VTuberをやめました。

阿良々木与太

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第38話 意味不明なメッセージ

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 下の方へ進むにつれて、山田の送ってくる文章は『直接会わなきゃわからないか』とか、『ちゃんと会って理由を聞かせてくれ』など、まるで突然恋人に振られた男のような言葉に変わっていった。

 こいつは、「月島ヨナ」に何をここまで執着しているのだろう。いくらメッセージを読んでも、その理由が全く分からない。山田の文章を読んでいると、頭がおかしくなりそうだった。


『最寄り駅ここでしょ』


 そう書かれた次に送られたメッセージには、私が住む場所の最寄り駅の画像が貼られている。どうやって特定したかはわからない。外の写真は撮っていないし、SNSに上げてもいないから、私が配信で話したことから特定したとしか考えられなかった。私が住んでいる場所を調べるためにアーカイブを見ていたのかと思うとぞっとする。確かに人がいない雑談配信のときは、自分の職場のことや、住んでいる地域の話をよくしていた気がする。ほとんど職場と家の往復だと、それくらいしか話すことがなかった。それでも、こんなピンポイントにわかってしまうものなのだろうか。


『店は多分ここ?明日行くわ』


 昨日送られてきたメッセージには、そんな文章の下に私の働くカフェの写真が貼られている。店長がブログに載せていたものだ。あまりの気持ち悪さに鳥肌が立つ。

 またスクロールすると、再び大量のメッセージが送られている。ほとんど今日あいつが店に来た時間以降に送られてきたものだ。


『怖がらせてごめん、でも話がしたいだけだから』
『なんで出てこねえんだよなんかやましいことでもあんのか』


 まるで二重人格のような文章だ。あまりの意味不明さに思わずPCの前に突っ伏す。もうこれ以上山田の文章を読んでいたくない。メッセージ欄を閉じると、山田のアイコンをクリックし、彼のホームへとんだ。

 山田のアカウントは、私が引退した後から更新されていない。最後のツイートは引退後の私のツイートへのリプライで、それ以降は何もつぶやいていないようだった。

(じゃあ、晒されてるってことはない……?)

 念のため、SNSの検索窓に『月島ヨナ』と打ち込む。けれど、引退した日のリスナーからのツイートと、自分のツイートしか出てこなかった。どこかに住所などを晒されているということはないらしい。

「……何がしたいんだ……」

 自分の中で消化しきれず、思わずそんな独り言をつぶやく。こういうストーカーになるのって、普通はガチ恋勢とか、VTuberに特別な感情を抱いている人たちだと思っていた。山田の場合は嫌がらせとしか思えない。でも、だとしたら引退したことを責めるような言葉があるのが理解できない。いや、そもそも元アンチだった人間の言葉を理解しようとする私の方が馬鹿だった。

 これ以上見ても無駄だとPCの電源を落とし、気分転換にお風呂に入ろうとしたとき、ピロンと通知音が鳴ってスマホが光った。メッセージアプリからの通知だ。

 ロックを解除しアプリを開く。メッセージは店長からだった。


『南さんお疲れ様、大丈夫?』


『お疲れ様です。柳くんに送ってもらったので大丈夫です』


『よかった。明日以降どうする? あのストーカーのこともあるし、休んでも大丈夫だよ』


 確かに明日山田がまた現れない保証はない。というより、あのメッセージを見たあとだからこそ、明日も来るんだろうなという確信があった。仕事に行っても行かなくても迷惑がかかる。けれど、またあんなふうに対処させてしまうなら行かない方がいいだろう。


『すみません、迷惑だと思うのでとりあえず明日はお休みしてもいいですか……』


『全然いいよ! ていうか一週間くらい休んでもいいよ、南さんずっと忙しくしてたし』

 店長はそう気づかってくれているけれど、さすがに夏休みの繁忙期に社員が1週間も休むわけにはいかない。でも行った方が迷惑だろうか、と悶々とする。山田さえいなければこんなに悩まずにすんだのに、とふつふつと怒りが湧きあがった。


『まあでも、とりあえず明日1日様子見ようか。あいつが店に来てたら一応連絡するね』


『わかりました。すみません、ありがとうございます』


 そう送り、スマホをベッドに放り投げる。ストーカーのせいとはいえ、自分が他人に迷惑をかけている状況と、それを自分の力ではどうにもできない事実にどうしようもなく苛立った。
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