媚薬魔法の優しい使い方

りりぃこ

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蛇足と言う名の後日談

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「ねえジャス、明日一緒に街に行かない?」

 ジャスと同い年の女子が、ニッコリと誘っている。

 ジャスは申し訳なさそうに言った。

「ごめん、明日は先約が」

「一日中?」

「一日中では無いよ」

「じゃあ、どこか時間とってよ。朝でも夜でもいつでもいいからさ」

「あー……えっとじゃあ、結構朝早くでもいい?」

「うん!じゃあ明日!」

 そう言って女子は元気に去っていった。

 ジャスは手を振りながら彼女を見送った。



「あーあー、知らないよー」

「うわ、マリカ何だよ」

 幽霊のようにマリカが現れたので、ジャスは驚いた。

 マリカはジトッとした目でジャスを睨んだ。

「今ので何人目?明日のジャスのお誕生日お祝いしたくて約束取り付けに来た女のコ」

「え?えっと……5人……かな」

「絶対に修羅場なるよ、それ。私は何年も、何回も見てるから知ってる」

 マリカは大きなため息をついて言った。

「最近なんか更に酷くなってない?」

「そんな事ないよ。しいて言うなら、大好きな姉が結婚しちゃって寂しくなっちゃってるんじゃないかな」

 冗談めいてジャスは答える。

 マリカは更に大きなため息をついた。

「私は元々関係無いでしょ。大魔法使いの所から帰ってきてからじゃない?」

「それはもっと関係無い」

 ジャスは即答した。

 アウルが関係あるものか。

 この、何とも言えない喪失感と、それを埋めるためにいくらでも人と付き合いたい気持ちは。


 ※※※※

 ジャスは明日の支度をして早めに床についた。

 明日は早くから予定が入っている。マリカは文句を言っていたが、別に悪いことでもないだろう。

 ジャスが布団に潜り込んだその時だった。

 トントン、と窓の外からノックをする音がした。

 ふとジャスが顔を上げて外を見たが誰もいない。しかし

「おい、お前。ちょっといいか」

 突然後ろから声がして振り向いた。そこには、見た目はジャスと同い年くらいの青年が立っていた。

「魔法使い、か」

 ジャスはため息混じりにたずねた。

 しかし相手の青年は、嬉しそうな顔をした。

「お、やっぱりすぐに分かるんだな」

「だって、物音もなく現れたら、魔法使いか、優秀な泥棒かのどちらかでしょ」

「まあ、俺が魔法使いだって分かるなら話は早い。俺の……」

「花嫁なら、ならないよ」

 ジャスは面倒臭そうに言って、また再度布団に潜り込んだ。

「更に話が早いなっ。スゲエなお前」

 なぜか青年はとても嬉しそうに言って、ジャスの布団を剥がした。

「俺さ、もう200歳まで時間ないからさ、手っ取り早く、魔法使いと付き合いがあったことのある奴を探してて」

 青年は勝手に言いながら、ジャスに近寄った。

「で、魔力の気配探しながら旅したら、強い気配感じてな。お前、魔法使いの知り合いとかいるんだろ?もしくは最近まで近くで暮らしてたとか」

「関係ないだろ」

 ジャスは布団を奪い返すと、また潜り込んだ。

「いいから、さっさと行ってくれよ。誘惑魔法とかやめろよ」

「はあ?誘惑魔法?」

 青年は小馬鹿にしたように笑った。

「今どき、誘惑魔法なんて、モテない魔法使いの最後の手段だぜ」

「モテない魔法使いの?」

 ジャスは少しだけ反応してしまった。

