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もう浴衣は作ってやれない
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その日、智紀が学校から帰宅してさち子の部屋へ行くと、見慣れない布が部屋の真ん中に置いてあった。ちょっと古めかしいグレーの木綿で、よく見たら浴衣のようだ。
どこかで見たことがある気がする。どこだっけ。
「ばあちゃん、これ何?」
「祥太が、誰だか女のコから譲り受けて来たって言ってたよ」
「はあ。兄貴は?今日仕事遅いのかな」
「知らんが。逢引じゃないのか」
「今日は平日だから多分仕事だよ」
智紀が苦笑いする。
さち子はそのグレーの木綿をゆっくりと指さしながら言った。
「これを、智紀のサイズに直せるか、って聞いてたが、智紀、浴衣着たいのか?」
「え?俺?浴衣?」
「それもいいが、少し柄が古いぞ。好きな布を持ってくれば、このババアが、別なのも作ってやるぞ」
「いや、ばあちゃん今寝たきりなのに手芸は無理でしょ」
智紀がそう突っ込んだときだった。
「そうとも限りませんよ」
ヘルパーさんが部屋に入ってきながら言った。
「さち子さんは自分でお食事してるせいか、まだまだ手の筋肉が落ちてないですし。まあ浴衣縫うのはちょっと難しいかもしれませんし、針を使うのもちょっと危ないですけど……なんかリハビリ用の手芸道具今度持ってきましょうか?さち子さんもなんかしたいですよねー」
「そうか、浴衣はもう作ってやれないか」
さち子はヘルパーさんの言葉に、少し寂しそうな顔をして、手をニギニギさせた。
その日の夜、遅くに祥太が帰ってきた。
智紀はさち子の部屋にあったグレーの木綿の浴衣を持ってきて、祥太に言った。
「これ、茉莉花さんの買った浴衣だよね」
あの後、智紀は思い出したのだ。
茉莉花のSNSにこの布がアップされていたことを。
そう、これは茉莉花が初恋の杜のコスプレのために用意した浴衣だ。
祥太は頷いた。
「茉莉花さんのおばあさん、亮子さんが入院して、コスプレどころじゃなくなったらしいからな。せっかく用意してくれた衣装の材料、買い取らせてもらったんだ」
「なんのために?」
「自分でやるためだ」
「えっ!?」
智紀は素っ頓狂な声を上げた。
「な、何で?てっきり計画は無しになったものかと」
智紀の言葉に、祥太は呆れた顔をする。
「なんだ、お前は茉莉花さんにおんぶに抱っこのつもりだったのか?彼女が不在でも、できる限りの事はしていけるだろう。誰のばあちゃん孝行だ。お前の、俺達のばあちゃん孝行だろう」
「そ、そうだ……ね」
思いがけなく本気の祥太に、智紀は動揺してしまった。
「でも、俺達ノウハウ何も無いけど」
「今どき、なんでも調べられる」
祥太はキッパリと言い放った。
「まあ、ただ、その浴衣をどうすればあの漫画のような服に出来るか全く想像もついていない」
「はは、そうだね」
「だから、明日の午後にでも、亮子さんのお見舞いという体で茉莉花さんに会いに行って聞いてくる予定だ」
「結局兄貴も茉莉花さんにおんぶに抱っこじゃん」
智紀は思わず笑ってしまった。
祥太は笑われたことが納得できない、といった顔をしていた。
「ねえ兄貴、明日の午後って何時頃行くの?」
「まだ決めてないが」
「俺の学校終わる時間にしてよ。俺も行く」
智紀は言った。
祥太が少し驚いた顔をしたので、智紀は少しいたずらっ子のように笑った。
「だって兄貴、茉莉花さんに見損なったって言われたんだろ」
「……!」
珍しく祥太は動揺してみせた。
「いや、別に。確かに言われたが、その、そういうのではない……」
「それに、亮子さん助けたの俺だし。様子見たい」
智紀の言葉に、祥太は何かを考えたように一瞬だけだまり、そして頷いた。
「分かった。明日学校が、終わったら連絡しろ」
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