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第1章 異世界

13話 空の王者《前》

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 この世界には冒険者に恐れられる魔物が数多くいる。

 ゴブリンとほとんど姿形は変わらないのに、その強さはゴブリンの比ではないと言われる【ゴブリンロード】。
 出会ったものは再び地に足をつけることが叶わないと言われる海の王者【リヴァイアサン】。
 そして、この世界で最強の生物と恐れられる【ドラゴン】。

 そんな魔物達をどうにか退治する必要がある時、多くの場合は全ての冒険者対象に緊急クエストが貼り出される。
 それと同時に、街よりはるか西にある王国にも要請をだし、状況を判断して騎士団や冒険者が派遣されたりもするのだ。

 今回のワイバーンの場合も要請はするのだが、間違いなくこちらで対処できるレベルだと認知されるだろうとのことだった。

 そして、もちろん駆け出しの冒険者は居残りになるのだが、ちょうどレベルが10に上がった俺は、なぜかギルド長のピルスルさんから直々に要請される。


「まぁ、後方で見てるだけでも良いから一緒に行ってきなされよ」
 そう軽く言われたのだった。

 何を考えているのか読めないその白髪、白髭がどうにも怖かった。

 さらにスライムの件だけでなく爆弾魔の噂や、変わった武器を入手したことまで、ギルド長ピルスルさんは知っていた。
『その武器なら意外と善戦するだろう』と、そんなことを言ってくれるのだった。

「危険じゃないんですか?俺、まだ冒険者になって数日なんですけど…」
 もちろん俺は当然の疑問を投げかける。

「どのみち討伐できなけりゃ街も被害にあってお主も死ぬやもしれんでな、良い機会じゃと思って空の王者を見てきなされよ」

 そう、今回の討伐目標は空の王者【ワイバーン】なのだ。

 ギルドによって冬から監視をされていたのだけれど、ここ数日様子がおかしく、どうも平原の方にヒナが飛び立ってから戻っていないらしい。

 きっとコボルト達にやられてしまい、それを探しに多くのワイバーンが街の近くの平原あたりまで飛来してきているそうなのだ。

「あ、きのうコボルト達が食べてたのって…」
 たしかに羽のようなものもあった気がする。
 でもそんな危険な魔物なら、大変なことになる前にどうにか対処できなかったのか?とも思ってしまった。

『あら、シュウさんは知ってらっしゃったの?』とモルツ。
 知ってたわけではなく、たまたま食事シーンを見てしまい、その食事シーンを邪魔してコボルト達を爆散させただけなのだけどね。

 爆散、させただけ!なんだけどね。

 まぁ、俺だって住処を追われるのは嫌だしできれば退治したい。
「で、すいませんけど、誰と一緒に行けばいいんでしょう?」

 行くということは決意して、パーティーメンバーを聞いてみることにする。

「それでしたら適任なのはドルヴィンさん達でしょうね、ちょうど遠距離攻撃が可能な人が欲しいとおっしゃっておりましたし」

 全部で8つのパーティーが参戦するらしく、2、3人の少人数パーティーは組んで1つのパーティーとして動くらしい。
 今回重要なのは人数よりも、遠距離攻撃が可能な人物の存在だったのだ。

 しばらくギルドの広間で待機していると、ドルヴィン一行がやってきた。
「よぅシュウ、頼りにしてるぜ」
「ウチは…まだ信用しとらんのやけど…」
「はじめましてシュウさん、噂は…ふふっ、よく聞いています」

 どんな噂だよもう!どうせドルヴィンがあることないこと言ってるんだろう。

 今回の目標は最低でも3体、もしかするとそれ以上とのこと。
 ただ、それぞれ1匹ずつを対象とするので、全部を相手取る必要は無かった。
 俺たちの目標を、東の平原でも南の方にある丘、今のところ動かず様子を見るかのように羽を休めている1匹に定めた。
 北側から強襲し、元々の南にある住処へ逃げれば良し。
 倒せるのならそこから北上し、見つけ次第ギルドへ報告といった流れだ。