「お、何か話聞いてくれそうなかんじ?」

 青年は嬉しそうにジャスの布団の近くに座ると、ニヤリと笑った。

「俺の名はキャット。あと1年で200歳になるんだ。なあ、とりあえず、お友達から始めようぜ。なんかお前、結構魔法使いに理解あるみたいだし?名前は何って言うの」

 キャットはグイグイくる。

 ジャスは根負けして起き上がって言った。

「僕はジャス。たしかに、訳あって最近まで魔法使いと一緒に暮してた。でも今はもうそいつと会うことはないし、もちろん魔法使いとこれから関わっていくつもりはないんだ」

 口にすると、なぜかズキリと胸に何かが落ちる。

「だから、悪いけど他をあたって。一年もあればなんとかなるでしょ」

 アウルなんて3ヶ月でどうにかしようとしてたんだし。

 しかしキャットは、また嬉しそうに言った。

「何だ!一緒に暮してたんだ!これは好都合だ」

「ねえ、話聞いてた?」

 ジャスは呆れて言った。

「僕はもう寝たいんだ。明日予定が詰まってる」

「何だよー。まさかデート?」

「そうだよ。それも5人とね」

 ジャスが言ってやると、キャットはナワナワと震えだした。

「ご、5人!?不誠実すぎる!!ズルい!一人くらい紹介してよー」

 ジタバタするキャットが、ジャスは逆に面白くなってきてしまった。

「誰でもいいの?さっきは魔法使いに理解がある人って言ってたのに。ていうか、さっきまで僕に花嫁になって欲しそうだったのにな。浮気者は好きじゃないなー」

「クソ、ハメやがったな」

 悔しそうな顔をしたキャットは、急にジャスに向かって指を向け、魔法をかけた。

 ふわり、とジャスは宙に浮いた。

「な、何だよっ」

「ゴチャゴチャこんなとこで話ししてても埒が明かないし、明日のデートの前に、俺とデートしてみなよ」

 そう言って、キャットも宙に浮いた。

「ほら、夜の散歩。ロマンチックだろ?」

 そう言って、ジャスの手を引いて窓から飛び出すのだった。


 星空が輝く空を、今会ったばかりの魔法使いに手を引かれて進むのは、怖いけど、少しワクワクする。

 宙返りを教わってやってみたり、村から離れた見晴らしのいい高原まで行ってみたり。

 夜行性の狼達を遠目から観察したり。

 楽しい。

「すごいね」

 思わずジャスが言うと、キャットはニヤリと笑った。

「お、好感度アップかな?っていうか、魔法使いと暮らしてたなら、これくらいしてたんじゃねえの?」

 キャットの言葉に、ジャスは苦笑いした。

「いやぁ、襟首引っ張られたりはしてたけど……」

「どんな扱い受けてたんだよ」

 可哀想な人を見る目でみてくるので、ジャスは思わず顔をそらす。


 しばらく空の散歩を楽しんで、キャットはジャスの手をつないだまま、ゆっくりと地上に降りた。

「ここは?どのの辺?」

 ジャスがたずねると、キャットはニヤリと笑いながら言った。

「なんと!ここは俺の住んでる町だよ!」

「はめられた……」

「人聞きの悪い!お散歩ついでに来てもらっただけだよ。ほらおいでよ」

 ジャスは、キャットにいわれて渋々着いていく。

 ヤバい、これは持ち前の流されやすい性格で、ズルズルとキャットの言いなりになるのではないか、とジャスは内心心配したが、とりあえず今は着いていくしかなかった。


「ここが俺の家です」

 こじんまりした小さな家だった。

 しかし庭にはたくさんの薬草が規則正しく植えられている。

「キレイな家だね」

 思わずジャスが言うと、キャットは嬉しそうに笑った。

「自慢の家だよ。植えてある薬草はね、効能よりむしろ美しさと香りを重視してる。ポプリや入浴剤にしてるんだ」

