23 / 137
一章
22
しおりを挟む「う~ん‥粗く解析してみた感じでは普通のお茶だけどなあ‥」
請負人協会には専門の解析師の部門がある。持ち込まれた品や依頼品の鑑定、証石の組成や確認などが主な仕事である。無論、そこに所属しているのは解析・分析を得意とするヨーリキシャ達である。
ここ、イェライシェンでは協会の建物の三階に、その解析部門の部屋がある。十人ほどの解析師であるヨーリキシャ達が所属しているが、たいていの場合半分ほどは出張している場合が多いので、ここにいるのは四、五人であることが多い。
解析師の人数分の机はあるのだが、どの机の上にも書類や素材が散乱していて机同士の境界線もわからないほどだ。部屋の壁側には解析に使うらしい機工躯体がいくつか据え付けてあり、今も稼働している音がしている。
この雑多な部屋の中で、ケイレンの目の前に座り首をひねっているのは、ひときわ鮮やかな赤髪が目立っているヨーリキシャのスルジャだ。くるくると波打つ鮮やかな赤髪に澄んだ大きな赤い目、つるりとした肌に厚い唇と肉感的な美しさを持つスルジャは、ヨーリキの通りをよくする赤輝石の腕輪をぐるぐると手持ち無沙汰に回しながら、呟くように言った。その前で腕組みをして、じっと解析器の中の茶葉を見つめているのはケイレンである。
「そんなに甚だしいマリキの増幅を感じたのか?黒剣」
そう問いかけるスルジャに、ケイレンは嫌そうに顔を顰めた。
「黒剣って呼ぶなよ‥うん、そうだな‥回復、というよりは増幅、という方が正しい気がする。飲んですぐに巡りがよくなって、身体の奥の方がぐんっと持ち上がるような‥そんな感じだった」
「ん~~‥」
スルジャは解析表を見ながら唸る。茶葉は、茶葉の状態での解析と煮出した状態での解析をしたのだが、ケイレンが言うような効能を示すものは出てきていない。
「‥他の能力が高い者にも飲ませてみて、その情報も取ってみないとわかんないかな~‥ケイレン、そのキリキシャと性交したわけじゃないんでしょ?」
「まだ、だな‥」
やや顔を赤らめて少し俯いたケイレンを、スルジャはじろりと見た。
「‥聞いたよ~まだ子どもみたいなキリキシャに無理やり抱き着いて口づけたって」
「‥‥まあ、そう、だな‥」
は~とため息をついてスルジャはぐんっと椅子の上で伸びをした。豊かな胸がふるりと揺れる。
自分の机に肘をついて、スルジャはじっとケイレンの顔を見つめる。
「あんた‥ヤーレに無理言ってその子どもを家に連れ込んだって聞いたけど‥」
「つっ、連れ込んだわけじゃない!部屋を貸してるだけだ!それに子どもじゃない、もう成人してる!」
スルジャはすがめた目を戻すことなくじいっとケイレンを見つめ続ける。
「そうはいってもさあ、成人したばっかりの初級請負人なんでしょ?‥あんたはさ、多少は年上なんだから余裕もって対応しなさいよ?自分の希望ばっかり言ってたら逃げられるよ?」
「う、いや、‥‥うん、わかった‥」
スルジャはしどろもどろに返事をするケイレンを見て、またため息をついた。この様子では心当たりがあるのだろう。それにしても、あの無表情で人に関心を持たないことで有名な『黒剣』が、こんなにへにょへにょになるとはね‥と、目の前の締まりのない顔を見る。
「ま、もう少し詳しく解析して情報を取ってみるよ。何人か上級請負人に頼んで飲んでみてもらおうかな。もうしばらくこの茶葉預かってていい?ひょっとしたら追加を頼むかもしれないけど」
「ああ、大丈夫だ。‥普通に飲む分には問題のないものだよな?」
念のためにケイレンが尋ねると、スルジャは大げさに両手を上げた。
「問題ないどころか、このまま薬として売り出してもいいくらいの品質だよ。
組み合わせがいいね。自分の感覚でやってるんなら、相当に勘がいいんだな‥本人が希望するなら、薬師への修業斡旋も考えていいくらいだ」
「そうか‥じゃあジュセルにそう言っておくよ」
「ん、頼むわ。個人的にはあたしもこのお茶ほしいかな。二日酔いとか腹痛に効きそうなんだよなあ」
ケイレンはニッと笑った。ジュセルの能力が褒められているのを聞くと、自分まで嬉しい気持ちになる。
「ジュセルに訊いておくよ」
ケイレンはそう言って立ち上がり、軽く右手を上げて解析部屋を後にした。スルジャはしばらくの間、茶葉と解析表を眺めていたが、それらを引き出しに投げ入れて別の依頼品の解析に取りかかった。
