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112話 再会

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 ソルトヒル、塩の洞穴前。

 そこには真新しい小屋が建ち、冒険者の夫婦がそこでダンジョンの監視を行っている。
 また、副業で回復薬ポーション、毒消し、痛み止め、腹痛に効く薬などを販売し、薬の材料を買い取るようだ。

 塩の洞穴に挑む冒険者は小屋に立ち寄る者も多く、サンドラパーティーのような高レベルの冒険者であっても例外ではない。

「ほい、痛み止めと回復薬だ。うちのはエルフの特製だからよく効くぜ」
「たしかに回復薬だ。安いな」

 獣人の男から薬を受け取ったオグマは回復薬を念入りに観察し、品質をチェックしていく。
 どうやらは問題はないようだ。

「へへっ、本当なら薬師ギルドを通さなきゃなんねえらしいが、ここはアレだ。ダンジョンて扱いだからな」
「なるほど、納得した。これで足りるか?」

 オグマが何枚か銀貨を出すと、獣人は「オマケだよ」と傷薬をつけてくれた。
 回復薬のような魔法の薬ではないが、これはこれで使いみちはある。
 オグマは「助かる」と頷き、それを上着のポケットにねじこんだ。

「へえー、獣人とエルフの夫婦なんて珍しいでやんすねえ」
「まあ冒険者同士だってんだからな。パーティー内で一緒になるヤツはそれほど珍しかないだろ」

 パーティーメンバーのリンとドアーティ、この2人の言い分にはオグマもそれぞれ頷くところだ。
 エルフと獣人はそれ自体が数が少なく、その夫婦となれば珍しいには違いない。
 また、パーティーメンバー同士が恋愛関係になるのも稀にあることだ。

(吊り橋効果、と言うのだったかな)

 危機的状況を共にした男女は親しくなりやすいとどこかで聞いた覚えがある。

「オエーっ、このメンバーとは考えられないでやんす! オッサンには悪いけどお断りするでやんす」
「ふざけんなっ! なんで俺がフラれたみたいになってんだ!」

 リンとドアーティはぎゃあぎゃあと騒ぐが、これはこれでありがたいとオグマは思う。

 ダンジョンに潜り続けるタイプの冒険者パーティーはとかく暗くなりがちだ。
 先の見えぬ閉鎖空間、突然発生するアクシデント、凶悪なモンスター……これらを相手にし続けるとストレスからケンカや殺し合いが起こることもある。
 こうした明るさこそ、このパーティーの強みだ。

「そんじゃ、補給も済ませたしダンジョンアタックといくかい。ローガンも問題ないね?」
「ああ、大丈夫だ。オグマの旦那からもらった毒消しが効いたみたいだ」

 リーダーのサンドラは新入りのローガンの面倒をよく見ている。
 先日、ローガンはソロでダンジョンに潜り、宝箱の罠から毒をもらって帰ってきていた。

 回復の泉は怪我は癒やしてくれるが体調不良は治らない場合が多い(注※回復の泉のレベルによるが、オグマには分からない)。
 その場合は回復術士や医者に治してもらうのが一般的だ。

「ふん、ソロでやっていくならば応急手当のスキルくらいは覚えておけ。そうでなくとも毒や麻痺への備えは必要だ」
「そうだな『冒険者、支度半分賽の目半分』と言うだろう?」

 オグマの小言にドアーティまでが格言を持ち出して乗っかかり、ローガンは「面目ねえ」とうなだれた。

 ちなみに『支度半分、さいの目半分』とは事前の準備の大切さを説くと共に、実力があっても賽の目=運次第でどうにでも転がるというニュアンスもある。

(ふん、まあいいさ。荷運びポーターの有用性は理解したからな。恩を売るためなら毒消しくらいは必要経費だ)

 オグマとて、親切心からローガンを治療したわけではない。
 荷運びのローガンがたやすく脱退できないように貸しをつくったのだ。
 こうした打算もなしに他者を助けるほどお人好しではない。

「問題の4階層は作戦通り通路で戦うよ。持久戦になるだろうが交代ならやれるはずさ」

 サンドラはパーティーを鼓舞してダンジョンに踏み入る。

 オグマが見るところサンドラは冒険者としても、リーダーとしても優れた資質の持ち主だ。
 しかも、まだ伸びしろがある。

(ふん、いい女だ。若いときに出会っていたらイカれてたかもな)

 世の中の辛酸をなめ続けたオグマから見てもこのパーティーの仲間は『信じたい』存在なのだ。
 家族や友人もいない身としては自らに最も近い存在だろう。

「1階2階は冒険者も多いし、サッと通り抜けちまうよ」
「そうだな。しかし、ローガンに運んでもらうなら2階のモンスター素材がいいんじゃないか? 塩は換金しやすいからな」

 サンドラとドアーティがダンジョンを歩きながらのんびりと会話をしている。
 1階層レベルの敵であれば、どれほど油断していてもこのパーティーが遅れを取ることはないだろう。
 オグマもそう考えていたため注意もせずに進んだのだが、どうも様子がおかしいことに気がついた。

 ダンジョン内に放置されたモンスターの死骸が多いのだ。
 いや、倒されたモンスターが放置されているのはまだ分かる。
 サンドラやドアーティも1階層のモンスター素材はうち捨てる相談をしていたのだ。

(……だが、この様子はただ事ではない)

 硬い甲羅を持つロッククラブや水中にいるモンスターまで一撃で殺されているのだ。
 一撃で殺すのはまだいい、問題はその切り口の鮮やかさである。

 高い観察スキルをもつオグマだからこそ気がつけたのだろう。

(まだ新しい、ここを通り抜けたなにか・・・が近くにいても不思議ではない)

 このダンジョンで、心当たりは1つしかない。

(ヤツか……! ヤクザドワーフだ!)

