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122話 愛の告白でやんすか?

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 魔王城、上空。

 オグマは防壁を容赦なく焼き続ける閃光を眺め「すごいものだ」と呟いた。
 リンの熱波ヒートウェイブだ。

 魔道砲と呼ばれる長大な触媒から放たれるそれは、まるで天を引き裂く雷光である。
 カッと光ったと見るや、凄まじい熱で城壁ごと敵を焼きつくしていく。
 敵の弓矢が届かぬ上空より一方的に蹂躙じゅうりんするそれは天災に近い。

(ふむ、ここはリンに任せるか)

 いま現在、オグマとリンは外の軍勢を引き入れるために防壁付近の敵を攻撃中だ。
 とは言え明確な攻撃目標がなく、軍略も知らない2人にしてみれば目につく敵を順に攻撃するのみである。

 そうなると高火力で面を攻撃するリンとは違い、目標を狙撃するオグマは効率が悪い。
 残弾も限りがあるのだ。

「リン、防壁は任せた。俺は周辺の偵察を行う。護衛が離れている、魔導兵器やハーピーに気をつけろ」

 現在、護衛のシェイラは降下後に空となったステュムパリデスを守るため、ハーピー隊と交戦中だ。
 その獅子奮迅の空戦にオグマやリンが手出しをする余地はない。

『了解でやんす、魔力も減ってきたし、適当にバラまいたら合流するでやんす』

 通信機からリンの声が聞こえる。
 この魔道具は素晴らしい性能だ。
 これほど優れた魔道具を集めて運用する……それだけのことでも雇い主である王女の権力と財力をうかがい知れる気がした。

(まったく、サンドラは命知らずと言うものだ)

 国を支配する権力者と恋の鞘当てをする仲間を思い、オグマはため息をつく。
 ステュムパリデスを操作するリリパットに「どうしたのー、ため息」と心配されてしまったが、苦笑いしかできない。

「なんでもない、時計台の周囲を偵察したい」
「おっけー、あのトンガリだね」

 リリパットは年を経れば意志もハッキリし、人間と変わらぬ知性を持つようだが、この個体はやや若い。
 少女どころか子供のような頼りなさはあるが、素直にオグマの指示に従ってくれる。

 町のように整備されたエリアから内壁を越え、時計台へと向かう。
 すでに味方が占拠しており、入り口付近で小競り合いが行われているようだ。

(む、あれは――工作兵か?)

 なにやら行政府? のような建物から時計台を窺う一団がいる。
 どうやら工作兵ではなく、抱え筒を持った砲兵だ。

「オグマだ。敵は右手の建物から抱えの大筒で時計台を狙っている」
『こちらはホモグラフト、了解した。上空より排除できるか?』

 オグマは「やってみよう」と応え、ハープーン砲で狙いをつける。

 この武器は魔道具だというが、実に素晴らしい。
 照星には磨き抜かれた望遠レンズが付き、上空からでも狙いをつけることができる。
 しかも2連装で連発も可能だ。

 オグマは重量のあるハープーン砲を脇に挟み、両手で構えた。
 通常ならば据え置きの砲とする武器なのだろうが、ステュムパリデスの背ならば移動しながら発射することができるのだ。

「よし、このまま真っ直ぐ飛ばしてくれ」
「あいよー、まっすぐ」

 引き金をしぼり、ハープーンを発射する。
 続けて2発、1発は大筒の射手の胸をぶち抜き、もう1発はやや逸れて隣の兵士の足を膝から引きちぎった。

(む、左に流れたか)

 ハープーンを貫通させ2人抜きを狙っていたオグマは小さく「チッ」と舌打ちをした。

 やや不本意な結果ではあるが、2人を倒したことで兵士たちの意識はオグマに向いたようだ。
 筒先をこちらに向け狙いをつけている。

「大筒がくるぞ、回避たのむ」
「かいひー? かわすのー?」

 リリパットがぽかんと口を開け、振り返った。
 どうやら回避の意味が理解できなかったらしい。

「そうだ、狙われないように動いてくれ」
「あいよー、つかまってー」

 オグマの指示でリリパットはステュムパリデスを大きく傾けて何度か旋回した。
 単純な動きだが、上空でランダムに旋回すれば大筒など当たるものではない。
 ときおりヒュウンと何かが通過したような風切り音が鳴るだけだ。

