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92話 大切な場所だからな

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 暴走スタンピード作戦、序盤はモンスターに開拓村を包囲させるのを目標とする。
 言うは易しだが、これがなかなか難しい。

 リポップモンスターは、ほぼ思考力がなく『目の前の敵を攻撃しろ』『待機せよ』くらいの指示しか与えられない。
 適当に放流して冒険者にバラバラに逃げられては包囲させるどころか散って野生動物と争うのが関の山である。

 そこで俺がスタッフ登録を一時的に解除し、冒険者を避難させるふりをしてモンスターを誘導する必要があったのだ。
 ゆえに一気に放流して冒険者の危機感を煽ったわけだが、これがうまくハマった。

 どうやら開拓村からは俺の誘導が獅子奮迅の働きに見えたようなのだ。
 モンスターを引きつけるために派手な動きをしたのがよかったのかもしれない。
 完全なマッチポンプながら俺は盛大に迎えられ、一目置かれる立場になったようだ。

 村の守備隊長からも意見を求められ『堅守すべし』と伝えておく。
 あとはゴルンが適当にリポップモンスターに待機命令でも出しておけば包囲の完了だ。
 後は防壁の上から入り込むアサルトカチムシやレッサーワイバーンを魔法で叩き落とす簡単な仕事である。

 立ち上がりは上々の出来と言ってよいだろう。

「よう、トルネード。おかげで冒険者全員の帰還が確認できたぜ。助かった」
「む? 支部長か。トルネードとは俺のことか?」

 防壁の足場に立ち、ダンジョンの様子を見ていると冒険者ギルドの支部長が声をかけてきた。
 彼も昔は冒険者だったらしく、年季の入った革鎧と角兜で身を固めている。

「へへっ、アンタの戦いぶりを見た冒険者が噂してやがるのよ。黒い竜巻トルネードのようだってな」
「だからトルネードか。安直じゃないか?」

 俺が苦笑すると、支部長は「初めの印象が本質をとらえるのさ」と気の利いたことを言った。

「それで、どうだ?」
「バンシーの萎手クラムジーは射程内だな。カチムシ、レッサーワイバーンの侵入もある。魔法使いか射手を配置する必要があるだろう。問題は夜間だが、これは夜目が利く獣人などに任せるしかあるまい」

 支部長は『どうなんだ?』と曖昧に訊ねてきたが、今の流れで考えると戦況のことだろう。
 熟年夫婦じゃないんだから、やめてほしい。

「こちらは数もいる。ケガ人が復帰すれば押し返すこともできそうだが、どんなもんだ?」
「いや、しばらくはやめたほうがいいだろう」

 俺は「見てみろよ」と支部長を足場に招待した。
 防壁に乗ると、タイミングよくゴーレムの集団が進撃を開始したのが確認できるのだ。

「なんだ、あれは……?」
「分からんが暴走は続いているのだろう。手出しは控えるのは無難ではないか? 弓や魔法で下手に刺激するのはやめよう」

 そう、こちらは籠城を長引かせるのが目的だ。
 大げさに危険だと伝えたほうがいい。

「むう、分かった。衛兵と協力して見張りのローテーションを組もう。夜間は夜目の利くヤツだな」
「それと、できれば交代を寄こしてくれ。そんなに若くないんだ、集中力がもたんよ」

 俺の言葉を冗談ととったか、支部長は豪快な笑いと共に去っていった。

(やれやれ、しばらく見張りをやらされそうだな)

 まあ、ハーフ・インセクトとゴーレム部隊の様子を見るために志願したのだから仕方ない部分もあるだろう。

 視線を変え、村の中を見ると冒険者が群がっている一角がある。
 そこには寸胴鍋で炊き出しをしているアンの姿があった。

(スープ……とん汁だな。なるほど、石材を五徳にして焚き火で調理か)

 アンは軍施設での調理経験者だ。
 屋外調理の経験もあるようだし、任せても大丈夫だろう。
 
 アンの隣ではギルド職員らしき屈強な男が手伝っているようだ。
 彼女は俺の連れだと知られているし、ふらちなマネをする者はいないとは思うが、ギルドが護衛をつけてくれたらしい。
 ここは素直に支部長に感謝だ。

