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しおりを挟む「人身売買‥」
清永は呆然としてその言葉を繰り返した。左柄は苦い顔で頷いた。
「まあ、あのオジョウサマなら人の心もあまり持ち合わせていないんでしょうから、そういったことに手出しするのもためらわないでしょうね。‥問題は南戸家としてそれをどこまで把握しているか、ってことですね」
「‥さすがに家全体がそこまで非常識ではないと思うが‥万が一それが露見した場合のリスクが大きすぎる」
「ですよね‥とにかく、今はサビに詳しい情報を頼んでいる状況です。警察からは何か連絡がありましたか?」
清永は力なく首を振った。
「周辺の監視カメラはことごとく切られてて有効な情報が取り出せない。相当時間をかけて実行したんだろう‥車からはもちろん何も出なかったようだ」
「そうですか‥」
清永は頭を抱えて机に肘をついた。
「檀には、絶対に言えないな‥」
左柄はぽんぽんと清永の背中を軽く叩いた。
「言わなくていいでしょう。余計な心労をかけることはない。‥とにかく情報を集めて一刻も早く救出することに神経を使いましょう」
「ああ‥」
清永はこの二日間で随分とやつれたように見える。おそらく夜もよく眠れていないのだろう。同じように檀も食事ができていないようだ、という報告を受けたばかりだった。
「体力だけはつけておいてくださいよ」
「‥‥わかってる」
清永は深いため息をついた。
人身売買。それはもし本当なら、早く見つけないと伽羅の身柄は海外に移送されてしまうかもしれない。
‥処女かどうかを確認された、と左柄からの報告を聞いた時には、全身の血が煮えたぎるような怒りを覚えた。
万が一、伽羅の身体に毛の一筋ほどでも傷をつける者がいようものなら、地獄の底までも追いかけてその息の根を止めてやる。
そう考えている清永にタブレットを見ていた左柄が「あ」と声を上げた。それを聞きとがめた清永が声をかける。
「どうした」
「‥田端が意識を取り戻したようです。田端の奥さんから連絡がありました」
「そうか‥よかった‥」
伽羅の護衛についていて瀕死の重傷を負っていた護衛の田端は、手術自体は成功していたが意識が戻らず心配されていたのだ。清永はふっと息を吐いた。‥よかった。きっと伽羅が聞いたら喜ぶ。
清永は重い身体を引き上げて立ち上がった。
陽の光も射さないこの部屋に閉じ込められて‥体感としては丸一日以上は経っている気がする。窓もない、コンクリート打ちっぱなしの倉庫のようなこの部屋には、トイレとシャワーはつけられていて不自由はなかった。
食事は、ドアの細い隙間から差し入れられる。その食事の回数からいっても二日に近い日数ここに閉じ込められているのは間違いない。
伽羅はぼんやりした頭を振り払うかのようにぶんぶんと振ってみた。
ぐらり、と身体がかしぐ。支給されている食事か水かに、何か薬でも混ぜられているのだろう。伽羅の頭はずっとぼんやりと霞がかかったままのような状態だ。であれば、それに手をつけなければいいはずなのに、無機質な声で「食べろ」と言われれば食べねばならぬような気がして食べてしまう。
その「食べろ」以外の声を聞いていない。この部屋に放り込まれ気がついてからというもの、伽羅は誰の姿も見ていなかった。
(‥ほんとうに、きけんなめに、あっちゃったなあ)
かすむ頭でぼんやりと考える。檀はきっと心配しているだろう。‥清永も。
(どう、なっちゃうんだろう)
ぎしぎしと軋むベッドの上で、伽羅は必死に目を開けていた。目をつぶるとすぐに眠くなってしまうのだ。ここから抜け出すことを考えなくてはならないのに、ちっとも頭がすっきりしない。
(だん‥せいえい、さん、)
心の中で呼んでみる。二人の顔がおぼろげに頭の中に浮かんだ。無意識のうちにじわりと涙が浮かぶ。
(あい、たいなあ‥)
がちゃり、と音がする。食事を入れる音と違うなあ、と思っていたら、初めてドアが開いた。ドアから三十がらみの男が二人入ってきて、伽羅の腕をぐいっと掴み上げた。
(いたっ)
言葉は出ない。男たちは伽羅を無理やりベッドに座らせると、何枚か写真を撮った。
「裸に剝くか?」
「ん~、こいつは処女枠だから裸は写さねえほうがいいだろ、そのままで」
そう言って何枚か写真を撮ると、男たちはすぐに部屋を出て行った。
その姿をかすむ目の端に捉えながら、回らない頭で考える。
(しょじょ、わく‥しょじょ‥)
ひょっとしたら、自分は性産業などに売られるのだろうか。
そこまで考えて喉の奥がぎゅっと詰まるのを感じた。
また、涙が自然と浮かんでくる。ぽろぽろと涙を流しながら伽羅は心の中で叫んだ。
(たすけて‥たすけて、せいえいさん‥!)
