猟犬クリフ

小倉ひろあき

文字の大きさ
10 / 99
1章 青年期

7話 アネモネの花 下

しおりを挟む
 帰り道は、殆ど無言であった。


 自然、足の運びは速くなり9日程でクロフト村に辿り着いた。
 クロフト村は山に囲まれた小ぢんまりとした集落だ。

 クリフはほっとしていた。落ち込むハンナは気の毒だが、ハンナが死なずにすんだ事実を喜んだのだ。

 ハンナと共にクロフト家に足を運んだ。
 ハンナの姿を見た家人が驚いて、主人を呼びに走った。

「ハンナっ何処へ言っていた! 馬鹿者っ!!」

 ハンナを見た紳士がハンナを怒鳴り付け、頬を張った。恐らく家督を継いだ叔父だろう。

「ハンナ、お前がいないうちに義姉上(あねうえ)は……義姉上は!」
「母さん? 母さんに何が……?」


…………


 ハンナを迎えたのは真新しい墓であった。

「うそ……なん、で」
「お前が出ていって直ぐに感冒(インフルエンザ)が村に流行ったんだ。義姉上も……」

 ハンナの叔父が淡々と告げる。

「あ、ああ……あ……」


…………


山あいにハンナの悲鳴が響き渡った。


…………


 クリフはハンナの叔父に名乗り、事情を説明したいと申し出た。ハンナの叔父は承知し、クロフト家に向かった。
 周囲には、騒ぎを聞き付けた村人たちが心配そうにハンナを眺めていた。


…………


 ハンナの叔父はヒースコート・クロフトと名乗った。
 事情を説明したクリフに感謝し、謝礼を払うと申し出たが、これはクリフが固辞した。
 それならばと1泊するように勧められ、さすがに断れなかったクリフはクロフト家に一晩やっかいになることになった。


 クリフは客間に案内され、どさりと旅の荷を下ろす。
 旅に持ち歩く冒険者の荷物袋は割と大きい。

 何か、胸騒ぎがした。

 理屈ではない、クリフの研ぎ澄まされた冒険者としての勘が働いたのだ。
 窓から外を見やると、ハンナがフラフラと井戸に近づくのが見えた。

……まずい、間に合わん!

 慌てて飛び出すクリフにクロフト家の家人が驚いたが、構ってはいられない。

 クリフはバックラーからナイフを抜き打ちで投擲した。
 バァンと音がして、井戸の桶にナイフが突き立つ。
 ハンナがハッと我に返り、クリフと目が合った。

「馬鹿なことを、考えてはいけませんよ。」
「クリフっ……私、私はっ」
「私もね、母はいません。11才の時に死にました。両親とも殺されたんです。」

 ハンナがクリフの言葉を聞いて息を飲む。

「今となっては下手人はわかりません。子供だった私は両親の死体を放ったままで逃げ、そのまま行き倒れました。」

 ハンナの目から涙がこぼれ落ちている。

「でもね、なんとか生きています。思い通りとはいきませんが、生きていれば……なんとかなるんですよ。」

 ハンナがクリフに抱きつき、幼児のように「わあっ」と大声で泣き叫んだ。
 クリフはハンナが泣き止むまで、そのままでいた。

 周囲には人が集まっていたが、クリフは嫌な気持ちにはならなかった。村人がハンナを心配しているのがクリフにも伝わったからだ。

……ここは、良い村だ。

 クリフは久しぶりに、故郷の村を思い出した……。



………………



 翌日

 クリフは旅立つことに決めた。
 ヒースコート・クロフトは名残惜しそうしたが、いつまでも長居はできない。
 ヒースコートはクリフを気に入り、クロフト家への仕官を勧めたほどだが、クリフはこれを断っていた。


「クリフ殿、ハンナが世話になった。気が向いたらまた立ち寄ってくれ。」
「……ありがとうございます、クロフト様。いずれ会う日もあるかもしれません。」

 別れの挨拶をしていると、ハンナが飛び出してきた。
 クリフを見つけると大声で叫んだ。

「クリフっ! 私も……私も連れていって! ここじゃない、どこか遠くに連れていってよ!!」

 ハンナはクリフに抱きつこうとしたがヒースコートがとどめた。
 村人が心配そうにクリフとハンナを交互に見比べている。

……ここは、良い村だからな。

 チラリと周囲を眺めると、クリフは意を決した。

「甘えるんじゃねえ!! いつまでも俺に指図するんじゃねえよ!!」

 クリフがハンナを怒鳴り付けた。あまりの無礼にクロフト家の家人が色めきだったが、ヒースコートが「静まれっ」と押さえ込んだ。

 クリフは止まらない。

「俺はなあ、オメエみたいな甘ったれは大嫌いなんだよ!! 付いて来るんじゃねえ、わかったか!」

 ハンナの目が驚きで見開き、悲しげな色が加わった。

「嘘……嘘よね、クリフ?」

 わなわなと口を震わせてハンナがクリフにすがる。

「嘘じゃねえ! オメエなんて大嫌いだ!! あっちに行きやがれ!!」

 ハンナが両手で顔を抑え走り去った。
 村人がクリフに憎悪の目を向けるのがわかる。

 クリフはもう、振り向かなかった。いつもの速度で歩みを進め、風のように去っていった。

「すまん、クリフ殿。」

 ヒースコートがぽつり、と呟いた。




 アネモネの赤い花が、風に揺れた。
 この花には「はかなき恋」という花言葉がある。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...