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20.わがまま(7)
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紗香の言葉に、ホッとして大きく息を吐いた。気付かぬうちに緊張で身体に力が入ってしまっていたようだ。脱力して、座っている椅子の背もたれに寄り掛かった。
よかった、本当によかった。あと1日という短い時間だが、まだ彼と一緒に過ごすことができる。
「せっかく仙台まで来たし、私たちも1泊してもいいわよね。ね、黒木?」
「はい。ホテル探しますか?」
「ええ、お願いね」
紗香たちは日帰りではなく、観光して泊まってから帰ることに決めたようだ。さっそく二人で黒木のスマートフォンを見ながらどこに泊まるか話し合っている。
「七海……」
名前を呼ぶ晴太郎の声で、テーブルの下で彼の手を強く握っていたことを思い出した。手は離さずに、そっと力を抜いた。
「俺から言うだけじゃ、きっと姉さんは聞き入れてくれなかったと思う。だから、ありがとうな」
にっこりと優しく笑う晴太郎の顔に、七海もまた自然と笑みがこぼれる。もう悲しい顔の影はどこにも見えない。これでよかったのだ。
「別に、私たちはあなたたちの交際に反対してるわけじゃないのよ?」
「えっ、こ、交際? 姉さん、なんで、知って……」
「七海も晴ちゃんも分かりやすいのよ。見てればわかるわ」
姉の目は誤魔化せないようだ。晴太郎は照れ臭そうに彼女から顔を背けた。七海に至っては、仙台に来る前から自身の気持ちは紗香にバレバレだったので、今更痛くも痒くもない。
それに、七海は知っている。紗香が七海の異動に反対し、晴太郎と一緒にいられるように副社長に意見してくれていたことを。
「むしろ私は賛成していたし、風ちゃんもよ。双子はよくわからないけど……反対してたのは、幸太郎兄さんだけ」
「え、幸兄さんが?」
幸太郎の名を聞いて、ぐっと息が詰まる。晴太郎には知らされていなかったが、彼から七海を離す判断を下したのはあの人なのだ。賛成してくれるわけがない。
「もしかして、七海の転勤も俺とのことが関係してる……?」
「色々な事情はあるけど、関係してないとは言い切れないわ」
「……父さんは?」
「父さんの本心はわからないけど、七海の異動について反対しなかったってことは……兄さんと同じ考えなのかも」
「そっか……そうだったんだ」
七海は分かっていたことだが、初めて聞かされた晴太郎は驚いた顔をしていた。ショックを隠しきれていない。
「父さんと兄さん……社長と副社長があなたたちの関係に反対している限り、七海は東京本社に戻れないわ」
分かってはいたが、改めて言われると胸に刺さる。晴太郎の隣の居心地を知ってしまった今、また離れ離れの生活に戻れる気がしない。いい歳した大人ではあるが、七海だって寂しさは感じるのだ。出来る事ならすぐに会える場所にいたい。
「だから……七海」
紗香が真っ直ぐな瞳で七海を見つめる。晴太郎のとそっくりな彼女のそれに引き込まれてしまいそうだ。
「本当に晴ちゃんのことを愛していて、ずっと傍にいたいと、そう思っているなら……」
彼女の言おうとしていることは、何となく察しがついた。七海だって考えなかったわけではない。しかし、どうしても一人で決めることができなかった。
どうしようもなく困っていたあのとき。まだ何の力もない少年で、頼れる大人も誰もいなくて途方に暮れていた七海を、救ってくれた人たちがいた。この考えは、その人たちへの恩を仇で返すことになってしまう。
ひとりだった七海に居場所と生きがいを与えてくれた人たち、家族と同等の関係を持ってくれた人たち。
捨てるには、大きすぎる。
でも、それでも。晴太郎の傍に居られるなら。彼の近くにいることが許されるのなら。
捨ててしまってもいいと、そう思ってしまったことも確かだ。
「会社、辞めていいのよ」
——会社を辞める。
