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78話 また明日

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「俺たちの……関係?」

 椅子に座ったままの俺はリリーを見上げる形で問い返した。
 この角度で見ても美人だ。

「そうです。エドは私の気持ちをご存知――か、どうかは少々不安ですが、私がこのダンジョンで勤務しているのはエドがいるからです」

 それはそうなのだろう。
 リリーはわざわざ公社からこのダンジョンへ転籍をしたのだ。

 俺だって、彼女が好意を向けてくれているのは察している部分はあった……と言うか『だったらいいな』とは思っていた。
 だけど、それを認めるのはなんとなく怖かった。
 勘違いだったり、早とちりだったりした時に、彼女を失うのを恐れていたのだ。

「待ってくれ、俺は――」
「待ちません。エド、私はエドが好きです。もちろん男性としてです。私と、結婚を前提におつき合いしてください」

 言い終えてから、リリーの耳がカアッと赤くなっていく。

 後ろでタックが「ギィヤァー」と奇声を発して悶えているが謎だ。

「リリー、その……俺もリリーの気持ちは嬉しいし、俺にとってもリリーは特別な存在だと思う」

 リリーの瞳が嬉しげに潤む。
 だが、俺が続けて「だけど」と発すると空気が凍りついた。

 後ろでタックとアンが「ええっ!?」と息をそろえて悲鳴を上げている。
 なんか増えてるな。

「リリー、俺は今回のことで大変な失態を犯した。魔王陛下のご威光に傷をつけるなど……取り立てていただいた身でありながらあってはならんことだ」

 俺は立ち上がり、リリーと向かい合う。
 対等の姿勢で視線を交わすと、リリーもぐっと目に力を込めたようだ。

「俺は武官として潔白をあかし、恥をすすぐ必要がある」

 国防の問題でもあるので詳しくは言えないが、国境付近が不穏なこと。
 一朝ことあれば駆けつけ1番に戦死する覚悟であると。
 そうすることが今までの恩に報いることに繋がるのだ。

 そのためにリリーの想いに応えることは難しいと伝える。
 するとリリーはキョトンとした顔でこちらを見ていた。

「なぜエドが戦場に駆けつけて戦死するんですか?」
「……え? いや、それは武人としての矜持きょうじと言うのかな……? 失態は戦場で返す、そう言うもんなんだ」

 俺もなぜと問われると答えに困ってしまうが、男とはそんなものなのだ。
 戦場で衆目を驚かせる働きをすれば、俺を取り立てた魔王様は間違ってなかったことにつながるだろう。

 俺の言葉を聞いたリリーはクスリと笑い「いいですか?」と眼鏡を外す。

「エドは退役しています。それに現役や予備役だったとしても独断で戦闘行為に加わることはできないはずです」
「いや、そこは……あれだ、義勇軍的なあれだな、男ってそんなもんなんだよ」

 理屈で突っ込まれると厳しい。
 ベッドで死すより君主の馬前で戦死を良しとするのは武人のロマン、いわく説明しがたい部分なのだ。
 そうした個人参加の義勇軍はわりとおり『国難に駆けつけるとは老いてなお忠義の士よ』ともてはやされるのが魔王軍である。

 法に照らせばリリーが言うように違法なのだが、慣習として黙認されている部分なのだ。

「いいですか、もはやエドは民間人なのです。ダンジョンとしての戦闘行為があるにせよ、それはルールがあってのこと。ヒロイズムに酔って戦死など姉は望みません」
「……いや、そこは世間的にも納得いく責任をとればだな」

 俺のしどろもどろな答弁を聞き、リリーは「ふうー」と大きく息をはいた。

「国境で緊張が高まり、それに介入するのならばダンジョンマスターとしてやれることを上申すればいいんです。一斉に暴走スタンピードするなりすれば人間の軍事行動を鈍らせることも可能なはずです。どうですか?」
「それは……その通りだ。ダンジョンとしての動きはできるだろう」

