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本編
再会
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進路指導室に行って、一応親にも話してとりあえず進路も決めた。安里の大学から結構近くの大学の福祉系の学部だ。
無限に選択肢があるうちは決められなかったけど、安里の学校の近くという枠組みの中で調べたら、意外とすんなり決まった。
出来たら同じ学校がいいなと思って調べてはみたけど、それは絶対に無理なことがよくわかった。
安里に報告しようと思って、パンフレットが入った袋を持って安里の家への向かっていた。
ぼーっと歩いてた。
特になんも考えずに歩いてた。
だから、俺の横を通りすぎたやつの顔なんてまったく見てなくて。
「…海斗?」
突然後ろから聞こえた、俺を呼ぶ懐かしい声が誰なのか咄嗟にはわからなかった。
理解するよりも先に体が動いて振り返って、その顔を見た瞬間、中学の頃の記憶が甦る。楽しかった、毎日、毎日、楽しかった。
人の良さげな笑顔、育ちの良さげな身なり、小柄な割に筋肉がついてる身体。全部が懐かしい。何度も何度も助けられた、色んなことを教えてくれた、ずっと一緒にいた。
「結城、さん…」
その人こそが、俺があんなに追いかけてた、憧れの人。俺を捨てて消えてしまった、先輩だった。
とりあえず落ち着いて話そうか、という結城さんの柔らかい声に促されて、近くのファミレスに入った。
「結城さん…、久しぶり…」
「…うん。久しぶり。海斗は…変わらないね」
適当に飲み物を頼んで、ひたすら戸惑う俺に、結城さんはゆっくりと頭を下げた。その姿に、胸が痛んだ。
「…すごく心配をかけたって聞いたよ。とくに、おまえには謝らないと。ごめん」
「…っ俺、心配した。探しても、見つからなくて」
「あんな風にいなくなるつもりなんかなかったんだよ。…記憶がなくなってたんだ」
「…え…」
それから結城さんは、3年前のあのときのことを、俺に教えてくれた。
卒業式の日、事故に遭ったこと。
そのまま記憶を失って、父親のいる遠方に引っ越したこと。
今年からこっちの大学に通っていて、他の後輩に会って話をして、全部を3年ぶりに思い出したこと。
「その時に、おまえの写真を見せてもらってね。おまえが一番俺にベッタリだったことも思い出したよ」
「…じゃあ、俺は、」
「うん、捨てられたなんて思わなくていいんだよ。今でも大事な後輩だよ」
「…っ」
結城さんを追いかけてたのに結城さんはいなくなったけど、安里に会えた。だから俺は、それで十分だと思ってた。けど、やっぱり、捨てられたんじゃなかったんだって思ったら嬉しい。
「ほら、泣きそうな顔しないんだよ」
「…う…っ」
「ふふ、おまえは変わらないね」
結城さんの手が伸びてきて、頭を撫でてくれる。一瞬安里が頭をよぎったけど、3年ぶりのその手は懐かしくて、拒むことなんか出来なかった。
「…そう言えば海斗、その荷物、もしかしてそこが志望校?」
「…え?まあ、一応…?」
「俺もおんなじとこだよ!せっかく追いかけてきてくれたのに高校は同じとこに通えなかったけど、次は一緒に通えるね」
「えっ結城さんと、おんなじとこ…」
「あっ、そろそろ行かないと授業始まる。じゃあ海斗、受験頑張ってね」
また会おうね~と言い残して、お金を置いて結城さんは立ち去った。
追いかけようと思ったけど、会計しないわけにもいかないし、連絡先もなにも結局聞けないままになった。
再会したのも、志望校が一緒なのも完全に偶然だけど、安里に何も言ってないことが少し引っ掛かる。結城さんのことを安里に言いたくないと思ってしまうのは、どこかうしろめたいからなのか。隠してることなんてないほうがいいのに、敢えて言ったほうがいいかと言われると、それもわからない。
「…まぁ、聞かれるまでは、言わなくても、別にいいよな…?」
言うことでもない、と、思うことにした。
それから安里の家に向かって、学校から貰ってきた大量の資料を渡した。
「安里、これ志望校」
「…」
ドサッと資料を置いたら、安里が勉強の手を止めてなにか言いたげに見上げてきた。
「…?なんだよ」
「…いや、別に。おまえが進路指導室とか似合わねえなと」
「いや行けって言ったの誰だよ」
「……」
俺の持って来た資料をパラパラと眺めながら、安里はなぜか黙っている。ちょっと機嫌が悪いような気もする。
「安里?」
「……おまえ、なんでここにしたんだ?」
「えっ、俺の頭でも行けそうなレベルで、あんま遠くねぇとこっつったらここかなって。学部は俺の頭のレベルでいけそうな偏差値の、ちょっと楽しそうなところ選んた」
「…ま、それでいくと妥当か」
「?」
というわけで、なんとなく結城さんのことは言えないままで、俺の受験勉強が始まった。とっくにA判定の安里の勉強中に横にいて、わからないところを教えてもらっている。
「…おまえふざけてんのか。真面目に考えろ」
「真面目だ!」
とにかくもう頭の出来が違いすぎて、馬鹿がどこで躓くのかがわからないらしい。俺からしてみれば、まずサインだのコサインだのの存在の意味がわからねぇのに、なんで計算ができるんだって話だ。
頭をかかえて謎の記号と向き合ってたら、安里が立ち上がった。
「…馬鹿だ馬鹿だとは思ってたがここまでとは。…メシ作るけど、おまえは40ページまで解いてからな」
「え、今まだ30ページ…」
「…は、夜になるかもな。がんばれ」
「…」
鬼!とはやっぱり言えないから、とりあえず頭の中で言っておく。
いつもなかなかのスパルタだけど、確実に効率はいい。一人じゃ絶対にこんな長時間勉強はできないし、勉強している安里の横はちょうどいい緊張感で、俺も集中できる。
「ほら、先メシ食え」
なんだかんだ俺のも作ってくれるし、結局優しい。
安里が作ってくれた塩ラーメンをすすって、今度は英単語を見つめる。とりあえず日本にいれば英語なんかいらないのに、なんで勉強しないと駄目なのか本気でわからない。必要な人間だけすればよくないか?
