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94 高山にて タムの過去
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この日は朝から雪がちらついていた。
雪はどんどんその量を増していき、視界を遮るほどになってきた。それでなくとも足場の悪い山道だ。タムは今日は進むべきでないと判断を下した。
「今日はここで止まりましょう。少しでも平地を探してテントを張ります。場所を探してきます」
タムはそう言って命綱をルウェンに託して、辺りを探索しに行った。マヒロは防寒具の襟元をしっかりと留め直しながら空を見上げた。
灰色の空からひっきりなしに小さな雪が落ちてきている。やむ気配はない。
今日は登り出して十一日目だ。持っている食糧から考えてもタムが案内をしてくれるのは後二、三日だろう、とマヒロは考えていた。
どこかで、二人を撒いて一人にならねばならない。そして一人ででも頂上を目指さねばならない。
タムは始めから住処を目指す気がない。それは出発前からそう言われていたし、その事に対して納得したように見せてもいた。
だが、マヒロは絶対に頂上を目指すつもりだった。
ハルタカにあと百年も会えないのなら、生きている意味がない気がした。
この世界に来てからのマヒロは、いつでもハルタカとともにあった。ハルタカがいるから、この世界に受け入れられたような気がしていた。
『カベワタリ』がなぜ生じるのか、何か役目があるのか、それはマヒロにはわからない。だが、マヒロにとってこの世界で生きる意味は、ハルタカがともにいることだった。
随分、色々と迷ったり悩んだりしたが、結局そういう事なのだ、とマヒロは思った。きっとこの世界に来た時から、ハルタカに出会った時から、自分はハルタカとともに生きることが決まっていたのかもしれない。
今は素直にそう思えていた。
二十分ほど経った頃、タムが戻ってきた。少し行った先にやや平地で岩屋になっている場所があるらしい。そう言われて三人で少しずつ進み、その場所にテントを張った。
テントはマヒロが知っているものとは少し違っていて、一人用だ。地面に打ちつけて使うのは同じだが、大きさはかなり小さく、寝袋くらいのものを少し半円に膨らませたくらいの大きさしかない。だからその中で座ったりすることはできず、ほぼ寝るためのものである。
ただ、異生物由来の特殊な素材を使っており、その中にいる分にはほとんど寒さを感じないですむ。このテントのお陰でずいぶん助けられた。
テントの中で寝転がり、少し大きめのコップのような容器に生水石を割り入れる。呼び水を一滴たらせば容器一杯の水が出た。そこに温用石のかけらを割り入れれば湯に変わる。その中に粉末食糧を入れて簡単スープが出来上がる。
寝転がったままふうふうとスープを啜った。テントの外では雪が風に流される音がしていた。
このまま明日の朝まで眠ることになる。もし、朝方雪が少し弱くなっていれば、早く起きて二人から離れよう。
マヒロはそう決意してスープを飲みきると、すぐさま目をつぶった。
タムは迷っていた。マヒロの様子から、そろそろ自分達から離れて単独行動をしようとしているなと察していた。
止めるのは簡単だ。
だが、止める権利が自分にあるのだろうか、とタムは思った。
タムは、愛するヒトを奪われた。
タムはサッカン十二部族国の、カンダル族の第二子だった。だから部族内でどこかの族子と伴侶になることが決まっていた。
しかしタムは恋をした。小さい時から傍にいた、タムの護衛と恋に落ちたのだ。
護衛は家族に死なれてしまった孤児だった。だから守るものはない、一緒に逃げてくれと言われた。
タムはその手を取った。
国の端に逃げて、一緒になった。そこで子果を授かりたかったが、伴侶の届けを出しては見つかってしまうかもしれない。いずれ隣のカルカロア王国に逃げて、そこで届けを出そう。二人でそう決めて農業の手伝いなどして少しずつ金をためていた。
