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「どっこいしょっと」
口からおっさんの様な言葉を漏らしながら、見晴らしの良い丘の上に腰を下ろす。
眼下には見渡す限りの田んぼが広がっており、沢山の稲穂が立派に実っている。
風に揺れる稲穂は、まるで金色の絨毯のようだ。
田んぼの上ではトンボの夫婦が飛び交い、畦道ではカエルの親子が合唱している。
その奥には、広大な森林がどこまでも広がっており、終わりが見えない。
俺は、この周りを大森林で囲われた、大和国という小さな国で生まれた。
昔は、それはそれは栄えていたそうだが今ではどこにでもある小国で、その当時の繁栄ぶりは今や見る影もない。
しかし、その当時から続く古臭い風習などは残っていたりする。
その最たるものが神術を持つものと持たざるものの間にある身分差だ。
この国では昔から、神様から授かったといわれる神術を持つもの、通称神術者と、そうでないものの身分を明確に分け、神術を持たないものはまるで奴隷のようにこき使われていたという。
それは例え家族であろうと例外ではなく、自身の兄弟や、子供であっても神術を持っていなければ使用人のように扱っていたそうだ。
また、神術者とそうでないものは結婚することもできなかった。
何故それほどまでに身分差を明確にしたかというと、それにも一応理由があり、まず第一に神術者が単純に強かったから。
その当時は今よりも争いが身近にあったため、ものによっては数百、数千の人間や強力な妖魔を簡単に倒すことができる神術者は、とても重要な戦力だったのだ。
そして第二に神術者同士の間にできた子供と、片方が神術者で、もう片方が神術を持っていなかったもの同士の間にできた子供では、神術の発現率が大きく違うためである。
仮に神術を持たないもの同士の間に子供ができた場合、その子供に神術が発現する確率は驚異のゼロパーセントだ。
これらの理由から、神術者とそうでないものの間にある身分差は、昔に比べたらだいぶ緩和されたとはいえ、今なお続いている。
俺は国の中で御三家と呼ばれ大きな力を持っている貴族家の一つ、天草あまくさ家の生まれだが、あいにく神力量には恵まれず家では厄介者扱いだ。
ただそれでも一応神術は持っているため、そこまで酷い扱いを受ける事はなかった。
だが、俺には幼馴染で仲の良い友人が三人いるのだが、神術のせいで、近頃は幼馴染の一人と遊ぶどころか会うことすらなかなかできていない。
昔はよく四人でたくさん遊んで、その後みんなで丘の上に寝転びこの景色を見るのが日課だった。
あの時は、そんな時間が永遠に続くと、なんの根拠もなくそう信じていた。
しかし、年を重ねるにつれ身分の違いから四人揃って遊ぶこともなくなっていった。
この世界では一部の例外を除いて血統が絶対だ。
巫女候補と御三家の息子とその従者。
生まれ落ちたその時から、俺たちには絶対に埋めようのない差が存在する。
分かってはいるがそれでも考えてしまう。
神術や身分なんか関係なく、皆んなが楽しく笑い合えるような世界を。
「はぁ……」
俺はどうしようもなく、憂鬱な気分になりながら溜息を吐く。
すると頭上からニュッと黒い影が伸び人の形をとる。
「何ため息なんかついてんのよ?」
「何でもない」
俺はぶっきらぼうな態度で答えながら、声の主の方に目を向ける。
そこには、一人の少女が立っていた。
彼女の名前は東香月。
絹のような美しい黒髪に純白の巫女装束。
そして彼女の最大の特徴である大きな瞳。
その大きな瞳には何者にも屈さないという力強さがある。
久しぶりに見た彼女は、まるで本物の女神のようだった。
「何でもないって事はないでしょ」
