媚薬魔法の優しい使い方

りりぃこ

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魔法使いの家

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 その日は、アウルの家の倉庫代わりになっていた一部屋を割り当てられてジャスは眠る事となった。

 正直、こんなところに黙っているより、村に逃げ帰って、マリカに強い刺激を与える方法を取った方がいいのではないかとも考えたが、それで解呪できなかった場合に、アウルの機嫌を損ねているのもうまくないと思い、とどまった。

 それに―――

 ジャスは昨日付けられた腕輪を見つめる。

 この腕輪、魔法使いが取り付けたものなら、逃げ出さないように何らかの術がかけられている可能性が高い。それがなんだなわからないうちは変に動かない方がいい。



 そう思って大人しく与えられた部屋で寝たが、正直とても良く眠れた。

 数日、テントで寝ていたがうまく寝れなかったのもあって、暖かな部屋でぐっすり熟睡してしまったのだ。



 次の日、起きると空はとても明るかった。かなりの寝坊をしてしまったようだ。

 恐る恐る部屋を出る。

 しかし誰もいない。

 ふと、アウルが寝ている寝室を覗いてみると、まだ寝ているようだった。



 グ~っとお腹がなった。

 何か食べる物を、と思ったが、勝手に家を漁るのは抵抗がある。なので自分で予め持ってきた保存食を開ける。

 あとは確か昨日までテントで寝ていたときに見つけておいた、食べられる野草を取ってこよう。そう思ってジャスは外に出た。

 日差しがかなり眩しい。

 村にいた頃は薬草の採取をよく行っていたので、野草には詳しい。



 鼻歌を歌いながら、いくつかの食用の野草を取ったり野苺を見つけて取ったりしていると、夢中になってしまっていたようだ。

「おい」

 突然話しかけられてジャスはビクッと飛び跳ねた。後ろに不機嫌そうな顔をしたアウルが立っていた。全く気が付かなかった。

「何してんだよ。家にいねぇから逃げたかと思ったぞ」

「あ、いや朝食にしようと取ってたんだ。別に逃げやしねぇよ」

「ふん、食うもんなら家にある。別に勝手に食っていい。あの家はもうお前の物でもあるんだしな」

「いや、別にまだ花嫁になるって決めたわけじゃねぇよ。まだあそこは他人の家だ」

「往生際が悪ぃやつめ。まぁいい、帰るぞ」

 アウルはそう呆れたように言って、ジャスの腕を掴む。ジャスはその手をすぐに振りほどく。

「おいっ」

「捕まえておこうとすんじゃねぇよ。逃げねぇって言ってるだろ」

 アウルは一瞬困惑したような表情を見せたが、すぐにジャスに怒鳴り返した。

「別に捕まえておこうだなんて思ってねぇよ!普通に来いって意味で掴んだだけだ」

「掴まなくてもちゃんと家行くわ!」

「ああそうか!悪かったな!人間の扱いなんてわかんねぇからな!」

 アウルはそうキレるとさっさと先に行ってしまった。

 ――言い過ぎたか?と一瞬ジャスは思った。

 ふとさっき見せた本当に困惑したようなアウルの顔が脳をよぎった。



 家に戻ると、不貞腐れたような顔のアウルがテーブルに肘をついて座っていた。

 指を軽く回すと、キッチンの方からコーヒーが飛んできて、それをアウルは一人で黙って飲む。



 ジャスは黙って、先程採取し小川の水で洗ってきた野草と野苺をテーブルに持ってくると、開けておいた保存食と一緒に食べようとした。

「おい、それ生で食うやつか」

 ジャスの野草をみてアウルはたずねた。

「………生でも、食べれる」

「俺の記憶が正しければ、そいつは生じゃ苦くて食えたもんじゃなかったと思うが」

「でも、食べれることは食べれる」

 ジャスは意地になって答え、そして一気に口に入れる。

 口の中に、強い苦味が広がり、ジャスは思わず顔を歪ませ、おえ、とえづいた。

 そんな様子を、アウルはニヤニヤしながら眺めていた。

 アウルに何が言われるのが嫌で、無理やり飲み込んで、また口に入れる。やっぱり苦い。

「ほう。テメェはそうやってオェオェ言いながら食うのがお好みらしいなぁ」

 アウルはそういうと、野草を掴んでジャスの顎を掴み、口を無理やり開かせると多めの量を突っ込んだ。