カンダル族の族長は決してタムを許さなかった。タムが伴侶になるはずだった相手の族長から随分と嫌味を言われ、自分の誇りを著しく傷つけられたと思っていた。
一族の名誉を取り戻すために、絶対にタムを取り戻し護衛を殺すと決めていた。
そして二年後、タㇺ達は見つかってしまった。カンダル族族長は、タムが素直に戻り本来の相手と伴侶誓言式を挙げるのであれば、護衛の命は助けよう、と言った。
タムはそれを信じて、族長のもとへ行こうとした。
護衛は止めた。それならともに死のう、と言ってくれた。どこまでも逃げてそれでもだめならともに死のう、そしてまた子果の巡りの中で逢おうと。
だが、タムは護衛の命が惜しかった。自分とともに生きられなくても、護衛に生きてほしかった。
だから、族長の元へ戻った。
族長は戻ってきたタムに満足してひとまず休ませた。そして次の日、タムを叩き起こし護衛の遺体を見せた。
族長は、端から約束など守る気はなかったのだ。
タムは自分も死のう、と思った。なぜ、護衛とともに死ななかったのだ、と責めた。自分の命を懸けて相手とともにいることを、なぜ選ばなかったのだ、と後悔した。
その思いが、マヒロに重なる。
マヒロが命を懸けて、ハルタカのもとに行こうとするなら。自分は止めるべきではないのではないか、とずっと思っていたのだった。
タム自身は、険しい山に登って死のうと思ったのだが、思いがけずその途中でナシュを拾ってしまった。ナシュはまだ幼く、こんな場所に幼子が一人いる事情を話すことはできなかったが、痩せた身体つきやみすぼらしい恰好からここに捨てられたのかもしれないと考えた。
そしてあまり準備もないまま、高山を進みカルカロア王国のアツレンを目指したのだ。
二人で死にかけたところを龍人に救われたのは本当に奇跡のような幸運だった。
あの龍人なら、マヒロたちを助けてくれただろうか。タムはそう考えたが、あの様子ではその可能性はないな、と思い直していた。
雪が、弱くなってきた。
このままでは、きっとマヒロはもうすぐテントを出てここを去るだろう。
タムはじっと考えていた。
雪はどんどんその量を増していき、視界を遮るほどになってきた。それでなくとも足場の悪い山道だ。タムは今日は進むべきでないと判断を下した。
「今日はここで止まりましょう。少しでも平地を探してテントを張ります。場所を探してきます」
タムはそう言って命綱をルウェンに託して、辺りを探索しに行った。マヒロは防寒具の襟元をしっかりと留め直しながら空を見上げた。
灰色の空からひっきりなしに小さな雪が落ちてきている。やむ気配はない。
今日は登り出して十一日目だ。持っている食糧から考えてもタムが案内をしてくれるのは後二、三日だろう、とマヒロは考えていた。
どこかで、二人を撒いて一人にならねばならない。そして一人ででも頂上を目指さねばならない。
タムは始めから住処を目指す気がない。それは出発前からそう言われていたし、その事に対して納得したように見せてもいた。
だが、マヒロは絶対に頂上を目指すつもりだった。
ハルタカにあと百年も会えないのなら、生きている意味がない気がした。
この世界に来てからのマヒロは、いつでもハルタカとともにあった。ハルタカがいるから、この世界に受け入れられたような気がしていた。
『カベワタリ』がなぜ生じるのか、何か役目があるのか、それはマヒロにはわからない。だが、マヒロにとってこの世界で生きる意味は、ハルタカがともにいることだった。
随分、色々と迷ったり悩んだりしたが、結局そういう事なのだ、とマヒロは思った。きっとこの世界に来た時から、ハルタカに出会った時から、自分はハルタカとともに生きることが決まっていたのかもしれない。
今は素直にそう思えていた。
二十分ほど経った頃、タムが戻ってきた。少し行った先にやや平地で岩屋になっている場所があるらしい。そう言われて三人で少しずつ進み、その場所にテントを張った。
