
  午後は特にやる事もなく、野々村君とゆーちゃんの応援をしていた。
  結果は、赤組の僅差での優勝。ちょっとだけ悲しい気持ちになった。やっぱり最後だからかな?わかんないや。 


  体育祭を終わって数日がたって、中間試験だ。
  あっという間に試験週間が終わり、不安の残る中試験をする。
  それが3日続いてついに今日、テストがかえってくる。憂鬱なゆーちゃんの声がケータイ越しに聞こえた。
  結果は、詳しくは言えないが中の上とでも言っておく。
  追試明けなんともう、11月になろうとしていた。
  衣替えをしてからあっという間にすぎていって鑑賞深く感じる。
  放課後の1人の教室でさえ、何故か物悲しくなる。
  ゆっくりと帰りの支度をして、ゆーちゃんと一緒に帰る。
  今日あった出来事やなんでもないことをだべる。
   そうか、もう卒業か。
  ふと1人、そう考えてしまった。


  文化祭の季節になると、恋人が増えると言うのが、この学校のジンクスだ。
  ゆーちゃんに聞いた話によれば、もう10年も前からこのジンクスがあるらしい。
  へぇと思いながら、私の胸に野々村君の姿が浮かんだ。
  ギュッと胸が痛くなる。なんでなの。
  「大丈夫?」
  ゆーちゃんが聞いてくる。私は、作り笑顔をして答えた。
  「大丈夫だよ」

  ホームルームの時間に、クラスでやりたい出し物を決める。
  先生は「よし、学級委員よろしく」と仕事を丸投げしてきた。
  「わかりました」
  そう返事して、席を立ちスタスタと黒板の前に立ち
  「それでは、決めたいと思います。何か案がある人は挙手してください」
  ここまでの進め方は、毎年やってるからもうなれている。
  ここでうだうだと案が上がらないのが大半だったのだが、このクラスはサッと決まった。
  「劇やりたいです」
  そう言ったのは、演劇部に所属している須藤明さんだ。
  「いいねぇ」
  「面白そう」
  いろんなところから賛成の声が聞こえてくる。
  「では、今年は劇でいいですか?」
  「いいでーす」
  クラスの声がそろった。これはいいのができそうな予感。


  そこからは結構トントンと決まっていった。
  文化祭実行委員は、言い出しっぺの須藤さんがなり、なんの劇をしたいとか話し合いそして、劇は『眠り姫』決まった。
  そこから配役や大道具や小道具作りとかに入った。
  私は裏方の方で、大道具の木にペタペタと色を塗っていた。
  こんな地味は作業でも、ずっとやってれば愛着がわく。気づいたら楽しいなんて思っていた。

  それからドタバタとした日々が続いて、文化祭が翌日となった今日の放課後。
  ココ最近、日が落ちるのがはやくなったと思いながら、ダンボール箱のカスを捨てようとゴミ置き場に、ダンボールのカスがたくさんつまった袋を運んでいた時だった。
  「あのさぁ、話があるんだ」
  そう声がした。はっきりと。
  私は、気づかれないようにそろっと、柱のものかげから見ていた。
  「何かな?」
  そこには、違うクラスの女子と野々村君がいた。
  私の胸にずんっと重くのしかかる感覚が走った。

    『はやくここから立ち去らないと』

  そう思うが、足は言う事を聞かない。
  むしろ、もっとここにいたいと思っているかのように足が、体が動かなかった。
  フルフルと体が震えるのがわかる。

  「実はね」

  やだよ…

  「私ね」

  早く立ち去ろ…

  「野々村君の事が…」

  やめてっ…

  「好きなんだよ」

  胸に重く突き刺さる言葉だった。
  それは、今までクラスの男子から言われてきた悪口よりも胸に刺さり、形容しがたい痛みがじんわりとしてきた。
  口の中がからからになり、飲み込む唾も外部からの異物のように、体が受け付けない。
  目頭が熱くなってきた。どうしよ。
  内心落ち着かない。

  「君の気持ちはとても嬉しい」

  焦った気持ちを静かにさせたのは、いつだって野々村君の声だった。

  「でもごめん。俺、君とは付き合えない」

  それは、1人の女の子に言った言葉なのに、私の胸に深くこだました。
  あぁ、どうしよ。目が腫れてるよ。


  その後、その女の子は「わかった」そう言って去っていた。
  野々村君にバレないようにいそいそと帰ろうとしたら「佐野、何してんの?」
  バレてしまった。
  「でさ、そんな事が前あったんだよ」
  野々村君はいつも、楽しい会話をして場を和ませてくれる。
  でも、今は面白い話も笑顔で聞ける心理状態でもないので、暗い顔しかできない。
  「大丈夫か?佐野?」
  「うん、大丈夫だよ。」
  「そうか、」
  そう答えても、野々村君から不安な顔は取り除けない。
  「ねぇ、野々村君」
  「ん、何?」
  「あのさ」
  「うん」
  「明日の文化祭、絶対成功させようね」
  「そうだな」
  私の精一杯の笑顔で気持ちを切り替える。それしかできない人間なのだと思う。