 『2体目からは相手をしないように』とドルヴィンに念押しされた。

「じゃあ行こうぜ、薬は万全か?」

 しっかり買ってある、矢もたっぷり作成してある。
 そう、安全のためのお金は惜しむべきではないのだから。

 4人でパーティーを組んで討伐に向かうのが初めてだったので、役割や報酬の話を聞きながら丘へと向かっていた。

 複数人で行動すると、討伐の証であるアイテムが変化するのだそうだ。
 どういう仕組みかはさっぱりなのだが、〇〇のカケラとして入手するようになるらしい。
 どちらの証も、ギルドでは魔水晶に魔素として取り込まれるので大差はないらしいのだが。
 ゴブリンのカケラ…スライムのカケラ…ゴミにしか思えんな。
 そんな話をして笑っていた。
 まぁ、ちゃんと全員分の報酬を渡してやろうという神様の心意気なのだろう。

 丘に近づくと、すでに2組のパーティーが立っていた。
 聞けば、火力が足りなさそうなので、もうひと組待っていたのだそうだ。

 基本は遠距離、飛びかかって来たときには近距離戦。
 そのどちらも兼ね備えたパーティーが2組、しかも僧侶もいるので回復もスキル頼り。

 だけれど火力が足りなさそうだと言うのだから、【ワイバーン】がどれだけ恐れられているのかがよくわかる。

 3組揃ったところで戦闘が開始された。
 前衛3名の剣士や武闘家達は近接攻撃メイン、今はバフをかけてもらい待機。
 中列には2名、俺と弓師は攻撃力を上げてもらって連撃、弓師は囮役もかってでる。
 後衛は魔法使いと僧侶、サポートや魔法攻撃に専念する。

 もし、魔法使いや僧侶のいる後衛に攻撃が行ったのなら、それは全体の壊滅を意味するという。
 それほどにこの世界は死と隣り合わせなのだ。

「行くよっ!パワーストレンジ、デフェンスストレンジ!」
 直訳でわかりやすい、中衛に攻撃強化、前衛に防御強化だ。

 弓師は最初の一撃を非常に強力なチャージ攻撃で行い、それに合わせて後衛の魔法使い達もそれぞれの得意魔法を次々と放っていく。

 俺も負けじと5連の赤い矢を放ち次の矢を5本取り出す、俺を含め皆のそれらの攻撃はしばらく止むことがなかったのだった。

 二十発ほど打ったあたりで前衛の剣士が『ヤメ!』と叫ぶ。
 一向に動こうとしないワイバーンの様子を見ると言うのだ。
 予定では、すぐにこちらへ襲ってくるワイバーンを、前衛が防ぎつつ攻撃だったのだけれど。

 全くワイバーンに動きが見えないのである種の不安にかられるのだった。

「半分くらいは削ってると嬉しいんだけどな…」
 隣で弓師がつぶやく。

 もうもうと立ち上る土煙も落ち着き、丘の全容が現れるのだけれど、そこにワイバーンの姿は無かった。

「よっしゃ、1匹やったか!」
 一人が歓喜をあげ丘に近づいた。

「やったー、お宝げっとー」
 別の一人もそれに続き駆け寄る。

 ちょうど二人がワイバーンのいた辺りまで行ったころ、ドルヴィンが二人に声をかけた。

「どうだー、良いもんは手に入ったかー?」
 聞こえているだろう二人に返事は無かった。

 しばらくし、ようやく二人が口を開く。
「何にもない、どうしようワイバーン生きてるみたい…」
 3つのパーティーそれぞれが急に周りを警戒しだす。

 少なくとも討伐の証がなくてはいけない。
 無いのならそれは討伐していないということで、この世界なら誰でも知っている当たり前のことなのだから。
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