そう言って彼女は、心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「別に大した事じゃない。昨日何食べたか思い出そうとしていただけだ」
俺は慌てて顔を逸らしながら、とっさに適当な事を言う。
本当のことを言ったって、彼女を傷つけてしまうだけだから。
「そんな下らない事考えてたの? 心配して損した」
「下らないとは何だ」
「はぁーまったく、こっちがため息つきたくなるわよ」
呆れたような声を出しながら香月は頭を振った。
香月は呆れた姿すらも美しく、俺はそんな彼女をぼーっと見つめる。
「私が可愛いからってそんなに見つめないでよ」
俺が見惚れていた事に気づいた香月は、意地の悪い顔でニヤッと口角を上げ、俺をからかってきた。
「み、見つめてねーよ」
「えー、本当は?」
動揺しながら否定するも彼女は追及をやめない。
それに俺も折れた。
「ちょっとだけ」
「え、なんだって?」
「ちょっとだけって言ってんだろ!」
俺は気恥ずかしさから大きな声でそう言うとそっぽを向いた。
「ごめん、ごめん」
香月は何が面白いのかコロコロと笑いながら謝る。
それでも俺が無視していると香月は話を変えてきた。
「そういえば2人は元気にしてる?」
「ああ、元気でやってるよ」
これ以上無視してもこちらの分が悪くなりそうなため、俺もそれに乗っかることにした。
「そう、よかった」
香月は、昔を懐かしむように遠くを見つめる。
しばらく沈黙が流れる。
何もしないと、そのまま彼女が消えて無くなりそうで、何かしなければと俺は声を掛ける。
「そうだ、また四人で一緒に遊ぼうぜ」
「そう、ね。遊べたらいいわね」
香月はどこか悲哀を感じさせる顔で、笑っで答えた。
その顔を見た瞬間、俺の頭に一抹の不安がよぎる。
「あ、私もう帰らなくちゃ、透に会えてよかった。二人にもよろしく言っといてね」
「あ、ちょっ」
俺が口を開いた時には既にそこに彼女の姿はなく、お宮の方へ走り去っていた。
「ったく、何なんだよあいつ」
最後に見せた彼女の表情と言葉が頭に引っ掛かった。
まるでこれが最後お別れのような。
そこまで考えて流石にそれは気のせいだろう、と俺はソレを頭の片隅に追いやる。
そんな事よりも香月と話したのはいつぶりだろうか。
彼女が去ったお宮の方を見ながら、俺は昔を懐かしむ。
香月は、御三家の一つであり、この国の頂点である巫女の一族、東家の出で当主の娘だ。
そのためとても大切に育てられてきた生粋の箱入り娘だ。
だがそれでも、俺が天草家の人間であるためか、昔はある程度は遊ぶことが許されていた。
しかし香月が東家に代々伝わる神術である言霊の力を暴走させたあの事件以来、彼女は滅多にお宮から出ることが許されなくなってしまった。
言霊の力、それは思いを込めて口に出した言葉が現実になるという東家に伝わる神術。
その力を使える者は、この世界広しと言えども東家の者だけだろう。
故に言霊の力、それも始まりの巫女の先祖返りと言われるほどの、圧倒的な才能を持つ香月が、今のようにお宮に軟禁状態なのは致し方ないことなのかもしれない。
もしもその力が外部の者の手に渡れば、この国は一瞬にして火の海に沈むことになるだろう。
それほどまでに、香月の力はとてつもなく強大で恐ろしいものなのだ。
だからこそ俺も、そんな彼女に見合うだけの力を――。
そこまで考えて頭を振る。
「今そんな事考えてもしたかないか。てか何であいつはこんな所にいたんだ?」
突然のことであまり頭が回っていなかったが、よくよく考えると本来ならお宮にいるはずの彼女が、何故外にいたのだろうか。
「少しの間だけ、外に出ることが許されたのか?」
だがそれなら護衛やお付きの者がいるはず。
いくら考えても答えは出ない。
「まあ久しぶりに会えて良かったとするか」
俺は一人納得すると、夕焼け色に染まる空を仰ぎ見ながら帰路に着いた。
