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本編

未来のこと

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文化祭が終わって、しばらくが過ぎた。

うちの高校はイベントの時に業者が雇われ、写真を撮影する。それを後日生徒はネット上で閲覧でき、自由に購入できるシステムになっている。

当日クラスの出し物に全く参加しなかった俺が、何故か生徒会の方にメイド服を着て参加していたという事実は、その写真のせいでクラス中の生徒が知ることとなる。

そんな写真の存在を全く知らずに登校した日、妙な視線を感じて、隣の席の生徒に聞いてみた。すると俺がメイド服を着て、盛大にパンチラしながら蹴りを入れている写真が出回っているらしいと教えてくれた。

かなりゲンナリしたが黙ってれば時間が解決するだろうと思っていたのに、今日ついに絡んできた他校の生徒までがその話を持ち出してきた。

久しぶりに日下と山元と放課後に喋っていたら、日下もしっかりその写真を出してきた。

「…うぇ、なんやこの写真!」

「水面下で出回って、微妙にざわついてるらしいよ」

「そんな面白いか…?」

「まぁ、普段ちょっと怖いクラスメイトが、生徒会の犬って噂通りにこんな服着せられてたら、面白いよね」

「生徒会の犬ではねぇ!」

想像してみる。中学の時に喧嘩してた相手が生徒会副会長の犬になったという噂を聞いた後、メイド服を着ている写真が回ってくるという状況。

「……く、確かにちょっと面白いかもしれねぇ…」

「まあ、そのうちブームも過ぎるよ」

「他校のやつらには見られなくねぇのに…!」

文化祭で、戻ってきているという噂を聞いた。もしそれが本当で、もし、もしあの人に見られたら。

「…ポチってさ、やけに他校のこと気にするよな?」

「えっ」

日下が、弄っていたスマホを置いて、俺の方へ振り返る。なにかを探るような視線に、ちょっとどきりとする。

「俺だったらさ、恥ずかしい秘密は同じ学校のやつらのほうが知られたくないけどな。…トラもそう思わない?」

「…たしかに、そうやな。…なんやポチ、知られたくないやつでもおるんか?」

「…う、」

2人とも鋭い。

俺は、中学ん時のリーダー、結城さんに知られたくない。なんとなくだけど。

安里の前では、ぐちゃぐちゃになってアホな格好して変な顔するのも、どんなことでも出来る。

けどなんとなく、結城さんの前では、あの人の背中を任されてたあの時の俺のままでいたい。安里とは違う方向で、俺にとっての大事な存在だ。

「…中学ん時つるんでたやつらに知られたくねぇんだよ」

「…ポチ、おまえって嘘つくの下手だよなー」

「………いやいや、嘘じゃねぇから」

なぜか完全にバレてるらしい。日下が目の前でニヤニヤと笑っている。

「今言えば、安里には黙っててやるから。な?誰だ?元カノ?元カレ?」

「どっちでもねぇよ。…先輩」

「へえ、先輩。…意外だな、おまえが先輩とか慕ってるなんて」

「つえぇんだよ。俺より身体もちっせぇし華奢に見えんのに、負け無しで」

楽しそうに喧嘩する人だった。仲間がボコられたあとは10倍返しくらいに相手をボコってた。いつも笑ってるのに怒ってるときは真顔になるから怖いんだけど、他の誰よりも信頼してた。尊敬してた。

「そいつ、なんて名前?そんな強いなら俺も知ってるかな」

「…結城さん。つえぇけど、有名ではねぇよ。…中学卒業と同時に、消えたから」

「…消えた?」

「連絡もつかねぇし、誰一人消息を知らねぇんだ」

「ふ~ん。捨てられたってわけか」

「……………」


捨てられた。
そうだ。アホみたいな話だけど、真剣に結城さんを慕ってた俺たちは、捨てられたと思った。

結城さんを触りたいとか思ったことはないし、邪な感情なんかまったくない。ただ尊敬してた。

けど、そんなの俺がわかってても、安里がわかってくれるかどうかなんかわからないし。できたらこんな話はあまり朝との前ではしたくない。隠すのもどうかと思うけど、積極的に伝えるべき話でもないと思う。

「…ってことは、前の彼氏って言うか、前の飼い主か」

「………飼い主じゃねぇよ。あの人は、飼ってはくれなかったんだ。誰も」

「……ポチ、おまえ未練たらたらっぽいぞ」

「……」

それは実際にそうだ。何も知らないまま居なくなったから、あの頃の結城さんへの気持ちは中途半端なままだ。未練と言われれば未練だと思う。

「ま、安里には言わないから。会えたらいいな」

無駄話はそれくらいで、日下は勉強を始めた。俺も気は重いけど、数学の問題集を鞄から引っ張り出した。

文化祭が終わって、安里は今は生徒会の引き継ぎ業務だ。たぶん、あと数日で完全に引退となる。本当にいよいよ卒業が間近だ。

俺は、進路も何も決めてないままだ。



安里が仕事を終えて教室に帰ってきて、いつもみたいに家に付いて行った。俺は安里の部屋で、勉強する安里の向かい側で、一応数学を勉強している。

「…おまえ、進路、どうするんだ?」

「…、」

ギクッとした。俺はやりたいことも決まってないし、正直何より重要なのは、安里のそばにいたいってことだけだ。だから安里の進路を知りたいのに、重すぎるかと思ってずっと聞けなかった。

けどこの流れはもしかしてさり気なく聞けるんじゃないかと思って、妙に緊張する。

「…あ、安里は」

「……おまえ、もしかしてまだ決まってないのか」

「…う」

「…俺はA大学の法学部だ。決まってないなら同じ大学受けるか」

「そ、それは絶対無理だろ…」

安里の受ける大学は当たり前のように有名大学だし、到底俺が行けるレベルじゃない。けど、同じ大学受けるって話が出たってことは。

「……近くに、いていいのか……?」

さり気なく言いたかったのに、思ったより声が震えた。高校を卒業してから先の未来が想像できなくて、ずっと考えないようにしてた。安里と会えなくなるのが怖かった。

「いいよ」

俺の不安を吹き飛ばすみたいに、ふっと安里が笑う。

「…ぅあーー……好きだ」

心臓を鷲掴みにされた。いや元々掴まれてた心臓がさらにギュッとなった。そろそろ握りつぶされる。

あまりのギュッと感に顔を見れなくて、机に突っ伏した。

「ふ、なんだいきなり」

「…すっげぇ好き」

「知ってる」

わしゃわしゃと頭を撫でられる。

「勉強、教えてやるよ」

「えっ」

「この学校に入ってるからには、やればそれなりにできるんだろ」

「……」

正直あれは結城さんに会いたい一心が起こした奇跡だったと思うし、決してそれなりにできる方でもないと思う。

けど、安里に教えてもらうのは良い。想像するだけでかなり良い。成績が伸びそうだ。

「俺が勉強教えるなら甘やかさないからな、覚悟しろよドM犬」

「……ワ、ワン」

その夜、鞭を持った安里にしばかれながら、全裸で勉強する夢を見た。



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