「へえー」

 ジャスは興味津々で部屋に飾られた薬草を眺めていた。

「うわぁ。この花いい匂い。これ、消毒薬に使われるやつだよね?こんなに強い匂いどうやって出すんだ?」

「わかる!?これは俺の自慢の花。乾燥のさせ方で、きつい匂いにもいい匂いにもなるんだよ。教えてあげる」

 キャットは喜々としてジャスに説明を始めた。


 ジャスも、色々聞きながら楽しくなってきた。

 別に花嫁になるつもりはないけど、友達にならむしろ喜んでなりたい。

 そう思っていた時だった。

「ところでジャス、一つだけお願いがあるんだ」

 キャットが急に真面目な声を出した。

「何だよ」

「大魔法使いアウルが、今どこにいるか教えてほしい」

「アウル?」

 久しぶりにその名を聞いて、ジャスはドキリとした。

「どうしてそれを僕に聞くの?」

「しらばっくれないでよ。お前が大魔法使いの花嫁候補だったことはわかってるんだ」

 さっきまで人懐っこい笑顔を見せていたキャットとは人が違うようだ。無表情でじっとこちらを見ている。

 ジャスはため息をついて言った。

「悪いけど知らないよ。花嫁候補解消してもらってから会ってないし」

「どんな情報でも構わない。最近なぜ大魔法使いは姿を見せない?死んだのか?隠居するには早いとは思うけど」

「知らない」

 質問を投げかけるキャットに、ジャスはキッパリと言った。

「初めからそのつもりだったの?花嫁とか油断させて誘い出して。悪いけど僕は本当に知らないし、もう僕には関係な……」

 そこまで言った途端に、ジャスは自分の体が動かないのを感じた。


「……なにをしたの?」

「ちょっと動かないようにしただけ。ねえ、どうしたら教えてくれるかな?痛い目に合わせるのは抵抗あるしなぁ」

 そう言って、キャットはジャスに近づいた。

 そしてジャスの首に手を添えた。

 ――絞められる?

 ジャスは身体を強張らせた。

 しかし、首を絞めれたりはしなかった。

 その代わり、勢いよくキャットにキスされていたのだった。

「ねえ?苦しくない?もっと欲しくない?大魔法使いの事、少しでも教えてくれたらもっとキスしてあげるよ。居場所を教えてくれたら、もっと先までしてあげるけど」

 キャットはジャスを見下ろしながら言った。

 キャットからのキスを受けたジャスは、思わず倒れ込み、息を荒くした。

「こんなの、どうってこと無い……」

 顔を真っ赤にさせながらキャットを睨む。

「ふうん?そう?魔力を全力で詰め込んだから、結構キツイと思うんだけど」

「ナメないでくれる?僕は大魔法使いの花嫁候補だったんだ。あの大量の魔力の込められたキスを受けて、耐えてたんだぞ」

 ジャスはあえてニヤリと笑ってみせた。

 キャットはつまらなそうにジャスの耳を触る。

 ビクッと大きく反応する様子に、少し笑った。

「強がりだなあ」

「大体、何が目的だよ」

「目的?ああそうだね。話してなかったね」

 そう言って、ふと家の外を見た。

「この町はね、少し前まで横暴な魔法使いによって支配されていた町なんだ。
 ある日、町の人達が立ち上がって反旗を翻した。そして様々な犠牲を払って、その魔法使いを殺すことに成功した」

「殺……?」

 思いがけず重い話で、ジャスは思わず顔を上げた。

 キャットは口だけで微笑んだ。

「これで平和が来ると思ったんだ。でもその魔法使いは一枚上手だった。
 自分が殺されるとこを察していた魔法使いは、事前にある契約をしていた。大魔法使いアウルに、『自分が殺されたらすぐに生き返らせてほしい』とね」

