10㎡の戦争-エンペラーガーディアン-

フェーベ

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健太と奈々美、調査を始める。

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青山健太はスタバが苦手だった。独特のサイズ表記やメニューのせいでスムーズに注文できた試しがないからだ。火曜日午前、川上奈々美との待ち合わせ場所である、三和ホームの支店から近い幹線道路沿いのスターバックスに健太は約束の30分前に着いていた。休日はいつも寝起きが悪い健太だったが、この日は早く目覚めてしまい朝食を摂るために早く来たのだった。昔から楽しみがある日は早起きなのだか、今日はそれを認めたくはなかった。

慣れないオーダーを終え、会計を済ますと入り口が見える席に腰を下ろす。平日の午前中にもかかわらず、店内の半分以上の席が埋まっているようだ。濃い内装の店内にはノートパソコンを開くビジネスマンや外回りの途中なのか、営業マンよのうな人も多く笑い声のような喧騒が少ないからか落ち着いた雰囲気だった。やがて、約束の時間の少し前に奈々美が店に姿を見せた。コーヒーを手にカウンターを離れる。奈々美の視界に入ったところで、健太は手を上げた。そう言えば奈々美の私服姿を見るのは初めてだ。明るい色合いの服装にメイクも普段とは違っていて新鮮に感じる。

奈々美は健太の向かいのイスに座る。
「すいません、待ちました?」バッグを横のイスに置きながら奈々美が言う。
「目が覚めちゃったから朝ごはん食べるために早く来たんだ。」
奈々美がバッグからタブレットを取り出したので、健太はコーヒーだけテーブルに残して手早くトレイを下げてきた。
「川上はなんかいつもと雰囲気が違うな。」
顔を上げた奈々美は少し驚いたように、
「へー、青山さんそういうのわかるんですね。疎いかと思った。」と言った。
「いや、わかるだろ。オレのことどういう風に思ってんだよ。」
「あはは。このメイクじゃお客さんに会えませんからね。」
それもそうだ。健太たち住宅営業の顧客の多くは普通の家族で彼らより年齢も上。華美な服装やメイクでは万人には受け入れられないだろう。

「さー、じゃ早速始めちゃいましょうか。」
奈々美はイスを引いて姿勢を正した。
「調べるって言ってたけど、何を調べる気?」
月極め駐車場から名目上テナントビルに変わった土地。完成からしばらく経つが、テナントが営業する様子がないまま今に至っている。先週金曜日の夜間に資材が搬入されるのを見て、健太も疑問を深めていた。
「あのビルに入れたらそれが一番なんですけど。」
それを聞いた健太は本気か?とばかりに奈々美の表情を窺った。
「あのビル、やたら監視カメラついてるぞ。」
「外から見える範囲で12個です。」
それを聞いてまた健太は驚かされた。奈々美を侮っていたのかも知れない。
「それ以外にも違和感は感じるんですけど、ビル詳しくないからそれが何なのか分からなくて。」奈々美ははぁ、とため息をついた。

「普通テナントって1階は路面店だろうに、それっぽい部分がないんだよ。そもそも窓もガラス戸もない。それどころか非常用の外部階段すら。入り口と言えばあの大型シャッターと側面の鋼製ドアくらいか。」
建物を思い出すように健太は中空を見つめて気になることを列挙してみる。
「それだ!」謎が解けたとばかりに奈々美はぽんと手を叩いて同意した。
「でね、やっぱりあの建物に入るのは難しそうだから他からアプローチするしかないと思うんですよ。」
「他って?」
「元の所有者と帝都建設。」奈々美は怪訝な顔をする健太を尻目に、決まりとばかりにニコニコしている。面倒なことになってきたな、という思いとアクティブな奈々美の一面に興味が湧いてきている思いとの間で、健太の天秤は揺れていた。

「帝都建設をちょっと調べてみたんですよ。」
奈々美は操作したタブレットを健太の方に向ける。そこには帝都建設の他に帝都グループの各企業が業種とともに一覧表示されている。
「財閥系の巨大コンツェルンだからなぁ。何でもやってるな。」健太は一言感想を述べた。
「でもね、賃貸管理をやってる会社はないんです。」

テナントであれ、賃貸マンションやハイツ、月極め駐車場もそうだが、一般的には宅建業者が間に入り管理をすることで収入を得る。個人で店子を募集するのも困難だし、業法の縛りもある。手数料は家賃の1割ほどしかないから、管理物件を多数抱えなければ安定的な収入は見込めない。個人事業主の街の不動産屋ならともかく、大きな会社はたいてい別会社を作っている。三和ホームも資産活用や特建が建てたハイツや賃貸マンションは三和リビングという管理会社に任せている。
「確かにそうだな。帝都エステートって会社が不動産やってるけど、仲介と売買で管理は記載がないもんな。」

