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いじらくて萌える
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一方こちらは智紀の方である。
祥太と茉莉花が出ていってすぐに、幸田と米村は帰っていった。
智紀は、使ったさち子の部屋の掃除をしながら祥太からの連絡を待っていた。何も連絡が無いので何も無いのだろうとは思うけれど、やっぱり多少落ち着かない。
「一言連絡くらいくれればいいのに。社会人のくせに報連相がなってねえんだよな」
智紀がブツブツと文句を言いながらさち子のベッドのシーツを取り替えていた時だった。
「ただいま……」
「うわっ!兄貴いつの間に帰ってきたんだよ!」
死にそうな顔の祥太が後ろに立っていたので、智紀は飛び上がった。
「どうだった?亮子さん倒れたりしていなかった?」
「あ?ああ、うん。大丈夫だった……」
「良かった。ていうか、何でそんなに暗い顔してんの?」
「ああ、ちょっと、茉莉花さんにフラレてな」
「は?」
智紀は話が急に飛んだので、意味がわからずぽかんとした。
「え?待って。何?茉莉花さんの家に行って何してきてんの?」
「申し込みされて5分ほどでキャンセルされた……クーリングオフじゃないんだから」
「何言ってんのマジで」
智紀が困惑していると、玄関から「ただいま帰りました」というヘルパーさんの声が響いた。
さち子がデイサービスから帰ってきたようだ。
「おかえりばあちゃん。楽しかった?」
わけのわからない祥太を放っておいて、智紀はさち子を出迎える。
「楽しかったよ。たまにはああやって人が多いところに行くのも、気分転換でいいね」
「そうか。それは良かった」
「智紀は楽しかったか?今日は祥太や友達とワイワイ楽しくするって話だったね」
「ああ、うん」
ズン、と暗い顔のままの祥太をチラッと見ながら、智紀は答える。
「楽しかったよ」
「智紀と祥太が遊ぶなんて、何年ぶりかね。楽しんでくれたなら私も嬉しい」
そう言って、さち子は智紀に微笑む。
「あと、萌える」
「どこでそんな言葉覚えてくるんだよ」
智紀は苦笑いする。
「ところで祥太は、さっきから、何でそんなに暗いんだ。楽しかったんじゃないのか?」
さち子が心配そうに言うので、智紀は慌てた。
「喧嘩とかじゃないから。なんかね、兄貴、ついさっきフラレたらしくてさ。こんな凹んだ兄貴、初めて見るよな」
「ああ」
さち子は何でもないように頷いた。
「そんなの、このババアは毎週見てるぞ」
「毎週?」
智紀はキョトンとする。さち子もキョトンとする。
「祥太はいつもフラレていつもこうしてペチャンコに凹んでるじゃないか。見たこと無かったのか?」
「うん、見たこと無い。彼女が週替りしてるのは知ってたけど」
智紀の言葉に、祥太はギロリと睨んできた。
「当たり前だ。お前に情けない姿を見せるわけにはいかないだろう」
「何で?」
「兄貴っていうのはそういうもんだろう」
「はあ?」
思った以上に古臭い発想に、智紀はあ然とした。
「何だよ、カッコつけかよ」
「悪いか」
祥太は暗い顔のまま、子どものように不貞腐れた。
そんな祥太に、さち子はしたり顔で言った。
「 弟に格好悪い姿を見せたくない。……なんていじらくて萌えるんだ」
「だから、どこで覚えてくるんだよそれ」
智紀は苦笑いしながら祥太の肩をぽんと叩いた。
「気にすんなよ。兄貴格好悪くないよ。でも、兄貴をフるんだから、茉莉花さんはとても男を見る目があると思う」
「どういう意味だっ!」
祥太が智紀に食って掛かるのを、さち子はケラケラと笑って見ていた。
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