「あー……」

 ジャスは察した。

 アウルはよく恨まれることが多いと以前言っていた事を思い出していた。

「なるほど、それで恨んでいるわけか。キャットだけじゃなく、町の皆恨んでるってわけ?それで復讐したいんだな」

 ジャスは大きなため息をついた。

「アイツも大変だなぁ」

 ジャスは、あの、アウルが目を潰されて帰ってきたことの事を思いだした。

「勝手に納得しないでくれる?ちがうんだけど」

 キャットはジャスに冷たく言った。

 まだしゃがみこんでいるジャスに手を伸ばしてきたので、ジャスは思いっきりその手を払い除ける。

「触るな」

「あはっ、やっぱり触られたらヤバいんでしょ?」

 キャットは、ジャスの髪の毛を掴んで顔を上げさせた。

「恨んでなんかいないよ。復讐なんて以ての外!!俺はさ、ただアウルに会ってお願いしたいんだ。『また』俺が殺されたら生き返らせてほしいって」

「また?」

 ジャスはポカンとして聞き返した。

「またって……じゃあその横暴な魔法使いっていうのは、キャットだったの……?」

「そうだよ」

 キャットはそう言って微笑んだ。

「最近また町の有志達が集まって、なにやら怪しい相談してるからね。念の為お願いしときたいんだけど、全然掴まらなくて困ってるんだ」

「そんなの、町の人達と話し合って仲良くすりゃあいいだろ。横暴なのをやめればいいだけだろ?」

「やだよー。馬鹿な人間なんかと同じレベルで話し合うなんて」

 キャットは肩をすくめる。

「とにかく急いでる。早く教えてよ」

 そう言ってキャットはジャスの身体をゆっくりと撫でた。ジャスは快楽を感じてしまい、力が入らず、今度は振り払うことができなかった。

「もう少し媚薬の魔法をかけるか……でも正気を失われると質問に答えてくれなくなるしなあ」

「どっちにしろ言わないけど。だって知らないんだから」

 ジャスは必死に言う。

「本当だよ。もう会ってない。今アイツがどうしてるかなんて知らないんだ」

「じゃあこれだけは教えてよ。何でお前はアウルの花嫁にならなかったんだ?」

 キャットの問いに、ジャスは思わず息を呑んだ。

「おかしいと思うんだ。魔法使いは基本的に執着が強い。一度決めた花嫁候補を捨てるなんて考えてづらいんだよね。そこにヒントがあると思うんだけど」

「そうだよ。僕は捨てられた」

 ジャスはキッパリ、そしてわざと微笑んで言った。

「アウルは他の人を花嫁にした。アウルの半身のような人をね。それから僕はアウルの家を出て、その後はどうやってもアウルの家にたどり着くことは出来なった」

「本当に?」

 キャットは再度ジャスの髪を掴んで顔を上げさせた。

「じゃあ、マジで知らないってこと?」

「そう、言ってるじゃないか、さっきから!」

 ジャスは大声を出して、必死の力でキャットを振り払った。

「あーもう!言いたくなかった!またあいつに会いに行こうとしたなんて、女々しくて誰にも言いたくなかった!」

 ジャスはそう叫んでうつ伏せた。

「最悪……。無駄骨だった。急いで、さっさと次の手段を考えないと……」

 キャットはブツブツとつぶやいて、ジャスから離れた。

「あ、もう、お前は用済み。いらない。さっさと消えていいよ」

 そう言ってジャスに魔法をかけようとした。

 その瞬間にジャスはキャットにのしかかるように押し倒してきた。

「何すんだ!」

「少しでも情報を言ったらキスしてくれるんだろ?してくれよ。我慢できない」

 真赤な顔でジャスは訴える。

 キャットは大きなため息をついた。

「こんなの大したことねえっていいながらやっぱり耐えられなかったか。いいぞ。ほれ」

 キャットはぞんざいにジャスにキスをする。

 その途端、ジャスはスッと大人しくなって眠ってしまった。


「くそ、寝ちゃって邪魔だな。まあこいつは後だ」

 キャットは眠ってしまったジャスを放っておいて、家の奥の部屋へと向かった。



 部屋に入り、中にいた人物に声をかける。

「セラ、セラ。駄目だった。ようやく大魔アウルと親しい奴を見つけられたと思ったのに」

 そう言って、部屋の隅に置かれた、大きな砂時計を見つめ、呻いた。

「ああ、もう3日経ってしまった。早く早くしなければ」


「その子は誰?」

 後ろから声をかけられ、キャットはギョッとして振り向いた。

 そこには、さっき寝たはずのジャスが立っていた。

「お前、何で」

「言ったじゃないか。僕は大魔法使いのキスに耐えてたんだって。これくらい大したことない」

 そう真赤な顔をしながら近づいた。

「その子は?人間の女のコ?」

「セラに近づくな!」

 キャットは叫んだ。

「ねえ、その子顔色が酷いよ」

「うるさい!」

「ちょっと見せて。病気なら大変」

「関係ない!人間なんかにどうも出来ないだろう!セラの病気一つ治せなかったんだからな!」

 キャットは必死に、セラを隠すようにした。ジャスは恐る恐るたずねた。

「その子、死んでる?」

「死んでない!」

 キャットは泣きそうな顔で叫んだ。

 ジャスは、キャットとセラを交互に見つめ、そして気の毒そうな顔になった。

「もしかしてアウルに頼みたかったのは、キャット自身じゃなくて、彼女?」

「……だったら何だよ」

 あっさりとキャットは開き直ったようだ。

「セラはお前らみたいな馬鹿な人間なんかと違う、俺に相応しい唯一の人間だ。俺の花嫁になるはずだった。変な病にさえかからなければ!」

 キャットは苦々しげに言った。

「治癒魔法薬は使わなかったの?あれってどんな病気でも治すんでしょ?」

 ジャスがふとたずねた問いに、キャットは見下すような顔をした。

「これだから大魔法使いと一緒にいたやつは価値観が狂ってやがる。どんな病でも治すような最高級の治癒魔法薬は、一部の最上位の魔法使いしか作れない上に、馬鹿みたいに偉そうにしている貴族の人間にしか出回らないんだよ」