「な、何っ、おぇっ」

 ジャスは苦味と量の多さに、盛大に野草を吐き出してしまった。

「あーあーあー、勿体ねえなぁ」

 ニヤニヤしながらその様子を眺めるアウルを、ジャスは睨みつける。

「どういうつもりだよ」

「テメェこそ、いつまでそうしてるつもりだ」

 アウルはジャスの吐き出した野草を、魔法を使ってキレイに片付ける。

「鍋も火も、俺からは借りたくねぇってか?どう考えても調理が必要なモンを、わざわざ生で食って見せやがって。嫌がらせか」

「いや、別にそういう訳じゃ……」

 ジャスは思いがけずまともな反論を食らって少し戸惑った。アウルは続ける。

「テメェがなんのつもりか知らねぇが、まともな食事もしねぇで弱ったりすんのは許さねぇからな」

 そういう言うと、ジャスの目の前にパンが飛んできた。

「食え、残すんじゃねぇぞ」

 アウルはジャスの口にパンを無理やり押し付ける。

「わ、わかった。苦しいから、自分でたべるから」

 ジャスは慌ててパンから口を離した。アウルは怒った顔のまま続ける。

「台所も使え。魔法がかかってる台所だから人間には慣れるまで時間がかかるだろうが、使い方も覚えてもらうからな!魔法薬の調合の手伝いもさせるからこの家の火の使い方は必修だ!わかったな」

 それだけ一息でまくし立てると、サッサと別な部屋に行ってしまった。


「…わかったよ…」

 ジャスは呟いた。

「自分もコーヒーしか取ってないくせに」

 テーブルに置かれたままの飲み残しのコーヒーを見つめながら、ジャスはぼんやりとパンを口に運んだ。

~~~

 遅い朝食を終え、恐る恐るジャスはアウルの部屋に向った。

 別に自分が全部悪いとは思っていない。花嫁になりたくないと言っている手前、あまり相手に深く立ち入るような事をしたくないのは当たり前じゃないか、と思っている。

 ただ、明らかにアウルを怒らせたままでいるのはあまり気持ちいいものではない。


 静かに部屋のドアをノックしてみる。

 何も反応はない。恐る恐るドアを開けてみる。

 中では床一面に広げられた羊皮紙の束の中で、アウルが何かを一心不乱に描いていた。

「何の用だ。俺は忙しい」

「あ、悪い…」

 今はタイミングが悪そうだ。ジャスが部屋のドアを開閉めようとした時、強い力で胸ぐらを捕まれる感覚があり、ズルズルと引きづられてアウルの前に座らされた。アウルがジャスに魔法を使ったようだ。

「何の用だって聞いてんだろ。何で逃げんだよ」

「いや、別逃げようとしたわけじゃねぇって。今は忙しそうだから後でと思って…」

「あとでも忙しい。今要件を言え」

 アウルが作業しながら問いかける。

 ジャスは、ふう、とため息を一つついて言った。

「台所の使い方教えてほしい」

 ジャスの言葉に、一瞬アウルは作業の手を止めた。

「水は『湧け』、火は『点け』と念じるだけでいい」

 それだけ言うと、また作業に戻る。

「ああ、やってみる」

 ジャスはそう応えて、部屋から出ていこうとした。

 が、ふと、気になってたずねた。

「お腹空かないのか?」

「は?」

「いや、さっきコーヒーだけしか取ってなかったし」

「問題無え。俺の調合した魔法薬詰め込んで完全栄養食にしているコーヒーだ。いつもこれで足りる」

 不健康そう!とジャスは思ったが、自分達人間の常識を当てはめるものでもないのだろう、と黙った。

 そしてふと疑問に思った。

「いつもコーヒーしか取ってないなら、どうしてパンが常備されてたんだ?さっき台所の棚に入ってるのが見えたけど」

「は?花嫁迎える予定だったんだ。食うもん用意しとくのは当たり前じゃねぇか」

 事も無げにアウルが答える。

「栄養取れりゃいいって話でも無ぇんだろ?見た目どうの、味がどうの、食いごたえがどうのってあんだろ?ここはコーヒーだけしかねぇのかよって不満言われちゃ敵わねぇしな」

「……意外に考えてたんだ…花嫁のこと」

「当たり前だ。俺の花嫁になるなら後悔はさせねぇ」

 アウルは真面目な顔でジャスの目を見つめた。


 無神経で身勝手な恐怖の大魔法使いだと思っていたのに。ジャスは困惑しながらも「そうなのか」とだけ言って、部屋を後にした。




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