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しおりを挟む左柄は手短にサビとのやり取りの内容を清永に語った。清永は難しい顔をしている。
「‥場所はおそらく二か所にまで絞られたが、肝心のオークションがいつ行われるかがわからないということだな」
「そうですね‥まあでも、兵庫県警と鹿児島県警には気をつけなきゃならないのがわかっただけでも、収穫ではありますよ」
「そうだが‥とにかく、まずはその二つの島に潜入しなくてはならないな」
左柄は軽く息を吐いた。
「個人所有の島ですからね‥万が一、そこに伽羅さんを含めた今回の『商品』を隠しているなら警備も厳重でしょうし‥近づくのは色々考えないとだな‥」
清永はぎりりと歯ぎしりをした。
「それよりもオークションの日程と伽羅がとらわれている場所を特定しないと‥」
左柄が答える。
「さっき、『たま』にメールを送りました。何度も催促はしてますから、もう少ししたら連絡が来るはずです。彼に探ってもらいましょう」
「‥それがいいか‥」
そう言っているうちに、左柄のタブレットが通知音を出した。すぐさまメールを開くと、件名がない、アドレスだけのメールが受信されていた。
『たま』からのメールアドレスだと確認し、そのアドレスに飛ぶとチャット画面が出てきた。
「今回はこれで連絡を取るってことですかね‥」
左柄は清永が座っていた机の上にタブレットを置き、横にしゃがみこんで操作を始めた。
=こちらは大洲家のものだ。たまさんで間違いないか
するとすぐに画面に文字が浮かび出た。
=こちらはたま。依頼内容を言え。
=南戸家の「人身売買オークション」について調べたい。可能か
=可能。何を知りたい
左柄はすぐさま情報を打ち込んでいく。
=一番間近なオークションの開催日時と開催場所。場所の候補は二つ。座標はこちら。
=‥なぜ知りたいか
=友人が攫われてそのオークションにかけられる可能性が高い、今すぐにでも救出したい。
=友人の名前と年齢を言え
=駒江伽羅、二十歳
『たま』の反応が止まった。左柄は続けて打ち込んでいく。
=誘拐は四日前。足取りはつかめていない
=了解した。できるだけ早く探る。三時間待て
=お願いする。料金はどれほどか
=後でいい
ぶん、と音がしてチャット画面が消えた。アドレスをクリックしても、もうチャット画面は開かない。
ふう、と左柄はタブレットの画面を閉じる。横で緊張した顔をしている清永に向かって笑いかけた。
「さて、三時間、することもないんですから飯でも食いましょう。清永さん顔色悪すぎます。ちゃんと食ってないと、いざという時伽羅さんを救えませんよ?」
「‥‥わかった」
左柄に促され、清永は立ち上がって部屋を出てダイニングルームに向かった。
心は伽羅を想って張り裂けそうだった。
味のしない食事を無理にものみ込んで、清永はじっと時の経つのを待っていた。横では左柄が使える人員の調整を繰り返している。大洲家の警備チームは国内外に百人近くおり、それらは『大洲セキュリティサービス(=OSS)』として一つの会社として成立している。そこから国内で動かせる人員が今なら五十五人。しかし、一日に動かせる人員には限りがある。役員クラスの人物、清永の家族の護衛などは外せない。
個人所有の島へ行くなら、船のチャーターも必要だ。最低でも三隻は船を確保しておきたいところである。その船を操縦できる人員も必要だ。左柄は一級船舶の免許を持っているが、他にも二人の資格所持者を確保せねばならない。
唸りながら左柄がそれらの調整を行っていると、メールの受信通知が鳴った。
すぐさまメールを開くと、先ほどと同じようにアドレスだけのメールが来ていた。迷いなくそのアドレスをクリックすると、チャット画面が現れる。
=もっと確認してから開け。
画面に浮かんでいた文字に苦笑しながら左柄が返事を打ち込んでいく。
=三時間経っていないがどうかしたか
=判明した。日時は五日後の八月一日。時間は十三時からが濃厚。裏社会に所属しているところに招待状が回っている模様。招待状の入手は現時点では不可能。
=場所は
=瀬戸内海の小島。南戸寿々加の所有になっており別荘があるとされている。表に出ていた別荘の見取り図を送る
=島全体の地図などはあるか
=地図アプリに載っている画像はフェイク。アメリカの航空写真から一番間近なものを取ってきた
画面に別荘の見取り図と航空写真が表示される。何枚かスクリーンショットを取って左柄は返信をする。
=記録した。助かった。料金はどこへ幾ら振り込めばいいか?
