金曜日のおじさん

たまき

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第5話 金曜日の約束

「お邪魔します」
「へーい」

和倉がガサッと玄関に買い物した袋を置くのを見て、そういえばと思い出す。会社の前で出くわした時、すでに何か買って持っていたはずだ。

「和倉、それ何買ってたんだ?」

答えを待たずにヒョイ、と覗き込むと、栄養ドリンクとゼリー飲料とコーヒー、それから、おにぎりとサンドイッチが入っていた。いかにもこれから仕事するぞ!という気合の入った買い物だ。

「今日、帰って大丈夫だったのか?」
「あ、それは、塚原さんに」
「……え、」
「いつも夜遅いから、差し入れをと思って」
「……」

2週間全く個人的な連絡もなく、すれ違っても仕事の話以外全くせず。だが、塚原が毎晩遅くまで仕事をしていることを和倉は知っていた。そして、今日も遅いのだと思って差し入れを買ってきてくれていたらしい。

「……おまえ、俺のこと結構好き?」
「好きって言いませんでしたっけ」
「……そういや、言ってたけど」

涼しい顔で好きと言うところは全く変わらない。それなのに、前回飲んだ時とは違う受け取り方をしてしまう。酔っていたしあんな形ではあったが、一度身体を重ねた相手だ。

「ま、とりあえず飲むか!入れよ」
「はい、お邪魔します」

なんとなく微妙な空気になってしまった気がして、それを振り払うように荷物を持ってさっさとリビングに入った。

「悪いな、また洗濯物積んでて」
「忙しいと溜まりますよね」
「まぁもうこれがデフォになりつつあるけどな。悪いけどそこの、ソファの下んとこ座ってくれ」

ガサガサと袋から弁当を2個取り出して、面倒なので重ねたままレンジに入れる。ソファを背もたれにして和倉が床に座り、塚原はその向かいに座ってビールを並べた。あったまった弁当も並べて、乾杯する。

「おつかれさん」
「お疲れ様です」

2週間本当に疲れた。仕事で忙しいこと自体は、身体は大変だが精神的には充実していて達成感があるから嫌いじゃない。けど、疲れていると、シンと静まり返った部屋に帰る寂しさが倍になる。5年前に妻と離婚してから、疲れて帰って1人で弁当を食べる生活が続いている。慣れてきてはいたが、こうして誰かと食事するのはやはりどこか満たされるものがある。1人でテレビを観ながら食べる弁当は正直どれも同じ味がして、食事というよりは生きるために摂取しているという方が近かった。

「和倉、唐揚げ食わない?俺もたれるかも」
「いただきます。何か要りますか?」
「たくあんちょうだい」
「ふ、どうぞ」

いつもなら唐揚げは翌日に持ち越す。30後半くらいから胃が急激に老化していて、昔のようには食べられなくなった。特に、1日の遅い時間になるともう胃が脂っこいものを受け付けない。塚原にはもう食べられないそれを、こんな夜に美味しそうに頬張る年下の男を微笑ましく思う。そう、思うには思うのだが。

「なぁ和倉」
「はい」
「お前の言う好きってさ、どういうアレなの?恋愛的なやつ?」

和倉は可愛い後輩で、仕事仲間で、一晩なんかの間違いで寝てしまったというか無理矢理犯されただけで恋愛的な気持ちは正直一切ない。己の欲望を満たすためだけにまたしたいとは思っていたが、和倉に恋愛的な感情があるなら話が変わってくる。辺見の件もあるしまぁないだろうと思いつつも、一応確認だけしておこうと思った。

「まさか。同じチームの仲間として、信頼してるし尊敬してます」
「……そうなのか」

ホッとあからさまに息が漏れる。恋愛はもう完全に懲りている。相手が和倉であるかどうかは関係なく、好きとか嫌いとかそういうのがもう面倒なのだ。感情を動かされたくない。塚原は今仕事が一番大事で、恋人を最優先になんてできない。そのことで前の妻も出て行って離婚した。

恋や愛なんてのは、水を注ぎ続けなければ終わってしまうものなのだ。いつか死んでしまうペットを、お別れがつらいから飼わないのと同じ。いつか離れていく相手は、最初から作りたくない。元々いなければ平気なのに、ずっといたものがいなくなるのはしばらく立ち直れない。

「…あの、塚原さんさえ良ければ、またお互いを使いませんか?」
「使う?」
「お互い束縛しない、詮索しない、ただ寂しくなった時に俺を呼んでください」
「……セフレ…ってこと?」
「まぁ、そうですね。お互いにとってメリットないですか?」

