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一章
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しおりを挟む数多くの請負人を引き波のように引かせながら、ジュセルとケイレンは建物の外に出た。ケイレンがさっそくジュセルの依頼内容を訊いてくる。
「どんな依頼を受けたんだ?」
「薬師からの依頼。五日でこれだけの薬草を納品してくれってさ。天気のこともあるし、今からもう森の方に行くつもり」
「わかった、馬でいかないか?」
そう提案してくれるケイレンの顔を見て、ジュセルはすぐに首を横に振った。
「これは俺の依頼だ。俺が今持っている力だけで達成すべきものだ。俺は馬には乗れないし、そもそも馬は俺のものじゃない。だから、乗らない。‥別に俺の依頼についてくる必要はないぜ?」
「‥いや、ついていきたい。一緒に行ってもいいか?」
今までであれば、しょんぼりした様子でそう言ったことを懇願するように言ってきていたケイレンだったが、今日は少し厳しい顔をしてそう尋ねてきた。
その気迫に押されそうになりながら、ジュセルは頷いた。
「‥俺の手伝いとかしないなら‥いいけど‥」
「よかった。準備とかするか?」
「あー、昼飯だけ買ってから行く。広場のところでパルジャを買うよ」
「わかった」
そう言うと、ケイレンはジュセルの肩を抱くようにして歩き出した。町の中を移動するときにそんなことをされたのは初めてだったジュセルは少し戸惑い、手でケイレンの胸を押した。
「そんな、くっつくなよ‥」
「ごめんジュセル、今日はこうさせて」
そう言ってぐっと肩を抱き寄せるケイレンの腕の力は強く、その言葉にもまだ厳しさがにじんでいる。
何か理由があるのかな‥と思ったが、唇を真一文字に引き結んでいるケイレンを見て、とりあえずはこのままでいるか、とあきらめ歩き出した。
ケイレンは、朝からずっと何者かの視線を感じていた。ジュセルも一緒にいるし今は面倒な依頼も受けていないので、気のせいか、と最初は放っていたのだが、協会の建物を出てからもなお、はっきりと視線を感じる。
視線の先は八割ジュセル、二割がケイレン、といったもののようだ。つまり、標的はジュセルである可能性が高い。
だが、ジュセル自身に狙われる理由はないはずだ。あの茶葉のことだとしても、監視がつくには早すぎる。
ということはつまり、自分起因で、ジュセルが狙われている、という線が一番濃い。
だとすれば、それを頼むような人物は‥‥。
(ハリスか)
しくじった、とケイレンは思った。伴侶にしたい人物がいるなどと明かすべきではなかった。‥だが、協会の中で出会った時に初動を間違ったせいで、自分がジュセルに好意を抱いていることは大勢の知るところとなってしまっている。下手に隠さない方がいいかと思ったうえでの言動だったのだが、ハリスの執拗さを甘く見ていたのかもしれない。
ハリスが自分を伴侶に、と望んでいることは知っている。次期カラッセ族長と目されているハリスにしてみれば、二級請負人かつ二位退異師という自分の立場は好ましく思えるのだろう、ヒトが言うには自分の姿かたちは美しいらしいので、連れ歩くにはそれなりに都合がいいのかもしれない。
面倒なことになった、とケイレンは奥歯を噛みしめる。自分のせいで、請負人として歩み始めたばかりのジュセルを巻き込んでしまった。初動のまずさが心底悔やまれるが、今さらそれを言っても仕方がない。とにかく、ジュセルに被害が及ばないように自分がしっかりと守るしかない。
ハリスの仕組んだことだとすれば、きっと依頼を受けたのは裏請負人に違いない。だとすれば、いよいよ事態は厄介なことになっていると言える。
請負人や請負人協会が合法の表稼業だとすれば、裏請負人と呼ばれる人々は、非合法なことでも引き受ける裏家業の犯罪者のことを指す。主には暗殺、策謀、讒訴などを請け負う。依頼する側に権力者が多いので、なかなか政府が本腰を入れて裏請負人を取り締まる、という動きにならないのが現状だ。