「明日までにここからここまでの単語の意味とスペルを完璧に覚えろ。明日テストやるから、満点だったら…」
「ま、満点だったら…?」
「…どうしてほしい?」
俺を見ながら、ちょっと笑って、下から覗きこむみたいに首をかしげて、そんなことを聞いてくる。
「…っ」
色気が半端ない。
満点とかふざけんなってくらいの範囲の広さだけど、なにか褒美があると思えばやれる気がするしやる気になる。
そんな感じで、どうせ満点なんかとれないのに勉強は頑張って、大体9割は正解するから、褒美は貰えないまま成績はあがっていく。我ながらうまく操られてる。
褒美ってなんなんだろうってのは気になるから頑張ってるけど、9割正解でも、よくやったなと撫でてくれるのが十分褒美だったりするしな。
ちなみにやらしいことは一切してない。期待してるわけじゃないけど、「入れるのは今度」って言ってたのに、その今度が来ないまま受験勉強地獄に入ってしまった。
早く受験勉強なんか終わって欲しいと思うのに、この受験勉強の終わりは、安里と同じ高校に通う日々の終わりを意味する。
そう思うと、もっと続いてもいいなと思う。
無限に選択肢があるうちは決められなかったけど、安里の学校の近くという枠組みの中で調べたら、意外とすんなり決まった。
出来たら同じ学校がいいなと思って調べてはみたけど、それは絶対に無理なことがよくわかった。
安里に報告しようと思って、パンフレットが入った袋を持って安里の家への向かっていた。
ぼーっと歩いてた。
特になんも考えずに歩いてた。
だから、俺の横を通りすぎたやつの顔なんてまったく見てなくて。
「…海斗?」
突然後ろから聞こえた、俺を呼ぶ懐かしい声が誰なのか咄嗟にはわからなかった。
理解するよりも先に体が動いて振り返って、その顔を見た瞬間、中学の頃の記憶が甦る。楽しかった、毎日、毎日、楽しかった。
人の良さげな笑顔、育ちの良さげな身なり、小柄な割に筋肉がついてる身体。全部が懐かしい。何度も何度も助けられた、色んなことを教えてくれた、ずっと一緒にいた。
「結城、さん…」
その人こそが、俺があんなに追いかけてた、憧れの人。俺を捨てて消えてしまった、先輩だった。
とりあえず落ち着いて話そうか、という結城さんの柔らかい声に促されて、近くのファミレスに入った。
「結城さん…、久しぶり…」
「…うん。久しぶり。海斗は…変わらないね」
適当に飲み物を頼んで、ひたすら戸惑う俺に、結城さんはゆっくりと頭を下げた。その姿に、胸が痛んだ。
「…すごく心配をかけたって聞いたよ。とくに、おまえには謝らないと。ごめん」
「…っ俺、心配した。探しても、見つからなくて」
「あんな風にいなくなるつもりなんかなかったんだよ。…記憶がなくなってたんだ」
「…え…」
それから結城さんは、3年前のあのときのことを、俺に教えてくれた。
卒業式の日、事故に遭ったこと。
そのまま記憶を失って、父親のいる遠方に引っ越したこと。
今年からこっちの大学に通っていて、他の後輩に会って話をして、全部を3年ぶりに思い出したこと。
「その時に、おまえの写真を見せてもらってね。おまえが一番俺にベッタリだったことも思い出したよ」
「…じゃあ、俺は、」
「うん、捨てられたなんて思わなくていいんだよ。今でも大事な後輩だよ」
「…っ」
結城さんを追いかけてたのに結城さんはいなくなったけど、安里に会えた。だから俺は、それで十分だと思ってた。けど、やっぱり、捨てられたんじゃなかったんだって思ったら嬉しい。
「ほら、泣きそうな顔しないんだよ」
「…う…っ」
「ふふ、おまえは変わらないね」
結城さんの手が伸びてきて、頭を撫でてくれる。一瞬安里が頭をよぎったけど、3年ぶりのその手は懐かしくて、拒むことなんか出来なかった。
「…そう言えば海斗、その荷物、もしかしてそこが志望校?」
「…え?まあ、一応…?」
「俺もおんなじとこだよ!せっかく追いかけてきてくれたのに高校は同じとこに通えなかったけど、次は一緒に通えるね」
「えっ結城さんと、おんなじとこ…」
