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14.本心(8)
しおりを挟む「あ、晴太郎と七海。遅かったな。なかなか来ないから、ちょっと心配したぞ!」
「申し訳ありません、洋太郎様。少し、会社の方と話し込んでしまって……」
「そうだったのか。あれ、晴太郎? 何か元気が無いけど、何かあったか?」
「……ううん、何でもないよ」
会場のテーブルに戻ると洋太郎と須藤がいた。いつまでも戻ってこない七海と晴太郎に痺れを切らしたのか、飲み物は須藤に頼んでいたようだ。
戻ってきたふたりの空気が変わってしまったことに気付いたのか、洋太郎が心配そうに晴太郎に声を掛ける。彼は何も話すつもりはないようで、無理やり作った笑顔を顔に貼り付け、首を横に振った。
「そういえば、香菜子様は?」
先ほどまで洋太郎と一緒にいた香菜子の姿が見当たらない。
「お前たちの様子を見てくるって言ってたけど、会わなかったか?」
「いえ……お見掛けしませんでしたね」
「そっか、どこ行ったんだろうな」
さほど気にしていない様子で洋太郎が言う。社交的な香菜子のことだ、きっと別の場所で他のひのあと話し込んでいるのだろう。彼女の従者である須藤も心配していない様子なので、放っておいても大丈夫そうだ。
「……七海、ちょっと」
「はい?」
「晴太郎様は、どうされたのです?」
隣に来た須藤に、晴太郎たちに聞かれないよう小声で耳打ちされる。晴太郎は何でもない、と言っていたがそれで通るような雰囲気ではない。
何て伝えようか、と七海は悩んだ。先ほど起こった事をそのまま伝える訳にはいかない。
「……喧嘩したの?」
「喧嘩、といいますか……私の振る舞いが、彼の意に反した、という感じです……」
「よくわかりませんが……どうせ、何か都合の悪い事を言われてすぐ謝って誤魔化した、といった感じでしょう?」
「な……なんで、分かったんですか?」
七海は驚いた。詳しい内容まで、という訳ではないが大まかな部分で括ると、全く須藤の言う通りだ。どうして分かった、という顔で須藤を見ると、彼女は呆れたようにため息を吐いた。
「七海……それは、昔からあなたの悪い癖ですよ」
「私の癖、ですか?」
「すぐ謝って話し合いをしない。昔、よく注意したじゃない」
確かに須藤の言う通りだ。晴太郎の言葉を、七海を責める彼の言葉を謝る事で流して有耶無耶にした。
それは今日だけでない。これまでに何度も、彼の好意を有耶無耶にした。流しただけでなく、気付かない振りもしたし嘘も言った。晴太郎の気持ちに対しても、自分の気持ちに対しても。
「ちゃんと話し合わないと駄目ですよ。あなたは相手の事を思いやってしているつもりかもしれませんが、相手にとってはそうでない時もあります」
「話し合い、ですか?」
「意見がぶつかったとき、受け入れること、謝る事が相手のためになるとは限りません。わかりますよね?」
「……はい」
「晴太郎様は、きっとあなたの本心が知りたいのよ」
須藤に言われて考える。晴太郎の好意にちゃんと向き合ったことはあるだろうか。応えられなくても、向き合って七海の考えを話す事が出来たはず。
それをしなかったのは七海だ。晴太郎は言葉でも行動でも伝えようとしていたではないか。いつも彼は真正面から体当たりするように、自身の気持ちと向き合っている。向き合わず逃げているのは七海だけ。
「……須藤さんの、仰る通りです」
「ちゃんと話して、仲直りしなさいね」
「はい、帰ったらちゃんと話します」
安心した様子で、バシッと須藤が七海の背中を強く叩いた。しっかりしなさい、と言われている気がする。やはり、何年経ってもこの人にはかなわない。
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