カベワタリの物語ーリキとアヤラセー(森蘭丸の弟、異世界に渡る 第二部)

天知 カナイ

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ナガエの言葉通り、その日の夕方にはテンショウと名乗る龍人タツトがやって来た。大きな翼を持った、蜥蜴を大きくしたような飛竜という獣に乗ってやって来たのだ。生まれて初めて飛竜を目にしたリキは、あれは麒麟か龍かと腰が抜けるほどに驚いた。
子果清殿の裏庭にばさりばさりと羽ばたきながら降りてきた飛竜を、清殿に勤める者も訪れた者も珍し気に遠目に見ている。裏庭には子果清殿の関係者しか入れないので、龍人タツトの姿は人々の目には多くは触れていないようだった。

呼ばれて裏庭にやってきたリキは、飛竜にも驚いたが龍人タツトにも驚いた。テンショウは、一言でいえば雰囲気がとてもユウビに近いものを感じさせた。丈高く屈強な身体つきに、美しく長い波打つ銀髪。容貌は非常に整っており、あまりの端整さに却って冷たい印象さえ与えそうだった。
見上げるほどに大きなテンショウは、まだ近くにリキが寄ってもいないのにひたりと視線を合わせてきた。
きらきらとした金色の目はまばゆいほどだ。これは本当にヒトなのか?とリキは不安になった。今自分が眼前に見ているものは、神か化生のものなのかもしれないと思えたからだ。

「お前が、リキか」

低く、響きの良い声だった。まだテンショウとリキとの間は一カート以上(約10m)あるというのに、その声はリキの耳にしっかりと届いた。

リキは声が出せなかった。ただ、こくりと頷くのみのリキの傍に、テンショウは大股にゆっくりと近づいてきた。ふわりとかぐわしい香りがリキのところまで薫る。
すぐそばまで来てみれば、テンショウはやはり大きかった。ユウビと同じくらいはあるだろう。しかし、ユウビよりも圧倒的に威圧感がある。
テンショウはじっとリキの目を見つめると「ふむ」と一言呟いた。そして言った。
「お前の子果樹の元に行こう」


テンショウはリキの返事を待たずに子果庭園に向かって歩き出した。リキの子果樹であった繭があるのは若木を育てるための庭園なので、一般のヒトは入ってこないところだ。迷うことなくすいすいと歩いていくテンショウが得体のしれない生き物のように感じられる。
誰に案内されることもなく、子果庭園に着くとまっすぐユウビが眠る繭の前まで行き、そこでようやく立ち止まったテンショウがリキを振り返った。
「リキ、カベワタリよ」
「‥はい」
少し雰囲気が変わったのを感じて、リキも思わず改まった返答になる。それに構わずテンショウは言った。
「お前は、なぜ自分がここに来たのか、その理由を知っているか」
その言葉に息が止まる。
その理由‥答えを一番知りたいのは自分自身だ。
なぜ、このような面妖なところに連れてこられたのか。
黒かった髪や目はなぜ色が変わったのか。
自分の身体も、少しずつ変わっていくのはなぜか。

何度も何度も、胸の裡で自問自答して、得られなかったその答え。
「‥‥そのようなもの、吾が知るわけもない!おぬしは知っておるとでも申すのか?!」
思わず言葉が昔に戻る。しかし、そんな強い言葉を投げつけられても、テンショウはその表情を動かすことはなかった。
「ふむ、そうか」
短くそう答えると、今度はユウビが眠る繭をじっと見つめる。そしてそっと繭に触れた。だが目立った変化は見られない。

「カベワタリよ、お前は我ら龍人タツトについて、どのくらいのことを知っている?」
今度は全く違う質問をされて、リキは拍子抜けした。すっかり自分についてのことを答えてくれるかと思い、身構えていたのだ。質問された言葉の意味を頭の中で咀嚼しながら、ナガエから聞いていたことを思い出しつつ何とか答えた。
「‥確か、普通の人々とは共に住むことはなく、世界が危機に陥ったときに手助けをしてくれる種族、だと‥非常に長命で大きな力を持っている、とも聞いたが」
テンショウは鷹揚に頷いた。
「概ね、合っているな」
龍人タツトというものは、‥私と関係があるのか」
テンショウはリキの翠の目をじっと見つめた。

