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第39話 話がしたいと言われても
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スマホから鳴るアラームの音で目が覚める。時刻は午前7時、うっかりアラームを切るのを忘れていたようだ。2度寝しても良かったが、店のことや、山田のことが心配で眠れない。何もせずに寝返りを繰り返していると、じわじわ暑くなってきてベッドから出た。
朝ご飯用のパンを焼き、マグカップにカフェオレを淹れ、テーブルに置く。いつもより丁寧に朝食を用意したはずなのに、時刻はまだ7時半だった。時が流れるのが遅いと感じるのはいつぶりだろう。熱いカフェオレをアイスにすればよかったな、と思いつつすすりながら、何気なくスマホを開く。まだ出勤の時間ではないから店長や柳くんからの連絡はない。
配信をやめてからしばらく開いていなかったSNSのアプリアイコンをタップする。月島ヨナのアカウントでログインすると、通知欄には私がチェックしていなかったリプライやいいねがきている。メッセージには相変わらず山田からの意味不明な言葉が並んでいた。昨日の深夜もメッセージを送ってきていたらしく、見覚えのないものがある。そのとき、ちょうど山田から新しくメッセージが送られてきた。げんなりしながらもDMを開く。
『今日も店行くから。ちゃんと話してくれ、俺は月島ヨナと話がしたい』
「……「月島ヨナ」と、話がしたい」
彼の文章は支離滅裂ではあったけれど、一貫して『話がしたい』ということが書かれていた。話をして、何になるというのだろう。それと、山田は「月島ヨナ」と話がしたいと言っていたが、あの店で働いているのはヨナではなく私だ。どうして、それをわかってくれないんだろう。
確かに、配信ではヨナがカフェで働いているとは話していた。けれど、それは普通中の人が勤めているだけであって、実際みんなに見えている「月島ヨナ」が働いているわけではない。そんなの当たり前のことだ。けれど、あんな文章を送ってくる山田のことだ、それを混合していても不思議ではない。
でも彼は、私の顔を見て「月島ヨナ」と呼んだ。ただ私自身の名前がわからなかっただけかもしれないけれど、そこまでするならもういっそ分けて考えてほしい。そうすればあのカフェに月島ヨナはいないと、諦めて帰っていたかもしれない。
そんな風に考えて、ここまで考える方が無駄だとため息をついた。あんなやつの頭の中なんて、いくら想像しても分かりっこない。今はこれ以上山田が付きまとってきた時の対処を考えるのが優先だろう。場合によっては、警察に相談することも思慮に入れなくてはいけない。
憂鬱さを感じながらカフェオレをまた口に含む。いつの間にかぬるくなっていて、口の中がベタついた。パンの最後のひとかけらを放り込み、皿を流しに持って行って洗う。こんな時間の有り余っている日に限って、洗い物も洗濯物も溜まっていなかった。
掃除でもしようかなと立ち上がったとき、ピロンとスマホから音が鳴って、メッセージアプリからの通知が表示される。店長だ。考え事をしているうちに、カフェの開店時間になっていたらしい。
『南さんおはよう。残念なお知らせなんだけど、今日もあいつ来てるよ。
やっぱり南さんはしばらく休んだ方がいいと思う。あいつが来なくなるか、警察が対処してくれるまでは、危ないと思うし』
やっぱりか、とさっきよりも深いため息をつく。この状況で警察に言って動いてもらえるんだろうか、なんてことを考えながら返事を打ち込んだ。
『おはようございます。
そうですか……、じゃあ、もうしばらくお休みさせてください。
ご迷惑をおかけします、本当にすみません』
そう送ってから、どうして私が謝っているんだろうと悲しさがこみ上げた。私は何もしていない。悪いのは山田だし、生活を脅かされているのは私なのに、私が頭を下げなければいけない理由がどこにあるのか。
涙がこぼれそうになって、慌てて上を向く。泣いたら負けな気がした。あんなやつのせいで、泣きたくなんかない。
返信をしてから数分後、また店長からのメッセージが届いた。
