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17.彼の場所へ(5)
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神崎と出会ったのは、大学に入学してすぐの頃。世間知らずの晴太郎が、マルチ商法の勧誘を受けていたときに助けてくれたのがきっかけだ。
無口で無表情で分かりにくい奴だが、情に熱くて良い奴だ。今日のように晴太郎が困っていると、助けてくれるし、相談にも乗ってくれる。ピアノの腕も申し分ないので、デュオのパートナーとして一緒に演奏することもある。大学生になった晴太郎の、一番の友達だ。
「あの人と一緒にいた頃の夢、見たんだ」
「……うん」
「会いたくなって、泣いちゃった。情けないよな……いつまで引きずってんだろ……」
七海と過ごした日々を思い出すと、鼻の奥がつんとした。隣にいるのが当たり前で、これからずっと一緒にいてくれるのだとばかり思っていた。
だから七海が姿を消すなんて、晴太郎は全く予想していなかった。当たり前だと思っていたことが当たり前と呼べなくなったとき、人はそのことの大切さに気付く。晴太郎もそうだった。自分がどれほど七海に依存していたか思い知ることになった。
「こんなにうじうじ悩んでるの、俺らしくないしすごい嫌なんだけど……夢見ちゃったせいか、ちょっと気が沈んじゃって……」
「……本当に、好きなんだね」
「うん、めっちゃ好きだよ。ずっと好きだった。いつから好きなのか、覚えてないくらい」
七海に対する感情は、ただの"好き"だけではなく、もっと大きく深い愛だ。
ずっと前から好きだった。七海への好きが、大人の同性への憧れなどではないと気づいたのは、いつだったろうか。本来ならば女性に向けられるはずのその感情が七海に向いていると気づいたとき、晴太郎はものすごく悩んだ。これは違う、何かの間違いだと必死に気持ちを押し殺した。ほのかな恋心を殺して、無くしてしまおう。——そう思っていたのに。
七海から向けられる純粋な愛情が、何の見返りも求められない、無償の愛が。晴太郎の彼が好きという気持ちを加速させた。
坊ちゃんと優しく呼んでくれる、低くて柔らかい声が好きだ。キリッとした目元がくしゃっと柔らかくなる笑顔が好きだ。褒めるとき、頭を撫でてくれる大きくてゴツゴツした手が好きだ。約束を守ってくれる律儀なところも、晴太郎の話を真剣に聞いてくれる真面目なところも、ぜんぶ、ぜんぶ大好きだ。
好きじゃなくなるなんて、無理なことだった。とうの昔に気付いてしまった。
今だって、嫌いになれたらどれだけ楽だろうか。自分に黙って居なくなるやつなんて嫌いだと、そう言うことができたらこんなに悩んでいない。
「……今も、探してる?」
「うーん、最近はあまり探してないや。兄さんや姉さんに聞いても、何も教えてくれないし」
「……全く手がかりなし?」
「いや……たぶん会社は辞めてないっぽいから、支店のどこかにいるんだろうけど……」
「……ひとつずつ探しに行く?」
「無理だよ、国内だけで20支店以上あるんだ。キリがない」
「…………厳しいな」
一緒に考えてくれている神崎には申し訳ないが、彼の言う通り厳しい状況なのだ。晴太郎には、もうどうしたら七海を見つけられるのか考えられなくなっていた。
「ごめんな、神崎。一緒に考えてくれてるのに……」
「……ううん、仕方ないよ」
神崎は静かに首を横に振った。ここまで真剣に晴太郎の話を聞いてくれて、真剣に考えてくれた。本当にいい奴だ。
「……休憩して、飯食いに行こう」
「うん……ごめん、俺、足引っ張っちゃって……」
「……違うよ。俺、腹減ったから」
「っ、神崎ー! お前、本当にいい奴だな!」
