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一章
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しおりを挟むジュセルとケイレンのほかにも何人か森に入る者があり、森内部までの道には人の影が結構あった。歩きながらジュセルがケイレンを見た。
「ここからは俺の依頼だから、前に言った通り十カート(=約九メートル)は離れて歩いてくれ」
ケイレンはそう言われると、ぐっと眉を寄せて厳しい顔をした。ジュセルは思わず「ん?」と言ってしまった。てっきり、いつものようにしおしおとした顔で懇願してくるのかと思ったからだ。
ケイレンはその場で立ち止まった。そしてジュセルの手を取ってぎゅっと握り、ジュセルの顔を覗き込んできた。
「‥‥ジュセルの仕事の邪魔も手助けもしない。ただ、ジュセルを守らせてほしい。‥シンカンには危ない野獣もいっぱいいる。俺は‥ジュセルが大事だから、守りたいんだ」
これまでにない、厳しくも真摯なその態度にジュセルは面食らった。真面目な顔をしたケイレンはまた美しい。その雰囲気にのまれてジュセルは鼓動が早くなるのを感じた。
「っ、わかった、けど‥あんまり近づくな、よ‥」
「うん、邪魔にならないようにはする」
ケイレンはそう言ってするりとジュセルの頬を撫でた。あまりにも自然なその振る舞いに、かえってジュセルの方が意識してしまい、どぎまぎする。
「触んな、って‥」
「ごめん、でもジュセルがかわいくて」
「もう、いいってそれ‥」
ケイレンの手をそっと振り払って森の奥へと進んでいった。
今日の目当てはサラグア。別名鎮熱草とも呼ばれる薬草だ。サラグアはそこまで珍しい薬草ではないが、色々な薬草と組み合わせて使われるので需要は大きい。そしてサラグアの厄介なところは、「晴れた日に採取したサラグア」でないと薬効が期待できないというところだ。
サラグアの葉はかなり細長い楕円形をしているのだが、雨が降ったり日差しが弱かったりすると真ん中の葉脈からぱたりと葉を閉じてしまう、という習性がある。その状態で採取しても薬効が非常に少ない。なのである程度晴れた日でないと採取ができないのだ。
今日は気持ちがいいくらい晴れているが、明日以降は曇っていくのではないか、と気持ち程度のキリキしかないジュセルでも感じているので、今日はサラグアの採取をすることに決めた。
低木が多く繁殖しているところの下の方に生えていることが多いサラグアは、探すときには中腰にならざるを得ないため、なかなか苦しい作業になる。以前に見た群生地の記憶をたどりながら森の奥へ進んでいくと、スカンバの木々が生えているところに来た。
「多分この辺かな‥」
ジュセルは中腰になって下草をかき分け、サラグアを探す。注文は一カル(=九センチ)以上のものを二百本だ。
よくよくかき分けて探していくと、ようやく群生地に行き当たった。カル綱(=一カルの長さに切ってある綱)を取り出し、長さを見ながら刈り取っていく。下の方に生えているものは、葉が閉じているものもあるので気をつけて採取していく。
また、全部刈り取ってしまうとその群生地が機能しなくなるので、二割から三割ほどは残しておかねばならない、と請負人の間では定められている。気をつけながら取ったサラグアを十本ずつ束にしていき、できたものからルンガンの鞄に入れた。八個目の束をくくって鞄に入れたとき、腰が痛くなったので立ち上がり、ううーんと伸びをした。その時、隠しに入れていた共銅貨がころりと落ちたので、すっとしゃがんで拾おうとした。
ひゅん!という鋭い音がした。しゃがんだ姿勢のジュセルにケイレンが飛びつき、さっと太い腕でジュセルの身体を背中にかばう。何が起きたのかわからず、ジュセルはケイレンの腕に押され、膝をついた。
「え、何?」
「じっとして」
ジュセルは何が起きたのかわからない。ひゅん、という音がしたのは聞こえたが、それが何かが飛んできた音なのか見知らぬ野獣の鳴き声なのか、判断がつかない。
ケイレンはしばらくの間、ジュセルの身体を腕で覆いながら身を低くし、辺りを警戒するそぶりを見せている。その鋭くも厳しい横顔に、ああ、やはりこの人は腕利きの請負人なのだなあと実感する。
