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二章
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しおりを挟む「まあ、そういうわけでその時に知り合ったのがロザイなんだ。あいつ、しつっこくてねえ‥いつも私を買うときは丸一日買い上げで、その間ずっとがっついてるから疲れて仕方なかったよ」
「そう、なんだ‥」
生々しいアニスの話に、どう相槌を打ったらいいかわからないジュセルは曖昧に受け流すような返事をした。そんなジュセルの顔を見て、ふっと表情を緩めたアニスはお茶を口に含んでごくりと飲んだ。僅かな苦みと薬草の香りが広がるジュセルのお茶は、心までほぐしてくれるような気がする。
「それぐらい執着されていたから、多分私が会いたいといえばロザイも会ってくれるだろうってことなんだよ。つなぎをつけるだけで、特に何か私が困るわけじゃないから」
「でも、アニスは別に会いたくはないんだろ?なのに会わなきゃならないのって、ストレスじゃないか?」
心配そうにそういうジュセルの言葉に、アニスは首を傾げた。
「すとれす?」
「あっ、えっと、何ていうか‥心に負担、じゃないかなって」
おろおろとしながら言い換えたジュセルに、アニスは頷いてみせた。
「ありがとうね、ジュセル。まあ‥負担じゃない、と言えば嘘になるけど‥いずれは会わなくちゃならなかったと思うし、いい機会だと思うことにするよ。それよりも」
言葉を切ったアニスはすうっと目を細めてジュセルを見つめた。
「ジュセルは、ときどき私の知らない言葉を使う時があるよね?それはどこの国の言葉なんだい?ジュセルの親は二人ともこの国のヒトだって聞いてたけど」
いきなり発せられたアニスの疑問に、ジュセルは固まった。まさか正面切ってそう訊かれる場面があるとは想定していなかった。まっすぐにこちらを見ているアニスの顔はごく真面目で、いい加減な答えでは納得してもらえなさそうだ。ジュセルは思わずゴクリと唾をのみ込んだ。
「え、っと‥」
どういえばいいのか、と逡巡していると「ジュセル!」という声とともに扉が開いた。
「あ、ケイレン」
ケイレンは大股にジュセルの傍まで歩み寄ってくると、いきなりぎゅうぎゅうと抱きしめてきた。驚いたジュセルが腕の中でもがく。
「えっ、何?いきなり」
「ジュセルは、きっと俺が守るからな!」
「は?何でまた‥」
頭に疑問符を浮かべたまま腕の中に閉じ込められているジュセルが、不思議そうにそう呟くとケイレンがぱっと顔を見合わせてきた。
「ザイダってやつに、ジュセルを守る役目は渡さないから」
「いや‥別にザイダさんそんなこと言ってなかったよな‥?」
「ジュセルはかわいすぎるから、みんながジュセルを狙ってるような気がしてくるんだよ‥」
情けない声でそんなことを呟きながらぎゅうぎゅう抱きしめてくるケイレンの背中を、ジュセルは半ば呆れながらぽんぽんと叩いてやる。
「あのさ、俺のことに興味持つやつなんていねえから。ケイレンが変わってるだけだから」
「そんなことないよジュセル。私もジュセルが好きだからねえ」
と、また横からアニスが余計な茶々を入れる。ケイレンは、キッとアニスの方を向いた。
「アニスにもジュセルは渡さないからな!」
「いやあ、そうは言うけどさあ、ジュセルが私のことを好きになっちまった時には‥ねえ?」
そう言ってぺろりと舌を出すアニスに、ジュセルは全身の力が抜けた。
「アニスだからそういう冗談はさ、こいつに効かねえから‥」
「‥やっぱりお前とは決着をつけておかなきゃならねえようだな、アニス‥」
「おっ、いいねえ、勝負するかい?」
「いやだからもうやめて!夜飯の支度すっから!どっちか買い物行ってきて!」
「生涯奴隷の首輪、だね?」
「はい。私は‥そこまで貯えもないただの裁縫師です。ここにある、共銀貨二百八十枚の他に財産も有りません。ですがあなたに仕事の礼金として払うのには足らないでしょう?」
そう言ってうっそりと笑うレイリキシャ‥ライジの顔を見て、グーラはううむと唸った。
ジュセル暗殺の依頼不履行を届けてから出会った、このレイリキシャの話を暇に任せて聞くともなく聞いたグーラは、今、その行動を心から後悔していた。
