好きなタイプを話したら、幼なじみが寄せにきた。

さんから

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◇◇

 結局、放課後になっても慎ちゃんのさわやかキャラが戻ることはなかった。

 ──戻るどころか、どんどん取り返しのつかないことになってる気がする……!

『まーた“あの笑顔が素敵な人に渡してください”って連絡先預かってきちゃったよ……』
『私もー!最初は高瀬くんのことだって分からなかったよ』
『俺らからしたら高瀬が笑うなんて異常事態だけど、普通に顔が良いからそりゃ人気出るよな……』
 
『グループワークの高瀬の発表すごかったな、まじ滑舌良すぎてアナウンサーが喋ってるのかと思ったわ』
『本当だったらあのグループはディベート部の鈴木が代表で発表するはずだったのが、高瀬が大量のジュース詰んで譲ってもらったらしい』
『それで譲ってやる鈴木も爽やかな奴だな……』
 
『おいっ、なんか高瀬が図書室で難しそうな本読んでたぞっ』
『えぇっ、授業で図書室行くだけで頭痛薬飲んでたくらい活字嫌いな高瀬くんが昼休み返上で!?』
『それがさすがにキツかったみたいで、2ページくらい読んだところで気を失ってた……!』
『無茶しやがって……』

『最初はびっくりしたけど、ずっとあのキャラでいてくれるなら話しやすくて良いよね』
『うんうん。高瀬くん、イケメンだけど今までは口が悪くて怖かったもん』
 
 慎ちゃんに一日振り回されたクラスメイトたちの戸惑い(?)の声が脳内に蘇ってくる。みんな最終的にはあの唐突なキャラチェンジは芸能界デビューに備えてのことだと納得して温かく見守ることにしたみたいだけど、こっそりおばさん(慎ちゃんのお母さん)にメッセージで確認したところそんな事実はないことが分かり、謎が謎を呼ぶ事態に──……なるところだけど、僕にはひとつだけ思い当たる節があった。

 ──笑顔が素敵で爽やかで、お喋りが上手で、眼鏡が似合う知的な人。

 昨日のグループワークの合間に、佐藤さんに“好きなタイプ”を聞かれて僕が答えたことだ。

 ──聞いてないように見えたけど本当は慎ちゃんはバッチリ聞いていたんだ。
 ──それで今日は、わざわざそれに寄せるような格好で学校にやってきた。
 ──でもそれって、慎ちゃんは僕の“付き合いたいタイプ”になりたいってことで……僕たちは両想いってことになるんだけど……!

「しっ、慎ちゃん!」

 今日最後の授業に続き帰りのHRも終わって、帰りの仕度をする慎ちゃんの背中に声をかける。

「やぁ歩夢くん。どうしたんだい?」
「……っ、あのさっ」

 ──何度対面しても違和感が拭えない……!

 朝よりもこなれた様子で爽やかな笑顔を浮かべながらこちらを振り返る慎ちゃんに、怯みそうになる自分を奮い立たせて「今日いっしょに帰らない?」と続ける僕。

「それは構わないけど……僕はこれから委員会があるから遅くなるよ?」
「大丈夫!今日出た英語の宿題やりながら待ってるからっ」
「そうかい?じゃあ終わり次第すぐ戻るから、ここで待ってて」
「分かった!」

 ──慎ちゃんが急にキャラを変えた理由が僕のことが好きで、その好みに寄せたいからなのだとしたら、好きなタイプにあれらを上げた本当の理由を説明して──僕はそのままの君が好きだから無理しなくて良いんだよって言ってあげなければ。
 ──それでもし本当に慎ちゃんと両想いで、付き合うことになったらどうしよう……!
 
 慎ちゃんに言った通り英語の宿題を机に広げてみたけど、そわそわしちゃって一向に進まない。既にほとんどの人たちが教室を出ていて、あとは黒板の前でお喋りに講じている二人の女子── 一人は他クラスでもう一人はグループワークで同じだった佐藤さんだ──と僕だけだ。もし慎ちゃんが来てからもいるようだったら僕たちが場所を変えて話せば良いよな、校舎裏に来てもらうとか……ってなんか本当に告白しに行くみたいじゃないっ?

「今日、高瀬が急にキャラチェンして来たじゃん?」
「うん、俳優デビューが控えてるんだって?」
「それがさぁ……うちは違うと思うんだよね」

 すっかり浮かれた気持ちであれこれ考える僕の耳に、何やら興奮気味に切り出す佐藤さんの声がするりと入り込んでくる。
 
「昨日ね、グループで好きなタイプの話をしてたんだけど」
「うん」
「他の男子が自分の好みのタイプを教えてくれててね?うちそれに全力で同意したの。『すっごい分かる!』って」
「うんうん。……えっ、それってもしかして……!」

 聞き耳立てるのも失礼だよな……でも慎ちゃんの話だとどうしても耳が拾っちゃう……なんて思っているともしかして、と言ったお友達に応えるように強く頷く彼女が視界の端に見えた。

「高瀬ってさ……絶対うちのこと好きだよね」

 ──……え……?