五秒ほどの沈黙の後で、たまからの返信が入力される。
=今回の料金は要らない。その代わり、駒江伽羅を週に一度でいいから「かもめ食堂」に戻してほしい
左柄と清永はその画面を確認して、お互いに顔を見合わせ首をひねった。『たま』が無償で仕事をするなど、聞いたことがない。
=本人を奪還できれば本人も交えて検討する。駒江伽羅と知り合いなのか?
=成功を祈る
ぶちん、と画面がブラックアウトした。
真っ黒になった画面を見てしばらく沈黙していた二人だったが、左柄が口火を切った。
「‥まあ、とりあえず『たま』のことは置いといて‥これからの行動を練りましょうか?」
清永はこくりと頷き、自分のPCを開いた。
やるべきことは、山のようにある。清永はふーっと長い息を吐いて背を伸ばした。
今日を入れて猶予はあと五日しかない。清永と左柄は各方面への根回しと調整に忙殺されていた。人質を取られ誘拐に加担する形となってしまった瀬戸の例があるだけに、人員を揃えるのには細心の注意を払う必要があった。
船や人員、装備などの手配しているさなかに、左柄愛善の父、左柄善慈が帰国してきた。善慈は、大洲家の警備全般を統括する立場の人物で、大洲セキュリティサービスの社長も務めている。普段は基本的に清永の父、大洲清逸の護衛をしている彼は、180㎝を超す高身長にがっしりとした身体つき、五十二歳ながらも鍛え抜かれたその肉体は護衛の仕事を第一線で担うに充分な実力を備えている。
眉は濃く太く厚い唇は引き結ばれ、意志の強さを感じさせる奥二重の切れ長の瞳は鋭い光をたたえていた。
「愛善、どうなってる」
開口一番、挨拶もなしに父の口から飛び出してきた言葉に、左柄愛善はぎゅっと拳を握った。
「‥申し訳ありません」
「この体たらくではお前を残した意味がない」
「はい」
そこへ清永が口を差し挟んだ。
「善慈、愛善を責めないでくれ。俺の読みが甘かった部分もある。‥相手も周到だった」
「ではありましょうが」
善慈は不満げに応える。清永は手を振ってその言葉を封じ込めた。
「それよりわざわざ善慈がここに顔を出してくれたということは、何か情報でもあるということか?」
清永にそう問われて善慈はスーツの内ポケットから小さな紙を取り出した。
「南戸家‥特にあのお嬢さんの周りにいると思われる組織がわかりましたので。‥橋附組ですね。ここの次男坊主があのお嬢さんと同級でした」
善慈が差し出した紙を愛善が受け取って確認し、清永に渡した。清永は眉を寄せた。
「‥意外に大きい組織が関わってたな‥」
善慈は清永の言葉を引き取るようにして答えた。
「こちら関係は私にお任せいただけたら、どうにか処理をしますが」
善慈のその言葉を聞いて、一瞬愛善の顔色が変わり何かを言いかけようとしてぐっと唇を引き結んだ。その愛善の様子を見ながら清永は静かに言った。
「‥愛善、すまん。今は何にでも縋りたい」
「‥‥わかってます。‥申し訳ありませんが、社長、お願いします」
自分のプライドをへし折りながら愛善は父親の方に向かって頭を下げた。善慈はそんな息子の様子を一顧だにせず、清永に向かって言葉を続けた。
「では、橋附組の方はこちらの方で処理致します。計画の進捗を窺えますか?そちらと連動したい」
「‥俺が説明します。清永さんはご自分のお仕事をされていてください」
静かにそう言う愛善に、清永は小さく頷いて部屋を出て行った。
どっかりと椅子に腰かけた善慈は、鋭い目で息子を眺めた。
「腑抜けてんな。‥坊ちゃんにいい人が見つかったってあんなにお前喜んでたじゃねえか。その割に警備に穴があったとはどういうことだ」
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