「そうなんだ」

 ジャスは動揺した。知らず知らずに自分もアウルのように価値観がおかしくなっているのだと気づいて、少しだけ恥ずかしくなったのだ。

「あの。このセラって娘、病気で死んだの?いつから病気だったの?」

「そんなの関係ないだろ」

 そっぽを向くキャットに、ジャスは首をふった。

「関係ある。アウルは病気で死んだ人を生き返らせないから」

「はっ!?」

 キャットは目を剥いた。

「本当だよ。生き返らせない。どんなに大金を積んでもしない」

「そんなっ!じゃあ」

「たとえアウルを見つけても、生き返らせて貰うのは無理だよ」

 残酷な事を言っている自覚はあったが、ジャスはキッパリと言った。

「ねえ、埋葬してあげよう」

「うるさい!」

 キャットはセラを抱きしめるように言った。

「俺の花嫁はセラだけだ!セラと契を結べなかったら、俺は人間になってしまうんだ。馬鹿な人間達と同じような!!」

「人間は馬鹿じゃないよ」

 ジャスはキャットに近寄った。

「この、セラちゃんの事好きなんだろ?セラちゃんみたいな子、まだまだきっといるよ。今からでも他の子を」

「お前だって、他の人にいけないんだろ!?」

 キャットの言葉に、思わずジャスは言葉を止めた。

 キャットは続ける。

「お前だって!お前だって!捨てられて、それでも会いたくて会いに行こうとしたんだろ!さっきそう言ったじゃないか!」

「それは」

 ジャスは言葉に詰まった。

「会いたかった」

 会ってどうこうしたいわけではない。ただ、もう一度だけ会いたかった。

 マリカの結婚式の話をしてやりたかった。

 クロウと仲良くやっているか見に行きたかった。

「会いたかったけど。どうしようもないじゃないか」

 ジャスは泣きそうな顔で訴える。

「どうしようもないんだよ。キャットだって、ううん、キャットはもっとどうしようも無いだろ」

「どうにかするんだ。俺は魔法使いだぞ!」

「……ねえ。セラちゃんには家族がいる?だったら家族に返してあげよう?そしてちゃんとお墓に入れてあげて」

 ジャスは必死で説得する。

「いやだ!」

 キャットはセラを抱えると、指を動かして何やら魔法をかけた。

「セラは必ず生き返らせる。邪魔させない。大魔法使いが無理なら他の手段を考える。俺が200歳になる前に必ず!」

 そう言い残すと、キャットとセラは姿を消した。その途端に家も庭も煙を出して消えて、何も無い平地にジャスは一人残された。

「おい……ちょっとこんなとこに一人にされても」

 ジャスはあたりを見渡して困惑した。


 夜明けが近い。


 どうしようも無いので、朝になったらこの待ち構えての誰かに道を聞いて帰ろう。

 何人かの女のコとの約束を破ることになってしまうな、とジャスは大きなため息をついた。


 その時だった。

 大きな瓶を黒い持った年配の女性が、ジャスに駆け寄ってきた。

 真っ青な顔をしている。

「あ、あの大丈夫でしたか!?」

「あ、えっと」

「昨日の夜に気づいたら悪夢の瓶の蓋が空いてて……気づいたらずっと遠くに飛んで行ってしまってて……誰かにご迷惑をかけてるんじゃないかと思ったらこんなところで」

「悪夢の瓶?」

 ジャスは聞き返しながら、女性の持っている黒い瓶を見つめた。よく見たら、透明な瓶に、黒いモヤが入っている。

 ジャスがかつて取り除いてもらった悪夢とそっくりだった。

「え?悪夢?今のは夢?でも、妙にリアルだったし、実際僕は、自分の村からこの町に飛んで連れてこられたんだけど」