「おそらく本来なら、お前はムリキシャではなく龍人タツトとしてこの世界に呼ばれたのだろう、と思う」

え、とリキは心の中で声にならない声を上げた。
では。あの数珠玉‥ハリ玉は何だったのか。それから生まれた子果樹は。そして確かに感じていた、子果樹と自分とのつながり。
子果樹から生まれたユウビは、何になるというのか。

「な、ぜ‥私は、ムリキシャ、に‥?」
何とかその質問を絞り出したリキに対して、テンショウはふむ、と顎に手を当てる。
「何がしかの齟齬が起きて、こちらに渡るときにそうなってしまったのか‥その代わりに、この繭の中で眠る者が龍人タツトの性質に近くなってしまったようだな」
初めて聞く、様々な情報の内容にリキは茫然となった。驚きよりも戸惑いの方が強かった。
ユウビが、目の前の生き物―――龍人タツトというものに近い、というなら‥自分が死んだ後も長く生きるのだろうか。他のヒトとあれだけ違う姿で、生まれで、自分が死んだ後ユウビは孤独にならないのだろうか。
その孤独に、ユウビは耐えられるのだろうか。
リキは静かにユウビの繭を撫で佇んでいるテンショウを眺めた。この生き物も、ナガエが言っていたように永い時を生きてきたのだろうか。
生き物は、そのような長い孤独に耐えられるものなのだろうか。

頭の中にはユウビへの思い、自分の宿命、アヤラセとのこれからなどについて、様々な疑問が浮かび上がってくる。リキは、何からこの龍人タツトという生き物に尋ねていいかわからなかった。しかし、ナガエの話から察するに、おそらくこの生き物に会うこと自体なかなかないことなのだろう。だとするならば、次にいつこの生き物に出会えるかもわからない。自分が訊きたいことは、今訊いておかねば、という気持ちが、リキの中でぐるぐるとまわっていた。

テンショウは何も言わぬまま、ちらりとリキの様子を見た。その視線を感じたリキはテンショウと目を合わせ、喉の奥から何とか声を絞り出した。
「‥差し支えなければ、あなたに尋ねたい事が山のようにある」
テンショウはわずかに口の端を上げた。そして鷹揚に応えた。
「答えられるものには、答えよう」
「‥‥そもそも、カベワタリとは何なのだ?なぜ、私はここに呼ばれたのか‥」
テンショウはまた、ふむ、と言いながら滑らかな顎を撫でた。僅かな動きにも背を覆う豊かな銀髪が揺れる。

「この世界トワには、色々と不完全な部分がある。それを補うために、全くの違う次元から動植物を呼ぶことがある。それを、この世界トワに生きるものはカベワタリと呼んでいるようだな」
「では、何らかの役割が与えられているということか」
真剣な眼差しをしているリキに対して、テンショウは少し人が悪そうな笑顔を浮かべた。
「まあ、そうかもしれぬな。ただ、その役割が何なのか、明かされることはない。我ら龍人タツトとても知らぬこと。‥‥まあ、最長老ならその限りではないかもしれぬが」
「最長老?」
また知らぬ言葉が出てきて、リキは歯がゆい気持ちになった。すぐさまその疑問をテンショウにぶつける。
「その、最長老とは何だ?その者なら、私の役割を知っているとでもいうのか」
テンショウは薄く微笑んだ。笑顔だというのに、そこには当たり前に見られるはずの人間らしさはなかった。
「最長老は、長命な龍人タツトの中でも、最も永い生を生きるもの。そして真の調整者たるものだ。お前の質問の答えとしては、そうだな、ひょっとしたら最長老ならお前の役割を知っているかもしれぬ」

「ではその最長老に会いたい!私は、この見知らぬ世界で、今後どのように生きていけばいいのか、何をし遂げねばならぬのか、最長老に尋ねたい!」

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