また、裏請負人側も手練れのものが多いので容易に尻尾を掴ませることはないのも、取り締まりが進まない一因である。
(‥‥厄介なのは、終わりが見えないところだな‥)
おそらく依頼の内容は、ジュセルの暗殺。
だとすれば、今ジュセルをつけ狙っている裏請負人を倒したとしても、裏請負会がまた次の裏請負人を派遣するだけだ。
無論、襲い来るものは容赦なく排除するつもりではあるが、あまり長引いたりすればジュセル自身にも悟られてしまうかもしれない。
できれば、何も気にすることのない状態で新生活を楽しんでほしい。
そこまで考えて、ケイレンはため息をついた。
どう考えても無理だろう。依頼が引き下げられない限り、この先のジュセルの安全は担保できない。回避するためには、ケイレンか、ケイレン同等くらいの者が護衛につくしかないのだ。
では、ハリスの言うなりになるか。
ジュセルを諦めて。
ぶるっと背筋が震えた。無理だ。もうジュセルの唇を知ってしまった。苦いばかりではない味も知ってしまった。ジュセルの笑顔も見てしまった。
それなくして自分が生きていける気はしない。
‥‥仕方がない。難しいかもしれないが、できうる限りの手を打ってジュセルの生活を守ろう。ヤーレにも相談して、裏から探ってもらうことも考えるべきだ。
「おい、ケイレンどうした?昼飯は買わねえの?」
ハッとして目の前を見た。ジュセルがパルジャの屋台で自分の分のパルジャを包んでもらっている。
「あ、ああ、俺もジュセルと同じので」
ケイレンは急いで笑顔を作った。
シンカンの森は、族都イェライシェンの西側に広がる原初の森である。
サッカン十二部族国の全面積の三分の一を占めており、様々な野獣が生息している。無論、植生も多岐にわたり、森林の奥深くにはかなり珍しい植生があると言われているが、道路の整備が難しいことから深奥に入ることはほぼできず、一般の人々はせいぜい森の辺縁部にしか行けない。
森の奥に行くにつれ木々が鬱蒼と生い茂り、昼でも足元さえ見えないほどの薄暗さになるのだ。少しでも奥に行くには、最低三級の請負人でなければならないと言われている。
ただ森のどこへ行こうとも構わないが、森の内部を細かく国が管理しているわけでもないので、その結果は自己責任、となっている。つまり、迷ったり襲われたりしても助けが来ることはないし、迷った人物がそのまま森の中でさまよい歩き死んでしまっても、その遺体が返ってくることもない。
そういう厳しい環境にあるのが、このシンカンの森なのである。
ただ、そのような事情で人の手が入っているところが少ない分、豊かな植生が残されており珍しい木の実や薬草などもよく取れる。イェライシェンの請負人は、まずこのシンカンの森の歩き方を覚えるところから始まると言っても過言ではないのだ。
ジュセルは、ビルクについて回ることになってから、何度もシンカンの森に入っている。その折に、ここまでなら行ってもいいが、これ以上は奥に行ってはいけない、とか、迷った時にはこれを目印にして帰れ、などという知識をビルクが十分に叩き込んでくれた。そのおかげで、比較的ジュセルはシンカンの森を安全に歩くことができる。
シンカンの森の入り口はいくつかあるが、アラマサ地区からのゲートは南北アラマサ地区の境目付近にある。一応、ここからシンカンの森へ行くものは名前と住所を述べてから出て行く決まりになっている。
だからといって帰ってこないものを探しに行くことはないのだが、知り合いの行方が分からない場合などに、森へ行ったのかを確認するためにこの処置がとられている、といったところだ。
昼食の買い物を済ませたジュセルとケイレンも、このアラマサゲートからシンカンの森へ出る。住所が同じだったので係員に「伴侶ですか?」と訊かれ、
「違います」
「その予定です!」
の返事が重なって、どういうことですか?と混乱した係員に説明するために、若干の時間を割かざるをえなかった。
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