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48話 職人の技と気配りだな

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「ダンジョンの攻略、ですか?」
「はい。正確に言えば調査ですが、高い確率で交戦が予想されるでしょう」

 夕方、俺はエルフ社長に呼び出され、公社から少し離れた居酒屋で会っていた。
 大衆酒場のカウンターだが客筋がよく、落ち着いた雰囲気がある。

「まあまあ、先ずは1杯」
「ははあ、これは恐縮です」

 エルフ社長は俺のグラスにビールを注ぐ。
 生ビールもウマいが、こうした瓶ビールにも雰囲気があっていい。

 小ぶりなグラスを一気に傾けると、苦味のある清涼感が喉を潤した。
 ビールはいつ飲んでもウマいが、はじめの1杯は格別だ。

「おおっ、さすがの勢いですなあ。もう1杯」
「いえいえ、次は私が」

 俺が手元の瓶からエルフ社長のグラスを満たすと、実にウマそうに喉を鳴らしグラスを空けた。
 なんと言うか、本当に酒が好きなのだろう。

「ここはね、気の利いたものが出てきますし、なんでもウマいですよ。色々頼んで直箸じかばし(自分の箸で直接皿から取ること)でいきましょう」
「ありがとうございます。私は無骨者ですので、そうしていただけると助かります」

 要は礼儀作法は抜きにしようと言ってくれたのだ。
 俺は社長の心づかいに感謝した。

「では私は焼き白アスパラとマグロの生姜煮をいただきます。ホモグラフトさんはどうです?」
「そうですねえ。お通しがアサリのぬた・・ですから若竹煮と……おっ、天ぷらお任せかぁ。コイツはグッときますねえ。コイツは2皿ください」

 俺たちの注文を聞き、カウンターの向こうで板さんが「アイヨ」と野太い声で応えた。
 いかにも仕事ができそうないなせ・・・な青年だ。

「うーん、ナイスチョイスですな。ああいや、それでですねえ。忘れる前にお伝えしたいのですが、そのダンジョンは――」

 エルフ社長が言うには、連絡が取れなくなったダンジョンがあり、調査を依頼したいらしい。
 本来ならば転移で行けるはずだが、アクセスできないためにダンジョンを進んでマスタールームを目指す任務だ。

(うーん、断ろうにも……もうビール飲んじゃったしな)

 これじゃ報酬の先もらいだ。
 俺は苦笑いをし「お受けしますが、1つだけ」と指を立てた。

「私は斥候職ではありませんし、調査に向きません。どなたか手配を願います」
「なるほどなるほど。では助っ人を派遣しましょう」

 エルフ社長は嬉しそうに目を細める。
 なにか心当たりがあるようだ。

「はい、若竹煮とマグロ生姜おまちどお」

 そこにタイミングよく料理が届いた。
 さっそく2人で箸をつける。

「むっ、マグロの生姜煮は硬いものかと思いきや、ホロリときますね」
「ワカメとタケノコで若竹煮。こちらも実に食べやすい。これは隠し包丁が入ってますなあ。木の芽も香りが良い」

 なんというか、エルフ社長の感想はグルメ漫画のようだ。
 板さんは「おそれいります」と小さく頭を下げた。

「こんな居酒屋でもね、分かる人に自分の仕事を見てもらえるのは嬉しいことですよ。はい白アスパラと天ぷら」
「おっ、これは良いですねえ。米酒に切り替えましょう。冷でお願いします」

 板さんの言葉はよく分かる。
 誰だって自分の仕事を褒められれば嬉しい。
 ましてや工夫を見て取ったエルフ社長の言葉はなおさらだ。

「やっ、この天ぷらはアユですね。アユの天ぷらは初めてです」
「へい、お恥ずかしいですが今日の鮎は塩焼きにするには頼りねえやつでして。頭を落として揚げてやりました」