このレイリキシャ、ライジが言うには、ライジの伴侶がラスによって凌辱されたということだった。その際に強制性交幻覚剤を多用されたため、凌辱された伴侶は次の日の夕方には、重度の中毒症状が出て呆気なく死んでしまったらしい。
グーラにしてみれば、それは悲劇には違いないが正直よく聞く話だった。あの強制性交幻覚剤が流通しだしてからこっち、そんな話は腐るほど世の中に溢れている。
だからグーラは「お前の伴侶を凌辱したヒトは、たまたまだけどこのグーラが殺したよ」と教えてやったのだ。それですっきりして、また真っ当な暮らしに戻れ、という気持ちだった。まあ、面倒くさいな、という気持ちもあった。
ところがライジは、シンリキ誓書と生涯奴隷の首輪を差し出してきたのだった。
「そいつが死んだだけでは私の気持ちは晴れません。そいつの親は裏請負会の幹部だと聞いています。そいつはベラと同じようにたくさんのヒトに強制性交幻覚剤を使っていたとも‥‥ですからその幹部を殺してほしいのです。そのための礼金をお支払いしたいのですが、これでは足らないでしょうから私を生涯奴隷として買ってほしいんです」
グーラはげんなりした。真っ当に生きてきてるやつの方が、突拍子もないことを言い出すものなのかもしれない。こんな堅気の奴隷を連れ歩くなんてとんでもない。
グーラは話を聞くことにした自分を呪いながら、額に手を当て言った。
「‥奴隷なんていらないんだよ。正直言って邪魔だしね。連れ歩くつもりもないし‥あんたの伴侶を穢したやつはもう死んだんだ。悪いことは言わないから、この金を持って帰んな。真っ当に生きた方が」
「真っ当になんか、生きられない!」
グーラの言葉を遮るように、初めてライジは声を荒げた。その顔を見れば、怒りと悲しみとが入り混じった表情をしており、ライジは身体を震わせていた。
「‥‥十年も連れ添った伴侶を、何の理由もなく突然穢されて奪われて‥みんな諦めろ、運が悪かったんだっていうが‥仕方ない、そういう運命だったなんて諦めきれない!ベラを、あんなひどい目に遭わせたやつらを、一人残らず殺してやらなけりゃ俺の気は収まらない!」
火を吐くような怒りのままに叩きつけられた言葉を、グーラは黙って聞いていた。裏社会で生きてきたグーラにとってそれは「普通に生きてきた人間」の、初めて聞いた心からの怒りと悲しみだったのだ。
これまで手にかけてきた人間はほとんどが裏社会の人間だったが、堅気の人間を殺したことだってないわけではない。このライジのように自分を恨んでいる人間も数多くいるのだろうな、とぼんやり考え‥そんなことを考えるなんて焼きが回ったもんだと苦く心の裡で自らを嗤った。
荒くなった息を整えると、ライジはまたグーラの方に向き直った。
「‥あなたが一番の腕利きだと聞きました。だから、あなたに頼みたい。私を連れて歩くのが邪魔でしたら奴隷契約をしてから私をどこかに売ってください。あなたならそういった伝手もお持ちでしょう?」
どうにも自分の言うことなぞ聞き入れそうにない、このレイリキシャの目を見て、グーラは何回目かわからないため息をついた。
‥ああ、面倒くさい。面倒事は嫌いだよ。
ライジの首にかかった首飾りが目に入る。透明輝石の中に収められているのは美しい一房の金髪だ。亡くなった伴侶はシンリキシャだと言っていたから、おそらくあれは亡くなった伴侶の遺髪だろう。この世界では、死者は荼毘に付して遺骨は墓に収めるのが一般的だ。子果への巡りが遅くなるからという理由で、遺髪や遺骨を身近に置くことは忌避されている。
しかしこのレイリキシャは、あえて伴侶の遺髪を身につけているのだろう。
おそらく、ヨキナを殺してからあの遺髪を墓に納めるつもりなのだろうな、とグーラは思った。
強く引き結んだ唇やその目を見ても、このレイリキシャが引き下がるとは思えない。自分が断れば、また別の暗殺者を探して無茶な行動に及ぶつもりなのだろう。たとえそのせいで自分の身に危険が及んだとしても構わないという意思を持って。
そうまでしても、伴侶の敵を討ちたい、伴侶を奪われた自分の気持ちにけりをつけたいというのは、どういう強い心情なのだろうか。
ヒトに対して恋愛感情、というものを持ったことのないグーラからすると、この激情を胸に秘めているライジは得体のしれない生き物のように思えた。
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