「それは間違いないよ!アンタがその他の子の好きなタイプに同意して次の日にキャラチェンしたわけでしょ!?」
「やっぱそうだよね!?うちさっきそれに気づいてさ、高瀬の顔まともに見れないんだよっ」

 頬を上気させながら答える佐藤さんは、元の容姿の綺麗さもあってまるで恋愛ドラマのヒロインのようだ。……そんな佐藤さんと僕、付き合うならどっち?なんて慎ちゃんに聞くまでもない気がした。

 ──そうか。
 ──慎ちゃんは僕じゃなくて、佐藤さんの好みに寄せたんだ。
 
 考えてみれば、僕はグループのみんなに同性とも付き合えるということを知られているけど、慎ちゃんの方もそうだとはひとことも言っていない。
 
 ──僕は馬鹿だ。
 ──慎ちゃんの気持ちを聞く前から勝手に舞い上がって、今は勝手に傷ついてる。

「あっ、もう部活行かなきゃじゃんね」
「うわほんとだ。佐藤は部活どころじゃないだろうけど」
「ねーマジで。明日にでも高瀬に告っちゃおうかな、普通にイケメンだしあのキャラなら全然付き合いたいわ」
「言ってアンタ彼氏いるじゃんっ」
「今日中に振っとくー」
「──……歩夢くん!」
 
 呆然とする僕を残して話しながら教室を出ていった佐藤さんたちと入れ替わるように反対側から、少し早足の慎ちゃんが戻ってくる。

「……慎ちゃん……」
「いやぁ、筆記用具忘れちゃってさ」

 苦笑いで頭の後ろをかきながら自分の机までやって来た彼はまだまだひっかかりがあるものの、今日一日でだいぶさわやかキャラが板についたと思う。……佐藤さんは部活に行って、素を知り尽くした幼なじみしかいない教室でもそのキャラを守ろうとする意志の強さは今の僕には息が詰まりそうで、思わず視線を逸らす。
 
「今日の委員会、すぐ終わるらしいから帰りはどこか寄っていく?」
「あ……その、急用入っちゃったからやっぱり今日は一人で帰るね」
「急用……?買い物かい?もう少し待ってくれれば僕もいっしょに──」
「……っ、良いから、僕のことは放っておいて!!」
「……」

 こちらから一緒に帰ろうと誘ったのに事情を明かさずドタキャンした上に目も合わせようとしない僕を責めるでもなく、慎ちゃんは少し間を置いた後に「分かった」とだけ言ってペンケース片手に教室を出ていく。

 ──気を遣って声をかけてくれたのに、酷い態度をとってしまった。
 ──こんな奴、慎ちゃんが好きになってくれるわけがない。
 ──佐藤さんは明日にでも慎ちゃんに告白しようかと言っていた。それで本当に二人が付き合うことになったら、慎ちゃんにとって口うるさいだけの僕は──……。

「── 一人で宿題かい?歩夢くん。全然進んでないようだけど」
 
 考えるだけで涙が滲んできて、これ以上溢れるのを抑え込むために制服の袖で目元をごしごし擦っていると、今日一日で随分と聞いた独特な口調が頭上から降ってくる。

「慎ちゃん……?」
「──なんてな。今日の高瀬のマネ」
「……鈴木くん……」

 僕が顔を上げたタイミングで肩をすくめながらいたずらっぽい笑顔を見せるのは、いつの間にか教室に入ってきていた鈴木くん。
 
「そこで公民の先生に会ったけど、今日の発表褒めてたぞ。高瀬のポテンシャルを引き出せた君たちもすごい!って」
「ああ……。ごめんね、慎ちゃんが無理やり代表を代わったみたいで」
「だからお前があやまることじゃないって。それに、俺もどうしても発表したかったってわけじゃないし」
「……」
 
 僕が泣きそうになっていたことに気づいているはずなのに、追及しようとしない鈴木くんに救われた気持ちになる。グループワークでは積極的にみんなをまとめてくれていたし、慎ちゃんとはまた違うタイプの美形である彼はその面倒見の良さとリーダーシップもあってかなりモテるんだろうなとなんとなく思った。
 
「歩夢は高瀬待ち?」
「え?あ、えっと、そのつもりだったんだけど今日はもう帰ろうかなって」
「そっか」
 
 ──あれ?
 ──鈴木くんって、僕のこと下の名前で呼んでたっけ……?

 まあ鈴木くんくらいフレンドリーな人なら息をするように名前呼びに移行するものなのかも……?と自己解決している間に、当の鈴木くんは徐に屈んで机に座る僕に顔を寄せてくる。そのまま僕の唇に自分のそこを重ねようと──重ねようと!?
 