 板さんは謙遜するが、一口ふくむとこれがスゴい。
 夏の香りとでも言うのだろうか、アユの風味と軽い口当たりが見事である。

「ホワイトアスパラもいけますねえ。さ、杯が空いてますぞ」
「あ、これは恐縮です」

 エルフ社長に米酒をそそいでもらい、ご返盃をする。
 最近の若いのは面倒くさがるが、手酌は出世ができないと言う。
 俺は信心深いタイプではないが、縁起の悪いことはなるべくしたくない。

 戦場で生死を分けるのは運だ。
 武人とは、迷信と知りつつも運気が下がると言われることは避けるものなのである。

 ホワイトアスパラにチョイと塩をつけ、ガブリといただく。
 シャクシャクとした食感とみずみずしさが口の中に広がる。
 焼いただけでこのウマさ……このアスパラ、ただ者ではない。

「塩気で酒がつい進みますなあ」
「お通しのぬた・・も実に酒と相性がいい。これはスゴいお店だ。よいお店を教えていただきました」

 エルフ社長も「それは良かった」と嬉しそうにしている。
 贔屓ひいきの店が褒められるのが嬉しいようだ。

「ここの板さん若いのに大した腕でしょう? 名店半月亭でみっちりやってきた人ですから」
「ほう、どうりで立派な仕事をなさる」

 半月亭とやらは知らないが、エルフ社長が名店というのだからスゴいのは分かる。
 わざわざ『知らない』などと水をさすことはない。

「誠にすいませんが、お刺身のいいところをチョイと持ち帰れませんか? 実は――」

 俺は社長と板さんに留守番しているレオのことを伝えた。

「ほお、ガティートとは珍しいですな。なるほどたしかに飲食店に誘いづらいのは分かります。何か向いたのはありますか」
「はい、それなら生より火を通しますか? 季節がらチョイと不安ですし」

 たしかに最近は暑くなってきた。
 生ものを持ち歩いて何かあっては店にも迷惑をかけてしまう。
 俺は「お任せします」と注文した。
 丸投げではあるが、プロの仕事に口を出す度胸はない。

「見事な職人でしょう? 彼の『仕事』は『作業』ではありません。職人の技と気配りがある」
「仕事と作業ですか、なるほど。言い得て妙ですね」

 ダンジョンマスターにも職人の技はあるのだろう。
 俺も調査で知らないダンジョンに入るのだ。
 少しでも技を盗んで帰りたいものである。

「こちらにもなにか……そうですねえ、お隣さんのいい匂いのやつ、焼き鳥ください。盛り合わせで」
「アイヨ、串盛り」

 エルフ社長はその串盛りをはじめ、ちょいちょいと追加をしてシメの焼きおにぎりの茶漬けまで平らげていた。
 本当に健啖家である。

 余談だが、帰り際に箸袋はしぶくろをもらおうとしたら板さんに「ショップカードがあります」と言われてしまった。
 ちょいと恥ずかしい思いをしたが、酒も料理も実にウマかった。

 飲み食い処マルタン――マルタンとは板さんの名字なのだろうか。

「ではまた近いうちに連絡します。助っ人を見たら驚くかもしれませんよ」
「すいません、おみやげ代まで……ごちそうになります」

 さすがにレオのおみやげ代は自分で支払うと言ったのだが「いやいや私が」と押し切られてしまった。
 これは調査とやらも気合を入れて挑まねばなるまい。

 エルフ社長は「また飲みましょう」としっかりとした足取りで帰っていった。
 かなり飲んだはずなのにさすがの酒豪だ。

 ダンジョンに戻ると、レオがモニターの前で丸まっていた。
 寝てるような顔つきだが、これでちゃんと見ているのである。

「レオ、おみやげがあるぞ。皿に出そう」

 見れば、霜降りにしたマグロの切り身だ。
 軽くヅケにしてあり、味もついている。
 俺が食べたいくらいだ。

「なるほどなあ。ヅケは保存方法として発達したと聞いたことがある。これも職人の技と気配りだな」

 このウマそうなマグロをレオは大喜びでがっついていた。

 それにしても助っ人とは、いったい誰が来るのだろうか。
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