副会長の青春は、恋とポンコツで出来ている。

さんから

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デート

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◇◇
 
「──どうしよう……」
 太陽の日差しが容赦なく焼き付ける真夏日。開店したばかりの大型ショッピングモールの自動ドアを前に、折りたたみ式の日傘を片付けながら僕はひとり呟いた。
 どうしよう、なんて期末テストの前にも言ってた気がするけど──あの時と今回では事情が違う。
 
 ──顔のニヤつきが収まらない……!

 上がりっぱなしの口角をきゅっと結んだ唇で抑えながら中に入ると、涼やかなエアコンの風が迎えてくれた。
 ──こんなだらしない顔、知り合いに見られたら一大事だよ……。
 ──だけど、会長とデート出来るって思ったらどうしても……!
 ……そう。先日期末テストの際、僕が良い点を取れたら予定を合わせて二人で出掛けようと約束したんだけど、その結果は一番心配だった数学を含めて自分史上最高の成績を残して終了した。
 それで約束通り予定の調整をし、夏休みが始まって早一週間。今日は待ちに待ったデート当日というわけなのだ。
 ──で、楽しみ過ぎてこんな時間に来ちゃったわけだけど……。
 腕時計を確認すると、今は約束の一時間前。前日の夜に服選びや持ち物の準備を済ませていたのも手伝って、だいぶ早く到着してしまった。
 ──まぁここショッピングモールだし、一時間くらいだったら中のお店を見てればすぐ──……

