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67 機工車の中で
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夕食の時、どんな感じになるのかな、とややびくびくしながらダイニングルームに向かったマヒロだったが、アーセルモティルンも言葉は少なくこれといった変化はなかった。座る位置は同じだったが。
何となく居心地の悪い空気感が伝わったのか、ルウェンがやたらに一生懸命色々な話をしていたのが印象的だった。マヒロも協力するかのように「へー!」「そうなんですねえ!」と気合の入った返事をしてしまった。二人だけがにぎやかに話をしている奇妙な食卓だった。
明日はいよいよアツレンに戻る日だ。おそらく来た時と同じように、貸し切りの機工車で戻るだろうから席が同じになることは心配しなくていい。貸し切り機工車の中はコンパートメントになっていて、一両に四部屋ほどが設けられていた。来るときもマヒロは一人で一部屋与えられていたからおそらく同じだろう。
使用人や荷物などはまた別の機工車を仕立ててやってくるらしい。今回はジャックもアツレンに行くということで話はついている。
ただ、ジャックには伴侶がいたはずだったのでそこは大丈夫か、と尋ねたらふふっと笑って教えてくれた。
「僕の伴侶は、無所属で退異士をしてるんです。異生物の発生するところが仕事場所ですからアツレンならむしろ都合がいいくらいです」
そう言って写真(転写像というらしい)を見せてくれたのだが、キリっとした顔立ちの黒髪黒目で見た目は三十代くらいの女性っぽいヒトだった。
「強いんですよ~アーセル様もそうおっしゃってくださるくらいなんです!」
そう誇らしげに語るジャックの顔は、ほんのり紅潮していてかわいらしいなあと思ってしまった。
アツレンに戻る機工車の中では、ほとんどティルンに会う機会がなかった。時折、食堂車で会うことはあったがやはりいつもアーセルと一緒にいて一人でいることはないようだった。とはいえ、あの日アーセルに言われた事が堪えているのかあまりアーセルに触れたり近すぎる距離にいたりはしていないようだった。
相変わらず目が合うと恐ろしい顔をして睨んでくるので言葉は交わしていないのだが、マヒロはあまりティルンに悪い感情を持てなくなってきていた。
自分に比べればティルンの方が心のままに行動していて純粋なように思える。
あれから何となく気まずくてハルタカと話していない。一度だけ話しかけたのだがうまく話が続かず、すぐに「おやすみ」と言って切ってしまった。
声を聞けば嬉しい気持ちは変わらずあるのに、何を話していいかわからない。自分の恋愛偏差値の低さに茫然とする。
アーセルとハルタカを天秤にかけているつもりはない。
心にいるのはハルタカだ。
だが、ハルタカを選べば、ヒトとしての暮らしから大きく外れてしまう。
その事がどうしても心の奥から離れない。そしてその事がどうしても怖ろしい。
恋愛というのは、相手の事を好きになって自分のことも好きになってもらえれば幸せいっぱいになるもの。そんなふうに単純に思えていたころが嘘のようだ。
マヒロは機工車の窓を眺めながら、何度目かわからないため息をついた。
あと半年は、『国王選抜』でアーセルの力になるために傍にいると決めている。自分がどう役立つのかはわからないが。
その後、どうやって暮らしていくか。
ハルタカを選んで、龍人の番いとして生きてゆくか。
ツェラを頼ってヨーリキを使い、自分で稼ぎ暮らしていくか。
この半年の間には決めなくてはならないだろう。
「アーセル様、教えていただきたいんですが」
ティルンはお茶の入った熱いカップを両手で包み込んだ。冷たくなっている指先がじわっと温まってくる。
アーセルはちらりとティルンの方に目をくれた。
「何でしょうか」
アーセルは全く言葉を崩さない。まだティルンが子どもだった頃は、もっと砕けて接してくれていたのに。あの時のおおらかなアーセルが懐かしく思える。
「アーセル様は、あの『カベワタリ』のどこがお好きなんですか?』
ティルンは絶対にあの者の名を呼ばないことに決めていた。名を呼ぶほどの価値もないと思っているからだ。なぜあの者が図々しくずっとアーセルの傍にいるのかもわからない。
アーセルはティルンにそう言われて、虚を衝かれたような顔をした。
「どこ‥ですか」
アーセルはここにいないマヒロの顔を思い浮かべる。