  文化祭当日。
  案の定の賑わいで、私達のクラスの劇は大成功を収めた。
  みんなで頑張ったかいもあったし、とても楽しかった。
  でも、どれだけ文化祭の喧騒がうるさくても、この思いだけは消えなかった。


  「ねぇ、進路どうする?」
  ゆーちゃんが不意にそんなことを聞いてきた。
  私は、「まだ何も」と曖昧な返事をした。
  「早く決めないと親に怒られるよぉ」
  「じゃあ早く決めないとね」
  ゆーちゃんの困り顔を私は苦笑いも含んだなんとも言えない顔で返事をした。
  もうそんな時期なのである。
  はやく進路を決めてラクになりたい。
  誰もが悩むこの大問題に今私は直撃していた。
  「ねぇ、知ってる?野々村が行く高校」
  「知らないよ」
  「ふーん」
  急にそんな事を聞いてきて、しかも含みのある返事をされたら困ると言うものだ。
  「ゆーちゃん知ってるの?」
  「さぁ?」
  おどけた顔で返す。
  「じゃあ私はとりあえず、家から近い東高でいいかな」
  「じゃあ私も」
  ゆーちゃんはそう言って私に抱きついてきた。
  愛嬌があってすごくかわいいけど、私と同じところに行きたがるゆーちゃんの人生が心配になる私だった。


  「俺は、とりあえず東高受ける」
  そう聞こえたのは、昼休み中の事だった。
  私はいつものように、机の中から文庫本をだして、読もうとしてたらふと男子の会話が聞こえてきた。
  確か東高は、私の家から近いし、私もゆーちゃんもそこにしようと決めていた。
  偶然とはとても恐ろしいものだ。改めてそう実感した。

  「この時間は、進路を決めてもらうぞ」
  そう言った担任の先生は、A4のプリント用紙を配っていった。
  「ここに自分の希望している進路を書いて、後で提出してくれ。その紙は、今度やる三者面談で使うからな」
  先生がそう言ったあと、自分達の思い思いの進路を書いた。より詳しく。
  チャイムと同時にプリント回収され、本格的に受験の雰囲気がしてきた。
  実は、密かにやってきた受験勉強も本格的に始動になりそうだ。


  「受験の空気がしてきたね」
  三者面談当日、私はゆーちゃんと一緒に登校していた。
  「そうだね」
  実際、推薦を狙っている人たちがより一層ピリピリしている為、ほかの人もそれに触発され、3年生の空気がピリピリしてきたのは事実だった。

  「佐野さんは、本当に東高でいいんですね?」
  そう聞いてきたのは、いつものジャージ姿ではない、ビシッとしたスーツを着て、口調もすごく穏やかになった担任だった。
  「はい」
  私は、迷いなんて存在しないよと言いたいぐらい、真っ直ぐと担任の目を見て言った。
  母親も、「娘もそう決めていますし」などと言って、事実上私の進路は今決定した。
  あとは受験だ。と意気込み、私の前の前に受けたゆーちゃんと共に、東高を受ける事になった。


  そこから、地獄の勉強会とゆーちゃん知ってるの後々そう名付けるほどハードな勉強が始まった。
  私もゆーちゃんも一般で受けるので、倍率が多少高くなる。
  多少高くなっても大丈夫なように、私とゆーちゃんは、みっちりと勉強をした。
  1年生からの復習と、東高の過去5年間の過去問を解きまくり、これでもかというぐらいみっちりと勉強をした。
  胸には、野々村君と一緒に合格できるようにと、一方的な片思いを込めて。


  入試当日。私とゆーちゃんは、遅刻しないように、10分早く家をでた。
  試験会場でもある東高で私は試験番号が書かれた紙と、英単語帳を手に持ち最後の復習をしていた。
  すると「よっ」と声がした。
  その声の主はきっと
  「野々村君おはよう」
  「おう、おはよう」
  そう挨拶をお互い交わして、「今日は頑張ろうな」と軽くエールを送りあって、いざ試験会場の教室に入った。