昼を回って店内は学生やOLと思しき客が増え、反比例してビジネスマンなどは減っていた。彼ら特有の喧騒を嫌ってのことだろう。
「でしょ。」奈々美は身を乗り出すようにして話を続けた。
「管理部門もないのに、なんでテナントビルなのか?その方が都合がいいからじゃないですかね?幽霊企業を隠れ蓑にすれば中で何やっててもわからないじゃないですか。」
奈々美の力説に健太は思わず笑ってしまった。まだ3年目なのに、良く知ってるとは思う。しかし、さすがにドラマの見すぎじゃないか。
「いや、悪い。突飛すぎたから。」

「言うんじゃなかった。」
奈々美は頬を赤らめて俯いてしまった。
「ごめんて。でもさ川上。誰が何の目的で?ちゃんと聞くから聞かせてくれ。」
奈々美の顔を下から覗き込むように健太は言った。
「コーヒー、冷めちゃったろ。新しいの買ってくるよ。」
健太は空になったマグカップを持って再びレジカウンターに並びラテを2つ注文した。席に戻ると1つを奈々美に手渡した。それを両手で包むように一口飲んだのを見計らって健太はもう一度「聞かせて?」と言ってみた。

奈々美はマグカップを机に置くと、タブレットに別のページを開き健太に向ける。まとめサイトのようだ。そこには、帝都重工の化学兵器開発だの人体実験などという言葉が並んでいた。帝都重工はグループの中枢とも言うべき旗艦企業だ。
「都市伝説だろ?」
健太の問いに奈々美は頷きながら、
「だと思います。大きな会社にはこういうのってつきものだし。でも帝都はやたらあるんですよ、この手の話。全部は見れてないんですけど、中には信憑性が高そうなのもあって気になるんです、わたし。」
そう言う奈々美の顔は真剣そのものだった。

「中で何やっててもわからない、か。あのビルの3階より上は結構ガラスが嵌められてるけど、全部遮熱ガラスだからか、全く中が見えないもんな。」
とは言え、と健太は机の上で肘を曲げ両手を組んだ。
「監視カメラが12個もあるんだろ?その内のいくつかは道路を写してる。こんなことないだろうけど、もし中で普通じゃないことをしてるとしたら。川上。」
そこで一旦言葉を切って健太は真っ直ぐ奈々美に視線を向けた。その視線が奈々美と交わってから続けた。
「ビルの前で立ち止まって中を窺ったり、覗き込んだりするなよ。」
奈々美は不満そうな顔を見せたが、こくんと頷いた。
「わかりました。それなら所有者から当たりましょう。」
この時の健太は奈々美に付き合ってやる、くらいの軽い気持ちだった。奈々美は控え目に見ても美人だ。一緒に何かするのに断る理由はなかった。

「謄本、中に入れてるんだ。」
PDF化した登記簿謄本をタブレットで開き、旧所有者の住所をiPhoneの地図アプリで検索する。
「あ、ここから近いですね。行ってみよ?」
そう言うと奈々美はさっさとタブレットをバッグにしまうとコーヒーを一気に飲み干し立ち上がった。
「今から?」
「もちろん。わたしの車、ここに置いとくんで乗せてってください。」
出口に向かう奈々美の後ろ姿を見ながら、健太も慌てて立ち上がった。

三和ホームの営業系社員は全員自家用車を仕事用に持ち込んでいる。その代わり車輌手当とガソリン代が支給されるのだ。スターバックスの駐車場で健太は自身の青いSUVの助手席に置かれた荷物を後部座席に移し、スペースを空けた。奈々美は赤い小型車を邪魔になりにくい端の区画へ移動させている。火曜日の昼下がり、健太と奈々美は市内郊外にある帝都建設に土地を売却した旧所有者の住まいに向かおうとしている。

目的は売却理由を聞き出すこと。昔からの地主というのは先祖からの土地を手放すことに相当な抵抗がある。相続時に多額の税金のためにやむなく手放すことはあっても、資産活用ではなく売却を選択した理由が気になった。簡単にはいかないだろうが、そこは住宅営業。対話には自信があった。それに意外にも奈々美には天性の才能があるようで、先輩の健太が気付かないことにも考えが及ぶことが多々あり心強かった。

