カベワタリの物語ーリキとアヤラセー(森蘭丸の弟、異世界に渡る 第二部)

天知 カナイ

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ランムイのところからマリキ宮に戻り、自分の執務室に着くとそこにはヤルルアが待ち構えていた。ヤルルアが統主統治会機関に来ることは滅多にない。アヤラセは驚いて声をかけた。
「どうしたんだヤルルア、何かあったのか?」
ヤルルアは厳しい表情ではあったが、アヤラセを見るとほんの少し顔を緩ませた。
「‥ランムイのところに行ってたんだって?機工飛艇のことは聞いたか?」
アヤラセは軽く頷いた。
「ああ、ヤルルアが頼んでくれたんだって?ありがとう、すまないな」
「我が子の誓言式だからね。できることはしてやりたいのさ。まあ、色々調整するのはランムイの仕事だけどね」
そう言ってヤルルアは薄く笑った。しかし、そのランムイの調整の見返りとしてヤルルアは自分の時間をランムイに差し出したのに違いない。それがわかっていたので、アヤラセは頭を下げてもう一度礼を言った。
「ヤルルアが言ってくれなかったらこんなことできなかったと思うから。ありがとう」

ん、と短く頷いてヤルルアは表情をぐっと厳しくした。何かあったのだ、と察したアヤラセはヤルルアが口を開くのを待った。
ヤルルアは苦々し気な表情を隠しもせず、一気に言った。
「ライセンの足取りが掴めた。やはり聖タイカにいるらしい。最後の報告では聖カ・ジュにいたようだけど今はわからない。私はとりあえず聖カ・ジュに行ってみようと思ってる」
アヤラセはその言葉を聞いて目を見開いた。特級退異師であるヤルルアは、国外へ出るのに様々な制限がある。この大陸内でも特級退異師は片手の指に余るほどしかいない。大型、超大型、複合型の異生物の討伐で、一級や特級の退異師がいるのといないのとでは対応に天地ほどの差が出てくる。
だからどこの国でも高位の退異師は国外に出したがらない。他国に囲われることや暗殺を警戒するのである。
しかもヤルルアはリンクウ大陸全土にその名を轟かす特級退異師だ。ジャイラ島主国の騒ぎで国外に出られたのは、本当に特例中の特例だった。

そんなアヤラセの懸念を感じ取ったのか、ヤルルアは口の端を上げてニッと笑った。
「‥密出入国をする。お前にだけは言っておこうと思ってさ」
とんでもない爆弾発言に、アヤラセは思わず辺りを見回した。自分の執務室だから誰もいるはずはないのに、出入り口の方を警戒する。そんなアヤラセの様子を見て、またヤルルアは笑った。
「‥ランムイは知ってる。あと、一応だけど霊力統主レイリキとうしゅのドルウイにも内密に言ってある。‥そんなに焦らなくてもいいよ」
「でも‥」
アヤラセは言い返そうとしてやめた。無辜の若いムリキシャを利用して殺し、強制性交幻覚剤パルーリアを生み出して流通させ、多方面に被害を出しているライセンを、ヤルルアが自分の手で殺すと固く心に誓っていることをアヤラセは知っていた。

無論、アヤラセとてリキを攫い凌辱し、その心に消えない深い傷を刻んだライセンのことは絶対に許す気はなかった。自分への執着のせいでリキが傷つけられたことには、今でも腹が煮えるほどの怒りを持っている。できることなら自分の手でライセンを打ち倒したかった。
だがリキの事件の後、次々に入ってくるライセンの情報を聞くにつれ、ヤルルアがかつて見たこともないほどの怒りを覚えていることをもアヤラセは知っていた。ライセンは、ヤルルアがその身で産み落とした子どもだ。幼い時からしっかりと育ててきたつもりだったのに、アヤラセに対して異常な執着を見せ、かつまたどこまでも自分本位な考えしかしないライセンにどれだけヤルルアが心を砕いていたか。