特別美しいという顔立ちではない。が、マヒロが笑っているとたまらなく愛おしいと思うし腕の中に閉じ込めたくなる。だから笑っていてほしいと思うし、悲しい顔をしてほしくない。
いつから自分はそんな気持ちを持ち出したのか、今考えてもわからなかった。
だからアーセルは正直に答えた。
「わかりません。ですがマヒロ様には、いつも笑っていてほしいと思ってしまいます。おれの事を好きではなくても、マヒロ様が‥幸せであればいいと思います。だから俺はマヒロ様を愛している、ということになるでしょう」
ティルンは目を瞠った。アーセルの言い分では、あの者はアーセルの事を好きではないようだ。そしてその事をアーセルは認めていて‥それでもあの者を愛しているということだ。
やはりあの者は、龍人の伴侶になろうとしているのだろう。それなのに当然のような顔をしてアーセルの傍にいる。
むかむかとどす黒い感情が膨れ上がるのを感じる。アーセルほどの素晴らしいヒトを、あの者はこれ以上ないほどないがしろにしている。
許せない。
「アーセル様、‥僕ではだめですか?僕はずっと、初めてお会いした時からアーセル様の事を愛しています。アーセル様しか伴侶として考えられません。今、僕の事が好きではなくても、僕はずっと待ちます。アーセル様のお心が僕に向くまで‥」
そう言い募るティルンの事を、アーセルは少し困ったような顔をして見た。そしてティルンの肩をぽんぽんと優しく叩いた。
「ありがとうございます。そのお気持ちはありがたいです。‥‥ですが、ティルン様を伴侶には考えられません。お待ちいただくのも、心苦しい。大変申し訳ないがそれはもう言わないでいただきたい。すまない」
また拒絶された。
ティルンの目にじわりと涙が滲む。だがこんなところで泣くのはみっともないし惨めだ。ティルンは急いで熱いお茶を飲み干すと席を立った。
「‥でも、好きな気持ちはすぐには止められません。少し待ってくださいアーセル様」
何とかそれだけ言い置いてティルンは自分の部屋に戻った。
自分にもっとシンリキがあれば、アーセルの心を操って自分に向けることができたのかもしれない。
自分の持つシンリキなんて、少し人から好意を向けられやすいくらいの役に立たないものだ。ティルンは頬を伝う涙をぐいと袖口で乱暴に擦った。
でもこれから六か月はアーセルの傍にいられる。
その間に好きになってもらえるように努力しよう。
そのためには、あの者をよく観察しておいた方がいいだろう。
そしていつかあの者に、身の程を思い知らせなければならない。
何となく居心地の悪い空気感が伝わったのか、ルウェンがやたらに一生懸命色々な話をしていたのが印象的だった。マヒロも協力するかのように「へー!」「そうなんですねえ!」と気合の入った返事をしてしまった。二人だけがにぎやかに話をしている奇妙な食卓だった。
明日はいよいよアツレンに戻る日だ。おそらく来た時と同じように、貸し切りの機工車で戻るだろうから席が同じになることは心配しなくていい。貸し切り機工車の中はコンパートメントになっていて、一両に四部屋ほどが設けられていた。来るときもマヒロは一人で一部屋与えられていたからおそらく同じだろう。
使用人や荷物などはまた別の機工車を仕立ててやってくるらしい。今回はジャックもアツレンに行くということで話はついている。
ただ、ジャックには伴侶がいたはずだったのでそこは大丈夫か、と尋ねたらふふっと笑って教えてくれた。
「僕の伴侶は、無所属で退異士をしてるんです。異生物の発生するところが仕事場所ですからアツレンならむしろ都合がいいくらいです」
そう言って写真(転写像というらしい)を見せてくれたのだが、キリっとした顔立ちの黒髪黒目で見た目は三十代くらいの女性っぽいヒトだった。
「強いんですよ~アーセル様もそうおっしゃってくださるくらいなんです!」
そう誇らしげに語るジャックの顔は、ほんのり紅潮していてかわいらしいなあと思ってしまった。
アツレンに戻る機工車の中では、ほとんどティルンに会う機会がなかった。時折、食堂車で会うことはあったがやはりいつもアーセルと一緒にいて一人でいることはないようだった。とはいえ、あの日アーセルに言われた事が堪えているのかあまりアーセルに触れたり近すぎる距離にいたりはしていないようだった。
相変わらず目が合うと恐ろしい顔をして睨んでくるので言葉は交わしていないのだが、マヒロはあまりティルンに悪い感情を持てなくなってきていた。