「あっ、そろそろ行かないと授業始まる。じゃあ海斗、受験頑張ってね」
また会おうね~と言い残して、お金を置いて結城さんは立ち去った。
追いかけようと思ったけど、会計しないわけにもいかないし、連絡先もなにも結局聞けないままになった。
再会したのも、志望校が一緒なのも完全に偶然だけど、安里に何も言ってないことが少し引っ掛かる。結城さんのことを安里に言いたくないと思ってしまうのは、どこかうしろめたいからなのか。隠してることなんてないほうがいいのに、敢えて言ったほうがいいかと言われると、それもわからない。
「…まぁ、聞かれるまでは、言わなくても、別にいいよな…?」
言うことでもない、と、思うことにした。
それから安里の家に向かって、学校から貰ってきた大量の資料を渡した。
「安里、これ志望校」
「…」
ドサッと資料を置いたら、安里が勉強の手を止めてなにか言いたげに見上げてきた。
「…?なんだよ」
「…いや、別に。おまえが進路指導室とか似合わねえなと」
「いや行けって言ったの誰だよ」
「……」
俺の持って来た資料をパラパラと眺めながら、安里はなぜか黙っている。ちょっと機嫌が悪いような気もする。
「安里?」
「……おまえ、なんでここにしたんだ?」
「えっ、俺の頭でも行けそうなレベルで、あんま遠くねぇとこっつったらここかなって。学部は俺の頭のレベルでいけそうな偏差値の、ちょっと楽しそうなところ選んた」
「…ま、それでいくと妥当か」
「?」
というわけで、なんとなく結城さんのことは言えないままで、俺の受験勉強が始まった。とっくにA判定の安里の勉強中に横にいて、わからないところを教えてもらっている。
「…おまえふざけてんのか。真面目に考えろ」
「真面目だ!」
とにかくもう頭の出来が違いすぎて、馬鹿がどこで躓くのかがわからないらしい。俺からしてみれば、まずサインだのコサインだのの存在の意味がわからねぇのに、なんで計算ができるんだって話だ。
頭をかかえて謎の記号と向き合ってたら、安里が立ち上がった。
「…馬鹿だ馬鹿だとは思ってたがここまでとは。…メシ作るけど、おまえは40ページまで解いてからな」
「え、今まだ30ページ…」
「…は、夜になるかもな。がんばれ」
「…」
鬼!とはやっぱり言えないから、とりあえず頭の中で言っておく。
いつもなかなかのスパルタだけど、確実に効率はいい。一人じゃ絶対にこんな長時間勉強はできないし、勉強している安里の横はちょうどいい緊張感で、俺も集中できる。
「ほら、先メシ食え」
なんだかんだ俺のも作ってくれるし、結局優しい。
安里が作ってくれた塩ラーメンをすすって、今度は英単語を見つめる。とりあえず日本にいれば英語なんかいらないのに、なんで勉強しないと駄目なのか本気でわからない。必要な人間だけすればよくないか?
「明日までにここからここまでの単語の意味とスペルを完璧に覚えろ。明日テストやるから、満点だったら…」
「ま、満点だったら…?」
「…どうしてほしい?」
俺を見ながら、ちょっと笑って、下から覗きこむみたいに首をかしげて、そんなことを聞いてくる。
「…っ」
色気が半端ない。
満点とかふざけんなってくらいの範囲の広さだけど、なにか褒美があると思えばやれる気がするしやる気になる。
そんな感じで、どうせ満点なんかとれないのに勉強は頑張って、大体9割は正解するから、褒美は貰えないまま成績はあがっていく。我ながらうまく操られてる。
褒美ってなんなんだろうってのは気になるから頑張ってるけど、9割正解でも、よくやったなと撫でてくれるのが十分褒美だったりするしな。
ちなみにやらしいことは一切してない。期待してるわけじゃないけど、「入れるのは今度」って言ってたのに、その今度が来ないまま受験勉強地獄に入ってしまった。
早く受験勉強なんか終わって欲しいと思うのに、この受験勉強の終わりは、安里と同じ高校に通う日々の終わりを意味する。
そう思うと、もっと続いてもいいなと思う。
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