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二章
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しおりを挟む「私はいつだって一人で確実に仕事をこなしてきたんだ。‥こいつはラスと言って裏請負会の副頭のひとり子さ。私も副頭には借りがあったから、今回こいつを同行したんだけどね」
そういうと、グーラは無造作に息絶えたラスの身体をぐいっと掴んで引き下ろし、床に転がした。潰れた頭から、ぐじゃりという音がして床に血が滲んだ。
「こっちの言うことは聞かないし勝手なことはするしで腹に据えかねてたんだ。‥‥しかも、私に黙って的を眠らせるなんて小細工を弄しやがった。‥‥けど、そんな小細工をできるような頭はこいつにはないから、大方こいつの親の副頭が手を回したんだろ。‥‥親子二人に、このグーラが揃って舐められたってわけだ」
グーラの身体から、怒りの空気がゆらっと立ち上がったようにさえ見えた。グーラが激しい怒りを身の内に燃やしているのがよくわかった。
ケイレンは、この話がどこへ終着するのかわからず、さりとて警戒を緩める気にもならずにジュセルをかばったまま片手剣を握っていたのだが、その姿を見てグーラがふっと口角を上げた。
「‥黒剣、剣を引きな。このグーラはもうジュセルを狙わないよ。裏請負としての矜持を傷つけられたからね」
「‥‥裏稼業の人間にも矜持なんてあるのか」
ケイレンの嫌味にも動じずに、グーラはくっくっと喉奥で笑った。
「黒剣、世の中には色々な事情ってもんがあるのさ。‥あんたもこの先長く生きていけば、世の中ってのは善悪の二つだけでは簡単に分けられないもんだってことがわかるだろうよ。‥ま、そんなことはどうでもいい。ここからは取引だ、黒剣」
「取引?」
この場にふさわしくない言葉が飛び出してきたことにケイレンは面食らった。しかしそんなケイレンの様子に頓着することなくグーラは言葉を継いだ。
「ああ。‥ケチをつけられて仕事を続行するほどこのグーラは落ちぶれちゃいない。私はこの依頼からは手を引くよ。ただし、違約金の払いが生じるからそれをあんたが払うのなら、だ」
裏請負の世界にも請負人と同じような仕組みがあるのか、と、ケイレンは意外に思った。
「‥いくらだ」
「共金貨二十枚だ。四十枚の仕事だったからね」
こともなげに言ってのけるグーラに対して、ケイレンは受けた衝撃を表に出さないだけで精いっぱいだった。‥ジュセルを殺すために、ハリスは共金貨四十枚という途方もない大金を払ったのか。ケイレンは声が震えないように注意しながら言った。
「‥手元にはないが、払える。ただ、一つ教えてくれ。依頼人は、カラッセ族のハリスか?」
グーラはきゅっと細い眉を吊り上げた。そしてにやりと笑った。
「なぜ、ジュセルが狙われたのか‥その理由に心当たりがあるようだね黒剣。まあ、‥ついでに教えてやろう、そうだよ、ハリスの依頼だ。だから、私が手を引いても他の裏請負がまたジュセルの命を狙うのは間違いないだろうね」
ここに至って、ようやく構えた剣を下ろしたケイレンはそのまま深いため息をついた。おそらくそうだろう、と思っていたことが確定事項になってしまった。がくりと項垂れているケイレンを見ながら、するりとグーラがジュセルの近くに近づいた。ケイレンがハッと気づいた時には、グーラがジュセルの唇を割ってその長い指を咥内に突っ込んでいた。
「っ、何するんだ!」
ケイレンの叫び声にも怯むことなくジュセルの咥内を指でひと回ししたグーラは、その指を引き抜いてぺろりと舐めた。その行動に頭が沸騰せんばかりになっているケイレンを尻目に、グーラはジュセルの首に指をあて、脈を見た。顔色を見たり息の匂いを嗅いだりもしている。
「やめろ!」
「何を飲まされたのか探ってんのさ。‥まあ、一般的な眠り薬だろうね。死ぬような毒はなかなか手に入ることもないし匂いや味をなくすことは難しいから‥‥眠らせてあんたたちの動きを悪くしようとでも思ったんだろう。しばらくすれば目は覚めるよ」
そう言って身を起こしたグーラは、床に崩れ落ちているアニスの方も見た。そして腰に提げている小袋から小さな錠剤のようなものを取り出してケイレンの方に投げた。慌ててケイレンが両手で受け止めると、グーラは言った。