あくまで自分のためだと、そう言った神崎の気遣いが心に染みる。こいつと友達になって本当に良かった。さっさと練習室から出て行こうとする神崎を慌てて追いかける。向かうは食堂。美味しいものを食べて気持ちを入れ替え、また午後から頑張ろう。
無口で無表情で分かりにくい奴だが、情に熱くて良い奴だ。今日のように晴太郎が困っていると、助けてくれるし、相談にも乗ってくれる。ピアノの腕も申し分ないので、デュオのパートナーとして一緒に演奏することもある。大学生になった晴太郎の、一番の友達だ。
「あの人と一緒にいた頃の夢、見たんだ」
「……うん」
「会いたくなって、泣いちゃった。情けないよな……いつまで引きずってんだろ……」
七海と過ごした日々を思い出すと、鼻の奥がつんとした。隣にいるのが当たり前で、これからずっと一緒にいてくれるのだとばかり思っていた。
だから七海が姿を消すなんて、晴太郎は全く予想していなかった。当たり前だと思っていたことが当たり前と呼べなくなったとき、人はそのことの大切さに気付く。晴太郎もそうだった。自分がどれほど七海に依存していたか思い知ることになった。
「こんなにうじうじ悩んでるの、俺らしくないしすごい嫌なんだけど……夢見ちゃったせいか、ちょっと気が沈んじゃって……」
「……本当に、好きなんだね」
「うん、めっちゃ好きだよ。ずっと好きだった。いつから好きなのか、覚えてないくらい」
七海に対する感情は、ただの"好き"だけではなく、もっと大きく深い愛だ。
ずっと前から好きだった。七海への好きが、大人の同性への憧れなどではないと気づいたのは、いつだったろうか。本来ならば女性に向けられるはずのその感情が七海に向いていると気づいたとき、晴太郎はものすごく悩んだ。これは違う、何かの間違いだと必死に気持ちを押し殺した。ほのかな恋心を殺して、無くしてしまおう。——そう思っていたのに。
七海から向けられる純粋な愛情が、何の見返りも求められない、無償の愛が。晴太郎の彼が好きという気持ちを加速させた。
坊ちゃんと優しく呼んでくれる、低くて柔らかい声が好きだ。キリッとした目元がくしゃっと柔らかくなる笑顔が好きだ。褒めるとき、頭を撫でてくれる大きくてゴツゴツした手が好きだ。約束を守ってくれる律儀なところも、晴太郎の話を真剣に聞いてくれる真面目なところも、ぜんぶ、ぜんぶ大好きだ。
好きじゃなくなるなんて、無理なことだった。とうの昔に気付いてしまった。
今だって、嫌いになれたらどれだけ楽だろうか。自分に黙って居なくなるやつなんて嫌いだと、そう言うことができたらこんなに悩んでいない。
「……今も、探してる?」
「うーん、最近はあまり探してないや。兄さんや姉さんに聞いても、何も教えてくれないし」
「……全く手がかりなし?」
「いや……たぶん会社は辞めてないっぽいから、支店のどこかにいるんだろうけど……」
「……ひとつずつ探しに行く?」
「無理だよ、国内だけで20支店以上あるんだ。キリがない」
「…………厳しいな」
一緒に考えてくれている神崎には申し訳ないが、彼の言う通り厳しい状況なのだ。晴太郎には、もうどうしたら七海を見つけられるのか考えられなくなっていた。
「ごめんな、神崎。一緒に考えてくれてるのに……」
「……ううん、仕方ないよ」
神崎は静かに首を横に振った。ここまで真剣に晴太郎の話を聞いてくれて、真剣に考えてくれた。本当にいい奴だ。
「……休憩して、飯食いに行こう」
「うん……ごめん、俺、足引っ張っちゃって……」
「……違うよ。俺、腹減ったから」
「っ、神崎ー! お前、本当にいい奴だな!」
あくまで自分のためだと、そう言った神崎の気遣いが心に染みる。こいつと友達になって本当に良かった。さっさと練習室から出て行こうとする神崎を慌てて追いかける。向かうは食堂。美味しいものを食べて気持ちを入れ替え、また午後から頑張ろう。
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