それは、どん底から救ってくれた中条家を捨て、晴太郎の従者に戻ることを完全に諦めること同じ意味を指している。
紗香が示してくれたのは、身分も肩書きも関係なく、ただの一人の男として晴太郎の隣にいる道だった。
よかった、本当によかった。あと1日という短い時間だが、まだ彼と一緒に過ごすことができる。
「せっかく仙台まで来たし、私たちも1泊してもいいわよね。ね、黒木?」
「はい。ホテル探しますか?」
「ええ、お願いね」
紗香たちは日帰りではなく、観光して泊まってから帰ることに決めたようだ。さっそく二人で黒木のスマートフォンを見ながらどこに泊まるか話し合っている。
「七海……」
名前を呼ぶ晴太郎の声で、テーブルの下で彼の手を強く握っていたことを思い出した。手は離さずに、そっと力を抜いた。
「俺から言うだけじゃ、きっと姉さんは聞き入れてくれなかったと思う。だから、ありがとうな」
にっこりと優しく笑う晴太郎の顔に、七海もまた自然と笑みがこぼれる。もう悲しい顔の影はどこにも見えない。これでよかったのだ。
「別に、私たちはあなたたちの交際に反対してるわけじゃないのよ?」
「えっ、こ、交際? 姉さん、なんで、知って……」
「七海も晴ちゃんも分かりやすいのよ。見てればわかるわ」
姉の目は誤魔化せないようだ。晴太郎は照れ臭そうに彼女から顔を背けた。七海に至っては、仙台に来る前から自身の気持ちは紗香にバレバレだったので、今更痛くも痒くもない。
それに、七海は知っている。紗香が七海の異動に反対し、晴太郎と一緒にいられるように副社長に意見してくれていたことを。
「むしろ私は賛成していたし、風ちゃんもよ。双子はよくわからないけど……反対してたのは、幸太郎兄さんだけ」
「え、幸兄さんが?」
幸太郎の名を聞いて、ぐっと息が詰まる。晴太郎には知らされていなかったが、彼から七海を離す判断を下したのはあの人なのだ。賛成してくれるわけがない。
「もしかして、七海の転勤も俺とのことが関係してる……?」
「色々な事情はあるけど、関係してないとは言い切れないわ」
「……父さんは?」
「父さんの本心はわからないけど、七海の異動について反対しなかったってことは……兄さんと同じ考えなのかも」
「そっか……そうだったんだ」
七海は分かっていたことだが、初めて聞かされた晴太郎は驚いた顔をしていた。ショックを隠しきれていない。
「父さんと兄さん……社長と副社長があなたたちの関係に反対している限り、七海は東京本社に戻れないわ」
分かってはいたが、改めて言われると胸に刺さる。晴太郎の隣の居心地を知ってしまった今、また離れ離れの生活に戻れる気がしない。いい歳した大人ではあるが、七海だって寂しさは感じるのだ。出来る事ならすぐに会える場所にいたい。
「だから……七海」
紗香が真っ直ぐな瞳で七海を見つめる。晴太郎のとそっくりな彼女のそれに引き込まれてしまいそうだ。
「本当に晴ちゃんのことを愛していて、ずっと傍にいたいと、そう思っているなら……」
彼女の言おうとしていることは、何となく察しがついた。七海だって考えなかったわけではない。しかし、どうしても一人で決めることができなかった。
どうしようもなく困っていたあのとき。まだ何の力もない少年で、頼れる大人も誰もいなくて途方に暮れていた七海を、救ってくれた人たちがいた。この考えは、その人たちへの恩を仇で返すことになってしまう。
ひとりだった七海に居場所と生きがいを与えてくれた人たち、家族と同等の関係を持ってくれた人たち。
捨てるには、大きすぎる。
でも、それでも。晴太郎の傍に居られるなら。彼の近くにいることが許されるのなら。
捨ててしまってもいいと、そう思ってしまったことも確かだ。
「会社、辞めていいのよ」
——会社を辞める。
それは、どん底から救ってくれた中条家を捨て、晴太郎の従者に戻ることを完全に諦めること同じ意味を指している。
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