左柄にサビから連絡が入ったのは、伽羅が攫われてから四日後のことだった。出先だった左柄は車を止めさせ、運転手を外に出すとサビとの回線を繋いだ。
「よう、兄ちゃん。回線は安全か?」
「暗号化した回線を使っている、心配無用だ」
「ふーん、まあでもやべえ橋は渡りたくねえから手短に言う。オークション会場の候補がある程度絞れた」
「っ、どこだ!?」
思わず前のめりになる左柄に、サビは落ち着いていった。
「わりいが場所は三か所ある。どこが一番近々にオークションをするのかは不明だ。いいか、文字には残さねえからよく聞いてろ。場所は、奄美諸島の小島、瀬戸内海の小島、そして北海道沖の小島の三か所だ」
「‥全部島か‥」
「南戸家がそれぞれ個人所有している島だ。いいか、座標を言うぞ?‥‥」
サビが伝えてきた座標を頭に入れ、同時にタブレットに記入しておく。
「助かった、警察の方は?」
サビはにやりと笑った。
「特に南戸家が手を入れてるのが、兵庫県警と鹿児島県警だ。‥前回は三月に北海道の小島で行われたらしいから、警察の件から見ても瀬戸内海か奄美諸島のどちらかだな。あとはそっちで絞れ」
「‥ありがとう、助かった。後金はすぐに入金する」
「今頼む」
「わかった、口座は同じでいいか?」
「いや、こっちはビットコインで払ってくれ」
「‥‥ビットコインの口座は今はない、後日で構わないか」
サビは苦い顔をして頷いた。
「しょうがねえな。‥明日の午後二時きっかりにこの口座に払え。遅くても早くてもだめだ。入金がなかったら南戸家に情報を流す」
ぎろり、と左柄が画面越しにサビを睨みつけた。サビは何でもないような顔をしてにやにやとこちらを見ている、
左柄は舌打ちをして返事をした。
「必ず支払う。‥万が一お前が情報を南戸家に流した場合、こちらもそれ相応の報復はするからな」
はっは、とサビが笑った。
「金さえ払ってもらえばこっちは何の問題もねえのさ。‥兄ちゃん、あんまり裏社会に足を突っ込まねえほうが長生きできるぜ。じゃあな」
ぶちり、と画面が消失する。左柄は素早く清永に連絡を取り、ビットコインの口座を開設してもらった。後は明日入金するだけだ。
「瀬戸内海か、奄美諸島か‥どうやって絞り込むか‥」
ぼそぼそとひとり呟いて、ふっと左柄は顔を上げた。
「『たま』に催促するか」
そしてまたタブレットを操作し始めた。
『たま』は、いわゆるホワイトハッカーである。
姿を見せず、本名も明かさず、企業のあらゆるシステムの脆弱性を探し出し、改善方法を示唆する仕事をしている。ただ、非常に気まぐれで、気が向いた時にしか仕事をしないし、値段も強気に高い。
自分の納得した仕事であれば、非合法なことも引き受けているのではないかというもっぱらの噂であるが、結局彼の(彼かどうかもわからないのだが)正体も明らかになっていない以上、何もわからないというのが現状だ。
大洲ホールディングスの中の企業も、いくつかのシステムを『たま』に頼んで見てもらったことがある。仕事内容自体は非常に納得、満足のいくものであったが、いかんせん値段が高い。大きな規模の企業でないとなかなか使えないな、というのが役員の総意になったのを思い出しながら、左柄は『たま』へのメールを送信した。
清永が待ち構えている大洲家本家に着くと、すぐさま清永の部屋に向かう。
「清永さん、帰りました」
「情報は入ったか」
「まあ、そうですね‥」
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