依頼書を受け取り、手順を考えながら協会の一階ホールに座っていたジュセルのところに、ケイレンがやってきた。それだけで空気がざわりと動くのがわかった。
背も高く容姿端麗なうえに二級請負人である、というケイレンが、いかにここにいる請負人達の憧憬の的になっているかを、ジュセルは肌で感じていた。先ほどのコトルや昨日の靴屋に言われたことが、脳裏によみがえってくる。
(俺なんかの後ろをついてくるようなやつじゃないんだよな‥)
ジュセルはそう思うと隠れたくなったが、どういう感覚をしているのかこの広いホールの中でまっすぐにジュセルを見つめながら、こちらに駆け寄ってくる。
「依頼受けたのか?」
「‥うん、今から森に行く、けど‥」
ケイレンはにこりと笑った。まだ座っているジュセルの腕を取る。それを見た人々が、離れたところでまたざわめいたのがわかった。
「うん、一緒に行こう」
そう言ってジュセルの腕を取ったまま、立ち上がらせる。そしてジュセルの肩をさりげない感じで抱き、自分の身体の陰に隠すようにして出口へ向かった。
その後ろ姿に声をかけてくるものがあった。
「あの!ケイレンさん!」
ジュセルが振り向くと、そこにはジュセルが靴屋で会ったレイリキシャの姿があった。鋭い目つきでじっとジュセルのことを睨みつけている。
すると、ジュセルの頭の上から冷えた低い声が聞こえてきた。
「‥‥何?俺忙しいんだけど」
ジュセルへの態度とは一転した人を寄せ付けないような冷たい響きに、レイリキシャは一瞬怯んだ様子を見せたが、ケイレンの腕に抱かれているジュセルを見るとまた顔を歪めて話を続けてきた。
「なぜ、ケイレンさんはその初級にくっついているんですか?初級にずっと二級のヒトがついているなんて聞いたことないし、大体図々しいと思います」
レイリキシャの言葉を聞いたケイレンが、ぴた、とその場に立ち止まった。ジュセルはケイレンは何と答えるのだろうか、または自分も何か言った方がいいのだろうか、と考えながらケイレンを見上げた。
ケイレンは顔を蒼白にして目を見開き、少し震えながらジュセルの顔を見た。そしてざっと床に跪くや否やジュセルの両腕をぎゅっと握りしめると下から見上げ、言った。
「ジュ、ジュセルごめん、やっぱり図々しいと思ってる‥?ジュセルが優しいからそれにつけこ‥いや調子に乗って俺の希望ばっかり言っちゃってるから本当には心の中で呆れてる‥?え、ひょっとしていっぱい依頼を受けて早く出て行きたいとか思って‥?待って待ってお願い、あの、なんか嫌なところあったらできるだけ俺なおすから、出て行かないで、俺の傍にいて?ホントごめん、ジュセルお願い、俺なんでもするから!」
息もつかせずそう言うと、ケイレンは目の前にあるジュセルの腰に腕を回し、その腹にギュッと顔をうずめた。
声をかけたレイリキシャも含め、協会ホールにいた請負人全員が、必死にジュセルに取りすがるケイレンの姿を見て‥‥‥‥ドン引きしていた。
『黒剣』と二つ名されるケイレンの活躍は、現役の請負人であれば知らぬ者はいない。腕もよく、退異師も兼ねていることも知られており尊崇、憧憬の対象であった。だが、これまでのケイレンはほとんど人付き合いもせず、不愛想で話すことも稀だったので、請負人たちの認識の中では、「孤高の腕利き請負人」という印象でしかなかったのだ。
そんな人並外れて優秀で、ヒトに愛想を振りまかないやつだと思われていた『黒剣』が、まだ成人を迎えたばかりの可愛らしい新人請負人に、べた惚れでめろめろになってしまっている‥という事実に衝撃を受けた人々は、そっと二人から視線をそらしてそれぞれ自分たちの用向きへと戻っていった。
二人に声をかけたレイリキシャでさえ、「あ、そ、はい‥」などとよくわからないことを呟きながらゆっくりと遠ざかっていく。
ジュセルはその風景を横目に見ながら、あれ、俺がいることってこいつにいいことなんもねえんじゃねえのかな‥と思い、遠くを見つめてしまっていた。
21
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
目が覚めたら宿敵の伴侶になっていた
木村木下
BL
日本の大学に通う俺はある日突然異世界で目覚め、思い出した。
自分が本来、この世界で生きていた妖精、フォランだということを。
