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7章《チートマジシャン》

6話

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《バリエ新兵 ~カンブリス日課の蛇退治~》

 村に戻るとか言っていた少年少女から剣を譲ってもらい、その直後には勇者だという少年にも出会った。
 僕には剣を作るスキルがあるわけではなく、ぜひ仲間にと誘われはしたが、丁重に断らせてもらった。

 ただ、その剣のおかげで騎兵隊の一員として、王都を守る職につくことになった。
 元々は大したスキルも得られなかった私ではあったが、偶然が重なり、あのカンブリス騎兵隊長に剣の腕前を見てもらえる機会を与えられたのだ。

 もちろん、入隊を認められるほどの実力を得るのに、これまで危険や困難が無かったわけではない。

「そうか、ではあの時に助けた少年が君だったのだね」
 王都の東の森、隊長とともに大きな蛇退治に来ているのだが、私は以前もここに来たことがあったのだ。

 数年前に遡るのだが、十五になってすぐ、冒険者ギルドに登録をした私は、毎日遅くまで街の周りにいる魔物を退治し続けていた。

 一つはお金のため。
 植物や鉱石の知識ならまだ良かった。
 だが、『経験値・微増』とはなんなのだ?
 経験の値だというのだから、意味はなんとなく理解できる。
 だが、それで飯を食べていくことは不可能だと嘆いてしまった。

 当然そんなスキルを他人ひとに話すことも出来ず、僕は魔物退治に有用なスキルだったと嘘をついて、ギルドに貼り出された依頼をこなしながら生活していたのだ。

 ただ、常にウルフやホーンラビットの素材納品依頼があるわけでもなく、多くは図書館の本の整理や街の掃除を行なって生活していた。
 基本的に、一度魔物素材の納品を行えば、しばらくは生活できるのだから、本の整理なんて引き受ける冒険者は滅多にいない。

 まだスキルを授かっていないし、ギルドに登録もしていないような子供たちが受けることの方が多いくらいなのだ。

「実は、今月の薬代もまだ払ってないんだ」
「あら……ベノムバイパーだったら依頼もあるんだけど……
 そうだっ、もっと東の山にいるっていう、ワイルドボアの討伐なんてどう?
 あの辺りはウルフやホーンラビットが多いみたいだけど、山に入ると出てくるキングスパイダーの糸や外殻も良い値段になるわよ?」

 その日も、受付の女性エティとそんな話をしていたのだが、やはり有用なスキルもない私が、それを受けることはなかった。

 その日はどうだったろうか?
 教会での床清掃を引き受けたのだと思う。

 確か隊長たちが、これから街の周囲の魔物を減らすという話を聞いたと思うのだ。
 掃討作戦とでも言うのだろう、毎年決まった時期に周囲の魔物を徹底的に倒して回るのだ。
 おかげでギルドにやってくる依頼はいつも以上に少ないのだが……

「頼むっ! ココを助けてくれっ!」
 僕と同期のファルスが、拭き掃除を終えたばかりの床に血を垂れ流しながら、これまた同期のココという女の子を担ぎながらやってくる。

「あっ……」
 せっかく拭いたばかりなのに、なんて言えるわけもないし、ココは蛇に噛まれてヤバい情況だというのだ。
 シスターがバタバタと奥の部屋に向かい、一本の薬を持ち戻ってくる。
 それを半ば無理やり、口に含まされたココの表情は次第に落ち着いていった。

 毒消しも持たずに森に行ったとは考えにくいのだけど、後から聞いた話だと『特殊解毒薬』じゃなくて、普通の『毒消し』で良いと思っていたらしい。

 小さな頃から何度も聞かされたことだったし、知らなかったわけじゃなく、勘違いしたまま冒険者になってしまったのだそうだ。
 間違って覚えてしまっていただけで、パートナーを危機に晒してしまったのだ。

 まぁ、その数年後二人は別れてしまったという風の噂も聞いたのだが、二人ともその時には、他の街で生活していたらしいので今もどうしているのかは知らないのだけど。

「今日はベノムバイパーの毒腺が欲しいって依頼が出てるのよ。
 なんでも、ファルスの一件で、改めて周知させる必要があるからって。
 でも、町中の特殊解毒薬がどこも品切れ状態だから誰も受けたがらないのよね……」

 ギルドのエティが、珍しく困っていた。
 国からの依頼だから報酬も非常に良いのだけど、特殊解毒薬が無いのでは討伐も難しい。
 教会にあった分も、欲しいというひとに差し上げたと言っていたし、僕も目の前で死にそうな目にあったココを見ていなければ常備しようなんて思わなかった。

 そう、僕がその日のうちに三本の特殊解毒薬を買って持っていたことをエティには話していたんだ。
「戦ったことないんだよなぁ」
「大丈夫よ、きっと。
 いつも依頼を受けてくれる冒険者は、ウルフよりも弱いって言ってるくらいだからさ。
 こんなの、薬を持ってるバリエにしか頼めないのよぉ」
「うーん……小金貨三枚を見逃すのは惜しいよねぇ……」