 オグマは歩みを止め「待て」と仲間たちを呼び止める。

「どうしたでやんすか?」
「このモンスターの死骸を見てほしい」

 冷静を装いつつ、オグマは先ほどの気づきを仲間へ伝えていく。

「ふうん、例のヤツか」
「どうなんだい? いきなり顔を見れば斬りかかってくるわけでもないんだろう?」

 だが、やはりヤクザドワーフを知るのはオグマのみ、その危機感が十分に伝わったとは言い難い。

「リンはどうなんだい? 何かを感じたかい?」

 サンドラが第六感や未来予知を持つリンに声をかける。
 だが、リンは難しい顔をして眉をひそめるのみだ。

「分からない……でやんす。行くべきか、戻るべきか」

 リンの様子は明らかに何かを感じ取っている。
 だが、分からないとは意味が分からない。

「このまま行くと、大変な何かが待ち構えているでやんす。それは間違いなく危険な何かでやんす――けど」

 サンドラと視線を合わせたリンの表情は真剣そのものだ。
 いつもの冗談のたぐいではない。

「リーダーはそこに行かなくちゃいけないでやんす。行かなきゃ2度と会えない……!」

 リンの言葉にサンドラは絶句し、しばし……ほんの2秒ほどだが、放心した。
 そして即座に我に返り、目に光が戻る。

「わかった、ならアタイだけで行く。皆は引き返しな」
「バカなことを!」

 つい、オグマは反射的に否定した。
 これはいつものオグマらしくはなく、ドアーティやローガンも驚いている。
 リンは、よく分からない。

「危険があると知り仲間を1人で行かせるはずがあるまい。進むなら全員、戻るのも全員だ」
「熱いねえ、オグマの旦那。だが嫌いじゃないぜ。俺も同感さ」

 オグマの言葉にドアーティが続き、リンも笑いながら頷いている。
 ローガンはあまり状況についてこれてないが「お、俺も行くぜ!」と気勢をあげていた。

「……悪いね、皆。正直、本当に悪いと思うんだ。でも、頼む」

 気弱げにサンドラが頭を下げた。
 そして、再び上げた顔に迷いは無い。

「おうよ、任せときな」
「ひひっ、ついに王子様との対面でやんすね」

 やはり全員が1流の冒険者なのだ。
 話が早い。



 そこからパーティーの歩みは速かった。
 何しろ、すでに何者かがモンスターを蹴散らした後なのだ。

 たまに遭遇するモンスターもまばら。
 たまに他の冒険者が走り抜けるサンドラパーティーに驚くくらいのものだ。

「ここも、すでに終わっているね」
「ああ、ガーディアンもスッパリと斬られているな」

 ここは3階層の遺跡だ。
 タフなガーディアンは再生できないように小さく切り分けられているようだが、やはり『何か』はここも難なく通過したようだ。

「隠し階段の場所は変わっていないね。アタイ、オグマ、リン、ローガン、ドアーティの順で降りよう」

 こんな状況でもサンドラの指示は的確だ。
 パーティーはリンとローガンを守るように階段を下りる。

 すると、すぐに前回との違いをオグマは感じ取った。
 争いの気配だ。

「サンドラ、次の部屋で何かが戦っている」
「ああ、片方はあの亜人の群れだとすると……いや、違う。人と人だ」

 オグマとサンドラが次の部屋の様子を窺う。
 すると、そこで信じがたいモノを見た――いや、予想は半ば当っていたともいえる。

(ダンジョンブレイカー!? ヤクザドワーフと戦っているのか!)

 そこには仮面を外した赤魔法使いと先日見た仲間の1人がヤクザドワーフと戦っている姿が確認できた。
 もう1人は見覚えがないが、おそらくはヤクザドワーフの仲間だろう。

(状況的にはダンジョンブレイカーに加勢すべきなのだろうが、これは手出しができんぞ)

 互いに繰り出す攻撃の全てはがオグマにとって致命的な一撃クリティカル
 この中に飛び込むのは自殺行為に他ならない。
 悔しいが『これ以降の出番がない』との赤魔法使いの言葉は正しかったのだ。

 だが、次に見た光景はオグマにとって驚くべきモノであった。
 ためらうことなくサンドラが剣を抜き、戦いの渦中に駆け出したのだ。

「エドオォッ!!」

 戦いの雄叫びにも似た、サンドラの声。
 聞き覚えがある名前、あれがサンドラの想い人なのか。

 赤魔法使いの口元に笑みが浮かぶ。
 状況から見て、サンドラが加勢に来たと信じ込んだのだろう。

 それは大きな判断ミスだった。

 サンドラはそのままの勢いで駆け、赤魔法使いの背後から剣を突き立てたのだ。
 驚き、疑問、怒り、そのいずれか、または全てにか赤魔法使いは顔を歪ませ、そのままサンドラを袈裟がけに斬り捨てた。

 全てはオグマが踏み出すまでの間。
 これらの出来事はわずか数瞬のことだった。
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