テントはマヒロが知っているものとは少し違っていて、一人用だ。地面に打ちつけて使うのは同じだが、大きさはかなり小さく、寝袋くらいのものを少し半円に膨らませたくらいの大きさしかない。だからその中で座ったりすることはできず、ほぼ寝るためのものである。
ただ、異生物由来の特殊な素材を使っており、その中にいる分にはほとんど寒さを感じないですむ。このテントのお陰でずいぶん助けられた。
テントの中で寝転がり、少し大きめのコップのような容器に生水石を割り入れる。呼び水を一滴たらせば容器一杯の水が出た。そこに温用石のかけらを割り入れれば湯に変わる。その中に粉末食糧を入れて簡単スープが出来上がる。
寝転がったままふうふうとスープを啜った。テントの外では雪が風に流される音がしていた。
このまま明日の朝まで眠ることになる。もし、朝方雪が少し弱くなっていれば、早く起きて二人から離れよう。
マヒロはそう決意してスープを飲みきると、すぐさま目をつぶった。
タムは迷っていた。マヒロの様子から、そろそろ自分達から離れて単独行動をしようとしているなと察していた。
止めるのは簡単だ。
だが、止める権利が自分にあるのだろうか、とタムは思った。
タムは、愛するヒトを奪われた。
タムはサッカン十二部族国の、カンダル族の第二子だった。だから部族内でどこかの族子と伴侶になることが決まっていた。
しかしタムは恋をした。小さい時から傍にいた、タムの護衛と恋に落ちたのだ。
護衛は家族に死なれてしまった孤児だった。だから守るものはない、一緒に逃げてくれと言われた。
タムはその手を取った。
国の端に逃げて、一緒になった。そこで子果を授かりたかったが、伴侶の届けを出しては見つかってしまうかもしれない。いずれ隣のカルカロア王国に逃げて、そこで届けを出そう。二人でそう決めて農業の手伝いなどして少しずつ金をためていた。
カンダル族の族長は決してタムを許さなかった。タムが伴侶になるはずだった相手の族長から随分と嫌味を言われ、自分の誇りを著しく傷つけられたと思っていた。
一族の名誉を取り戻すために、絶対にタムを取り戻し護衛を殺すと決めていた。
そして二年後、タㇺ達は見つかってしまった。カンダル族族長は、タムが素直に戻り本来の相手と伴侶誓言式を挙げるのであれば、護衛の命は助けよう、と言った。
タムはそれを信じて、族長のもとへ行こうとした。
護衛は止めた。それならともに死のう、と言ってくれた。どこまでも逃げてそれでもだめならともに死のう、そしてまた子果の巡りの中で逢おうと。
だが、タムは護衛の命が惜しかった。自分とともに生きられなくても、護衛に生きてほしかった。
だから、族長の元へ戻った。
族長は戻ってきたタムに満足してひとまず休ませた。そして次の日、タムを叩き起こし護衛の遺体を見せた。
族長は、端から約束など守る気はなかったのだ。
タムは自分も死のう、と思った。なぜ、護衛とともに死ななかったのだ、と責めた。自分の命を懸けて相手とともにいることを、なぜ選ばなかったのだ、と後悔した。
その思いが、マヒロに重なる。
マヒロが命を懸けて、ハルタカのもとに行こうとするなら。自分は止めるべきではないのではないか、とずっと思っていたのだった。
タム自身は、険しい山に登って死のうと思ったのだが、思いがけずその途中でナシュを拾ってしまった。ナシュはまだ幼く、こんな場所に幼子が一人いる事情を話すことはできなかったが、痩せた身体つきやみすぼらしい恰好からここに捨てられたのかもしれないと考えた。
そしてあまり準備もないまま、高山を進みカルカロア王国のアツレンを目指したのだ。
二人で死にかけたところを龍人に救われたのは本当に奇跡のような幸運だった。
あの龍人なら、マヒロたちを助けてくれただろうか。タムはそう考えたが、あの様子ではその可能性はないな、と思い直していた。
雪が、弱くなってきた。
このままでは、きっとマヒロはもうすぐテントを出てここを去るだろう。
タムはじっと考えていた。
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