「ちょっ、なに!?」

 いよいよ唇同士の距離がゼロになる──というところで両手で自分の口を覆ってガードする。僕今、鈴木くんにキスされそうになった……!?

「なんで拒むんだ?」
「逆になんで拒まれないと思ったの……!?」
「それは……俺たち付き合ってるんだから、キスくらいはするだろ?」
「つっ……!?」

 まったくもって覚えのない話に開いた口が塞がらない。鈴木くんの方は、なんで僕が驚いているのか分かってないようできょとん、としている。
 
「ぼっ、僕は君と付き合った覚えなんてない……っ」
「なんでそんな悲しいこと言うんだ?……ああそうか、俺がお前の気持ちに気づかなかったのを怒ってるんだな。それはごめんな?」
「……!?」

 ──なんで付き合ってることになってる上に、僕が鈴木くんのことをずっと好きだったみたいな話になってるの!?
 
 グループワークの時はみんなの話に耳を傾けて上手くまとめていてくれていた彼が、今は話が食い違ってるどころの騒ぎじゃない。たまらなくなって席から立ち上がって逃げ出そうとするけど、逆に壁際まで追い込まれてしまった。
 
「照れてるの可愛いな。俺と両思いだったのがまだ信じられないか?そうだな、何から話そうか……前からいつも高瀬に一生懸命世話焼く歩夢を可愛いと思っててさ、グループワークで組むことになった時は嬉しくて。佐藤に協力頼んでお前の好きなタイプ聞いてもらったら──まんま俺のことでびっくりした。歩夢って結構大胆にアピールするんだな」
「あっ、アピールなんてしてないっ」

 聞いてもないのに僕のことを好きになった経緯を熱の籠った瞳で語る鈴木くん。 僕はただ慎ちゃん──本当に好きな人に自分の気持ちがバレたくない一心で敢えて笑顔が素敵だとか眼鏡をかけているだとかの真逆のことを挙げていっただけだ。それがまさか、鈴木くんの特徴をなぞっていてその恋心を後押ししてしまうことになるなんて。
 
「あれ?でも、鈴木くん眼鏡なんて……」

 掛けてない。そう続けようとして顔を上げた時に視界に飛び込んできたのは、恍惚に揺らぐ両目を囲うスクエア型のフレーム。
 
 ──か け て い ら っ し ゃ る !
 
 鈴木くんが眼鏡をかけてるなんて全然気が付かなかった。本当に眼鏡が似合う人って顔と一体化してる感じなんだなぁ……なんてのんきに考えているうちに、慎ちゃん程ではないにしろそこそこの長身がガバッと覆い被さってきて、両肩を掴まれた僕はやや強めに壁に押し付けられた。

「っ、やだ、離れて!」
「まだ恥ずかしがってるのか?可愛い恋人にそんな態度され続けるとさすがに傷つくんだが」
「だから付き合った覚えなんてないってば!怖い!だっ、誰か……っ」

 慎ちゃん──は、今日の委員会は早く終わるとは言ってたけどさすがにまだ戻ってこないだろう。……それに“放っておいて!”って言ったのにこういう時だけ助けてもらおうなんて、虫が良すぎる。

 ──これは罰なのかもしれない。
 ──その場しのぎで適当なこと言って、ただ佐藤さんの好みに寄せただけの慎ちゃんに勝手に期待して舞い上がって気持ちを押し付けようとして……。
 ──密かに僕を想ってくれてるだけだった鈴木くんをその気にさせて、豹変させてしまった。

「……歩夢、やっと素直になってくれたな。嬉しい……」

 どうせ逃げられないんだからとぎゅっ、と両目を瞑って覚悟を決めると、キス待ちと判断したらしい鈴木くんが息を荒げながら再び顔を寄せてくる気配がして──……

 ──どごぉん!!

 ……その気配は、聞き慣れない轟音と共にすごい勢いで離れていった。

「……慎ちゃん……?」
 
 おそるおそる目を開けて見渡した中にいたのは、ブレザーに上履きの跡をつけた状態で僕から数メートル離れたところに倒れ込む鈴木くんと──彼に向かって振り上げていた片足を床に降ろす慎ちゃん。

「なんで……?」
「行くぞ」
「ちょっ……委員会はっ?抜けて来たの!?」
「今はそれどころじゃねぇだろ馬鹿!」
「ばっ……!?」

 突然の罵倒に絶句する僕なんかお構いなしに腕を掴み、早足で教室から連れ出す慎ちゃん。

 ──助けてくれた……。

 未だ状況は飲みこめてないけど、かろうじてそこだけ理解できた僕は再び滲む視界の中その端正な横顔を見つめていた。




 
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