「解毒剤だ。そこに転がってるヨーリキシャにのましてやんな。そいつもいい腕だね。ジュセルが眠ってなかったら、私も結構苦戦してたかもしれないな」
そう言ってから足元に転がっているラスの死体を蹴飛ばして、寝台から遠ざけた。言われたケイレンはすぐにアニスの傍に駆け寄って錠剤をアニスの口の中深くにねじ込んでやった。
「さあ、どうする?共金貨二十枚、明日には用意できるかい?」
「‥明後日の夜なら何とか大丈夫だと思う」
「そんなら明後日の夜に受け取りに来るよ。そんでこいつもその時、引き取る。今は引き取れるような馬も機工車もないからね‥ジュセルが寝ているうちにこの死体どっかに動かしといてやんな。その子は荒事の経験はないんだろ?」
ケイレンはすやすやと眠っているジュセルの額をそっと撫でた。いかにも愛おしいといった手つきだった。
「ああ‥請負人になったばかりなんだ‥俺のせいで‥」
「まあ、そうだね。あんたのせいだ。かわいそうにね」
ずけずけとそうかぶせてくるグーラにケイレンはむっとした。命を狙っていた本人がそれを言うのか。
しかし、ケイレンのそんな表情を気にすることなくグーラは言葉を続けた。
「荒事に慣れていない割に、この子はいい度胸だったよ。‥黒剣、私が言うのも何だが、カラッセ族のハリスは厄介な相手だ。ジュセルの命を最優先するなら、私が国外に逃がしてやってもいいよ。この子のことは結構気に入ったからね」
グーラの言葉に、深く胸の奥を刺されながらもケイレンはかぶりを振った。
「‥‥頼む、としても、お前になど頼まない」
あははは、と声も高くグーラは笑った。
「違いない!‥そうだろうね。ただ‥ちょっとこの子のことが気にかかったのさ。‥今日だって、‥」
言いさしてからグーラは黙った。そして軽く息を吐いてドアの方に向かい歩き出した。振り返ってもう一度ケイレンに念押しする。
「明後日の夜、共金貨二十枚だよ。いいね?」
「わかった」
短く答えたケイレンをちらりと一瞥して満足そうに頷くと、グーラは壊れたドアの向こうに姿を消した。
今度こそ身体中の力を抜いて、ケイレンはジュセルの寝台に座り込んだ。緊張でなのか、まだ指が震えている。これまで依頼の時にこんなふうになったことはなかったのに、ジュセルが絡んでしまうと途端に自分は弱くなるような気がする。
こんなことでは、この先もジュセルを守っていけない。
依頼人がハリスであることがはっきりした以上、これまで以上に気を張っていかなければならない。依頼を引き下げさせるか、やってくる暗殺者を次々に殺すか、‥‥一番最後に回したい手ではあるが、ハリスを殺すか。
ハリスを殺すとしたら、裏請負会との繋がりを示す確固とした証拠を準備できなければ、こちらが罪に問われてしまう。最悪そうなっても構わないとケイレンは思ったが、そのことによってジュセルに罪悪感を持たせたくはなかった。
ケイレンが色々と考えていると、横でアニスが呻く音がした。
「アニス、大丈夫か?」
「‥だ、じょ、ぶだ、」
まだ呂律が回らないようではあるが、腕を床について身体を起こそうとしている。ケイレンが背に腕を回してそれを手伝ってやった。枕元の小机にあった水差しを取り、そのまま飲ませてやるとまだうまく嚥下ができないのか、口の端からだらだらと水が零れた。
「あ、すまん、」
慌てて水差しを引くと、アニスがにやっと笑った。
「気に、する、な」
ケイレンの手を借りて、アニスはジュセルの寝台に寄りかかるようにして床に座った。アニスをうまく座らせてから、ケイレンは自分もしゃがみこんで話しかけた。
「話は聞こえてたか?」
アニスはこくりと頷いた。筋肉が弛緩していても聴力には影響がなかったので、グーラとの会話はすべて聞こえていた。
「副頭、や、かいだ」
まだたどたどしいアニスの言葉を拾ってケイレンは眉を寄せた。
「あの死んだやつの親のことか?厄介なやつなのか?」
アニスは深く頷いた。
「依頼、なく、も、やば、い、かも」
「‥依頼がなくなってもやばい、か‥ハリスとその副頭と、敵が二人に増えちまった感じだな‥」
アニスが再びゆっくりと深く頷く。
ケイレンは、大きく息を吐いた。
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