  「キーンコーンカーンコーン」
  試験の始まりを知らせるチャイムと同時にいっせいに、問題を時始めた。

  1時目は、英語。
  リスニングの問題まで時間があるからそれまでに、より多くの問題を焦らず解く。
  そして、教室のスピーカーから聞こえる英文を答えるリスニング問題も終わり、最後の確認をして、英語の試験終了のチャイムがなった。
  かなりぎりぎりまで、見直して間違いなんてないと自分に言い聞かせ、次の試験の準備をする。

  次は、数学でこれも、過去問を解きまくったおかげで、出る所をだいたい把握できたおかげでかなり自信のある科目となった。

  次は、理科。
  なんだこれはとなる問題ばかりで頭が混乱してきた。
  オロオロと問題を解いて、終了のチャイムがなった。どうしよと思いながら、次の教科の準備をする。

  次の教科は社会だ。
  日本史、地理、公民と混ざりとても混乱しやすい教科だったけど、ゆーちゃんが教えてくれたところがでたので、安心してできた。

  最後は、国語。
  いちばんの得意な教科で、これはスラスラと解けた。
  今まで苦戦していたのを取り戻すように、バンバンと解いていった。

  そして、午前中の試験は終わり、ゆーちゃんとお弁当を食べながら、試験はどうだったとか、つかの間の休息をとっていた。

  午後からは、面接でとても緊張していた。
  学校で何度も何度も練習したが、やはり本番は、向こうの先生の威圧というか、そんなのが伝わってくる。
  震える声を隠すように、できるだけハキハキと答えた。
  面接試験が終わって、東高の図書室で集合させられた。みんなが終わるまでここで待機らしい。
  試験が終わって、かなりの緊張感が体にあった。
  図書室の椅子に座って、「ふぅ」とため息をつく。今までの緊張が体から逃すように、ゆっくりと息を吐く。
  「お疲れさん」
  後ろから、優しい声音がする。
  その声は、すぅーと私の胸の中に入ってきて、ゆっくりと溶けていくみたいに、胸の中に広がっていった。
  「野々村君お疲れ様」
  「おう」
  「どうだった?テストは?」
  「どうだろうね、俺はいけると思うけど」
  苦笑いしながらそう答える。
  その後、他愛のない話をして、ゆーちゃんが面接から帰ってきて、それを合図にじゃあなと、友達の方へ行った。
  「あらら~お邪魔だったかな~」とゆーちゃんが茶化してくる。
  「そうじゃないから!」
  私は、慌てて答える。
  まだ、気がはやいよね。


  それからというもの、期末テストも終わり、卒業式まであと一週間と迫ったある日、合格発表があった。
  私の試験番号は、297でそれを探してた。
  一緒にきてたゆーちゃんは、自分の試験番号があって、大喜びしてた。
  私は思う必死になって探してたら、「おーい」と声がする。
  野々村君だとわかったのは、これまでの条件反射のせいだなと思いつつ、「あった?」と聞いた。
  「あったよ!」
  野々村君は、無事に合格したらしい。
  あとは、私だけだがなかなかない。
  もしかして、最悪の想定が頭の中によぎる。
  でも、そんな考えをぶんぶんと振り回して、諦めずに探した。
  「えーーと」
  探してたら、視界の横に、見覚えのある数字が。

                           297   

  「あった!私、あったよ!」
  興奮気味に喜ぶ私。「よかったね」と泣きながら喜ぶゆーちゃん。「おめでとう」そう言って微笑む野々村君。
  これで無事みんな合格だ!


  卒業式の日。私とゆーちゃんは、いつものように登校してた。
  3年間より、最後の1年を主に思い出しながら、寂しさを胸に登校してた。
  卒業式自体は、とてもおごそかに行われた。
  卒業証書を校長先生からもらい、市長さんの言葉など聞いていた。
  そして、卒業式の歌。旅立ちの日にを全員で合唱して、終業式を終えた。
  在校生に見送られて、校門を親と一緒にでる。これが終われば、私は中学生じゃなくなる。そんな事を感じて、寂しい気持ちがおおきくなる。
  でも、新しい日々は、もうそこまで近づいてる。
  桜が咲き乱れ、綺麗な群青色の空が寂しい気持ちをより引き立てる。
  さよなら、私。
  はじめまして、私。



   「高校生になるんだから、少しはイメチェンしたら?」
  ゆーちゃんにそう言われて、私は、三つ編みをといて、ロングストレートにした。
  メガネもやめて、コンタクトにした。
  さぁ、これで新しい私の完成。
  さぁ、行こう。おそれずに。


  「おはよう。野々村君」



  
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