しかし目覚めたフォランはなぜか自分の肉体ではなく、シルヴァ・サリオンという青年の体に入っていた。その上、シルヴァはフォランの宿敵である大英雄ユエ・オーレルの『望まれない伴侶』だった。
ユエ×フォラン
(ムーンライトノベルズ/全年齢版をカクヨムでも投稿しています)
ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします
ランド犬
ファンタジー
異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは
――〈ホームセンター〉
壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。
気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。
拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
男前受け
過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される
中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」
夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。
相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。
このお話はムーンライトでも投稿してます〜
僕に双子の義兄が出来まして
サク
BL
この度、この僕に双子の義兄が出来ました。もう、嬉し過ぎて自慢しちゃうよ。でも、自慢しちゃうと、僕の日常が壊れてしまう気がするほど、その二人は人気者なんだよ。だから黙って置くのが、吉と見た。
そんなある日、僕は二人の秘密を知ってしまった。ん?知っているのを知られてしまった?が正しいかも。
ごめんよ。あの時、僕は焦っていたんだ。でもね。僕の秘密もね、共有して、だんだん仲良くなったんだよ。
…仲良くなったと、そう信じている。それから、僕の日常は楽しく、幸せな日々へと変わったんだ。そんな僕の話だよ。
え?内容紹介が内容紹介になってないって?気にしない、気にしない。
異世界スローライフ希望なのに、女神の過保護が止まらない
葉泪秋
ファンタジー
HOTランキング1位感謝です!(2/3)
「小説家になろう」日間ランキング最高11位!(ハイファンタジー)
ブラック企業で過労死した俺、佐久間遼。
神様に願ったのは、ただ「異世界で、畑でも耕しながらのんびり暮らしたい」ということだけ。
そうして手に入れた、辺境の村での穏やかな日々。現状に満足し、今度こそは平穏なスローライフを……と思っていたのだが、俺の妙なスキルと前世の社畜根性が、そうはさせない。
ふとした善意で枯れた井戸を直したことから、堅物の騎士団長やら、過保護な女神やらに目をつけられることになる。
早く穏やかに暮らしたい。
俺は今日も、規格外に育った野菜を手に、皆の姿を眺めている。
【毎日18:00更新】
※表紙画像はAIを使用しています
騎士団長様、クビだけは勘弁してくださいっ!
楠ノ木雫
恋愛
朝目が覚めたら、自分の隣に知らない男が寝ていた。
テレシアは、男爵令嬢でありつつも騎士団員の道を選び日々精進していた。
「お前との婚約は破棄だ」
ある日王城で開かれたガーデンパーティーの警備中婚約者に婚約破棄を言い出された。テレシアは承諾したが、それを目撃していた先輩方が見かねて城下町に連れていきお酒を奢った。そのせいでテレシアはべろんべろんに酔っ払い、次の日ベッドに一糸まとわぬ姿の自分と知らない男性が横たわっていた。朝の鍛錬の時間が迫っていたため眠っていた男性を放置して鍛錬場に向かったのだが、ちらりと見えた男性の服の一枚。それ、もしかして超エリート騎士団である近衛騎士団の制服では……!?
※他の投稿サイトにも掲載しています。
※この作品は短編を新たに作り直しました。設定などが変わっている部分があります。(旧題:無慈悲な悪魔の騎士団長に迫られて困ってます!〜下っ端騎士団員(男爵令嬢)クビの危機!〜)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる