カベワタリの物語ーリキとアヤラセー(森蘭丸の弟、異世界に渡る 第二部)

天知 カナイ

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「デヴィは今日も連絡つかねえのか?」
サイガはそう言って顔を顰めた。リキも隣で首を傾げた。
「連絡もなく休むとは、デヴィらしくないように思う」
「‥俺もそう思うな。よし、ちょっくらあいつの家に寄ってから現場に行くか」
サイガの一言で、異生物発生予想現場に向かう途中みんなでデヴィの家に寄ることになった。六本足の馬に揺られながらガロンが言う。
「まあ、あいつも恋人を亡くしてから戦い方がおかしかったしな‥落ち込んでても仕方ねえよ」
リキは目を丸くして後ろの馬に乗っているガロンの方を向いた。そんなことは全く聞いていなかった。
「それは本当か?デヴィは、いつ大事なヒトを亡くされたのか」
ガロンは馬の手綱を調整しながらリキの馬の横に並んで言った。
「そうだなあ、ひと月半、くらい前かな。俺らが討伐に出かけている間に事故に遭ったらしくてな‥死に目にも会えなかったらしい」
「そうか‥」

その話を聞いてリキは胸が痛くなった。‥では先日、自分たちの誓言式の話を聞いた時にはどう思っていたのだろうか。しかしあの時、デヴィはそんな事情を全く感じさせず、リキに笑顔で祝辞をくれたのだ。
「‥悪い、ことをした‥」
そう言って俯くリキの前に乗っているサイガが手を回してリキの腕を叩いた。
「そう思うことの方がよくねえよ。めでたいことに水を差したいとはあいつも思ってねえはずだ。‥酷なようだが、これはあいつが自分で乗り越えなきゃならねえ壁だ。リキが変に遠慮したり気遣ったりすることじゃねえよ」
サイガはそう言うが、リキの気分は晴れなかった。


退異師会館から並足の馬で三十分ほどのところにある、集合住宅の二階がデヴィの家だった。ガロンが馬を降りて、二階へと続く階段を上っていった。他のヒト達は馬に水をやったりしながら下で待っていた。
ところが、そこに鋭いガロンの声が響いた。
「サイガ!誰か来てくれ!」
退異師たちは顔を見合わせ、すぐさま馬を降りてリキ、サイガ、カラックの三人が階段を駆け上がった。開いている扉を見つけそこに走った。

扉の中ではぐったりと倒れ、口の端から白い泡のようなものを噴いているデヴィとそれを抱えるようにして半泣きになっているガロンがいた。
「サイガ、サイガ!デヴィが、デヴィが変だ、返事もしねえし、身体も震えてて、でも身体はつめてえ!‥何だ、どうしちまったんだ、い、医者に、医者に診せねえと」
デヴィと仲の良かったガロンはおろおろとデヴィを抱えたまま、何度もデヴィとサイガを交互に見やってそう叫んだ。
サイガはデヴィの様子を見て、ぐっと息をのむとしゃがみこんでデヴィの腕と足を取って服をまくり、それを観察した。そしてそれを戻すと、ガロンに指図してデヴィの身体を抱えあげた。一緒に抱えあげて下に運ぼうとしたリキに、サイガは低い声で指示をした。
「リキ、お前は先に下に行って信号弾を上げろ、赤を一つ、黄色を二つだ」

それを聞いた退異師たちの動きが止まった。
赤は、瀕死の重症者がいる、または命の危険があるという信号。
黄色二つは、予想していない事態の発生。
動きを止めた退異師たちに、サイガは苦く呟いた。

「デヴィは、強制性交幻覚剤パルーリア中毒だ。‥しかも重症の。多分‥もう、元には戻らねえだろう」




デヴィを退異師会館へと運び常駐している医師の診察を受けさせたが、診たてはサイガのものと変わらなかった。茫然とするガロンだけを残し、残りの退異師たちは予定された討伐へ向かった。
リキはサイガの指示通りに動き、デヴィのことを心の裡で想いながら人形のように戦った。
デヴィにいったい何があったというのだろう。ほんの十日ほど前までは普通に話をしていたのに。
もう、デヴィと話すことはできないのだろうか。
もう、自分の無神経さを詫びることもできないのだろうか。
アヌラ子果清殿での戦いの時から、リキやアヤラセ、ユウビによくしてくれた仲間だったのに。

「リキ!ぼーっとするな!持っていかれるぞ!」
サイガに怒鳴られてハッとしたリキの目の前に、大型の虫型異生物が迫ってきていた。慌てて島田五条儀助を振りかぶり、斬り伏せる。間合いを詰められたせいで、異生物が吐き出した何かがじゅっとリキの腕を灼いた。
「つっ」
「気合い入れろ!また来てるぞ!」
サイガの怒鳴り声に、リキは愛刀を構え直し異生物に再び対峙した。仲間の退異師たちの気合い声がようやく音として耳に響いてくる。周囲を中型と大型の虫型異生物と植物型異生物に囲まれており、絶対に油断はできない状況である。
こんな時に集中できないとは情けなし、と、リキは目の前の敵に向かって太刀を振るった。

ほぼ一日がかりで何とか異生物の群れを討伐し、その遺骸を解体して素材ごとにより分ける作業まで終わったときには、すっかり夜も更けていた。仕方なく、リキとサイガ、カラックを含めた九人は近くの村に泊めてもらうことにした。

退異師たちの空気は重い。
強制性交幻覚剤パルーリアの危険性は、多くの市民の知るところだ。急激に多量に使ってしまえばそれこそすぐさま命に係わるほどに禁断症状を呼び起こす。依存性も高く、三度使えばすぐさま中毒になるとまで言われていた。

無論、退異師会館でも退異師たちにその危険性を徹底して周知し、またこの違法薬物が使用されていることがわかれば直ちに報告するようにという指令まで出していた。
以前リキが飲まされた強制性交幻覚剤パルーリアと、今一般に出回っているものとは、またその依存度や危険性も違っており、より凶悪になっているのでは、ということだった。だから犯罪に使われることが非常に増え、市中保安局の方でも頭を悩ませているようだ。

普段であれば、討伐の後は自然と酒盛りになるのに、皆言葉少なく食事を終えると、それぞれのねぐらにまっすぐ帰っていった。リキも割り当てられた家に戻り、寝台に横になる。
しかし、いつまで経っても寝付けなかった。

このような、ヒトを狂わせる薬は、なぜ無くならないのだろう。

リキが信長に仕えていた頃には、そういったものが世の中にあることさえ知らなかった。リキ自身、あの薬物を使われたときの記憶はひどく曖昧だ。最初は衝撃のあまり、心を閉じ切ってしまった状態だったらしく、ランムイや大島主ムルファの尽力でようやくヒトの心を取り戻したと聞いている。
ただし、その代償としてリキはアヤラセの記憶を失うこととなってしまったのだったが。

アヤラセのことを思い出した今でも、攫われていた時の‥つまりは凌辱されていた日々の記憶はところどころ曖昧で、自分の心は随分と痛手を受けていたのだなとリキは考えていた。それでも、シンリキシャであるムルファの治療やユウビによる甲斐甲斐しい看護に加え、記憶を取り戻してからはアヤラセにもこの上なく優しく扱ってもらったお陰で、今は普通に生活ができている。
自分はつくづく運がよかったのだろう、とリキは思っていた。

だからこそ、あの事件の後の強制性交幻覚剤パルーリアの流通による被害の話を聞くにつれ、胸を痛めていた。あの恐ろしい薬物は、この一年余りで随分と暗黒社会に流通しているらしい。人買いによる誘拐や強制的な売春、人身売買などの事件の裏に、この薬物があることが最近では珍しくない。

デヴィはどこで、この薬物に侵されてしまったのだろうか。

リキは何度も寝返りを繰り返し、まんじりともせず朝を迎えた。
単身、聖タイカ合国に向かっているヤルルアの耳にも、デヴィの状態は速信鳥によって伝えられた。ライナからの連絡を受けたリイアは言葉を失くした。この十年、ずっと共に戦ってきた気の置けない仲間だった。
「な。んで‥」
そう呟いたリイアの肩を、ヤルルアは優しく叩いた。しかし、その目は抑えきれない滾る怒りでめらめらと燃えていた。

「‥‥あんなもの、作ることもできないくらいに叩きのめして息の根を止めてやる」

低く、独り言のように呟かれたヤルルアの言葉は、部屋の中に重く沈んでいった。


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