群青に消える桜

ポレロ

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俺の気持ち

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  「ヒュー」
 2人の間に吹く春特有の生温い風。とても俺の体温に丁度よく気持ちのいい風だかその風の気持ち良さも忘れてしまう程、俺の心はとてつもなく緊張し、喉が以上にカラカラした。佐倉さんに一目惚れして、そこから何て話そうかと迷い、そしてやっと話しかけることができ、そして今に至る。ここまでの少なくも濃密な時間に俺は今日さよならしなければならない。そう、佐倉さんにキモい変態と言うレッテルを貼られて。
  「そうなんだ」
不意な彼女の言葉に俺は物凄く驚いた。
  「えっ」
想像を超えた返答に俺は、動揺して上手く言葉が出ない。
  「別にそのくらい謝ることじゃないし、それに本を読むのに何も支障もないから」
彼女の冷淡な声が図書室に響く。俺が想像していた返答『キモっ近寄らないで変態』や『そんなのストーカーまがいのことして許すと思ってんの』など罵倒されると思ったのに、佐倉さんは、何も動揺せずに淡々とした声で「別にそのくらい」と返してきた。そして、物凄く動揺している俺に向かってコクリと首を傾けた。
  「何かおかしなところがあった?」
そんな彼女の仕草に俺は、ドキッとした。こんな可愛い仕草をされて普通で居られるか!俺は、赤くなった顔を早く元に戻そうと思い深呼吸したけどしばらくはひきそうにない。だから、俺はそのままの赤くなった顔でこう言った。
  「あのさ、お願いがあるんだ。俺とさ、友達になってくれない?」

  「ウッシァー」
俺は、誰もいない廊下で雄叫びにも似た様な声で叫んでいた。
なぜかって?それは、決まってる。あの佐倉さんと俺は何と友達になったのだ。あんな自分でも気持ち悪い事を言ったのにそれに関わらず友達として認めてもらったのだ。これ程嬉しい事はない。「ムフフフーん」と鼻歌を歌いながら俺は、下駄箱に行った。そして、「ムフフフーん」と訳の解らない鼻歌を歌いながら靴を出していた。丁度その時だった。「ピロローン」とケータイの着信音がなった。
  「えっ佐倉さんだ!」
俺は、驚きと感動で物凄く手が震えた。あの時、図書室で見かけた清楚な女の子で俺の初恋の相手からメール。相手にとってはただのメールかもしれないけど、俺にとっては物凄く貴重で大切な一通だ。そして、肝心なメールの内容だか、
  『今日、友達になってくれてありがとう。私、あまり友達がいた事無くて、とても嬉しいです。』
彼女らしい、折り目正しいメールで安心した。とても落ち着いていて、知的な彼女らしい。俺は、このメールを読んだ後もちろん即保存したし、ちゃんと返した。
  『そうですか!それならよかった。これからもよろしく佐倉さん!!』
今の心理状態では、興奮しすぎて変な事を返してしまいそうでこんな定型文の様な感じなってしまった。俺は今日この1日でこれだけの展開をした自分を褒めたくて、帰りにアイスを一本買ってしまった。
  「ふへへへへー」
  「どした、朝からそんな締まりの無い顔して気持ち悪いよ~」
  「うるせぇ。後、昨日なその…佐倉さんと友達になったんだよー」
  「へぇーすげーなそれ」
俺は、しょぱっなから昨日保存したメールを健に見せた。
あれからと言うもの家でもこのメールを見てにやけて、朝来てメール見てにやける。凄く気持ち悪いやつみたいと思っても、俺の顔の筋肉達は一向に言う事を聞かない。
  「嬉しいのも分かるけどそんくらいにしとけ、センセーくるぞ」
  「わかったよ」
俺は、ノロノロとケータイを机の中にしまった。
  「おーいみんな席についてるかー」
先生の声が聞こえた。でも、俺の顔はにやけたままだ。
  「どーした野々村、いい事でもあったのか?」
先生はニヤニヤしながら俺に聞いてきた。
  「何で分かるんすか?」
  「顔に出てるぞ」
  「マジすか!」
  「一限目までには直しておけよ」
「ははははー」とクラスで笑いが起きる。俺は、「パンッ」と両頬に張り手をして、気合を入れた。
  こうして、午前中の授業も終わり俺は健と一緒に購買へ向かった。
  「お前何か1日中幸せそうだな」
  「そうか~?へへっ」
俺はにやけながらそう答えた。
  「何かこのまま友達エンドで終わりそうだな」
その言葉が俺のにやけ顔を凍らせた。
  「どーいう意味だ」
  「いや、そのままニヤニヤしていて十分幸せじゃねぇか。だから、このまま友達で十分と思ってお前の気持ちを伝えずに終わりそうだな」
  「んな事あるか!俺は絶対に告白する。俺の気持ちは友達だけじゃ止まらないだ!」
  「そうか。それならよかった。でも少し声がデカすぎだぞ」
  「えっ」
周りを見渡すとこちらを見ている人の多さに驚いた。自分の無意識の声のでかさを恥ずべき事に気がついた日だった。
  桜が降りしきる渡り廊下を健と喋りながら歩いていると、いつものベンチで1人読書をしている女の子がいた。肩まであるセミロングの黒髪にちょっと猫背気味な本を読む時の後ろ姿。
  「健ごめん今日は食えないわ」
そう言って俺は佐倉さんの場所まで走って行った。
  「報告期待してんぞー」
後ろからの健の声を背に「おー」と言って走り出した。
  「ねぇお昼さ一緒に食べていいかな?」
俺の開口と共にずいっとパンが入った袋を見せた。
  「うん、いいよ」
冷淡だけど、優しさが含まれた声音で同意した。
  「もう、お弁当食べたの?」
俺はちょこんと膝に置かれた小ぶりでかわいいお弁当箱を指差した。
  「うん」
彼女は本から目線を離さずに答えた。
  「そうなんだ。食べるの早いんだね~」
  「そうでもない」
だんだんと自分の会話のネタの無さに少々腹を立てそうになるが、ここで反省会をしても意味がない。「探すんだ会話のネタを!」
と視線をウロウロとさせていたら昨日読んでいた本と表紙が違うのに気がついた。
  「その本面白いの?」
  「うん」
冷淡な声が帰ってくる。しかし、俺はめげずに会話しようと頑張った。
  「それってどんな内容なの?」
すると、ゆっくりと目線を上げてこちらを見てきて口を開いた。
  「これはね、『桜の花』って言う題名で、昔出会った少年少女が桜の木の下で永遠の約束をするの。でも、少女が交通事故で亡くなってしまって、そこからあの約束を胸に生きていく少年の話なんだ」
そう説明する佐倉さんの目がキラキラしていて、さっきまでのそっけない感じが嘘のようだった。その時の子供のような目がかわいく俺の脳細胞達が一斉にその顔を記憶しようと頑張っていた。
我が脳細胞ながらとても煩悩だった。
  そこから、話が急展開を迎える訳でもなく、ただ平坦に緩やかに過ぎて行った。
     これが友達になっての初めての思い出で、とても進展があった展開ではなかった。それでも、この緩やかな関係から恋人に発展するには、かなりの時間をかけなければいけない。でも、焦ってはいけない。恋愛の神様はとてもいじらしい人なんだ。と思った春の暖かな日だった。
 
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