口からおっさんの様な言葉を漏らしながら、見晴らしの良い丘の上に腰を下ろす。
眼下には見渡す限りの田んぼが広がっており、沢山の稲穂が立派に実っている。
風に揺れる稲穂は、まるで金色の絨毯のようだ。
田んぼの上ではトンボの夫婦が飛び交い、畦道ではカエルの親子が合唱している。
その奥には、広大な森林がどこまでも広がっており、終わりが見えない。
俺は、この周りを大森林で囲われた、大和国という小さな国で生まれた。
昔は、それはそれは栄えていたそうだが今ではどこにでもある小国で、その当時の繁栄ぶりは今や見る影もない。
しかし、その当時から続く古臭い風習などは残っていたりする。
その最たるものが神術を持つものと持たざるものの間にある身分差だ。
この国では昔から、神様から授かったといわれる神術を持つもの、通称神術者と、そうでないものの身分を明確に分け、神術を持たないものはまるで奴隷のようにこき使われていたという。
それは例え家族であろうと例外ではなく、自身の兄弟や、子供であっても神術を持っていなければ使用人のように扱っていたそうだ。
また、神術者とそうでないものは結婚することもできなかった。
何故それほどまでに身分差を明確にしたかというと、それにも一応理由があり、まず第一に神術者が単純に強かったから。
その当時は今よりも争いが身近にあったため、ものによっては数百、数千の人間や強力な妖魔を簡単に倒すことができる神術者は、とても重要な戦力だったのだ。
そして第二に神術者同士の間にできた子供と、片方が神術者で、もう片方が神術を持っていなかったもの同士の間にできた子供では、神術の発現率が大きく違うためである。
仮に神術を持たないもの同士の間に子供ができた場合、その子供に神術が発現する確率は驚異のゼロパーセントだ。
これらの理由から、神術者とそうでないものの間にある身分差は、昔に比べたらだいぶ緩和されたとはいえ、今なお続いている。
俺は国の中で御三家と呼ばれ大きな力を持っている貴族家の一つ、天草あまくさ家の生まれだが、あいにく神力量には恵まれず家では厄介者扱いだ。
ただそれでも一応神術は持っているため、そこまで酷い扱いを受ける事はなかった。
だが、俺には幼馴染で仲の良い友人が三人いるのだが、神術のせいで、近頃は幼馴染の一人と遊ぶどころか会うことすらなかなかできていない。
昔はよく四人でたくさん遊んで、その後みんなで丘の上に寝転びこの景色を見るのが日課だった。
あの時は、そんな時間が永遠に続くと、なんの根拠もなくそう信じていた。
しかし、年を重ねるにつれ身分の違いから四人揃って遊ぶこともなくなっていった。
この世界では一部の例外を除いて血統が絶対だ。
巫女候補と御三家の息子とその従者。
生まれ落ちたその時から、俺たちには絶対に埋めようのない差が存在する。
分かってはいるがそれでも考えてしまう。
神術や身分なんか関係なく、皆んなが楽しく笑い合えるような世界を。
「はぁ……」
俺はどうしようもなく、憂鬱な気分になりながら溜息を吐く。
すると頭上からニュッと黒い影が伸び人の形をとる。
「何ため息なんかついてんのよ?」
「何でもない」
俺はぶっきらぼうな態度で答えながら、声の主の方に目を向ける。
そこには、一人の少女が立っていた。
彼女の名前は東香月。
絹のような美しい黒髪に純白の巫女装束。
そして彼女の最大の特徴である大きな瞳。
その大きな瞳には何者にも屈さないという力強さがある。
久しぶりに見た彼女は、まるで本物の女神のようだった。
「何でもないって事はないでしょ」
そう言って彼女は、心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「別に大した事じゃない。昨日何食べたか思い出そうとしていただけだ」