「──東山?」

 念のためもう一度待ち合わせ場所の確認をしておこうと、通路の脇に寄ってスマホを取り出そうとした時──背中に声が掛けられた。
 振り向いた先に立っていたのは僕が通う高校の生徒会長であり──今日のデートの相手でもある、安西 修哉先輩。
「会長……!?す、すみませんっ、11時待ち合わせと思っていたのですがまさか僕間違えて……っ」
 こんなに早く安西会長がいらっしゃるということは、僕が待ち合わせの時間を間違えたに違いない!と2mないくらいの距離から駆け寄る僕に、「慌てなくていい」と宥めるように言う会長。
「東山は何も間違えていない。楽しみなあまり、俺が早く来てしまっただけだ」
「……っ」
「君も同じだったようでほっとしたよ」
 なんてことないように放たれるそれらに一度ピシッと身体が固まって──それから急速に熱を上げていく僕の顔。
 ──そんなさらりと言うなんて反則だよ……!
 ──なんか格の違いを見せつけられ……え、待って会長の私服すごくかっこいい!
 自分が時間を間違えたわけじゃないと安心したことで広がった視野に飛び込んできたのは、初めてお目にかかる会長の私服。
 黒のボトルネックの半袖シャツと白のワイドパンツは、全体的にゆるめのシルエットだけどすらりと伸びた手足など元のスタイルの良さを際立たせている。そこにアクセサリーの代わりとばかりに、誰でも知ってるようなブランドのロゴがさりげなく入ったミニバッグを斜め掛けにしていた。 
 ──薄着でもこんなにおしゃれな雰囲気を醸し出せる人っているんだ……。
 ──な、なんか急に自分の格好が気になってきた……!
 僕の方は緑が基調のオーバーサイズのラガーシャツに、黒のスキニーパンツ。これはお気に入りの組み合わせで、家族とか友達の祖父江くんにも褒められたことがあるから今日も着て来たけど、この洗練されたお姿の会長の隣に並んでも大丈夫だろか。──あっ、バッグ!このボディバッグはそこそこお値段がするメーカーのだから良い勝負が出来るかも……って、僕は何と戦ってるんだ。
「……」
「……会長……?」
 ひとしきり脳内で喋り倒した後、僕の格好に視線を固定したきり黙り込んでしまった会長に気づいて首を傾げる。
「僕の服に何かおかしなところがありました……?」
「……すまない」
 恐るおそるそう問い掛けると、ハッとしたように頭を上げる安西会長。
「私服姿の君が想像以上に可愛くて……言葉を失ってしまった」
「かわっ……!?」
 僕の目から逃げるように顔を逸らし、片手で口元を隠しながらそう言う会長の目尻には赤みが差していて、お世辞や冗談じゃないことがじゅうぶん過ぎるほど伝わってきた。
「君にとって“可愛い“は嬉しくないかもしれないが……」
「そっ、そんな!会長に褒めてもらえて嬉しいですっ」
 申し訳なさそうに眉を下げる会長にぶんぶんと首を振って答える。
「会長はすっごくかっこいいです。……こんな素敵な人のお休みを独り占め出来るなんて、夢みたい……」
 ──しまった、さりげなく褒めるつもりが途中から心の声がそのまま出ちゃった……! 
 頬もまだ赤みが引いてないだろうし、可愛いと言ってもらえた感動でちょっと涙ぐんでもいる。そんな情けない顔で夢みたいだとか言って、重くないだろうか……と心配になって改めて前を見ると、さっきの僕みたいに今度はなぜか会長がピシッと固まっていた。
「……」
「あの、会長……?」
「──……東山」
 僕と目を合わせたままたっぷり一分ほど黙った後、やっと僕の名前を呼んだと思えばす、会長が距離を詰めてくる。 
「な、何か……?」
「東山。ここまで来てもらって非常に申し訳ないのだが、見たいものが特になければ俺の──」 
「──あの、お話し中ごめんなさい」
 会長が何かを言いかけたちょうどその時。横から声がかかったので振り向くと、大学生くらいの女性二人組が様子を伺うようにこちらを見ていた。 
「実はさっきからこの子と“かっこいい人がいるね”って話してて」
「良かったらうちらと一緒に回りませんかっ?」
 ──こ、これって逆ナンってやつでは……!?
 それぞれ違うタイプの綺麗さを持つ女性たちだけど、その熱い視線は同時に会長に注がれている。
 安西会長はその端正な容姿もさることながら生徒会長という肩書きもあって、女子人気は高いものの学校のみんなはどこか一歩引いて見ていた。それが校外に出てしまえば、世の女性が放っておくわけがないと分かっていたはずなのに……!
「うちらもそっちも二人ずつでちょうど良いですしっ」
「行きたいお店あるなら全然合わせるんで!」
 私服姿の会長を年上だと思ったのか、敬語で話しながらさりげなく僕を押しのけて会長の前へと入り込んでくる女性たち。二人ずつと言ってたことからも僕の存在も認識してるはずだけど、会長のおまけ程度にしか思ってないことがよく分かる。“可愛い”と言われて舞い上がってたけど、僕の実際の評価はこんなものだと若干の虚しさを感じたところで、二人の女性の間をすり抜けてきた会長にぱ、と手を取られた。
 
「すみません。今日は彼との約束なので」
「えっ」

 断られると思ってなかったらしい女性たちがぽかんとしてる間に、僕と手を繋いだ状態でさっさと歩き始める安西会長。
 ──えっ、手!
 ──僕、会長と手を繋いでデートしてる!?
「──彼女たちは付いて来ていないか?」
「え、えっと……はい、姿は見えません」
「そうか」
 不意打ちで発生した手繋ぎイベントにときめきよりも困惑が勝る中、どこか事務的に聞いてくる会長に後ろを確認してから答えると──当たり前のように、その手は離された。
「あ……」
「変なことに巻き込んで済まなかったな、東山」
「い、いえ」 
 ──そうだよな。いくら夏休み中だからって学校の人も来てるかもしれないし、手を繋いだまま移動するのは危険だよな。
 会長に『俺と付き合ってほしい』と告白された日。力が抜けてその場に座り込んでしまった彼の人を引き上げた際に一瞬だけ手を取ったことがあった。その時はただ照れくさいからすぐに離れたというのもあるけど……一番は他の生徒たちに目撃されるのを恐れてのことだった。
 生徒会長と副会長が交際しているだなんて学校のみんなに知られたら生徒会の活動に支障が出るのは確実だし……会長の在学中に別れることになれば二人揃って居心地の悪い思いをすることになる。直接申し合わせたわけじゃないけど、僕も安西会長も交際当初からそのことには細心の注意を払っている。
 ──だから、用が終わればすぐに手を離すのは正解なんだ。それは分かってる。
 ──ただ、会長が少しも名残惜しそうじゃないのが寂しいってだけで……。
「どうした東山?」
「あっ、えっと、会長がさっき何か言いかけていたのが気になって!」
「……ああ」
 心配そうにこちらを見る会長に慌てて答えると、会長は小さく呟いて考える素振りを見せてから
「君が特に見たいものがなければ──ここを案内してくれないかと言おうとした。このショッピングモールは学校からも俺の家からも近いところにあるが、実は本屋くらいしか立ち寄ったことがなくてな」
 と続けた。
「なるほど……。そういうことなら任せてください!ここは僕の家も近くて、結構来てますから」