しかし、ライセンはそんなヤルルアの言うことなど歯牙にもかけず自分の欲望を優先した。ヤルルアに足腰が立たないほどに打ち倒されても謝ることなく、「いつかお前を殺す」と言って腫れあがった顔でヤルルアをン睨みつけていた。
ランムイが何とかとりなしてから、アヤラセへの強姦未遂事件以降大人しくして見せていたライセンに、多少安心してしまった、という後悔がヤルルアの中にあるのだろう。
何よりもムリキシャの殺害という大罪は、シンシャでなくとも見過ごせないものである。
ムリキシャがいなければ子どもは授かれない。しかもムリキシャは人口の1~2%しかいないのだ。どこの国でもムリキシャは厳重に国によって管理され、保護される対象なのである。

そこまで考えて、アヤラセは改めてヤルルアの顔を見た。その表情は厳しかったが、どこか感情が凪いでいるようにも見えた。
アヤラセの視線を真正面から受け止め、ヤルルアは言った。
「‥‥あいつは、世の中に害悪をもたらす存在に成り果てている。あいつの息の根を止めるのは私の役目だ。それはお前にも譲れない」
「‥‥わかった」
ヤルルアは立ち上がり、大剣を背に負った。
「今日には聖タイカに向けて出発する。一応お前に入っておこうかと思ってね。リイアを連れて行くから、急用があればライナに言って速信鳥を使え」
「わかった。じゃあライナはしばらく退異師会館に詰めているってことだな」
「そうなる。一応会館には辺境で異生物討伐に行ってることにしてる。だが館長のギラナをはじめ何人かは私の行き先を知ってる。何か聞きたいときはまずギラナに頼れ」
「ああ」
部屋の出口まで歩いてきたヤルルアは、足を止めて振り返った。

「リキには‥言うかどうかはお前に任せる。頼んだよ、アヤラセ」
「わかった」
アヤラセはそう答え、力強く頷いた。



デヴィは味のしない酒をまた飲み干した。もう何杯目になるのか自分でもわからない。
リキとアヤラセが伴侶誓言式を挙げることになった、というので、まだ退異師仲間は騒然としていた。丸二日経った今夜になっても、退異師のよく集まる酒場ではその話題で持ちきりだ。
デヴィは、ジャイラ島主国、島都アヌラでの戦いに参加した一人だった。級位はいまだ三級だが、腕利きの退異師としてヤルルアからの信頼が厚かったからだ。その時にリキとアヤラセの様子を見ていたし、事情も後から聞いていたから、めでたいと思う気持ちはデヴィの中にも間違いなくあった。

しかし。
デヴィは手を上げて店員を呼び、酒を注文した。店員は酒の瓶を開けながらも眉を顰めた、
「デヴィさん、飲み過ぎじゃないかい?もう七杯は飲んでるよ」
「酔ってねえからよ」
デヴィはぶっきらぼうにそう返し、酒を注ぐように催促した。店員はため息をつきながらも杯に酒を満たし、去っていった。
それをまたぐいと呷り、半分ほども飲み下す。
(味がしねえ)

ジュナが死んでから、何を食べても飲んでも味がしない。本当ならジュナとデヴィも伴侶誓言式を一年以内には挙げる予定だった。
だが、デヴィが異生物の討伐に行っている間にジュナは死んだ。馬に轢かれそうになった子どもをかばって自分が轢かれたのだ。
デヴィがアキツマに戻ってきたときには、もうジュナは骨になって葬られた後だった。
だからデヴィにはジュナが死んだことがまだ受け入れられていない。信じられていない。死に顔さえ見ていない状況で、とてもではないが信じられるものではなかった。

ジュナのシンシャは涙をこらえながら、尋ねてきたデヴィにこれまでの交誼の礼を言い、また新しいヒトを見つけて幸せになってくれ、と言った。
ジュナは、もういないのに。
どうやって幸せになれる?
自分も死ねればいいのにと、むやみやたらに異生物へ突っ込んでいっているのにそんな時に限ってケガもしない。

周囲がリキやアヤラセの話題で楽しそうにしている雰囲気に耐えられなくなり、デヴィは残った酒を呷って酒場を後にした。
うら寂しい路地をあてどもなく彷徨う。
今回の討伐でも死ねなかった。
俺は、ジュナに会いたいだけなのに。どこに行けばジュナに会えるんだろうか。
ジュナ。

大柄で底抜けに明るいジュナの笑い声を思い出す。どちらかといえば細身のデヴィを埋め込むように抱きしめてくれたジュナの温もりが、もう思い出せない。
「ジュ、ナ」
言葉に出せばじわりと涙が滲んだ。


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