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幽霊の事情
しおりを挟むこの半分くらい崩れている廃病院は、どうやら心霊スポットらしい。同じ職場の女性社員達がそう噂をしていた。
男の呻き声が聞こえただとか、白い影を見ただとか、説は色々とある。
俺、金井圭吾は、心霊スポット巡りが大好きである。
有名なところは大体行ったように思う。
しかし、俺が住む街の山の麓に心霊スポットがあったとは知らなかった。ネットで調べても出てこなかった。誰か監視してて消してるんだろうか。
心霊スポットマニアの俺としては、行かないわけにはいかない!ということで・・・
「し、しんっ・・・ど・・・!草邪魔すぎだろ!!」
無い体力を駆使して、深夜0時、やってきたわけである。最近、本当に体力が無い。高校生の頃はサッカー部に所属していたが、大学に入学してからは勉強以外では遊びまくり、社会人になってからも仕事以外でダラダラしたり遊んでたので、それで体力が落ちたのかもしれない。
スマホの懐中電灯アプリを起動して辺りを見渡す。感想としては、崩れている建物があるなぁ、くらいである。
これまで行ってきた心霊スポットは、なんだか空気が重い気がしたが、ここにはそれが無い。なんというか、何も無い気がする。
》》》》
「・・・・。」
桃宇統也は幽霊である。そして現在、困っていた。深夜に男が1人で来たので、何しに来たのかと近寄ってみると、その男・・・圭吾に女性の霊が憑いていたのだ。しかも、その女性の霊は力がかなり強いのか、統也が近づくと身体が霞んでいく。恐らく、悪霊である。
来訪者に霊が憑いていることなど、珍しくはない。
その人の守護霊なのであろう、穏やかな霊が憑いている人が多い。動物霊が憑いている人もいたし、無邪気な子どもの霊が憑いている人もいた。
子どもの霊は、良くも悪くも強い場合が多い。溢れる感情を完全に制御できるようになる前に亡くなるからだ。
そして、悪霊が憑いている人も居たが、圭吾の連れてきた霊より弱かった。
統也は、霊が憑いている人の霊を剥がそうとはしない。そんな事をしてやる義理も無いし、興味も無いからだ。しかし、今回は違った。この女性の霊は強すぎる。統也が圭吾を心配するほどに。
「あの」
「・・・・・。」
統也は、女性の霊に話しかけてみたが、何も返事は無い。
「どうして、その人に憑いているんですか?」
「・・・。」
やはり返事は無い。仕方がないので、人間の方をどうにかして帰そうと思った。が、鈍いのか、統也が頑張って姿を現そうとしても何も反応しない。圭吾は統也を貫通して歩き回っている。
統也は、幽霊人生の中で初めて、人間をぶん殴りたいと思った。
統也は、圭吾に対して拳を放ったつもりだった。そして、本来なら圭吾の身体を無害で貫通する予定だった。統也の拳は、圭吾を貫通して圭吾に憑いている女性の霊の胴にクリーンヒットした。
「あっ。」
殴られた反動から、女性の霊は、圭吾から剥がされた。
「す、すみません!大丈夫ですか?」
女性の霊は、殴られた箇所を押さえてうずくまっている。痛みは無いはずだが、不快には違いない。
「な・・・に、するのよぉ!」
「本当にすみません!」
統也はとにかく謝るしかなかった。
「アイツが心霊スポットに行くって言うから、そこで呪い殺そうとしてたのに!剥がれちゃったじゃない!!私、取り憑くの苦手なのよ?!1ヶ月かかってやっと憑いたのに、どうしてくれるのよ!!?」
「すみません・・・」
女性の霊は捲し立てるように、苦情を並べた。
「しかも、強い霊じゃなくてクソ弱いのが1匹しかいないじゃない!あんたのことよ!強い霊が居たら力を借りようとしてたのに!あんた霊じゃなくて、もはや空気よ、空気!」
「く、空気・・・・。」
「はぁ~もう最悪!!」
「あのぅ・・・」
「何。」