「それは頼もしい。──……ああ、こんなことならもっと自宅から離れた場所で待ち合わせれば良かった。このままでは軽率に彼を仕舞ってしまう……」

「ん?すみません会長、後半聞こえなかったのでもう一度お願い出来ますか?」
「いや……途中に入って来た彼女たちにはある意味感謝をしなければと……」
「そう……ですか?」
 “頼もしい”の後にものすごい早口な何かが続いたのでそう聞くけど、返事的に今のはたまに出るこの人のひとりごとかと結論付けて、会長が気に入りそうなお店をリサーチすべくすぐ近くに並べてあった紙のフロアガイドを手に取った。
 
◇◇

「それで、ここのガチャガチャ屋さんはラインナップが面白いんです。先週までは色んな地域の家のお母さんの肉じゃがのレシピなんてものがあって」
「ほう。それは興味深い、俺は料理はあまり得意ではないが回したくなるな」
「祖父江くんも料理は苦手らしいんですけど、そのガチャガチャで出てきたレシピ通りに何度も作ってたら肉じゃがだけは得意になったって言ってました」
「ふはっ、見知らぬ家庭の“おふくろの味”を習得したわけか」
 ──……とっっても楽しい。
 ──これが、デート……!
 思いがけず最初の待ち合わせ時間よりだいぶ早く合流した僕たちだけど、このショッピングモールは本屋さん以外はあまり知らないと言う会長のために案内も兼ねて回っていたらあっという間に一時間が経とうとしていた。
 ──会話も、生徒会の仕事の話ばかりになるかと思ったけどそんなことなかったし。

 一時期は恋人らしい話題がないと悩んでいた僕だけど、ショッピングモールという色々なお店が並んでいる場所と──そこそこの期間会長とお付き合いしている甲斐もあってか、生徒会以外の話題も自然と出てくるようになった。
 ──手を繋げないくらいで落ち込んでちゃ駄目だよな。
 ──少し前までは、こうして休日に会って出かけることも考えられなかったんだから。
「この辺りはアクセサリーショップが多いな」
「こうやって並んでると綺麗ですねぇ。……あ、こっちは北川辺先輩御用達のお店だそうです」
「……なぜそれを君が知っている?」
「体育祭実行委員の活動の合間にご自分で仰ってました」
「はぁ……。奴の名前を聞くだけであの声が思い出されるよ」