俺は慌てて顔を逸らしながら、とっさに適当な事を言う。
本当のことを言ったって、彼女を傷つけてしまうだけだから。
「そんな下らない事考えてたの? 心配して損した」
「下らないとは何だ」
「はぁーまったく、こっちがため息つきたくなるわよ」
呆れたような声を出しながら香月は頭を振った。
香月は呆れた姿すらも美しく、俺はそんな彼女をぼーっと見つめる。
「私が可愛いからってそんなに見つめないでよ」
俺が見惚れていた事に気づいた香月は、意地の悪い顔でニヤッと口角を上げ、俺をからかってきた。
「み、見つめてねーよ」
「えー、本当は?」
動揺しながら否定するも彼女は追及をやめない。
それに俺も折れた。
「ちょっとだけ」
「え、なんだって?」
「ちょっとだけって言ってんだろ!」
俺は気恥ずかしさから大きな声でそう言うとそっぽを向いた。
「ごめん、ごめん」
香月は何が面白いのかコロコロと笑いながら謝る。
それでも俺が無視していると香月は話を変えてきた。
「そういえば2人は元気にしてる?」
「ああ、元気でやってるよ」
これ以上無視してもこちらの分が悪くなりそうなため、俺もそれに乗っかることにした。
「そう、よかった」
香月は、昔を懐かしむように遠くを見つめる。
しばらく沈黙が流れる。
何もしないと、そのまま彼女が消えて無くなりそうで、何かしなければと俺は声を掛ける。
「そうだ、また四人で一緒に遊ぼうぜ」
「そう、ね。遊べたらいいわね」
香月はどこか悲哀を感じさせる顔で、笑っで答えた。
その顔を見た瞬間、俺の頭に一抹の不安がよぎる。
「あ、私もう帰らなくちゃ、透に会えてよかった。二人にもよろしく言っといてね」
「あ、ちょっ」
俺が口を開いた時には既にそこに彼女の姿はなく、お宮の方へ走り去っていた。
「ったく、何なんだよあいつ」
最後に見せた彼女の表情と言葉が頭に引っ掛かった。
まるでこれが最後お別れのような。
そこまで考えて流石にそれは気のせいだろう、と俺はソレを頭の片隅に追いやる。
そんな事よりも香月と話したのはいつぶりだろうか。
彼女が去ったお宮の方を見ながら、俺は昔を懐かしむ。
香月は、御三家の一つであり、この国の頂点である巫女の一族、東家の出で当主の娘だ。
そのためとても大切に育てられてきた生粋の箱入り娘だ。
だがそれでも、俺が天草家の人間であるためか、昔はある程度は遊ぶことが許されていた。
しかし香月が東家に代々伝わる神術である言霊の力を暴走させたあの事件以来、彼女は滅多にお宮から出ることが許されなくなってしまった。
言霊の力、それは思いを込めて口に出した言葉が現実になるという東家に伝わる神術。
その力を使える者は、この世界広しと言えども東家の者だけだろう。
故に言霊の力、それも始まりの巫女の先祖返りと言われるほどの、圧倒的な才能を持つ香月が、今のようにお宮に軟禁状態なのは致し方ないことなのかもしれない。
もしもその力が外部の者の手に渡れば、この国は一瞬にして火の海に沈むことになるだろう。
それほどまでに、香月の力はとてつもなく強大で恐ろしいものなのだ。
だからこそ俺も、そんな彼女に見合うだけの力を――。
そこまで考えて頭を振る。
「今そんな事考えてもしたかないか。てか何であいつはこんな所にいたんだ?」
突然のことであまり頭が回っていなかったが、よくよく考えると本来ならお宮にいるはずの彼女が、何故外にいたのだろうか。
「少しの間だけ、外に出ることが許されたのか?」
だがそれなら護衛やお付きの者がいるはず。
いくら考えても答えは出ない。
「まあ久しぶりに会えて良かったとするか」
俺は一人納得すると、夕焼け色に染まる空を仰ぎ見ながら帰路に着いた。
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