「普通の悪夢ではなく、魔法使いの悪夢ですから」

「魔法使いの悪夢?もしかして今のは、キャットっていう魔法使いの悪夢だったの?」

 そうたずねると、女性は小さく頷いた。

 ふと、ジャスは気づいた。

「あなたは、セラっていう人のご親族ですか」

 その女性は、年齢こそ違っているものの、さっき見た、死んでいた女のコ、セラにそっくりだった。

 しかし女性は首を横に振った。

「あ、違いましたか。似てたのでつい」

「私はね、セラ本人なんです」

 そう女性は言ったので、ジャスは目を丸くした。

「そうか、さっきのは夢だもんな。別にあなたは死んでなかったんですね?」

 自分を納得させるようにジャスが言うと、セラはまた首を横に振った。

「いいえ。私は一度病気で死んでいます。でも、魔法使いアウルの手によって、生き返ったの」

「え?でも」

 ジャスは混乱した。

「おかしいです。アウルは病気で死んだ人を生き返らせないはず。だって」

「そうなんですか?じゃあ私は運が良かったんですかね」

 セラはそう嬉しそうに言った。

「生き返らせてもらって、全部うまくいったんですから」

 そう呟くように言うと、セラは静かに話し始めた。

「かつてうちの町に住んでいた、キャットは本当に横暴で且つしたたかな魔法使いだったんです。せっかく殺せたと思ったらまた生き返った事に、どれだけ町中が絶望したか」

 アウルの仕事だったのだろう、とジャスにはさはすぐにわかった。しかし何も言わず、続きを待った。セラは続けた。

「だから、今度は暴力ではなく対話を試みることにしたんです。そして、キャットと交渉する役目を持ったのが私だった。
 話しをするうちに、キャットは私を好くようになりました。それと同時に、町にそこまで横暴な振る舞いをすることが無くなったのです。私は別に彼が好きでは無かったけど、村が少しでも幸せになるなら、と思って、彼の好意を受け入れていました。
 そんな中、私はちょっと酷い病気になってね。死んじゃったんです。
 だけど数日後生き返った。元気になってね。
 キャットが言うには、また大魔法使いに頼んで私を生き返らせてくれたらしいんだけど」

「ちょ、ちょっと待って!」

 ジャスはセラの話を止めた。

「元気に?元気に生き返ったの?」

「元気に、っていうのは正確には違いますね。生き返った時はまだ病気だったんです。その後、なんか魔法の薬を飲ませてもらって、それで病気が治ったのです」

「それは」

 ジャスは息を呑んだ。

【ただ、これは魔法のねじれを引き起こす。だから俺はこの方法を使わないと自分に誓っている。

 ……つまり、運命がネジ曲がる

 ……代わりにテメェの近くの誰かが死ぬ可能性が高い】

 アウルがドロップに言った言葉が蘇る。

 そうだ。魔法のねじれを引き起こすとアウルは知っていたのか。

 それはかつて、やったことがあるからではないか。

「そ、その後、あの……誰か……もしかして……」

「ああ、あなたは分かるんですね」

 セラのそう言って、小さく笑った。

「私が生き返って二日後、キャットは突然ポックリと死んでしまったんです」

 ジャスは言葉を失った。

 セラは黒いモヤの入った悪夢の瓶を見つめながら続けた。

「彼が死ぬ前日、彼は私のベットに入ってきて言ったんです。
 私が死んで、気が狂いそうだったと。何度も蘇りの魔法使いアウルに会えないで、もしくは断られて、もう二度と私に会えない悪夢を見てしまい、耐えられずに自分で悪夢を取り除いて瓶に詰めたのだと」