「──まさかこんなところで生徒会の面々に出会えるとはな!!」

「ああ今も脳内を響き渡って……」
「い、いやっ、今のは僕にも聞こえました!」
 突然辺りに響いた轟音──もとい聞き覚えのあり過ぎる声にきょろきょろと周りを見渡すと、僕らがいる二階フロアの吹き抜けを挟んで反対側に、通っている高校の風紀委員の委員長を務める北川辺 銀(きたかわべ ぎん)先輩が立っているのを見つけた。
「会長、本物の北川辺先輩があちらに……」
「……幸い俺たちはまだ気づかれていない。隠れよう」
 会長にそう促され、近くの休憩用に設置された椅子に腰掛けた僕たちはさっきもらったフロアガイドを開き、一枚しかないそれに顔を隠すように身を寄せ合った。
 ──ち、近い……!
 ──会長もあの暑い中をやってきたはずなのに全然汗の匂いしないし、むしろなんかバニラ系のいい香りが……!
 ──あれ?僕たちはまだ気づかれてないなら、北川辺先輩は誰に向かって“生徒会の面々”なんて言ったんだろう。
 会長との物理的な急接近に息を飲むのもそこそこにはた、と気づいて会長が見ている方向を目線で追い掛けると──そこには僕と同じく二年生の生徒会役員であり友達の祖父江(そふえ)くんと、一年生役員の小川さんの姿があった。
「こんなところでお揃いで何を?私か?私は親戚の家へ行く前に土産を買いにな!」
「いや聞いてねぇし」
「私たちは産休に入っている生徒会副顧問の先生に出産祝いを買いに来たところです!」
 ここまでは少し距離があるけど人通りが少ないせいか声量のある北川辺先輩だけでなく、耳を澄ませれば祖父江くんや小川さんの声も聞こえてくる。
 ──そういえば夏休みの始めにみんなから集めたお金を祖父江くんに渡して出産祝いの用意をお願いしたな。
 ──『んなもん何買えば良いか分かんねぇよ』なんて言ってたけど、わざわざ休日に小川さんを呼んでここまで見に来てくれたんだ。
「ところで、東山くんはどこにいる?いつ生徒会に辞表を出すのか確認しなければ!」
「だから……東山は俺の右腕になるから風紀委員には入らねぇって」
「それに副会長は今日はいませんっ」
「悪いがにわかに信じられないな!私と彼を接触させたくない君たちがどこかに隠してるとも考えられる!」
 そう言うなり勢い良く頭ごと動かしてこちらを見る北川辺先輩に思わず「ひっ!」と声を上げて身を縮める僕。
「落ち着け東山。あれは祖父江たちに鎌をかけただけで俺たちに気づいたわけじゃない」
「で、でも……」
 北川辺先輩は祖父江くんたちの進行方向を塞ぐように立っていて、そこを譲る気は微塵も感じられない。これは僕が間に入らないと収束しないのでは……と思ったところで、「見てくれ」と会長がとある方向を指す。
「松原先生も来た」
 小川さんと同じく生徒会の一年生役員である後藤さんに促される形でやって来たのは、生徒会顧問の松原(まつばら)先生。
「ったく、俺がトイレ行ってる間に一体何が……あ、北川辺じゃん」
「後藤さんっ、いないと思ったら先生呼びに行ってくれてたんだね!」
「あのままじゃ絶対喧嘩になると思って」
「松原先生!生徒会役員が揃っているようですが、東山くんはどこにいるのでしょうか!?」
「東山ぁ?今日はいねぇよ、俺が車で連れてきたのこのメンバーだけ」
「……先生が仰るのなら本当か」
 松原先生がそう説明してやっと納得したのか、北川辺先輩はみんなに背を向けて歩き出す。
「彼がいないのなら私は失礼する。では生徒会諸君、今しばらくのあいだ風紀委員(うち)の東山くんをよろしく頼むよ!」
「お前らのじゃねーよ!」
「東山副会長はぜーったいあげませんから!」
「うおいやめろ祖父江っ、中指立てるな!」
「小川も挑発に乗らない!」
 振り向かずひらり、と片手を上げて去って行く北川辺先輩に思い思いの反応をする生徒会のみんなを見守っていると、隣に座っていた安西会長から「俺たちもそろそろ行こう」と声がかかった。
「そうですね、生徒会のみんなはともかく北川辺先輩には絶対会わないように──」
「──ねーやっぱさっきの人見かけたらもっかい声かけようよ!」
「うん!私も忘れられないもんっ」
 椅子から立ち上がろうとしたところで次に耳に入ったのは、このショッピングモールにやって来たばかりの時に話し掛けてきた女性二人組の声。
 ──さっきの人って、絶対安西会長のことだよね……。
「どうしたものか……はっきり断っても良いが、見つからないに越したことはない」
「はい……少しの間でもどこかでやり過ごせたら……あ」 
 北川辺先輩に、さっきの女性二人組。鉢合わせたくない人たちに頭を悩ませていると、近くにあったモニターが映画のCMを流し始めた。ここのショッピングモールは映画館も併設されていて、こうして公開中の映画の情報を見ることが出来るのだ。 