 確かに各ダンジョンが一斉に動けば人間の国に大変な混乱をもたらすだろう。

「その功績をもって汚名返上もできるはずです。エドが死ぬ必要があるでしょうか?」

 これには答えることができない。
 古い世代の軍人は俺に近い価値観の者も多いだろう。

(……いや、身勝手な違法行為ヒロイズムと言われればそれまでだ)

 リリーは沈黙する俺の手を握り「改めて返事を聞かせてください」とじっとこちらを見つめてくる。
 もはや誤魔化す余地はない。

「俺は財産もロクにない庶民だ。王妹のキミと釣り合わないだろう」
「かまいません。私の出自が気にかかるならホモグラフト家に嫁ぎます」

 俺はリリーの言葉に驚いた。
 嫁ぐと言うことは、レタンクール姓を捨てる……王室を離れる覚悟を意味するのだ。

「俺はもうじき40才だ。若く美しいリリーと並んで良いものだろうか?」
「かまいません。エドが60才になっても愛します」

 考えてみればリリーは何才なのだろうか?
 少し気になるが、今の雰囲気で訊ねる勇気はない。

「その、今は自主謹慎中なわけだが……問題はないだろうか?」
「かまいません。獄中で結婚すらできるのです。ましてや謹慎は人権を制限するものではないはずです」

 リリーは俺から目を離さず、じっとこちらを見つめている。

 完敗である。
 いや、勝ち負けではないのだが彼女の決意は固い。

「そこつ者ですが、よろしければお願いします」
「はい、こちらこそ――」

 大汗をかきながら俺が答えると、なぜか後ろの2人が「やったっす!」「ドキドキしましたー」と快哉を叫んだ。

「今日は婚約のお祝いです」
「ふふ、ありがとうアン。うれしいわ」

 アンに祝福され、リリーは幸せそうに微笑んだ。
 なんというか……俺はくすぐったくていたたまれない気分である。

「ししし、なんならアタシらは早く帰るっすよ! 今晩はお楽しみっすね!」
「いや、レオがいるだろ。何もしないよ」

 タックにはその後の宴会でも散々にからかわれたが、これはしばらく言われるだろう。

 宴会は「なんでも焼いちゃいます」とのことで、肉や野菜だけでなく、ソーセージ、はんぺん、海鮮、タンドリーチキン、他にも様々なものを鉄板で焼き、なかなか盛り上がった。
 最後のシメが焼きウドンと言うのもなかなか気が利いている。

「エドさんが『でも』って言ったときはヒヤッとしたっす!」
「ほんとですー、私もビックリして泣きそうになっちゃいました」

 さっきからタックとアンが同じことを繰り返しているが、よほどインパクトがあったらしい。

 ゴルンは「ま、めでてえわな」と軽く祝ってくれたが、このくらいが俺にはちょうどいい。

「軽く片付けて、残りは明日やっちゃいますね」

 宴会が終わり、アンが食器をキッチンに運ぶ。
 俺やタックもささやかながら手伝い、片付けは手早く終了した。

「お疲れさまっす! リリーさん、エドさん、良かったっすね!」
「あはっ、お疲れ様です」

 皆が次々に転移で家路につく。
 少し早いのは俺たちに気を使ったのだろうか。

「あの、リリー」
「はい、どうしました?」

 帰りかけていたリリーを呼び止めたが、用事があるわけではない。
 少しだけバツが悪い。

「いや、なんでもない。また明日」
「ええ、また明日」

 何気ない会話、すでに数時間前のことが本当にあったことなのか信じられなくなってきた。

 見つめ合うことしばし――俺の背後で咳払いの音が聞こえて我に返る。

「悪いが、俺も帰りたくてな」

 振り返るとゴルンが所在なげにしていた。
 どうやらしばらく待っていてくれたらしい。

 すまんな。

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