『全然気にしなくていいからね。もし何かあったらいつでも連絡して』
そんな店長の優しい言葉に、ただただ店長やあのカフェで働く同僚たちに危害が加わらないことを祈るだけだった。
朝ご飯用のパンを焼き、マグカップにカフェオレを淹れ、テーブルに置く。いつもより丁寧に朝食を用意したはずなのに、時刻はまだ7時半だった。時が流れるのが遅いと感じるのはいつぶりだろう。熱いカフェオレをアイスにすればよかったな、と思いつつすすりながら、何気なくスマホを開く。まだ出勤の時間ではないから店長や柳くんからの連絡はない。
配信をやめてからしばらく開いていなかったSNSのアプリアイコンをタップする。月島ヨナのアカウントでログインすると、通知欄には私がチェックしていなかったリプライやいいねがきている。メッセージには相変わらず山田からの意味不明な言葉が並んでいた。昨日の深夜もメッセージを送ってきていたらしく、見覚えのないものがある。そのとき、ちょうど山田から新しくメッセージが送られてきた。げんなりしながらもDMを開く。
『今日も店行くから。ちゃんと話してくれ、俺は月島ヨナと話がしたい』
「……「月島ヨナ」と、話がしたい」
彼の文章は支離滅裂ではあったけれど、一貫して『話がしたい』ということが書かれていた。話をして、何になるというのだろう。それと、山田は「月島ヨナ」と話がしたいと言っていたが、あの店で働いているのはヨナではなく私だ。どうして、それをわかってくれないんだろう。
確かに、配信ではヨナがカフェで働いているとは話していた。けれど、それは普通中の人が勤めているだけであって、実際みんなに見えている「月島ヨナ」が働いているわけではない。そんなの当たり前のことだ。けれど、あんな文章を送ってくる山田のことだ、それを混合していても不思議ではない。
でも彼は、私の顔を見て「月島ヨナ」と呼んだ。ただ私自身の名前がわからなかっただけかもしれないけれど、そこまでするならもういっそ分けて考えてほしい。そうすればあのカフェに月島ヨナはいないと、諦めて帰っていたかもしれない。
そんな風に考えて、ここまで考える方が無駄だとため息をついた。あんなやつの頭の中なんて、いくら想像しても分かりっこない。今はこれ以上山田が付きまとってきた時の対処を考えるのが優先だろう。場合によっては、警察に相談することも思慮に入れなくてはいけない。
憂鬱さを感じながらカフェオレをまた口に含む。いつの間にかぬるくなっていて、口の中がベタついた。パンの最後のひとかけらを放り込み、皿を流しに持って行って洗う。こんな時間の有り余っている日に限って、洗い物も洗濯物も溜まっていなかった。
掃除でもしようかなと立ち上がったとき、ピロンとスマホから音が鳴って、メッセージアプリからの通知が表示される。店長だ。考え事をしているうちに、カフェの開店時間になっていたらしい。
『南さんおはよう。残念なお知らせなんだけど、今日もあいつ来てるよ。
やっぱり南さんはしばらく休んだ方がいいと思う。あいつが来なくなるか、警察が対処してくれるまでは、危ないと思うし』
やっぱりか、とさっきよりも深いため息をつく。この状況で警察に言って動いてもらえるんだろうか、なんてことを考えながら返事を打ち込んだ。
『おはようございます。
そうですか……、じゃあ、もうしばらくお休みさせてください。
ご迷惑をおかけします、本当にすみません』
そう送ってから、どうして私が謝っているんだろうと悲しさがこみ上げた。私は何もしていない。悪いのは山田だし、生活を脅かされているのは私なのに、私が頭を下げなければいけない理由がどこにあるのか。
涙がこぼれそうになって、慌てて上を向く。泣いたら負けな気がした。あんなやつのせいで、泣きたくなんかない。
返信をしてから数分後、また店長からのメッセージが届いた。
『全然気にしなくていいからね。もし何かあったらいつでも連絡して』
そんな店長の優しい言葉に、ただただ店長やあのカフェで働く同僚たちに危害が加わらないことを祈るだけだった。
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