身を低くしたまま、体感としては十分ほども過ぎたころにようやくケイレンは身を起こした。そして「大丈夫か?」とジュセルの身体を気遣いながら抱き起こしてくれた。
「大丈夫」
とは答えたが、いったい何が起こったのか。今まで森に入ってこのような目に遭ったことはなかったのに、と考える。
「何だったんだ?なんか音がしたけど‥」
「‥ああ」
ケイレンは助け起こしたジュセルの身体を確認すると、自分もすっと立ち上がり、少し離れた場所に生えている太い樹に近づいた。
その幹に刺さっているのは、独特の細長いひし形の形をした投擲刺剣。やはり、と思いながら刺剣を引き抜き、隠しから取り出した皮を使って慎重に覆うとまた隠しに入れた。
「‥下手な狩人が、間違って石かなんかこっちのほうに飛ばしたのかな。幹に少し傷がついてたから」
ケイレンの言葉を聞いて、ジュセルは目を見開く。
「ええっ?あっぶねえなあ‥今までそんなのに当たったことないんだけどな‥よっぽど下手なやつなのかなあ。たまたましゃがんだからよかったよ。そのままだったら頭に当たるところだ」
「‥‥本当だな」
ケイレンはジュセルに背を向けたまま、昏い目でそう答えた。刺剣を見てわかった。やはり裏請負だ。しかも、厄介なやつだ。そして明らかにジュセルの命を狙っている。
ケイレンは用心深く、辺りの様子を窺った。もう動く生体の気配は感じない。この気配の殺し方からいっても、おそらく依頼を引き受けたのは裏請負のグーラだろう。噂に聞くところによればグーラはマリキシャらしいので、この投擲刺剣に残っている気配からしてもその可能性は高い。
グーラは腕利きの暗殺者だ。先ほどの刺剣もそうだが様々な武器を器用に使いこなし、短期間で確実に依頼をこなし標的を殺す。その分、依頼料はバカ高い、と聞いたこともある。
(‥‥それにしても、俺の目と鼻の先で殺しに来るとは舐められたもんだ)
ケイレンは湧き上がる怒りを抑えるべく、ぎりりと奥歯を噛みしめた。
「もう動いてもいいよな?‥ったく、失敗したなら一言謝れよな~」
そう言いながら荷物を背負い直し、ぶつぶつと文句を言っているジュセルを見る。絶対に守らなくてはならない。自分のせいで何の関係もないジュセルの命を危険にさらしているのだ。
それでもしジュセルが傷つきでもしたら。ケイレンは背筋に冷たいものが走るのを覚えた。ジュセルの命を守れるのは自分しかいない。
ならば、自分の命を懸けてでも守る。ケイレンは静かに胸の内でそう固く決意した。
「うん、いいよ。移動する?」
ケイレンは優しくジュセルに声をかけた。
残り百二十本のサラグアを探すのにはずいぶん時間がかかった。一つめの群生地を見つけた後、なかなか次が見つからず、ぽつぽつと生えているものを採取しながら森の中を歩く。何とか全部で百四十本まで採取した時、日の高さと影の長さを見てジュセルはため息をついた。
「ケイレン、飯を食おう」
二人で少し開けているごつごつした岩場に移動して昼食を取った。食事をしているときはどうしても気が抜ける。森の中での食事は少しでも見晴らしのいいところで取れ、というのがビルクの教えだった。
そうした様々なジュセルの工夫を見ながら、ケイレンは素直に感心していた。
「ジュセルは請負人になったばっかりなのに、よく色々なことを知ってるなあ」
「ああ、それはこの一年くらい、三級請負人のもとで見習いみたいなことをしてたからかな。ビルクは優しいわけじゃないけど、必要なことはちゃんと教えてくれる師匠だったから」
ケイレンは最後のパルジャの欠片をごくりと飲み込んで、ジュセルの方を見た。
「ああ、『森のビルク』に教えを受けたのか‥道理でよく森を見ているわけだ」
今度はパルジャ片手にジュセルがケイレンを見つめる番だった。
「ビルクを知ってるのか?」
「ああ、採取にかけては名人だ。荒事はやらないが、固定客が多い。偏屈だけど、いいヒトだよな」
ジュセルはビルクのやや悪人ぽさの漂う顔を思い出しながら、くすっと笑った。
「確かに、ちょっと偏屈かもな‥でもいいヒトだぜ、色々教えてもらえたし。ああ、この鞄もビルクがくれたんだ、餞別にってさ」
そう言ってジュセルは足元に置いたルンガンの皮の鞄にくいっと顎をやった。ケイレンがなるほど、という顔をする。
「これは随分いいものだよな‥なるほど、餞別か」
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