 アンは作戦中、俺につき合って村に籠もりきりになる。
 特別手当や休暇などで十分に報いたいものだ。

「エド、やはり来てくれたんだな。挨拶が遅れてすまなかった」
「いいさ。村人が落ち着いている。助かるよ」

 ぼんやりとアンの活躍を眺めていた俺に声をかけてきたのは村長だ。
 さすがにマルセさんはいない。

「上に登ってもいいだろうか?」
「構わんが……たまに飛ぶモンスターが侵入してくるぞ。見張りを交代したら俺から訪ねようと思っていたんだ」

 俺が警告すると、村長は「む」と小さくうなり足を止めた。
 賢明な判断だ。

「おまえさんは忙しいだろうし、そのまま聞いてくれ。村を助けてくれたんだな、恩にきるぞ」
「いや、この村は俺にとっても大切な場所だからな」

 そう、この村は78号ダンジョンを支える冒険者の拠点に成長した。
 この村を欠いてダンジョンの経営は成り立たないし、なにより村の住民とも個人的なつき合いもあるのだ。
 大切な場所には違いない。

「そうか、ありがとう。村を代表して礼を言わせてくれ」
「ああ、かまわないさ。それよりも村長の戦いはここからだぞ」

 今日明日くらいは村民も緊張感を維持できるだろうが、長期間の籠城するとなるとどうしてもダレる。
 非日常のストレスや、生活が破壊されることの焦りもあり住民の不安が高まるのだ。

 時にそうした住民の思わぬ行動が暴発し、落城に繋がる場合もある。
 特に開拓村は冒険者と塩商人が急に増えたために地元住民との感情的な軋轢あつれきを生じていた。
 元からある不満もつのらせている可能性がある。

 これら住民感情のコントロールは村行政のトップである村長にしかできない役割なのだ。

「む、それは分かるのだが……具体的にはどうしたものだろうか? 恥ずかしながら籠城など経験したことがある者は村にはいないんだ」
「具体的な話は難しいが、たとえばアレだ――」

 俺は先ほどのアンの炊き出しを示した。
 そこには冒険者だけではなく、村民らしき者にも隔てなくトン汁を振る舞うアンの姿がある。
 そしてチラホラと手伝い始めた村の女衆もいるようだ。

「あの辺りにヒントがあるんじゃないか?」
「なるほど、飯か。たしかに腹が減れば機嫌が悪くなるし、一緒に食えば気心も知れるからな。この籠城はどれほど長引く予定なんだ? 村の備蓄を少しずつ出していこうとは思うが……」

 たしかにそこは気になるところだろう。
 正直なところウェンディの方で都市に被害を加えたらそれで終了でいいのだが、どう伝えたものか。

「そればかりは俺には答えようがないが、何ヶ月も続いた暴走の前例はないはずだ。長くて10日、念のために倍として20日はどうだろう?」
「そうか、10日20日はかからないか」

 実際には10日もかかるはずはないが、そこは説明できないしこれでいい。

「想定より早く終われば余った物資で宴会すればいいだろうさ」
「ああ、そいつはいい。先に楽しみがなけりゃ村人はもたんよ。今だって防壁が破られないか震えてるヤツらも多いんだ」

 たしかに事情を知らない村人からすれば、この村はモンスターに囲まれて絶体絶命の危機に思えるだろう。

 しばらく村長は俺と細々とした打ち合わせをしていたが、踏ん切りがついたのか村に戻っていった。
 村の存亡の危機に緊張の面持ちだが、その足取りは力強い。

(よし、この隙にダンジョンと連絡をするか)

 メーラーを確認すればリリーからの定時連絡も来ているようだ。
 俺は手早くゴルンに向けて『さんはつてきにむらをこうけきをくわえてくれ(※散発的に村に攻撃を加えてくれ)』と伝える。

 軽くでも動きがあれば村の警戒心も増すだろう。

(それにしても、見張りの交代がぜんぜん来ないな……?)

 もうわりと長い時間見張り台にいる気がする。
 ひょっとしたら忘れられてやしないかと心細くなってきたぞ。
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