 続けてやや低い位置でドンドドンと何かが炸裂した。
 どうやら火球の魔法でも狙われたようだが、こちらまで届いていない。

(ふん、リンの魔法と比べたら霧雨のようなものだ)

 オグマは敵の攻撃を鼻で笑い、ゆるゆるとハープーンの装填を終える。
 専用のケースから短槍のようなハープーンを引き抜き、銃口から先込めで装填するのはなかなか時間もかかる作業だ。

「狙うぞ、まっすぐ飛ばしてくれ」
「あいよー、まっすぐ」

 オグマがこれを繰り返すこと数度、射撃の度に大筒の射手を倒したがキリがない。
 ついに最後のハープーンを装填した。

(これまでだな、丸腰になるのはマズい。離脱するか)

 オグマがリリパットに指示を出しかけた瞬間、リンから『やられたでやんす!』と通信が入る。

「オグマだ。リン、どうした?」
『魔道具でトリが撃たれたでやんす!』

 どうやら地上からの攻撃を被弾したようだ。
 オグマは「チッ」と鋭く舌打ちし、防壁に向かうようリリパットに指示をだした。

「リン、聞こえるか!? 今からそちらに向かう、降下の魔道具を使って持ちこたえろ!」

 返信はない。
 おそらく必死で魔道具を操作しているのだろう。

「みえたよー、あっち」
「よし、近づけてくれ! こちらに移らせる!」

 リリパットは「えー、だいじょうぶかな」と首を傾げるが、特に異論はないようだ。

 見ればリンのステュムパリデスは翼に被弾したらしく、片側がうまく開いていない。
 敵の攻撃の中、ゆっくりとだが滑るように高度を下げつつあるのが確認できた。

「リン、下に回り込む! 飛び移れっ!!」

 オグマは下から魔法を放つ兵士らに最後のハープーンをおみまいし、砲身と矢筒(ハープーン筒か?)を投げ捨てた。
 少しでも身軽にし、ステュムパリデスの負担を下げるためだ。

「オグマの旦那ーっ! 助かったでやんす!!」

 頭にリリパットを載せたリンがオグマのステュムパリデスに向かい飛び出してくるが、やや遠い。
 オグマが手を伸ばし、リンの左手を掴むのがやっとだ。

 高度が下がったためにか、付近が爆発や何かの通過音でやかましい。
 リンの髪にリリパットが必死でしがみつき「こわいよ、こわいよ」と泣いている。

「バカモノッ! そんな長物は捨ててしまえ! 早くよじ登らんか!!」
「ええーっ!? もったいないでやんすよっ!」

 オグマがリンの左手しか掴めなかったのは、彼女が右手しっかりと魔道砲を抱えているからだ。
 むろん、貴重なモノではあるし、借り物である。
 理屈で考えれば捨てるなどもってのほかだろう。

「そんなモノより仲間が大事に決まっているだろう! さっさと捨てて来い! 高度を上げてくれ!!」
「やってるよー、でもバランスわるいよー」

 このやり取りで決心がついたのか、リンも魔道砲を捨て、両手を使ってよじ登ってきた。
 それと共にバランスが回復したのか、高度が上がる。

「ひいーっ、助かったでやんす! 恩にきるでやんす!」
「ふん、ただでさえ2人乗りは定員オーバーだ。軽くせねば助かるものも助からん」

 徐々に爆発音が遠ざかる。
 どうやら高度も回復してきたようだ。

「ひひっ、旦那。『なによりもキミのことが大切なんだ!』って愛の告白でやんすか? 少しキュンと来たでやんすよ」
「バカなことを。あそこで捨てなければ再び被弾し、敵の真っ只中に不時着だ。俺は死ぬ気はない」

 落下したハープーンや魔道砲は間違いなく壊れただろう。
 敵に利用される心配がないのも思い切りよく捨てられた要因のひとつだ。

「こちらオグマだ。損害を受けたためにリンと共に離脱する」

 オグマの報告に『了解、可能な限り離れて待機せよ』とホモグラフトから返信が届く。
 見れば防壁ではローガイン軍の総攻撃が始まったようだ。

「うーん、オイラたちの作戦は成功でやんすかね?」
「さあな。だが、俺たちはしがない冒険者だ。上出来の部類だろう」

 見ればリンが乗っていたステュムパリデスも、身軽になったためか墜落せず徐々に離れていくようだ。
 運が良ければ野生に帰ることも可能だろう。

 リンの手元ではリリパットが「こわかったよう、こわかったよう」と泣きわめいていた。

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