車のエンジンをスタートさせ、駐車場から通りに出たところで健太は隣の奈々美に聞いた。
「スーツのほうが良くないか?」
奈々美はコンパクトの鏡に落としていた視線を一瞬だけ健太に向けて、またコンパクトに戻す。
「あんなとこで土地持ってたんだから、山ほど営業掛けられてたと思うんですよ。ウチもそうでしょ?だからスーツってだけで出て来てもらえないかも知れないじゃないですか。だから、敢えて私服の方がいいと思うんです。」
なるほど、確かにその通りかもしれない。健太は癪だったので、ふーん、とだけ言っておいた。

健太たちが勤めるこの街の市街地は小さい。人口40万人を抱える中核都市ではあるが、大通りを10分も走ればビルと呼べる建物は無くなり、丘陵地を造成した古い住宅地がいくつも姿を現す。平野には田畑が広がり、古墳などの遺跡も点在していた。そんな旧村の一角が目的地だ。奈々美がタブレットで住宅地図を確認しながら健太に指示を出す。道幅が狭くなり、減速しながら健太は慎重に車を進めた。訪問でも来たことのないエリアだった。やがて、地図が示す場所に到着したが、幅員があまりにも狭いため一旦通り過ぎることにした。幸い少し先に神社があり、そこが車を停めても迷惑にならないくらいの幅があったので歩くことにした。

「この辺、来たことあります?」
バッグを肩に掛けて辺りをきょろきょろしながら奈々美が聞く。
「いや、旧村じゃハウスメーカーの需要ないもんな。」
昔ながらの民家が並んでいる道を一軒一軒家屋に目をやりながら健太は答える。風情というよりは単に古い、そういう印象の集落だった。日用品を扱う店舗併用の住宅もあったが、木枠のガラス戸は閉じられ陳列された商品はどれも古く埃がかぶってそうだった。目的の家には道路と敷地を隔てる塀はなく、門柱や表札、インターホンもなかった。直接玄関に取り付けてあるのだろう。
「入ろ。」

健太は進んで玄関に続く敷石を歩き出した。築50年は経っているであろう古い住宅だった。敷石以外の庭には玉砂利が敷かれ、あまり手入れが行き届いていない庭木。農家なのだろう、母屋の手前には納屋が建っている。その横には番犬用と思しき犬小屋があったが、主は不在だった。

呼び鈴を健太が押してみる。しかし鳴っている様子はない。ガラス格子の引き違い玄関に耳を当てるようにしてもう一度押してみたが、壊れているのか音は聞こえなかった。仕方なく健太は引き戸に手を掛けて開けようときた。田舎では鍵が掛かっていないことが多い。が、ガタガタと音がするだけで開くことはなかった。
「すいませーん!」
奈々美が玄関に向かって声をかける。物音がしないところを見ると留守なのだろう。もう一度奈々美が声を上げたところで、健太はふと思いついて踵を返した。
「どうしました?」
奈々美の声が追いかけてくる。
「や、電気メーター。」
あっ、と声を出して奈々美もついてくる。

道路に面した家の側面、犬小屋側に電気メーターが取り付けられている。
「回ってないな。」
「ほんとだ、住んでないのかな。」
留守でも冷蔵庫などの電力が必要だ。そのため人が住んでいればゆっくりとメーターは回ってるのだか、この家は完全に止まっている。改めて家屋を見ると縁側に面した雨戸も閉じられ、犬走りに置かれた踏み石のサンダルは散らばっている。プランターもこけて土を撒き散らしたままだ。健太は奈々美と顔を見合わした。

「収穫なし、だな。」
敷地を出て車に戻りながら健太はポツリと言った。
「でも。引っ越す理由ってあんまり考えれないですよね。」
奈々美の声はどこか寂しげだった。
「まぁな。納屋があったところを見ると本業は農家だろ。農繁期の今は特に忙しいはずだ。」
「田舎の農家って家族の人数以上の車を持ってる家が多いのに一台もなかったし。なんか不思議。」
健太が立ち止まったのに気づいて奈々美が振り返る。
「川上。」
「はい?」
「乗りかかった船だ。手伝うよ、オレも気になるし。」
それを聞いた奈々美の表情がパッと明るくなる。
「ほんとですか、やった!」
「時間がある時でいいから、あの家の謄本と出来たら周辺の田圃の公図と謄本を調べてくれ。」
「明日行きます。青山さんは?」
「オレは必要なものを買いに行く。」
健太は再び歩きだした。奈々美は健太の肩越しに聞いてくる。
「何買うんです?」
「ひみつ。」
ニヤッと笑って健太は運転席に体を入れる。もー、と言いながら奈々美が助手席のドアを閉めたのを確認してスターバックスへの道を走り出した。

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