「どうして、呪い殺そうとしてたのか、お聞きしても・・・?」
統也は完全に萎縮していた。萎縮してはいたが、聞きたいものは聞く。
「あんた、虫を駆除する理由、聞かれたことってある?」
「いや・・・あー、俺、余計な事、聞きましたかね・・・すみませ」
「まぁ、いいわ。話してあげる。」
その辺に転がっているコンクリ片に腰掛け、足を組み、女性の霊は話し始めた。
「私、あの男の元カノなのよ。」
「はぁ。」
そんな感じだろうな、と、統也は思った。
「大学卒業あたりで付き合いはじめて、そこから2年間、付き合ってたの。結婚する前に、お腹に子どもができてね。彼に伝えたのよ。結婚して、お腹の子と、あの人と3人で明るい家庭を作るんだと思ってた。」
女性の霊は、悲しげに俯いて、言葉を続けた。
「けど、あの人、「金銭的に余裕が無い、堕して欲しい」って言ったのよ。ショックだった。彼を恨んだ。そして、自分自身も恨んだ。なんて馬鹿だったんだろう、って。物事には順序があるのにね。それを間違えて、受け入れてしまった。」
「それで、お腹のお子さんは・・・」
「彼と別れて、産んだわ。かわいい女の子よ。彼は、養育費は渡さないの一点張りだったけど、せっかく私の所に来てくれた命には、何の罪も無いもの。
それから、私は娘が3歳になる前にガンを患ってね、死んでしまったの。死んだ後って不思議ね。彼への感情が溢れてきたわ。憎くて憎くて仕方なくて、それで呪い殺すことにしたのよ。」
「それは、なんというか、」
「いいのよ、言葉を探さなくても。」
「すみません・・・3歳の娘さんは、どなたか親類に預けられたんですか?」
「取り憑く前に様子を見に行ったけど、私の妹の養子になって、幸せに暮らしてるみたい。幼稚園に楽しそうに通っていたわ。」
「そうですか、それは良かったです。」
「あぁ、なんだか娘のことを考えていたら、あの人への憎しみなんて、どうでもよくなってきた。娘に会いたい・・・守護霊になって、守りたい。」
女性の霊の目から涙の粒がほろほろと零れ落ちる。実態の無いその涙は、どこにもシミを作らず、そのまま消えていく。
「けど、ダメなのよ。こんなに人の事を憎んだ悪霊の私が、あの子の所へなんてとても行けない。きっと、悪い影響を及ぼすわ。」
統也は、何も言えずに居た。いや、正しくは、自分は何かを言うべきではないと思った。きっと、自分が否定しても、肯定しても、彼女を癒すことなどできないのだ。
「ごめんね、こんな暗いこと聞かせちゃって。私、取り憑くのやめる。守護霊にはなれないかもしれないけど、近くで見守ることにするわ。」
「そうですか。ご自身で選択されたことなら、きっとそれが最善なのでしょう。」
統也のその言葉に、女性の霊は安心したように微笑んだ。その笑顔に応えるように、今まで姿を隠していた月が顔を出した。
「ありがとう。じゃあ、私、そろそろ行くわね。」
女性の霊は、草むらを抜け、深夜の闇に消えて行った。
《《《《
「結局、霊らしき存在なんて感じないじゃないか。」
いくら歩き回っても、何も感じられなかった。
無駄足だったということか。俺がもう帰ろうとした時。
すると、今まで気がつかなかったが、俺が居る場所の後ろに山があることに気がついた。月が出たことで、そこにあった山の姿が露わになったのだ。
その麓を見ると、登山道だろうか、ぽっかり暗い穴が空いていた。もしかすると、あの山が心霊スポットなのかもしれない。
スマホで地図を確認する。山の中に、どうやら慰霊碑があるようだった。
その名前は、『童首慰霊碑』。間違いない、この山こそ本命なのだ。俺は意を決して、登山道へと向かった。
》》》》
「神や仏って、案外、ちゃんと居るのかもなぁ。」
統也は、深夜を照らす月を見て、そう呟いた
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