 実は病気の母の薬代だけでなく、近々やってくるエティの誕生日に渡すプレゼント代も欲しい。
 そう思っていた僕は、不安がありながらも、その依頼を受けることにしたのだ。

 戦闘に関しては本当にひどいものだと自分でも分かっている。
 森に入ってすぐ、足元の木陰から一匹のベノムバイパーが足首に噛みついてくる。
 その後は慎重に歩いていたつもりなのに、再び激痛が足首に襲ってきたのだからたまったものではない。
「ま、まだ三匹しか狩ってないのにっ!」

 焦って二本目の薬を飲み、これ以上は危険だと思い来た道を引き返していた。
 だというのに、帰り道にも同じくガブリと……

 出口まであと数メートル……
 最後の一本を飲んで、一気にここを駆け抜けよう。
 そう思っていたのだけど、四度それは起こってしまった。

「ぐぅぅ……」
 痛みに耐えながら、噛み付いてきた蛇の頭は切り落としたから、これで討伐数は一応五匹……
 奇しくも依頼の数は達成してしまったわけだが、森から這い出た私には街に戻る手段が無かった……

 森の中、隣を歩くカンブリス隊長に礼を述べていた

「あの時は助けていただいたこと、本当に感謝しております。
 二度とエティにも会えなくなるところだったと思うと、今でもゾッとしますよ」

「そうか、役に立てたようで何よりだ。
 まぁ、普段この森に足を踏み入れるのはワシくらいなもんだからな。
 日課の大蛇退治も馬鹿にしたもんではないようで安心じゃ」

 あの時は蛇も非常にすばしっこくて、私ではどうにもならないと思い二度と近付かなかったのだけど。

「二人だからでしょうか? 隊長と共にいると、こんなにも蛇退治が楽になるのですね」
「なんのことだね? ワシは何もしておらんよ。
 噛まれたら治してはやろうとは思っていたが、全く期待外れじゃわい」

 ワハハと笑いながら、そう言う隊長。
 じゃあ私の腕がこの数年で上がったということなのだろうか?

 確かに頑張ってはきたが、それでもどちらかと言えば本の整理や掃除なんかでだ。
 おかげでギルド長に認められたし、エティとの交際も許してもらった。

 さすがに白金貨二枚まで払ってミスリルの剣を買ってしまったことは怒られた。
 だが、献上する際に半分は国が補填してくれたし、こうやって騎兵隊に入隊できて給金も申し分ない。

 入隊してすぐの話だが、私のことを面白く思わない者たちの噂を聞いてしまった。
 ある程度は想定していたが、そう思えば思うほど、嫌がらせとも思えることが露骨に感じられてしまうのだ。

 食事や着替えの際の嫌がらせ程度なら問題ないのだが、支給されている剣や防具が錆びていることもあった。
 怒られてしまうのはまだいい。
 それ以上に街の人たちの税で購入しているであろう備品を無駄にすることが気に入らなかった。

「私にも、その聖騎士の儀式に参加させていただけないでしょうか?」
 今日は非番だったのだが、こうしてカンブリス隊長と同行したのには理由がある。

「ん? この間の教会の儀式か?
 あれは形だけのものだ、面白くもなんともないであろう?」

 その時は、『新人が聖剣に触れること自体が分不相応なんだよっ!』と突き飛ばされた。
 見ているだけでもありがたいと思えとか、そんな感じで端に立ったままだった儀式。
 その儀式に私も参加させて欲しかったのだ。

 不思議なことに、私ならばきっとあの剣を装備できると、そんな気がしてならなかった。
『条件を満たしました、職業を聖騎士に変更しますか?』
 当時、そんな突然の出来事に『はい』とは思ったものの、それで何かが変わったわけでもなく、証とされる剣には触れさせてももらえない。
 アレを装備できたら周囲の対応も変わるんじゃないだろうか?
 別の偉そうにしたいわけじゃないが、今以上に街を守ることができるような気さえした。

 とは言っても、今年の儀式は終わってしまった。
 聖剣に触れる為には、来年まで待たなくてはいけないのだが、できればその参加する確約をいただいておきたいのだ。

「そう強く言われてしまうと、聖剣になにかしようとしているのではと、勘ぐってしまうものだが……
 お、この先に大蛇がいるからな。お喋りは後回しだ」

 ……仕方ない。
 戦いの最中に余計な話をするわけにもいかず、私は隊長のサポートに回っていた。
 それにしても大蛇は強く、切っても切っても倒れないではないか。

 隊長が上手いこと大蛇の攻撃を防いで、回復を挟みつつ立ち回っている。
 こんなことを毎日繰り返しているというのだから、隊長はきっとこの世界最強で伝説のワイバーンやドラゴンなんかも目じゃないんだろうと思った。
 その直後にやってきた魔物の姿を見るまでは……
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