【あの少女漫画を完全映画化。“お姫様抱っこ”から始まる青春ラブストーリー!】

「わ、これもう公開してるんだ……!」
 
 今CMがやってる映画はとある少女漫画が原作で、僕も妹に借りて読んでからすっかりハマってしまって後で自分で買い揃えたほどだ。
「映画の宣伝か?」
「あっ、すみません。これからのこと考えなきゃなのについ見入っちゃって……」
「あの女性たちに関しては半分は俺が原因なのだから、そこは気にしないで好きな物を見てほしい。東山はこの映画に興味があるのか?」
「は、はい。原作が好きで映画化が決まったの知ってからずっと楽しみにしてて」
「そうか」
 モニターに映る出演者や主題歌の情報を確認しながらそう説明すると、会長は徐に自分のスマホを取り出して何かを検索し始めた。
「次の上映は……二十分後か。好都合だな」
 そしてスマホから顔を上げると、緩やかに口角を上げてひとこと。
 
「今からこれを観に行こう、東山」

◇◇
 
「すみませんでした、会長」
 ショッピングモールに併設されている映画館。
 “二時間も居ればほとぼりも冷めているだろう”という安西会長の提案で急遽映画を観ることになった僕たちは、上映中に食べようと買ったホットドッグとドリンクを携えてチケットに指定された番号のシアターまでやって来ていた。
「映画……僕の好みに合わせてもらっちゃって」
 開場のアナウンスがあってからすぐ入ったけどシアター内はまだ明るく、スクリーンには映画館の会員アプリの宣伝などがBGMのように流れている。お昼ご飯の時間にかかっているからかお客さんもほぼおらず、現時点だと僕らの他には後ろの方に高校生と思われる男子たちが四人座ってるだけだった。
「会長が楽しめなかったらと思うと申し訳ないです」
「さっきの宣伝を見た限りでは面白そうだと思った。──俺に合わなかったとしても、君が楽しんでくれたならそれで良いよ」
「……全身全霊で楽しみます……!」
「そうしてくれ」
 不意打ちでそんなこと言うなんてズルい……好き……と密かに胸をときめかせながら、チケットを買う時に選んだ席に並んで座る。
「会長は、やりたいこととかしたいことは無いんですか?」
「したいこと……それなら今、君に付き合って欲しいことがあるんだが」
「今……ですか?」
 まだ本編は始まってないものの、シアターには入ったからとなんとなく小声で話していたところを、会長はさらに声を潜める。
「本編が始まるまでの間、手を握っていても良いだろうか。……気づいたと思うが、先ほどは君から手を離すのが名残惜しくてしかたなかった」
「え……」
 バツが悪そうにそういう会長に、思わずぽかんとする僕。先ほどとは、女性たちから僕の手を取った時のことだろう。
 ──あの時、会長も名残惜しいって思ってくれてたんだ。
 ──全然気づかなかった。
「……気分が乗らないか?」
 すぐに返事をしなかった僕に思い違いをしたらしくしゅん、と形の良い眉を下げてそう問いかける安西会長。それに「違いますっ!」と答えた僕は、咄嗟に右隣の肘置きに置かれていた会長の手を取った。
 ──あああ僕ってばなんて色気のない触り方を……!
 恋人にと言うにはあまりにもわんぱく過ぎるそれに深い後悔を抱いた僕は、仕切り直すために一度手を離そうとしたけど出来なかった。……“逃がさない”と言わんばかりに絡んできた会長の指に捕らわれたのだ。
「……」
「……」
 指先、手のひら、甲……と場所を変えながら、そこの温度を確かめるように触る会長にどう応えて良いか分からず、目を閉じて感覚に集中することを決める僕。
 ──僕の手をすっぽりと隠してしまうような、大きな手だ。
 ──少し骨ばっていて厚みがあって、目を瞑っているとどこが先か分からないくらい指も長い。
 ──あったかい……。 
「──やはり駄目だな」
 瞼から微かに透けていた明かりがなくなりBGM程度に流れていた音が本格的に大きくなった頃に目を開くと、スクリーンには映画本編が始まる直前の予告が写し出されていて、それを確認するのとほぼ同時に会長のそんな呟きが聞こえてくる。
「少しだけでも触れられたらと思ったが……いざ叶うと離したくなくなる」 
 ──僕もです。
 ──僕も、まだ離して欲しくないです。
 そう答える代わりに、いよいよ本編が始まることを知らせる配給会社のクレジットから目を離さないまま、きゅ、と会長の手を握り直した。