自分に比べればティルンの方が心のままに行動していて純粋なように思える。
あれから何となく気まずくてハルタカと話していない。一度だけ話しかけたのだがうまく話が続かず、すぐに「おやすみ」と言って切ってしまった。
声を聞けば嬉しい気持ちは変わらずあるのに、何を話していいかわからない。自分の恋愛偏差値の低さに茫然とする。
アーセルとハルタカを天秤にかけているつもりはない。
心にいるのはハルタカだ。
だが、ハルタカを選べば、ヒトとしての暮らしから大きく外れてしまう。
その事がどうしても心の奥から離れない。そしてその事がどうしても怖ろしい。
恋愛というのは、相手の事を好きになって自分のことも好きになってもらえれば幸せいっぱいになるもの。そんなふうに単純に思えていたころが嘘のようだ。
マヒロは機工車の窓を眺めながら、何度目かわからないため息をついた。
あと半年は、『国王選抜』でアーセルの力になるために傍にいると決めている。自分がどう役立つのかはわからないが。
その後、どうやって暮らしていくか。
ハルタカを選んで、龍人の番いとして生きてゆくか。
ツェラを頼ってヨーリキを使い、自分で稼ぎ暮らしていくか。
この半年の間には決めなくてはならないだろう。
「アーセル様、教えていただきたいんですが」
ティルンはお茶の入った熱いカップを両手で包み込んだ。冷たくなっている指先がじわっと温まってくる。
アーセルはちらりとティルンの方に目をくれた。
「何でしょうか」
アーセルは全く言葉を崩さない。まだティルンが子どもだった頃は、もっと砕けて接してくれていたのに。あの時のおおらかなアーセルが懐かしく思える。
「アーセル様は、あの『カベワタリ』のどこがお好きなんですか?』
ティルンは絶対にあの者の名を呼ばないことに決めていた。名を呼ぶほどの価値もないと思っているからだ。なぜあの者が図々しくずっとアーセルの傍にいるのかもわからない。
アーセルはティルンにそう言われて、虚を衝かれたような顔をした。
「どこ‥ですか」
アーセルはここにいないマヒロの顔を思い浮かべる。
特別美しいという顔立ちではない。が、マヒロが笑っているとたまらなく愛おしいと思うし腕の中に閉じ込めたくなる。だから笑っていてほしいと思うし、悲しい顔をしてほしくない。
いつから自分はそんな気持ちを持ち出したのか、今考えてもわからなかった。
だからアーセルは正直に答えた。
「わかりません。ですがマヒロ様には、いつも笑っていてほしいと思ってしまいます。おれの事を好きではなくても、マヒロ様が‥幸せであればいいと思います。だから俺はマヒロ様を愛している、ということになるでしょう」
ティルンは目を瞠った。アーセルの言い分では、あの者はアーセルの事を好きではないようだ。そしてその事をアーセルは認めていて‥それでもあの者を愛しているということだ。
やはりあの者は、龍人の伴侶になろうとしているのだろう。それなのに当然のような顔をしてアーセルの傍にいる。
むかむかとどす黒い感情が膨れ上がるのを感じる。アーセルほどの素晴らしいヒトを、あの者はこれ以上ないほどないがしろにしている。
許せない。
「アーセル様、‥僕ではだめですか?僕はずっと、初めてお会いした時からアーセル様の事を愛しています。アーセル様しか伴侶として考えられません。今、僕の事が好きではなくても、僕はずっと待ちます。アーセル様のお心が僕に向くまで‥」
そう言い募るティルンの事を、アーセルは少し困ったような顔をして見た。そしてティルンの肩をぽんぽんと優しく叩いた。
「ありがとうございます。そのお気持ちはありがたいです。‥‥ですが、ティルン様を伴侶には考えられません。お待ちいただくのも、心苦しい。大変申し訳ないがそれはもう言わないでいただきたい。すまない」
また拒絶された。
ティルンの目にじわりと涙が滲む。だがこんなところで泣くのはみっともないし惨めだ。ティルンは急いで熱いお茶を飲み干すと席を立った。
「‥でも、好きな気持ちはすぐには止められません。少し待ってくださいアーセル様」
何とかそれだけ言い置いてティルンは自分の部屋に戻った。
自分にもっとシンリキがあれば、アーセルの心を操って自分に向けることができたのかもしれない。
自分の持つシンリキなんて、少し人から好意を向けられやすいくらいの役に立たないものだ。ティルンは頬を伝う涙をぐいと袖口で乱暴に擦った。
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