「それが、これですか」

 ジャスは瓶を見つめた。この悪夢に、自分は取り憑かれてしまっていたらしい。

「でも夢とは違い、何とかアウルを会えて、そして私を生き返らせて病気まで治してもらった。こんな幸せは無いと笑っていました。
 そして、明日には契を結ぼうと言っていました。
 しかし、ポックリと死にました」

「それは、残念でしたね」

 ジャズが気の毒そうに発した言葉に、セラは目を丸くして首をかしげた。

「いいえ?助かったんですよ」

「え?」

「命は助かったし、あの横暴なキャットの花嫁なんかにならなくて済んだんですよ。本当に、全てうまくいったんです」

 そう言って、セラはそっと、悪夢の入った瓶を撫でた。

 ジャスは、呆然とセラを見つめた。

 キャットの悪夢の中で見た、必死なキャットの想いと、セラの反応の乖離具合に、妙に混乱してしまい、何となく具合が悪くなってきてしまった。

「大丈夫ですか?」

 ジャスの顔色を見て、セラが心配そうに覗き込んだ。

「休んでいきます?私が悪夢を零してしまってご迷惑をかけたので……」

「いえ、大丈夫です」

 ジャスは首をふった。そしてふとたずねた。

「あなたはキャットのことが好きではないのですよね?どうしてその悪夢を大事に持っているのですか」

 ジャスの言葉に、セラは困ったように笑った。

「分からないんです。私は、彼のことが好きでないのに。大嫌いなのに。いざ彼がいなくなってしまったら、辛くて辛くて仕方なくて。この彼の悪夢を手放せないんです」

「同じだ」

 ジャズはセラの言葉に、小さく同意した。

「僕も同じなんだ。嫌いな、好きじゃなかったはずの人と別れてから、辛いんだ」

「その人は、生きていますか?」

 セラは優しくたずねた。

 ジャズは頷いた。

「生きてる」

「じゃあ、会いましょう」

「いやでも」

「会いましょう」

 セラは再度言った。ジャスは静かに頷いた。



 なんとか、ジャスが自分の家に戻れたのは、すでに昼過ぎだった。

 ずいぶんと歩いたのでクタクタだった。

「どこ行ってたのよ!」

 心配そうにマリカが出迎えた。

「どこかの魔法使いに連れ去られたんじゃないかって心配したんだからね!」

「あながち間違いでもないよ」

 ジャスは、おおあくびをしながら言った。

「約束してた女のコたち、皆心配してたよ。誰も怒って無かったよ」

「皆優しいね」

 ジャスはそう言って小さくため息をついた。

「ちゃんとドタキャンしちゃった子たちには謝ってくる。あと、これからドタキャンする子たちにも」

「これから?」

 不思議そうな顔をするマリカに、ジャスは眠そうに微笑んだ。

「今日は今からすこしだけ寝かせてもらって。そして準備して、何が何でもまたアウルに会いに行く」

 ジャスの言葉に、マリカは一瞬驚いた顔をした。そしてすぐに寂しそうな顔になった。

「会って、どうするの?」

「どうもしない。ただ、クロウと仲良くやっているところに会いに行きたいだけだよ」


 そう言ったジャスの顔は晴れやかだった。


「会えるかな?迷いの森なんでしょ?」

「前は全然無理だった。今回も会えない可能性の方が高いけど、でもできるだけやってみたい」

「そっか」

 マリカは小さく微笑んだ。

「ちゃんと帰ってきてね」

「もちろん」

 そう言って、ジャスはすこしだけ眠るためにベットに向かった。



 目を覚ましたら会いに行こう。忘れられなくなってしまった人のところへ。


 多分、薬をちゃんと飲めなかったらキスの後遺症が残ってるんだ、きっとそうだ。そうじゃなきゃ、好きでもないアウルにこんなにも会いたいわけないじゃないか。

 ジャスは自分で自分をごまかしながらも、会いに行く事に胸を躍らせながら眠るのであった。


 End

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目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

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