◇◇

「──東山くん!文化祭のパンフレットの内容について生徒会に相談したいことがあるのだが、そちらは誰が担当しているだろうか?」
「パンフレット監修は確か南條先輩です。今日は学校に来ていないので、急ぎであれば僕から連絡しておきますが……」
「いや後日でも問題はない!呼び止めてすまなかっ──おや、そのペンは……」
 会長との初デートの翌日、夏休み中だけど部活や文化祭の準備で賑わう学校の廊下にて。
 今僕が着ている、夏用の制服のひとつである紺のポロシャツの胸ポケットに差してあったボールペンに気づいたらしい北川辺先輩が声を上げる。
「君がそのような配色のものを使っているとは珍しいな」
「ああこれは……この前観た映画のグッズです」
 本当はつい昨日買ったばかりだけど、正直に言って『あのショッピングモールの映画館か!奇遇だな!!』などと話を広げられたら困るので敢えて濁して伝えるけど、北川辺先輩は「成程」とあっさり納得してくれる。
「映画か……久しく観ていないな。どうだ東山くん!未来の風紀委員として親睦を深める為にこの後私と──」
「だから東山は風紀委員に入らないと言っているだろう」
 北川辺先輩が何か言いかけた時に間に入って来たのは、何かの資料が入っているファイルを二、三冊抱えた安西会長だ。
「これは安西。また私と東山くんの邪魔を──それは……」
 会長がファイルに挟んでいた──僕が胸ポケットに差してるのと同じボールペンを見て目を見開く北川辺先輩。
 ──あれ。会長、昨日売店寄った時は何も買ってなかったのに……。
「これか?東山と“二人で”映画を観に行った時に買ったものだ」
「驚いた。君たちは二人で映画を観に行く仲なのか」
「長い間同じ組織で過ごせばそうなることもあるだろう。それよりも北川辺、風紀委員の一年生が困っていたぞ。校則違反を見つけたが上級生が相手なので声を掛けづらいんだそうだ」
「……まったく、少しは自力で頑張ってもらいたいものだよ。それじゃあ東山くん、私は一度失礼するよ!」
「は、はい」
 軽く頭を下げて北川辺先輩を見送ってから、安西会長を見る。
「会長もそのボールペン買っていたんですね。いつの間に……」
「面白い映画だったので何か記念が欲しくなってな、君がトイレへ行ってる間に購入した。……これくらいの牽制なら今後の活動にも差支えないだろう」
「……?」
 また後半が聞き取れないと思えばやっぱりひとりごとだったようで、会長は「なんでもない」と軽く首を振る。
「ところで、そのボールペンの存在を祖父江は知っているのか?」
「え?……ああはい、さっき生徒会室でこれを彼に貸したので」
「彼は今も生徒会室に?」
「たぶん……」
「そうか。なら早速俺も見せに行くとしよう」
「へ……?」
 そのボールペンを祖父江くんに見せる?いつも二人は仕事以外の話はしないのに?とぽかん、とする僕を後目に、会長はどこか軽い足取りで生徒会室の方へ歩いて行く。 
 ──そんなにあの映画気に入ったのかな……。まぁ二人で映画に行ったってだけじゃデートだって分からないだろうから、言っても問題はないんだろうけど。
 ──というか僕、何気に初めて会長とお揃いの物をゲットしたってこと?
 ──わわわどうしよう、そう思うともう迂闊にこれ使えないよ……!
 もういっそこのボールペンは自宅で厳重に保管してしまおうかと考えたところで、会長に相談しなければならないことがあったのを思い出し、僕は慌ててその背を追いかけるのだった。


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