また涼しい顔で、そんな提案をしてくる。そういうのは、メリットとかデメリットとか、そういうアレで決めていいもんなんだろうか。

だが実際、ここしばらく忙しくて店に行く暇はないし、実物を知ってしまった以上DVDを見ても物足りなさがある。かと言って他の男を探す勇気はまだない。マッチングアプリも登録してみたりはしたが、連絡が来てもなんとなく尻込みして返信することができなかった。つまり、塚原にとっても、和倉とそういう関係になれることはかなり良い提案ではあった。

「…和倉はさぁ、こんなおっさん相手にして、気持ち悪くないの?ゲイじゃないよな?」
「大丈夫みたいです。それに女性とそういう関係になると…どうしてもそのあとが面倒で」
「あー…」

面倒というのは、なんとなく想像がつく。こんな有料物件、ただのセフレだよと言われても、女性の方はその気になってしまうだろう。和倉の口ぶりから、どうやら辺見とも深い関係ではないらしい。

「塚原さんもゲイじゃないでしょ。だから、お互い本気になるとかもないし、家への行き来があっても関係を疑われることもないし」
「な、なるほど…??」
「それに性癖バレてるって楽でしょ」
「ぐ…っ、」

それはもう、ぐうの音も出ないくらいに塚原にクリティカルヒットした。そうなのだ。マッチングアプリで出会った相手に言えるはずもない。それに、そういったことを専門にした風俗もあるにはあるみたいだが、内容が内容なので、初対面の男を相手に身を任せるのは怖くもある。

「…いいのかなぁー会社の後輩とそんなの…世間的にまずいじゃん…」
「別に世間に公表するわけじゃないし、俺と塚原さんが良ければいいと思いますけど」
「………」

完全に流されているとはわかっていても、このまま流されたくなる。和倉の言うことには妙な説得力があった。これが意外と営業成績がいい理由か…と、関係あるようなないようなことを考える。

「じゃあ、まぁ…、よろしく…?」
「はい。よろしくお願いします。では早速、そっちじゃなくてこっちに一緒に座って食べましょう」

向かい合って置いていた塚原の弁当が、和倉の弁当の横にずるずると引き摺られる。そして、和倉はぽんぽんと自分の隣の床を叩いて、そこに座れと指示してきた。

「えぇ、それはセフレの範囲外じゃない?セフレなんていたことないけどさぁ」
「疑似恋愛した方が楽しいですし、気分が乗った方がする時も気持ちいいですよきっと。気持ちいい方がいいでしょ?塚原さんも」

和倉の声色が低くなって、目が細められる。それだけで、する時のことを考えてしまって、腹の奥が疼いた。

「ね」
「……おまえ、ずるいよなぁ」
「正攻法です。ほら、こっち」

仕方なくヨイショと立ち上がると、下から手をすくわれて、そのまま和倉の隣まで導かれる。おっさん相手によくやるよ、とは思うが、大人しく従って腰を下ろした。

「おかしいだろ~こんな狭いとこに2人並んで」
「誰も見てないしおかしくないですよ。ほら、肩がくっつくのもイイでしょ。こっちの方が背もたれあるし」
「……」

塚原が暮らすそのマンションは、離婚してから借りた賃貸だ。元妻は来たことがないし、呼ぶような友人もいない。初めて来たのが和倉だった。ダイニングテーブルもなくて、いつもソファを背もたれにしてテレビを見ながら味のない食事をする。それなのに今日は、肩がくっつくくらいの距離に和倉がいて、一緒に弁当を食べている。いつも買う店の、食べたことのある弁当なのに、ちゃんと味がする。

「セフレ云々はさておき、なんか癒されるな、こういう、一緒に飯食うみたいなの」
「…じゃあ毎週来てもいいですか?」
「毎週金曜?んー、いいよ」
「いいんだ」
「たまに飲みとか入るけど、そこはお互いな」
「勿論です」

和倉は元々一緒にいて居心地が良くて、誰にでもうまく気遣いできるところが人間として好きだ。だからあの日も飲みに誘った。トラブルを解決してくれた労いもあったが、一度ゆっくり話をしてみたいと思っていた。結局は塚原が酔い潰れて愚痴を聞かせてしまったが。

1週間の終わりに和倉とこの家で食事するというのは、なかなか悪くないように思った。

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